71.怒れる幼女と洗浄魔法の使いどころ



気付けば私は、遅れて安全地帯に来た人達を一列に並ばせて、正座させていた。大小凹凸のある男性達の真ん前に仁王立ちして、感情溢れるままに握り拳を上下させる。行き場のない感情が焦げ臭い空気をブンブンかき回した。

わー!正座文化もちゃんと広まってるんだすごーい、なんて思う暇もないくらい、私はショックで悲しくて怒りに打ち震えていたのである。足元でぶじゅぅうう……と悲鳴をあげるフライパンとお肉が、私を鼓舞しているかのような錯覚さえ感じた。待っててね塊肉、お説教終わったら私が美味しくリメイクしてあげるからね!!その勢いのまま睨みつければ、6人揃って肩を震わせる。

まあつまり、食べ物を粗末にする人を、私は許せない性分だった。


「いいですか!お肉にどれだけ火を通せば食べられるようになるかわからないようなお料理初心者は!勘で!カタマリ肉を調理しようとしちゃいけません!!フライパンも!!こんな毎回焦がしてたらすぐ壊れます!!職人さんが泣きますよ!!」

「あ、はい!すんません!」

「う!」

「あなた達冒険者でしょ?今までどんな食生活してきたんですか!?」

「だいたい酒場とか、食堂とかの世話になってたかなー。ダンジョンに潜る時は大量に買い込んで食いつないでた」

「それがなくなったらどうするんです?」

「えーっと、飯が尽きた時は今みたいに肉を焼いたりとか……」

「今、みたいに!?こんな真っ黒こげなお肉を!?毎回食べてたんですか!?」

「食べてました!!」

「黒焦げだけですか?」

「へ?」

「火が通ったか、そのタイミングもわからないようでしたが、中が、生の時は、ありませんでしたか?」

「う、うぐ……」

「生食に向かないお肉も世の中にはあります。あなた達は、それを、判別できますか?」

「すんません白状します何回か腹壊しました!!」

「でしょうね!!胃腸薬いります!?」

「今は大丈夫です!!最近は生で食うのも減ってきた!!苦いけど!!」

「体に悪い!!そのうち病気しますよ!!」

「わかってるけど、何でか焦げるし……なあ?」

「だよなぁ」

「う」

「うーん。前にエイベルがやってた時は塊肉焼いてローストビーフ作ってたはずなんだが……何で俺達はできないんだ?」

「料理の才能がない」

「絶望的だな」

「才能の問題じゃない!!そんな調子でこんなに大きいフライパンをどんどん焦がして消費してったんですか!?」

「えー……あの、うん、だいたい10日くらいで……」

「10日!?1ヵ月にも満たない!!雑巾じゃないんですよそんなにぽんぽん使い捨てみたいに使っていいもんじゃないです!!途中でおかしいと思わなかったんですか!?周りの冒険者の調理工程とか見なかったんですか!?」

「じっくり見ようとすると嫌な顔されるのが多くて……エイベルのは見ても早すぎてわからんかった」

「冒険者事情は複雑ですねそれは失礼しました!お店のは!?調理場見えるお店くらいありますよね!?」

「店に入るともう充満してるいい匂いで半ば倒れるというか、満喫してるうちに飯が来ちゃうというか」


もはやメシマズが常すぎて美味しいものにありつけるだけで満足状態になってる……!!自分達の腕にまったく期待してない!!どんだけ焦げたもの食べてきたのよぉおおお!!冒険者は自炊必須でしょおおおおおおお!!もおおおおお!!


「わかりました!あなた達は基礎知識がないだけです!!私が教えますから勉強しましょう!!」

「えー……でも俺ら才能ないからさぁ」


どうせ何しても焦げるよ……とぼやく小さい男性に、私はずいっと近づいた。たじろぐ彼の表情には、諦めの色が多い。

本気で食べ物を粗末にしたいわけじゃない。彼らからは、そんな気持ちは感じられた。あまりにも立て続けに失敗しすぎて、調理に傾ける気力が削がれてしまっただけだろう。

何より彼らは、調理に関して面倒だとかは一言も口にしなかった。だったら覚えればやるはずだ。

一度。たった一度でも、自分達の手で美味しいものが作れれば、きっと諦めの気持ちは大分減ると思う。


「さっきも言いましたが、調理に必要なのは才能じゃありません。必要なのは知識と経験です。あなた達はそれがどっちも欠けてます。わからないまま何とかしようと、強火でガンガン攻めちゃうから焦がすんです。あとローストビーフはあなた達にはまだ早すぎます。無茶はダメ、絶対」

「お、おう」

「そこまで言う……?」

「いや言われてもしょーがねぇわ俺ら……」

「一番まともに焼けるクレイヴであれだもんな……」

「う」


う、としか言わない、ディノさんより一回り大きい男性が照れたように頭を掻いた。クレイヴさんってあなたですか……え?じゃあ他の人達は今現在私の眼前にある、この真っ黒こげよりひどいの?マジで?

これは絶対教えないといけない。やばい。

私もルウェンさん達に将来を心配されてる身だけども、彼らの食事事情が大変不安で……見てるこっちの胃がキリキリしそうだし。

これから長い付き合いになる人達だ。それくらいやったっていいよね?このダンジョンから離れるいつかの日まで、出来るだけ覚えてもらおう。


「ここで一度、立ち直ってみませんか。美味しい料理こそ、体が資本の冒険者には必要だと思いますよ。それに、自分達で作れればお安く済んでオトクなんですよね?」

「まあ……そう、だよなぁ」

「どうせなら美味いもん食いたいよな」

「フライパンの出費もバカにできんしなぁ」

「未熟者ではありますが、私は一応、調理スキルはBありますし。ある程度は教えられると思います」


首にぶら下がるタグを取って、裏側を見せる。6人が覗き込んで、おおおお!と感嘆した後、顔を見合わせ大きく頷き、揃って土下座した。


「「よろしくお願いしまーす!!」」

「う!」


いや土下座の文化も広がってるんかい!!















まあまずは彼らの腹の虫を黙らせないと話が進まないので、お肉リメイクを始めようかな。その前に結構広まってしまった焦げ臭さを取らないとだ。換気は大事だよ、換気。

という事で安全地帯を全体的に洗浄した。臭い取るだけなら広範囲一気にできるようになったんだよなぁ。ふふん。


「おおー!すげぇー!こんな広いとこ一辺に洗浄魔法かけれるとかやるじゃん!」

「へ、へへー!それほどでも、ありますよ!!」


素直に褒められたらによによするわー!


「いやほんと、すげぇっつか、臭いが一瞬で消えた……あれ、何だ?」

「どしたよアレク」

「いや、違和感が……ああ、妙に綺麗じゃね?安全地帯」


アレクと呼ばれた中くらいの背の人がキョロキョロして、やっぱ綺麗になってる、と呟いた。

そこで同じく疑問に思ったのか、パオラさん達も安全地帯を見回して首を傾げる。


「そういえば……確かに、綺麗になってる……」

「あ!上にあったふっるい蜘蛛の巣がなくなってるじゃん!何事?」

「言ってませんでしたっけ?ルイが綺麗にしてくれたんですよ、この安全地帯」

「私だけじゃないですよ!シアニスさんもやってくれました!」

「でも大部分はルイですよ。私ではまだ、あなたに遠く及びません」

「またまたぁ!」


私1人じゃこの範囲を短時間でピカピカになんて出来ないからね?シアニスさんってば、しれっと自分がやった事内緒にしない!

焦げ付いたフライパンとお肉の間にフライ返しを突き刺してみる。ぐぬぬぬ!私の力じゃ無理!!入らない!!


<はいはい、僕がやるよ>

「お、ありがとテクトー!」


テクテク寄ってきたテクトにフライ返しを渡すと、とってもかっこいい感じに持ち上げた。あまりにも様になってる姿に、このフライ返しもしかしなくても聖剣なのでは?ジャンルは料理、つまり料理の聖剣……なんて一瞬考えてテクトに呆れられた。もう慣れたよその反応は。


「は?ここ全部?」

「はい、ぐるーっと回ってキレイにしました。お!すごいテクト上手!」


ザクッと突っ込まれたフライ返しが、ガッガッガッと焦げを削りながら肉を引きはがしていく。簡単に削げた肉を満足げにフライ返しで持ち上げたテクトの頼もしい事よ。

テクトってば、力加減本当に上手になったよね。野菜炒め作ってた時菜箸かき回しただけでフライパン歪めた事あったけど、今なんて肉もフライパンも傷つけてない!お見事!


<まあね。これどうするの?>

「こっちのまな板に乗せてね。焦げた所切り落とすから」

「いやいやいやいや!!ルイってばこっちの話を聞いて!?そんなスルーされていい話題じゃないからね!?」

「はい?」


え、まだ説明足りなかったっけ?


「この安全地帯、結構埃とか、汚れとか、色々あったと思うんだけどなー?」

「はい!こんなにキレイな壁と床なのにもったいないなーって思いましたね!」

「それを、全部、洗浄魔法で綺麗にしたって?」

「シアニスさんとですよ」

「何で!?勝手にしたってルイの得にならないでしょ?ギルドが洗浄料を払ってくれるわけでもないし」

「こんな広い場所洗浄したらMPどんだけ消費するか……疲労感も半端ないはずなのに、むしろ損してる……」


クリスさん達と新しく来た6人の冒険者達が、不可思議なものを見てるかのような反応でこっちを見てくる。ルウェンさん達は黙ってるので、きっとこれは私がちゃんと答えなきゃいけない話なんだろう。私を理解してもらうためにも必要な事なのかもしれない。オッケーわかりました。焦げを切るの任していいテクト?


<いいよ。その次はどうすればいいの?>


薄くスライスしてくれると大変助かりますなぁ。

アイテム袋から包丁を取り出してくるりと回したテクトに任して、私は皆さんに向き直る。


「んーと、そうですねぇ。私は洗浄魔法を使うのは全然苦じゃないです。生活向けの魔法と相性がいいので、きっと消費MPも少ないのではないかと思います」


これはシアニスさんとセラスさんにも言われた事だけど、相性の良し悪しで魔法も技も、消費されるMPが変わってくるんだとか。自分が使いやすいものほど想像しやすく魔力もスムーズに動くんだって。私が洗浄魔法を連発しても疲れない様子を見て、教えてくれたのだ。

でもまあ確かに、使い慣れた箒とチリトリの方が、余計な動作がなくなる分掃除の時間短縮できるものね。そう考えれば納得のような気がする。


「次に、私の個人的な好みというか、性分なんですけど。汚れた場所でご飯作りたくないし、食べたくないじゃないですか」

「は?」

「自分の口に入るものに、ホコリが入ったらすごく嫌です」


蜘蛛は益虫だから、蜘蛛がいる新しい巣だけ残したけどね。明らか使われてないですっていう感じのだけ取り除いた。

え、蜘蛛は平気なのかって?私、田舎育ちだから虫は平気なんだよね。可愛げのない幼女で大変すまないと思います。でもシアニスさんとセラスさんだって平気だったからね!!この世界なら少数派じゃないと思います!!


「美味しいご飯をキレイな場所で食べる。健全な生活する中で1番大切な事だと思います!だから私は勝手に洗浄かけますし、お金貰わなくても平気です!私のワガママだから!!」

「だから!その!熱意を!どうして!商売に向けられないのよ!!」

「あ!そっか!」


クリスさんの熱いツッコミでハッとした。

ケットシーとしては商売に絡めた発言をしなくちゃいけないのか!また1つ勉強になったね。

まあ常識外れなケットシーって言ってるし、実際箱入りとかダンジョン入りとか呼ばれたし。今から一般的なケットシーらしさ学んでます感あってもおかしくない!


「商売、商売……えっと、じゃあ、キレイになってありがたいなーって思ったら、うちで商品買ってください。売り上げこーけんにお願いします!」


ってにっこり笑ったら、手で顔を覆った方々が呻いたり天井を仰いだりした。中には胸を押さえてる人もいる。

は?何事?


「はーーーーー!!どうしてくれようかしらねこのケットシーは!!」

「何でこんなにいい子なんですかもぉお……これだけやったのならもっと私達に請求していいですよぉ!」

「買うよー!いっぱい買うから払わせてよー!!」

「貢いでやろうかこの箱入りケットシーめ……!」


え、何で?何で私に貢ぐ話になってるの!?

慌てる私の前に、アレクと呼ばれた人を筆頭に男性陣が並ぶ。ほあ!?


「ありがとうケットシー先生!俺、アレクって言うんだ!よろしくな!!所で俺らの授業代はどれくらい払えばいいかな!言い値で払うぜ!!」

「俺はフランだ!よろしくー!授業料は10万?20万?それとも50万か!?任せろそれくらい払えるからな!!」

「う!」

「こいつはクライヴ。でかいが気のいい奴だ、仲よくしてやってくれケットシー先生。俺はモーリス。授業の話よろしく頼む、切実に美味い飯が食いたい」

「俺はニック!困った事があったら言ってくれ!解決できるかわからんが手助けはする!」

「俺はラッセルだ。つかぬ事を聞くがそっちの妖精くん?が切った肉はどうなるんだ?そのまま食う感じか?出来れば生は勘弁してくれ。過去に当たったのは俺なんだそれを思い出すと腹痛がやばい」


ちょ、あ、え?授業料!?あ、そうかタダで教えちゃダメなのかケットシーだからね?うん自己紹介はありがとうございます知りたかったからね名前。えっとあれ、10万が何だって?生で何て?


「1人ずつ話してください!私聖人じゃないんですよ聞き分けられるか!!」


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