73.空飛ぶ幼女と洗浄仕事
「おおおお!!すごい!!飛んでる!!ばさばさ音がする!!」
<いつもは僕が見上げるのに、皆が見上げて僕が見下ろしてる。不思議だ。面白い目線だね!>
「しっかり掴まってろよ、おふたりさん。外と違ってあんま速度出せないが、急に動かれると壁にぶつかるかもしれないからな」
「はい!」
<うん!>
足をしっかり抱え込えられて、ラッセルさんの腕に座る形で抱き上げられた私は、なんと今、安全地帯の天井付近を飛んでいる。言われた通り、ぎゅうっとたくましい肩を掴んだ。
テクトは私を支えてる右腕の反対、左の二の腕をまたぐようにくっついて、尻尾をバシバシとラッセルさんの腕に叩きつけてる。尻尾はラッセルさん的に動いてるうちに入らないのか、気にした様子もなく悠々と旋回し始めた。
いやー、テクトのあの反応、相当嬉しいんだなこの状況が。私ももちろん楽しいけどね!!空を飛ぶって、ふわっとして足が床から離れて、あ、だっこされてたから正確にはラッセルさんの足なんだけど、床から離れていくのを見てたら、背筋がぞわっとして……そんなのすぐ忘れるほどの、この浮遊感!!羽の羽ばたきと一緒にほんのり上下する感じ?楽しい!!ふわっふわって!!一瞬なんの重力も感じない時があって、それもいい!素敵!!前に進むと自分が風を切ってるってわかる!圧倒的Gや高低差を楽しむジェットコースターとはジャンルが違う!気分は、うん、自転車に近い!風切る感じが自転車に似てる!!緩やかに曲がる感じとか!!心地いい風が浮遊感と一緒に来る!!自転車に羽生えて空飛べるようになったらこんな感じなんだろうなきっと!!言ってる事わけわからんけどそういう感じです!!飛ぶって最高に楽しい!!
目線の下で皆さん達が寛いでるのが見える。ラッセルさんががっちり抱えてくれるから、安心して片手を振る事ができた。ちらほら振り返してくれて、セラスさんは「楽しいー?」と声をかけてくれた。もちろん!めっちゃ!楽しい!!興奮のあまり声が出なかったので、ぶんぶん振って力強く頷いといた。
「先生方のお気に召したようでよかったよ」
「ん!ふふー!!」
<宝玉の浮遊感より楽しい!>
「いやあ、ここまで喜んでくれると飛ぶかいがあるな。飛んでみたいって言われて頼まれる事はあるんだが、実際やると怖がって震える子どもばっかなんだよな」
「えー、そんな!もったいない!!」
こんなに楽しいのに!!私は何で
そんな心底楽しんでる私とテクトを見てか、こういう事もできるぞーってラッセルさんが突然滑降したり、床ギリギリからの急上昇、天井まで上って頭から落ちたと思ったら一回転してたり、もう、もう!はしゃぐしかないよね!たーのしー!!テクトの尻尾もぶおんぶおん振り切れてますよ!!
アクロバティックな動きをしてもキャッキャッと笑う私達を見て、ラッセルさんはサービス精神旺盛になったらしい。速度を上げて横向きで飛んだり、壁を蹴って反対の壁、また壁蹴って反対の壁って跳躍してみたり、最後は大きな翼で体を包んで回りながら下降して、床の直前にふわっと羽を広げて優雅な着地をくりだした。とにかくサービス満載の飛行だった。5周って話だったけど、それ以上回った気がする。はーーー、楽しかったぁ。
「満足げねぇ、ルイ、テクト」
「はい!そりゃもう!!」
<病みつきになるね!>
「ね!」
「楽しいのはいいのですが、髪が乱れてますよ。女性なんですから、身だしなみは気を付けないと」
「あ」
シアニスさんに言われて、慌てて頭を、フードを押えた。そうだ、これ、めくれたら困るやつ!
普通に飛ぶくらいなら問題ないかな?って思ってたけど、めっちゃ速く飛んだりしたよ。フードめくれてなかったかな?ケットシーを装った人族だってバレてない?
興奮が一気に冷めた、というか血の気が引きかけた。私は楽しい気持ちばっかりで大事な事忘れてた!私、今、ケットシーだ!
シアニスさんが何気ない足取りで前に来て、しゃがむ。皆さんの視界から私を隠したのと同時、彼女の顔を見てほっとした。安心してと言わんばかりの笑顔だったから。
「大丈夫ですよ。ある程度動いても外れないよう、それも込みで色々と彫ってますから。ラッセルの滑空でも耐えるなら問題ないでしょう」
って、おさげを整えるついでにこっそり教えてくれた。
彫ってるって、魔導構成だよね?このポンチョにどれだけの技術が組み込まれてるの?
<……んー。フードを一度かぶったら、かぶった本人じゃないとフードを外せない、とかかな。後は尻尾の付け根は見えないようになってるとか。固有魔力を認識しての着脱だから、契約式具と構成は似てるよ。普通の技師でも契約式具は作れるって言ってたし、その応用なんだろうね>
いや応用だろうとこんな可愛い猫耳ポンチョ尻尾付きに活用していい技術力なの?素人目で見ても、かなりの高等技術だと思うんだけどな?毎度驚くたびに思ってるけど、半端なさすぎですエイベルさん。
いや、うん、大事にする。絶対大事にしようポンチョ。改めて、強くそう思った。毎日隅々まで洗浄して汚れ1つ付けないようにしよう。
よし!気持ち切り替えて、今は笑顔だ!楽しかった気持ちを思い出して、ちゃんと笑顔でお礼を言わないと。何かあったって思われる。
私の髪から手を離したシアニスさんが、落ち着きを取り戻した私の顔を見て頷いた。
「はい、これで綺麗に整いましたよ」
「ありがとうございます、シアニスさん!ラッセルさんも!すっごく楽しかったです!!」
「おうよ。まああんだけ美味い飯をたらふく食わせてもらったんだ。満足してもらわなくちゃ困るわな」
ラッセルさんは足元に転がって満足げに腹を叩いてる仲間を見下ろして、苦笑した。
そうそう。キャベツかさ増しスタミナ丼とから揚げだけじゃ、満腹には足りなかったんだよね。味に関しては好評で、作れるようになりたい!って声まで上がったんだけど。6人の男の胃袋を満たす量じゃなかった。
まあ私だってお昼任せろって言った手前、中途半端で終わらせるなんて悔しいって言うか……こう、ご飯足りない、お腹空いたなぁって姿を見ると、ソワソワするって言うか……!気付いたらアイテム袋から総菜出しちゃうし、追加で料理作っちゃったよね。まあすでに一品作っちゃった後で疲れたから、簡単なのだけど。幼女の体力のなさが憎いね。
結果、気づけば他の方々も興味津々で見てくるからソワソワしちゃって皆さんに振る舞うよね。料理足りなくなってさらに総菜出しちゃうよね。アイテム袋に入れてた料理、全部なくなったよ。美味しい美味しいって笑顔で食べてもらえたら本望!後で補充するし!!
っていうかルウェンさん達もクリスさん達も、すでに昼ご飯をたっぷり食べた後のはずなんだけど、どうなってるのかな胃袋。羨ましいほどたっぷり入りますね?しかもいい匂いに釣られてアリッサさんも目が覚めて、気付いたら出汁巻きハムハムしてたし。寝ぼけ眼だったけど。幸せそうにとろけた顔で出汁巻き卵をはむはむ咀嚼するにゃんこだった。可愛くない?癒し系サービスカットありがとうございました。
そんなこんなで、空を飛ぶ関係上食べすぎるとバランス崩すっていうラッセルさん以外の5人は、お腹をぱんぱんにして寝転んでいたわけです。床で。「床も洗浄されてるならそのまま寝てもいいよなー!」ってゴロゴロしだしたんだよね。ラッセルさんが苦笑するのも仕方ないね。ここの床冷たくて気持ちいいから、わからんでもないけど。
「あ、ルイ先生、ルイ先生。ここでちっと忠告なんだけどな」
「はい?」
寝転んでたアレクさんが、素早く体を起こして胡坐をかいた。
「ラッセルが空中で自由に動けるのは、
「なんと!ラッセルさんはすごく頑張ったからあんなびゅんびゅん飛べるんですね!」
「まあ戦闘すんのにただ飛ぶだけじゃ芸がないしな」
「飛んでると格好の的なんだよ。のろのろ飛んでたら危ないって事で、鍛えたんだー!」
「ほらまたフランがバラすー!」
「えー?」
「懲りねぇなお前らも」
料理の匂いやら美味しさの衝撃で忘れられてたらしいけど、フライパンを新品みたいに綺麗にした事も、実はかなり驚いてたんだって。
どんなにタワシでこすっても、洗浄魔法かけてもまったく落ちなかった外側のごつごつと底面を歪ませる凹凸の汚れと焦げ。内側の肉片残り。ガッガッと引っかかる黒焦げ。これらすべてがごっそりなくなって、さらに艶々と光沢を放つようになったんだから、彼らとしてはかなりの衝撃だったらしい。
私の洗浄魔法がレベルBだと知ると納得してくれたけど、食器類に調理器具などなど、自分達の全身洗浄も是非やってくれと頼まれた時は、思わずにやっとしたよね。ふふふ、これよこれ!待ってましたよそのセリフを!私は私が出来る事で稼ぎたかったの!
さらにクリスさん達にも頼まれてしまったのだ!一気に2チーム分の洗浄魔法案件が!定期的に稼げるようになれるなんて!安全地帯やフライパンの洗浄具合を見て任すに足りると思われたのかな?使い終わったフライパンの実演洗浄も効果ありだったかな?ふふふふ!!
<実際は何としても貢ぎたい気持ち半分、清潔になるならありがたい半分なんだけどね>
何か言ったテクト?
<うん、よかったね、ルイの得意分野だよ>
そうだよね!本当に良かったよー。私も役立つ時が来た!
ダリルさんから貰った相場の紙によると、全身洗浄は着衣も込みで1回1万ダル……うーん。これは高いのか安いのか、わかりづらいなぁ。個人経営のクリーニング店だとスーツ一着2000以上だったから、服と全身、あ、靴もか。諸々合わせればそれくらいになるのかな?
この相場に運送代5パーセントをかけると、10500ダル。それを人数分……11人。ひえ、この時点で10万超えてる。それにプラスして雑貨の洗浄は、鍋とか大物はサイズによって値段が決まってて、小物はグラムで換算?そっか、1個ずつとかだったらフォークやスプーンがどえらい数になるものね。なるほど。
円はダルなのにグラムはグラムのままなのが不思議だけど。まあいいか。いやー、近いうちデザート作りたいなーなんて思って、世界産の秤を買っといてよかったよね。電子秤になる前の、アナログな秤とほとんど変わらなかったら使いやすかったなぁ。昔を思い出すよ。お婆ちゃんとお菓子作る時は、ツマミを回して0に合わせるのが、ちっちゃな頃の私の役目だったなぁ。閑話休題。
えーっと、今回は雑貨類はアレクさん達だけだから、大きなフライパンと器にスプーン、フォークで……うん、1万。
……ひええ。この1回だけで12万超えちゃう。そんな稼いでいいの?本当に?私の洗浄にそれだけの価値ある?本格的に掃除を生業としてたわけでもないのに?
うううーん、でも困った時は難しく考えないで、買う側売る側、どっちもが納得する結果なら及第点です。ってマルセナさんが教えてくれたし。さっきもクリスさんにお茶の値段で叱られたばかりだし、自分だけで考えないで相談すればいいんだよね。
というわけで相場の通りに計算して運送代も付けての値段を紙見せながら伝えたら、皆さん即OKしてくれた。いいの?いいのかあ……
「むしろもっと取る気でいいと思うぞ?こいつらなんて、これ幸いにと寝転んでるわけだしな」
「先生が綺麗にしてくれたお陰で最高にゴロゴロ出来るぜ!」
「心なしかいい匂いがする!気がする!!」
「マジか!?俺も嗅ごう!」
「俺もー!」
「おい止めろ、俺に切り刻まれたくなかったら今すぐ止めろ」
ノリのいいアレクさん、ニックさん、フランさんが顔を床に擦り付けた瞬間、ラッセルさんが脅して止めた。切り刻むって、魔法かな?うわあ、笑顔が怖い……お怒りですねラッセルさん。
直後、正座した3人には笑うしかないです。息ぴったりだなぁ。
「全身洗浄はどうしますか?今します?んと、夕方には仕入れに行きたいので、この階には昼までしかいないんです」
「そうなの?……まああれだけ食べたら在庫はなくなるよね……」
「私らの分は洗浄の料金に上乗せしといてね!勝手に食べちゃったし、その分はちゃんと払うよ」
「ルイ、私達、ちゃんと払うから、ね?」
「はいクリスさん!」
クリスさんの笑顔から言外に「あなた安全地帯の洗浄みたく誤魔化すんじゃないわよ」って威圧感がひしひしと……だ、大丈夫です総菜の値段はわかるからそれをちょこちょこ足せば……ああー、そんな感じで考えてたお茶っ葉をすでに却下されてたのを思い出した!ちょっと多めに見積もるべきなのかなぁ。
私が今日はもうこの階層からいなくなるなら、という事で全身洗浄を今する事になった。お任せあれ!いつも私自身で試してるから慣れてるよ、服付き全身。
皆さんには一列に並んでもらって、まずは景気よく洗浄の泡をぽぽぽぽーん。これは表側の服の汚れを取るやつ。大きめの泡が特徴的で、洗濯洗剤やお湯を想像して出した。これは大部分を一気に洗浄するのに役立つ泡なんだよね。
次は体と、靴の中身。お風呂に入って体を洗う想像をして、小さい泡を量産する。
身体に洗浄かける時は細かい泡の方が効率がいいんだよね。隙間に入りやすいからなのかな?詳しくはわからないけど、助かるので使ってる。
徐々に皆さんの土埃やら血痕らしき赤いシミが消えていき、頑固に残る汚れに関しては念入りに泡を当てて落として……うん!11人全員綺麗になった!!
いやー、しかし洗浄魔法のいい所は服を脱がなくても綺麗になる事だよね!時短!!
「どうですか、皆さん。私の洗浄魔法は」
「…………」
あ、あれ?反応がない?ダメだったかな?私的にはすっごく綺麗に出来たと思うんだけど……
「いやすっげーわ!!」
「へ?」
アレクさんの声で顔を上げると、皆さん自分の袖を見たり、隣の人の背中を見たり、なんだか楽しそう。
「大丈夫でした?」
「いやいや、大丈夫も何も、こんなにサッパリした心地になるのは久しぶりすぎて……宿屋のシャワーじゃ物足りなくなりそう」
「わかる。なんかほんのりあったけぇんだよな。泡が気持ちいいとか初体験だわ」
「そんですんげぇいい匂い……これなんだろ?甘い匂い?」
ふふふ。実は数日前から私の洗浄魔法が、想像によっては洗浄後に匂いが付くようになったみたいなんだよね。よく使ってたやつの匂いが。
服なら柔軟剤フローラル、食器なら食器洗剤の柑橘系。体は入浴剤や石鹸の匂い。今日はお風呂に入浴剤のミルクの香りがするやつ入れた想像したんだよね。嫌いな人がいないようでよかった……
「そうね、不満なんて一切ないわ。むしろ綺麗になり過ぎて……これから返り血が付くのかと思うと切なくなってきた」
「やだ……汚したくない……」
「もう今日は休んでもいいよね……?」
よ、よかった、よね?
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