72.自己紹介とスタミナ丼



結局、自己紹介は改めてやる事にした。私が自棄になって叫んだら、皆さんもれなくセラスさんのツタ魔法に捕まって強制クールダウンさせられたからだ。落ち着きなさいよって事だろうけど容赦ねぇっすセラスさん。

まあね、私がいくらルウェンさん達の矢継ぎ早会話に慣れきたって言ったって、限度があるからね。正直混乱してた。10人以上に一斉に話しかけられて聞き分けられる人なんて存在するの?テクトがひょいっと振り返ってきたけどね、違うんだよ。一般人から募集中です……いや待ってテクト出来ちゃうの?聖獣はそんな所もチートなの?

いやいや、とにかく今は自己紹介だね。そういえば私、この人達に名乗ってなかった。


「私はケットシーのルイです。あっちでお肉を切ってるのは、妖精のテクト!ダンジョン雑貨店『妖精のしっぽ』を営んでますが、商品や価格は勉強中です!」

<ん、どうも>


作業中のテクトが包丁を握ってない方の手を上げる。

手元を見ると、まるでお店で売ってるような薄いお肉が積まれていた。半分くらい切れたかな、見事な包丁さばきだよテクト。


<ふふん、まあね>

「う、う!」


胸を張るテクトを覗き込んだクライヴさんが、綺麗な赤身を見せるお肉に視線を移して、ぱあっと表情を明るくした。元々柔和な印象を受ける顔だったけど、笑うと子どもっぽい顔になるんだなぁ。

そして大きな人差し指でテクトの頭をなぞるように優しく撫でた。え、めっちゃ力加減出来てる……テクトも満更ではない感じ……同じ大柄属性なのにディノさんとの差が激しすぎて戸惑う……

思わずディノさんを見ると、エイベルさんとオリバーさんに隠しきれてない忍び笑いをされながら背中バシバシされてた。あ、私が思ってた事が伝わったのは察しました。イラっとした顔のディノさんが盛大に腕を振りかぶった所で目を逸らす。私は見てない、ばちーんっなんて音は聞こえないです。悲鳴だってきこえなーい。

<『すごい、すごい、上手、えらい』って褒めちぎりながら撫でてくるから無下に出来ない、あえて撫でられてあげてる>というテクトのツン成分を含むほのぼの状況を観察してると、クライヴさんの紹介が始まった。


「あいつはクライヴってんだ。あー……ルイってあんま他の種族を知らねぇんだっけ?」

「はい。外に出た事がないので」

「じゃあ説明しとくか。クライヴは巨人族っつー、妖精族の中でも図体でかい奴が生まれる種族でな。まあディノが怖くねぇなら問題ないとは思うが、気のいい奴だから喋れなくても仲よくしてやってくれ」

「はい!クライヴさんよろしくお願いしますね!」

「う!」


テクトに伸びてた指が、笑顔と共に私へ向けられる。私の首ほどありそうな指が、絶妙な力加減で私の頭を撫でていく。おおー!これは、なかなか……ほわほわ……

は!私今ケットシー!撫でられて喜ぶ年頃じゃない!!

丁寧にご遠慮いただくと、クライヴさんはニコニコと指を離してくれた。何この可愛い人……!癒し……!

武器は巨大ハンマーらしい。こんな癒し系巨人が、モンスターの脳天に容赦なくハンマー振り下ろすとか想像したくないので、次の人お願いします。


「俺はアレク。人族だ。よろしくな!」


アレクさんは真っ赤な髪の中くらいの身長の人だ。背中に背負ってる大剣でモンスターを薙ぎ倒すスタイルなんだって。「なんか火属性が得意そうですね」って言ったら「たはー!バレちまったか!」とノリノリで返された。どうやら陽気な人らしい。

うん、外見も内面も火属性っぽい。


「俺はフラン!よく子どもに間違われるんだけど、小人族だからこのサイズでも大人なんだ!よろしくなー!」


ぴょんっと跳ねて挨拶してくれたのは、女性陣より背の低い人だ。なるほど、巨人族があるんだからその反対に小さな人の種族もあるよね。一見10代前半くらいの子どもかな?と思ってしまうけど、顔つきはしっかりしてるから大人っぽいし、そういう所で妖精族か!って察せそう。

武器は弓矢と魔法で後衛タイプなんだって。「俺魔法の矢とか打てるんだー!器用だろー!」って自ら話してくれた。あれ、顔つき大人っぽいって思ったけど、この人言動が子どもっぽいな?


「俺はモーリス。そこにいるドロシーと同じ獣人族の犬人シヤンだが、出身部族が違くてな。毛質がかなり違う。獣人のくせに毛量が足りねぇのは詐欺だとかたまに言われるんだが、生まれつきだから仕方なくねぇか?」

「私はすらりとしてかっこいいと思いますよ」

「だよな!ルイ先生は話が分かるいい奴だ!」


さっきクライヴさんの紹介をしてくれたモーリスさんは、ぴんっと立った灰色の耳と細長い尻尾が特徴的だ。ドロシーさんがゴールデンレトリーバーなら、モーリスさんはグレイハウンドって感じ。確かにもふもふとはしてないんだけど、全体的にシュッとしてて、とても素敵だと思う。

犬人シヤンが部族によってこれだけ違いがあるって事は、きっと猫人シャトも違いがあると思う。いつか色んな耳や尻尾の人が来てくれるかもって期待しちゃうね。他にはどんな人がいるんだろう、わくわくが止まりませんな!

モーリスさんは素早く駆け回って直刀みたいな真っすぐな剣でモンスターを切ったり怯ませたり翻弄したりするんだって。ますますグレイハウンドっぽいですモーリスさん。最高!


「俺はニック!人族で双剣使い!得意な事は武器破壊だぜ!!」

「販売価値が下がってもったいないから止めろって怒られるやつな」

「もぉおおお!!人がかっこつけてる時に水差すのやめねーかなぁ!?」


ニックさんは腰に下げてた、湾曲した剣と峰が櫛状になってる短剣を逆手に構えた。おおー!かっこいいねぇ!武器はシミターとソードブレイカーかな?ゲーム知識から掘り出した名前だけど、たぶん合ってると思う。特にソードブレイカーは櫛状のところで剣を挟んでボキッと折るはずだから、間違いない。

でも相手は食欲暴力に傾きまくってるモンスターだけど、武器破壊って通用するの?


<オークやゴブリン、リザードマンとか、武器を持つモンスターには効果ありみたいだよ。相手の得意な武器を壊すわけだから、攻撃力は格段に下がるよね。まあ、すぐ拳振り回すようになるけど>


ふんふん、そっかぁ。でも冒険者って、盗賊を相手にする時もあるって聞いたし、そういう時は大活躍するんだろうね。うん、適材適所!


<それにあのソードブレイカー?耐魔の魔導構成が彫られてるから、魔法をはじく手段としても活用してるよ。1人で乱戦を戦えるって意味では強いと思う>


おおお!そう言われると急にかっこいいポーズにも納得!実際に強いわけだから、うん、ツッコミ入れられなければ最後までかっこよかったねニックさん。

ニックさんにツッコミいれた人が、背中の羽をばっさと広げ、たたんだ。

そう、人の体の半分はあろうかという、大きな羽である。作りものじゃない!さっき羽広げた時、こっちに風来た!!


「俺はラッセル。獣人族の鳥人ワゾーだ。主に遠距離、空中から魔法で奇襲するのが俺の役目だな。槍とかも投げたりするぞ」


ラッセルさん、サラサラ長髪と彫りの浅い顔で優男風に見えるけど、めっちゃ男らしい声の人だった。口調も男らしい。


「飛べるんですか!」

「おう。筋肉だるまは無理だが、女子ども1人なら持って飛べなくもない」

「すごい!!」


飛べるとかすごい!!あの力強そうな羽っていうか、鳥人ワゾーすごいな!?人の体って重たいだろうに飛べちゃうの!?人類の夢ぇえええ!

いや落ち着け。落ち着くのよ私。今は興奮する時じゃない。私、さっきまで彼らを説教してたからね?しかもこれからテクトに捌いてもらったお肉を調理するからね?できれば抱っこして飛んでもらいたいとか、お、思ってないわけじゃないけど?ジェットコースターみたいな風を切る浮遊感かな?それともトランポリンで跳んだ時みたいなふわふわ感?……いいなあ。

私の視線が羽に向かったりソワソワしてるのを見て察したのか、ラッセルさんがにやりと笑った。


「昼飯の後でなら、タダで安全地帯を一回りしてやるが、どうする?」

「いやいやいやそんなお恥ずかしい事できませんよ小さな身体ですけど私は大人ですからねぇ、まったくそんな、いくらタダでも、ご迷惑で、」

「じゃあ三周」

「お昼は丹精込めて作らせてください出来れば五周!!」

「乗った!」

「ナイスだラッセル!!」

「俺達の胃袋は守られた!!」


ひゃっほーー!!と歓喜に湧くアレクさん達の後ろで、


「ルイ、チョロすぎない?大丈夫あれ?」

「テクトが反応しないから問題はないと思う。ラッセルに子ども体形に興奮する趣味があるとは聞いてないし」

「何その犯罪臭漂う心配……」

「ラッセルってなんやかや、期待されると応えるタイプだよねー」

「それにしてもルイの奴、鳥人ワゾーに興味持ちすぎだろ」

「でも考えてみれば転移する時もちょっとワクワクしてたのよね……ああいう浮遊感、好きなのかもしれないわ」

「浮遊感が苦手な人もいるっていうのに、一緒に飛んでもらうってだけであのはしゃぎようですしぃ……好きなんでしょうねぇ」

「ダンジョンってまともに遊べないし……もしかして子どもの頃から転移や保護の宝玉で楽しんでたとしたら……」

「う……!い、いっぱい飛んであげなよラッセルー……!!」

「五周と言わず十周でも……!!」

「ルイが楽しそうで何よりだな!」


と、背中の痛みに悶えてるオリバーさんとエイベルさん、こんな騒ぎになってるのに今だ熟睡中のアリッサさんを除く方々に、色々推測されてるとは露知らず。

<僕も一緒に飛んでみたい!飛行スキルは持ってない!面白そう!>って包丁片手に走ってきたテクトを慌てて止めた。

もちろんテクトも一緒にしてもらえるよう頼むから、包丁持って駆け出さない!


















お肉が全部薄くスライスされた所で、真っ黒に焦げ付いたフライパンを手に取った。

いや取ろうとしたけど、持ち上げられなかった。何このでっかいフライパン……って思ったけど、そういえば巨体なクライヴさんの手が持ってても違和感がないフライパンなんだから、相当大きいはずだよ。そんで使われてるのは鉄だから、尚更重たい。幼女には無理。

ふんぬっと踏ん張る私に気付いたテクトが支えてくれたので、そのまま持っててもらう。私はこれからこびり付いた焦げを落とす作業があるから、頼むよー。

さて、洗浄魔法で綺麗にしてあげるからね、フライパン!

まずはこの焦げを落とそうか。鉄鍋だから、塩か重曹を振りかけて温めるイメージ、からのタワシで擦るイメージだね。ヘラで削るイメージでもよし。ついでに何かがこびり付いてボコボコしてる外側にも洗浄魔法をかけると、何度か重ね掛けした後にやっと艶々した面が出てきた。うんうん、これでいいね。フライパンおめでとう、あなたは無事に生まれ変われたよ……!

そのフライパンを大きな魔道具コンロに乗せてもらって、サラダ油を回し入れる。まずはスライスにんにくを香りづけに炒めて、いい匂いがしてきたら小皿に取り出す。焼き過ぎると焦げちゃうからね。テクトが作業台にお肉を置いてくれたので、そこから一枚一枚、トングで取ってフライパンに並べた。

んー、これは豚肉だったんだね。ピンク色が白に変わっていく。


「こんな感じで、ゆっくり1枚ずつ焼いていくと、火が通ってるかわかりやすいですよ。どうぞ、見て確かめてください」

「え、もう授業始まってんの!?」

「まだ授業料決まってないよルイ先生!!」

「私はじっと見られても怒りませんからどうぞ観察してくださいって事ですよ!見て覚えるのも大切です。こういう時は、あんまり対価の事考えないでいいですよ」


まともな冒険者ほどこだわるみたいで、必ずお金の話が入るなあ。いや、大切な事なんだけどね。でも見るだけで金取るとかどこの詐欺だよ、と思ってしまうわけで。

あとまあ。


「こうやって焼いたのを別の皿に取っておく作業って、今覚えられます?肉を焼き終わったら野菜も焼いて、その後にタレと一緒にもう1回炒めるんですけど。空腹のあなた達は覚えてられます?」

「あ、黙って見てるわ」

「おっけーわかった。俺は腹を空かしてテーブルで待つ小僧だ」

「ルイ先生のご飯楽しみだなぁ!」

「俺はにんにくの匂いですでに無理……腹減ったぁ!」

「そのにんにくだけでいいから先に食べちゃダメ?」

「ダメです!」

「うー」


もう限界だったのか、ぐぅううう!!と盛大な虫を鳴かせながら倒れる方々。仕方ない。

アイテム袋から唐揚げを取り出した。鍋と一緒に食べて、ルウェンさん達が喜んでたからまた買ってしまったやつだ。結局私とテクトの食事はルウェンさん達に甘えるという話になったので、出番がなくて放置してたんだけど。

まさかここで日の目を見るとは。


「これ食べて待っててください。テクト、野菜切れた?」

<こんな感じでいい?>


私がお肉を炒めてる間に、テクトには野菜を頼んでたんだ。大きなザルに櫛切りの玉ねぎ、きのこ、それから大量の千切りキャベツ。うん、お見事!


「おっけー!ありがとうテクト」

<後は何したらいい?>

「調味料と、炊いておいたご飯出して」


隙間時間に炊いたご飯はもちろん、炊き立て土鍋ごとアイテム袋に入れてたんだよね。便利ぃ。


「それいつの間に炊いたのルイ?前に鍋で使った土鍋だよね?」

「いやー。空いてる時間があると、何かしたくなっちゃって……ついこの前に」


大体、米炊くのって放置だし。そんなに手間じゃないし。エプロン作る片手間で炊いちゃったんだよなぁ。

と思ってたら、唐揚げを渡したはずのアレクさん達が炊き立てご飯の匂いを嗅ぎつけたのか、ふらふらとテクトに近寄る。え、どしたん?


「いい匂いぃいいい!米、いいよなぁあああ!!」

「米もまともに炊けねぇもんな俺達……はー!しっかり嗅いで覚えとこ!」

「唐揚げもめっちゃ美味かったし……俺達は最高の先生と出会えたな!」

「ありがてぇ……ありがてぇ……」

「くう、唐揚げが美味すぎてさらに腹減った気がする……!!」

「うー!」


山盛りだったはずの唐揚げはすでに空になっていた。うっそ。早すぎない?ルウェンさん達より早くない?瞬殺?これは急がないとやばい。というか、ゾンビの如くふらふらとしてる皆さんにテクトがドン引きだ。やばい。

豚肉を全部焼いたら、フライパンは拭かずに残った油を少し落として玉ねぎを投入。油に溶けだした肉の旨味を玉ねぎにまとわせるように、木べらで混ぜていく。うーん、少し油っぽかったかなぁ。もうちょっと油減らせばよかったかなぁ。でも若い男の人達だからこってりでも問題ないよね?こういう時の若い胃は強いと信じよう。

次にきのこを入れて、焦げないように混ぜていく。その間火力は中火。じゅうじゅう、じゅわり。

テクトの前でだらけきってるアレクさん達に丼か大きな皿を出すように言ってから、にんにくを戻して、醤油、砂糖、酒、みりんを入れて、しっかりアルコール分を飛ばしていく。ちょっとだけ塩コショウして、出来上がり。


「テクト、ご飯と千切りキャベツ盛ってくれた?」

<ん、できたよ>


てか皆さんの丼おっきいな。炊いてあるご飯だけじゃ足りないだろうって思って千切りキャベツも作ってもらったけど、ご飯の上に山盛りにしてもまだ余裕あるよ?男の人の大きな両手に収まりきらない丼ってやばくない?ラーメン丼より明らか大きい。

これは足りるかどうか……足りなかったら在庫から出そう。そうしよう。これもお昼後の空中散歩のため!

丼を作業台に置いてもらって、ご飯の熱気でしんなりしてきたキャベツの上に豚肉野菜炒めを乗せていく。タレも掬って満遍なくかければ、スタミナ丼の出来上がり。

ちょっとにんにくが強めかなと思うけど、がっつり食べて元気を出したい時には最適な料理だと思うので。冒険者にぴったりだと思う!

皆さんの手に丼が渡ると、スタミナ丼に視線が釘付けだ。大変お待たせしましたね。


「どうぞ!ごしょーみあれ!」

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