74.帰還のちにダァヴ姉さん再びの再び



どうやら私の洗浄魔法の効果が良すぎて、特に女性陣へ多大なる影響を及ぼしてしまったらしい。「髪ガサガサしてたのに……!」「け、毛並みがいつもより格段に気持ちいい……!!さらふか……!!」「おおお肌がすべすべしてますぅ……いつもは洗浄しても脂っこいままなのにぃ……!!」「こんなの……こんなのずるい!ずるいじゃないのよ!あ、明日も洗浄してほしい……!!」「はー……生き返った気持ち……!」って感じで各々自分の体をぺたぺた触ってご満悦状態。

あのー、すぐお隣に男性いるってわかってますよね?皆さん発育いいんだからそんな体の線なぞるように触らない方が……あー!アリッサさん何で服めくっちゃうの!?綺麗なお腹が見えてるよ!?ダメだって!私が服を押さえると、何してんの?って表情で見られた。いやそれ私のセリフですけど!?

慌てて後ろ伺っても男性陣はいつもの事みたいな顔でスルーしてるしぃ!冒険者って大体こういうもんなの!?それとも仲良しだから気にしてないの!?もうちょっと気にしよう!?


<いやなんか、もっと露出のある装備着けてる人もいるみたいだから、男達は慣れてるみたいだね。そもそも彼女らを仲のいい冒険者、100階付近仲間としては見てるけど、女性として見てないし>


皆さん美人なのになんて不条理!!いや冒険者としてはそれで合ってる?正解?ああもういいやわからん!!冒険者は色々超越してる!これで解決!!

私が頭を抱えてる横で、自分の艶々ストレートの髪を肩から引っ張って真剣な顔でいじってたクリスさんは、はっとした表情で顔を上げた。指からサラッと髪の束がすり抜ける。


「そうだ……潜ってもう10日経ってる……」

「クリス?」

「私達10日もダンジョンにいるの!つまり長期間、薄暗いダンジョンにこもって殺伐とモンスター狩ってたのよ!こんなの心と体によくないじゃない!!そろそろ休息を取るべきよ、そうでしょ!?」

「まったくだねクリス!!私達は窮屈な心を開放しなくちゃいけない!!今後も楽しくダンジョンに潜るために!!」

「ええっとぉ。それってつまり……私達今すぐ外へ出て、堅苦しい装備を取っぱらって、ショッピングをしまくっても問題ないって話ですよねぇ!!」

「名案……!名案が出た……!!クリス冴えてる……!!」

「でもアタシら宝玉持ってないじゃん。全然見つからなかったから」

「何言ってんのーアリッサ!!宝玉ならルイが売ってくれるよ!!」

「そうだった!!あんたすごい奴だった!!」

「へぁい!?」


アリッサさんが上機嫌に私の肩を掴んでからは早かった。

テキパキとクリスさん達は荷物を片付け、宝玉5回分を4種類とほうじ茶を買って、じゃ!明日から私達ここを拠点にしばらく潜るから!また会いましょ!と上機嫌に脱出していった。宝玉の代金と一緒に握らされたほうじ茶や全身洗浄や料理のお金は、私が言った値段よりかなり多めだったけど口を挟む暇さえなかった……え、早い……嵐でしょうか、いいえパワフルビューティーな女性達です。


「相変わらず決めたら早いなあいつらは」

「直前までぎゃーぎゃー言う割に早いよなー。あ、ルイ先生。俺らも宝玉一式欲しいな。同じく5回分のがあると嬉しいんだけど」

「もちろん、ありますよ……びっくりしたぁ」


アイテム袋から宝玉を取り出して、ついでに10回分もありますけどって見せてみると、フランさんは首を振った。「それは自分のためにとっとけー」とにこやかに制されて、思わずきゅんとするよね。見た目子どもだけどやっぱり大人だわこの人。余裕感があるわ。

ポーションもまだ余裕があるらしいので片付けて、アレクさんから宝玉と全身洗浄の代金を貰う。お昼代はノーカウントですよ。すっごい楽しい思いをさせてもらったからね。よし、これでお会計は終わった!今日の売り上げが入った麻袋を持ち上げようとして、ずっしりと腕に来る重さに思わず頬が引きつった。あれ、私今日だけでどれくらい稼いだんだろう……


「私達はこれから上の階層に戻る予定だけど……ルイはテクトと2人だけで大丈夫?」

「はい。皆さんは、皆さんのお仕事をちゃんとしましょうね!」

「うぐっ」


クリスさん達の情報から、長くダンジョンにこもってる人達はもうこの階層にはいなくて、95階から99階あたりをうろうろしているんじゃないかって結論を出したルウェンさん達は、徒歩で上に戻りながらダンジョンの隅々まで冒険者を探す事にしたらしい。ローラー作戦ってやつだね。大変だけどダリルさんに頼まれた事だし、お金も貰うお仕事だから、ちゃんとやり遂げなくちゃいけないんだよね。

つまり、ルウェンさん達とはしばらくお別れになるんだ。ほんの数日だけど。何日かお泊り会したり、一緒にご飯食べてたからか、皆さんがいないと思うとちょっと寂しい。

偉そうに仕事しろ、とか言っといてこれじゃあ駄目だなぁ。と思ってたら、シアニスさんがしゃがんで、私の両手を掬って包まれた。ほわ、あったかぁ。


「頼まれ事が終わる頃には教科書も届くでしょうから、合流したら勉強を始めましょうね」

「勉強……魔法ですね!」

「ええ。他にも、ルイが習いたい事はすべて教えますよ」

「やった!待ってます!私ちゃんと待ってますよ!」

「ルイ先生は洗浄魔法しか使えねぇんだっけ?あれだけ水属性が堪能なんだ、すぐ他の魔法も習得するだろ」

「だといいんですけどねぇ」


生活と工業以外の才能ゼロだから、覚えられる魔法ってどれだけあるんだろう。洗浄以外にも生活魔法が欲しいし、幼女の体で魔力を細かく扱うのは危険だって言うし……うん、まあ楽しみに待ってよう。

よーし、じゃあ箱庭に帰って色々補充したり聖樹さんに報告したりしようか。あ、そうだ!アレクさん達の料理授業の事も考えておかないとだ!あと帳簿も付けてみる?書き方わからないけど……うん、日記に書こうかな!前まで拾った宝玉も書いてたし、ちょうどいいかも。ふふふー、忙しいぞー!

上機嫌で皆さんに手を振って、すでに108階が表示されてる転移の宝玉を使った。オリバーさんに「100階への移動用と108階へ戻る用を準備しておくと、転移する時どこへ行くのか聞かれなくて済むよ」と助言を貰ってたんだよね。お陰様で今、スムーズに移動できた。不審な行動もとらなかったと思います。「こんなの宝玉をたくさん持ってる君しか出来ないけど」って笑われたなぁ。

さあて、安全地帯に戻って


「あんな素直に寂しいって顔されたら、思わず慰めちゃいますよね」

「まあ、慰める以外の選択肢はないわね」

「セラスなんか抱き締めに行こうとしたもんな」

「潰れるから程々にしろよ」

「うるっさいわよ凶悪面」

「ルイ先生を見てると、自分が忘れた子どもの頃の純粋さを思い出すよなー」

「フランには絶対言われたくねぇ」

「う」

「なんでー?」

















「たっだいまー!!」

<ただいま>


鍵を捻ってドアになった壁を押すと、ふわっと横を通り抜けた風が芝生の青い匂いを届けてくれる。ああー、これよ。この瞬間よ。箱庭に帰ってきたなぁ。

聖樹さんに駆け寄ると、お帰りって言うようにわさわさ揺れる。もう1回ただいま!と手を振ってから、家に入った。畳にリュックとポンチョを置いてテラスに出たら、聖樹さんの根元に寄って土から盛り上がってる根っこの間に背中を預けて寝転んだ。聖樹さんを見上げる形で報告するんだー。ふへへ。聖樹さんにはしばらく寂しい思いをさせてしまったからねぇ。ぺったりくっついて幸せのお裾分け。

それから聖樹さんに今日会った事をいっぱい話した。契約したり、認可タグ貰った事。初めて転移の宝玉を使った事。色んな冒険者に出会った事。テクトの肉捌きが上手だった事。空を飛んだ事。洗浄魔法を褒められた事。

テクトに時々突っ込まれながら話してたら、私は気付かないうちに寝てたらしい。はっと意識が戻った時には、まだ上にあったはずの太陽が真っ赤になって沈んでいってた。嘘ぉ。私また寝落ちて爆睡しちゃったの?まあ仕方ないか、朝から頭使ったり動いたりしたしね。

聖樹さんの根元から体を起こすと、体からブランケットが落ちた。テクトがやってくれたんだなぁ。紳士め。

土埃を軽く払ってたたみながら家に入ると、ユニット畳の上で食パンスクイーズに埋もれるテクトと、小さな座布団で寛ぐダァヴ姉さんがいた。クルッポークルッポー、と何かお話し中みたいだけど、テレパスしてくれないとわからないからなぁ。


「ダァヴ姉さんいらっしゃい」

<お邪魔しておりますわ。無事商人になれたようで安心しました。おめでとうございますわ>


お、おお!ダァヴ姉さんにお祝いされちゃった!!えへへ!!


「ありがとうございます!」

<きちんと商売も出来たと、テクトから聞いてましたの>

「そうなんです、今日だけで100万以上稼いじゃいました!こんなに稼いでいいのかなって不安になるくらいの金額です!」


まあその大半は宝玉の値段なんだけどね。104万の半分は冒険者ギルドに納めないといけないから、別の袋に分けてとっておこう。支払う時に肝心のお金がない!とか、ギルドからの信頼ガタ落ちだよねきっと。

それでも手元に残ったのは65万。とんでもない値段で叫びそうになるけど、落ち着いて考えてみれば中級ポーションを1つ仕入れたら15万しか残らないし、総菜や食材も買わなきゃいけないと思えば……必要経費を稼いできたんだなぁって気持ちで、何とか落ち着いていられる。麻袋はめっちゃ重たいし万単位稼いだ事に変わりはないんだけどね!心騙すって大事!!

ダァヴ姉さんの目が細まって、くすり、と微笑みが零れた。


<楽しそうで何よりですわ>

「はい、楽しいです!ダァヴ姉さん、お茶飲みます?すぐ出せるのが、冷蔵庫の水出し番茶しかないんですけど」

<いただきます>

<居座る気!?>

<何を言うのです。可愛いルイのお誘いを拒む理由などありませんでしょう?>

「夕飯も食べていきますよねー?」

<まあ!是非!>

<居座る以外の選択肢が消えた!!>


冷茶グラスに番茶を入れて持ってくと、テクトがぷんすって頬を膨らませて食パンスクイーズを叩いてた。どしたの?


<何でもないよ!>

「ふーん。あ、ブランケットありがとうね」

<保護者としては当然の事をしたまでだ>

「そうだねー、ふふ。ありがと。はい、テクトもお茶飲もう」

<ん……ああ、このお茶も美味しいな>

<口当たりが優しく、喉越しも爽やか……グラスと相まって、見た目も味も涼やかですわね>

「水出しは低温でゆっくり成分を抽出するので、まろやかな味わいになるらしいですよ。私の家では夏の定番!って感じに常備されてました」


特にこの番茶は子どもも飲める!って事で昔から家にあったなぁ。時々水出し緑茶にした事もあったけど、ほとんどこの番茶だったっけ。苦み渋みがなくて飲みやすいから友達にも好評だった。いい感じに抽出出来たみたいだし、アイテム袋に入れておこうかな。

お茶をゆっくり味わって、夕飯作りをしようとキッチンに入った。今日の夕飯は……うん。そうだね。スタミナ丼にしようか。アレクさん達ががっついてた時、テクトすごく食べたそうにしてたもんね。

にんにくは風味付け程度、油少なめにしようかな。ダァヴ姉さんは庶民的な丼ものでも大丈夫?


<ルイが作るものはどれも美味しいですもの。私は楽しみにしてますわ>

「えへへ……あ、でも最近はもっぱらテクトが切ってくれますよ。包丁さばきも板についてきたというか、早すぎて見えない時だってありますもん」

<千切りって無心になれるから好き>


そう言うテクトはすでにキャベツを真っ二つにしていた。早いよテクト……!私もにんにく焼き始めよう。


「そういえば、今日はダァヴ姉さん、何か用があったんですか?」

<あら、私が来てはいけませんでした?>

「そういうわけじゃないんですけど……ダァヴ姉さんが来るといつも神様の話が出てくるなって思って。神様、ベッド気に入ってくれました?」

<ええ、それはもう。あの方は嬉々としてベッドを組み立て、楽しい広い寝心地がいいと何度も転がってましたの。今日もベッドに寝ながら仕事できねぇかな、とぼやいておりましたので没収してきましたわ>

「わあ……えっと、気に入ってもらえたようで何よりです」


にんにくを取り出して、お肉を焼き始める。あらかじめ切ってあるバラ肉は、じゅうじゅうと空腹を刺激する音を立てた。


<本日はお願いがあってまいりましたの>

「へ?」


気付けばダァヴ姉さんは、対面カウンターに座っていた。


<この箱庭へ、保護していただきたい子がいますのよ>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る