69.料理にこだわる訳と値段の話



お昼は鉄板を使った巨大パエリアと、ポトフだった。

ディノさん曰く獣人族の郷土料理的な炊き込みご飯らしいけど、旨味スープを吸って色付いたご飯や短く折られたパスタ、オーク肉、カメレオンフィッシャーの魚っぽい肉、彩り野菜が鉄板のギリギリまでたっぷり入ってるのを見ると、サイズの大きなパエリアにしか見えないんだよね。足りないのはサフランの黄色くらい。

っていうか鉄板のオールマイティーさがやばい。縁が少し反ってて美味しい汁気を一切逃さない感じがもう、エイベルさんの強いこだわりを感じます。いいなぁ。

ステーキを食べた日にカタログブックで魔導具鉄板調べたんだけど、大きさや鉄板の質の違いとかはあっても、エイベルさんみたいに細部までこだわった鉄板はなかったんだよね。今だって鉄板を皆で座って囲むために長い脚部分をたたんで、テーブルくらいの高さにしてくれてるもん。すごくない?高さ調節ができるんだよ?食べ物焼けるテーブルだよ?立ってても座ってても使える鉄板って無敵じゃない?世間の方々は何でこういう商品を作ってくれないのカタログブックは非売品は何故か取り扱ってくれないんだよ!?是非エイベルさんに学んで開発していただきたい!!一般的に出回れば私も買えるんだから!!

まあ、そんな一方的な憤りはパエリアを口に含んだ時点であっさり霧散するわけでして。口内に入れた瞬間、ぶわわっと広がる旨味のオンパレードに、幼女は悶えるしかできないのである。

ああー!うまぁ!!オーク肉のジューシーさがご飯とパスタに染み込んで、一緒に噛めば噛むほどにじゅわじゅわ旨味がとろけ出てくる!けどそんなオーク肉に負けない存在感を出すカメレオンフィッシャーのほろほろ淡泊魚肉!野菜の甘み!どこを食べても美味しいってずるい!!スプーンが止まらない!!


「ルイ、おこげも美味しいわよ。まだ食べれそう?」

「はいもちろん!食べれます!」


おこげもパリパリ歯ごたえと香ばしい匂いがたまらーん!そう思った時には素早くテクトが鉄板からおこげ部分を取り上げていた。相変わらずの適応速度、テクトも目を輝かせておこげをモグモグしてる。うんうん、格別に美味しいよね。女性陣に挟まれた私と、男性陣に挟まれたテクトは向かい合ってるから、テクトが満足してるのがよく見えるよ。


<ルウェン達が作る料理って美味しいし、この速度に釣られて止まらなくなるよね……ルイ、これパエリアだっけ?作れる?また食べたい>

 

ルウェンさん達と同じくらい素早く取り皿へ山のように盛り付けて、バクバク食べてるテクトから期待した視線向けられる。

テクトって、炊き立てのご飯は結構好きだよね。食パンには劣るけどって一言付けつつ、尻尾めちゃくちゃ振るよね。ぶんぶん振られてる尻尾を見て、思わずにやけた。相当気に入ったんだなぁ、パエリア。

テクトが気に入ったなら作ってあげたいけど、んー、どうだろ。パエリア自体は作れるよ。何度かホットプレートで作った事あるから。でも今食べてるパエリアは、これだけ大きい鉄板で大量に作るからこその美味しさがぎゅうっと詰まってるわけでして。同じものは作れないだろうなぁ。

つまりテクト、美味しいパエリア食べたかったらルウェンさん達……特に鉄板料理人エイベルさんにおねだりするしかないと思います。


<そっか……まあ近いうちに催促しよう>


その時は私も協力するよ。恥をかき捨てた全力の幼女パワーをお見せしようじゃないか。ふひひひ。

<その笑い方は止めた方がいい>ってポトフ食べながらのテクトにツッコミ入れられてると、シアニスさんが口の中身を飲み込んで、にっこり微笑んだ。


「テクトは……ちゃんと食べれてますね。人数増えても問題なさそうです」

「えー、すっごい食べるじゃん。小さいのによく入るね?お腹はちきれない?」


女性陣の視線がルウェンさんとエイベルさんに挟まれたテクトに集中するけど、本人は我関せず。パエリアをぱくり、ポトフをぱくりごくり。


「テクトは私達に負けず劣らずの速度と底なしの容量持ってるわよ」

「あんなに食べる妖精初めて見た……って、あー!エリン!それアタシが取った肉!!」

「私腕が短いから届かないんですぅ。はぁー、美味しい……」

「こんのっ……!」

「こらこら。あんた達、招いてもらって行儀が悪い。止めてちょうだいよ」

「気にしないでください。むしろいつもの癖で早く食べてしまう私達が人を招く側としてあるまじきと言いますか」

「強奪する勢いじゃないと食べたいものなくなるわよ」


そう言うセラスさんは私がおこげ気に入ったのを察したのか、隣のディノさんからこっそり取って私の皿に入れてしまった。わぁお鮮やかなお手並み。

ディノさんごめん、ちょうど余所見してたから気付かなかったんだね。おこげ美味しいからありがたくいただきます。

あ、そうだ!ポトフにおこげをちょっとだけ入れてふやかして、おこげスープにしよう!これ絶対美味しいはず!

ディノさんとセラスさんの「取った」「取ってない」の口喧嘩をBGMに、おこげをスプーンで押し込んで、パエリアの旨味が溶け出たスープと一緒に掬って口の中へ。んんー!おこげがパリもち、ポトフがさらに濃厚に……!


「ルイ、美味しそうな事をしてるね」

「オリバーさん、美味しいに美味しいをかけたら、もっと美味しいにしかならないですよ!つまり美味しくて最高ですこれ!」

「そうだな、確かにそうだ!俺もやってみよう!」

「ルウェンと同じ思考回路してんなー」

<何それ美味しそう僕もやる>


ルウェンさんとテクトが真似すると、他の人達も揃っておこげをポトフに入れた。クリスさん達もいそいそと鉄板からおこげを回収してるし、口喧嘩中の2人は言い合いながらおこげを沈めてる。相変わらず器用だなぁ。

皆さんほっこりおこげスープを味わってると、パオラさんが幸せそうに息を漏らした。


「……毎度思うけど、シアニス達って料理上手っていうか、凝ってるよね……美味しい」

「まあなー。どうせ食うなら美味いもん食いたいだろ?」

「その気持ちはすっごくわかるんだけどねぇ。探索で疲れてたり痛かったりでそれどころじゃないっていうか、何でもいいからお腹いっぱいにして休みたいって気持ちが勝るっていうか」

「これくらい手間暇かける事はなかなかないわ。それこそ、料理人かってくらいこだわってるじゃない」


クリスさん達は気に入ってるお店の料理をアイテム袋に入れて持ち込む事はあるそうだけど、長期間探索するとなると5人分の料理はかなりの量になる。つまりお店の料理は財布に大打撃となるわけで。

食材そのものを大量に買い込む方が安上がりなんだよね。


「ご飯を節約して装備にお金回したいので程々にしてますけどぉ、やっぱり自分達で作るとなると、そんなに頑張れませんよぉ」

「私達だって最初はそんなにこだわってなかったわよ。調味料も満足に揃ってなかったし、とりあえず大量に作れる料理!みたいな感じだったわ」

「懐かしいですね」

「でもルウェンがさ」

「俺が?」

「あー、ほら覚えてねーわ。当たり前みたいな顔しておいてこれだぜ。人をここまで担ぎ上げといて」

「元々の発端はルウェンでも、便乗したのはエイベルでしょ」

「さてな。俺じゃなくてシアニスだったろー」


すっとぼけた声だけど表情は明るいエイベルさんは、まだ首を傾げてるルウェンさんの肩を軽く叩いた。

懐かしい顔で皆さんが語ったのは、ルウェンさん達がパーティを組んでしばらくしてからの話。日々の稼ぎで悠々と生活できるようになった頃。ルウェンさんが市場で、味噌を見つけたんだって。

故郷の味が恋しくなったルウェンさんはその場で味噌を買って持ち帰ったものの、味噌を使った料理はほとんど覚えてなかったそうで。というかまともに料理をし始めたのも故郷を出てからだったから、母親が作ってくれてるのを朧げに覚えてるだけだった。ルウェンさん以外は初めて見る調味料だから、もちろんレシピなんて知ってるわけがなく。結局、皆さん顔を突き合わせてああでもないこうでもないと試行錯誤して、ルウェンさんの記憶を掘り起こしながら、味噌汁を作ってみたんだって。

結果は「ちょっとしょっぱいけど美味しい」とルウェンさん的には満足のいく味だったんだけども。

これで火が付いたのはエイベルさんとシアニスさん。シンプルに美味しい!懐かしい!の言葉が聞きたかった2人としては、ルウェンさんの反応は納得いかなかった。エイベルさんは出汁の取り方やら味噌の量を色々試してみたり、シアニスさんはルウェンさんの故郷の食文化や文献を図書館で片っ端から漁って調べたりしたんだって。それでも毎日モンスター狩りもしてたっていうんだから、どれだけ情熱注いでたかよくわかるね。

限りある味噌が底を尽きかけた時、努力のかいあって、やっとルウェンさんの故郷の味が再現できた。味噌汁を飲んだルウェンさんが思わず涙を零すほどの美味しさだった。


「それは覚えてるぞ。エイベルとシアニスが俺のために頑張ってくれたんだ。あの時の嬉しさも、味噌汁の味も、ちゃんと覚えてる」


泣いてはいなかったと思うが。と言うルウェンさん。いやたぶん、皆さんの反応を見るに泣いてたと思うよ。


<うん、記憶を見ても、泣いてるね>


はい、チートな聖獣様からも証言いただきました。

まあルウェンさんの事だからきっと、自分の涙より、仲間が頑張ってくれた事が何倍も嬉しくてたまらなかったんだろう。自分の怪我を忘れてシアニスさんに付き添っていたあの姿を思い出せば、なんとなく納得できる。この人は恥ずかしくて忘れてるふりをしてるんじゃないって。


「俺の曖昧な記憶と文献で、あんなに美味しい味噌汁を作れる2人は天才だと思ったんだ」

「それ!それだよ!!その言葉に乗せられたんだよー」

「あんなに輝いた顔でべた褒めされたら、本当にそうかも?と思ってしまいますよね。あれ以来、料理に熱中してしまいました」

「こんな小せーフライパンじゃ俺の理想は作れねー!とか言い出して、鉄板作り始めたのもこの頃よね」

「あの時は美味い焼きそばがどうしても作りたかったんだよ……!今も使えてるんだからそれ以上言うな!」

「そして毎日ルウェンが美味しい!と顔を輝かせるのを見てさらにやる気が満ち溢れる2人……便乗してしまう俺達」

「ああー……わかる。わかります!」


私もテクトに美味しい!って言われると、めっちゃやる気出るし、次はもっと美味しいの食べさせてあげよう!って気になる!!当時のエイベルさんとシアニスさんお気持ちがよぉおくわかってしまう!!


「こんな感じで徐々に舌を肥えさせられたせいでな……飯にこだわりを持つようになっちまったんだよ」

「恐ろしいわね料理への情熱」

「おっそろしいのはルウェンでしょ」

「それは言わないでおきましょうよぉ」

「いやー、なんて言うか……巡り巡ってそんな経緯の美味しい料理を私が食べてるんだから、人生何が起こるかわからないね!」

「ドロシー……それフォローになってない……」

「あれ!?」
















食後のまったりタイム中に、クリスさんに宝玉とほうじ茶について聞かれた。お、おおう!商売タイム!店長頑張るぞ!


「宝玉は4種類1個ずつ欲しいんだけど、ほうじ茶はどれくらいの値段か聞いていい?」

「はい!えっと、この紙袋に300g入ってるんですけど、1500ダルに運送代を足して1575ダルですね!」


茶葉は1杯3gが目安だとして、5人で300gだと、1人当たり20杯。実際入れてみればはもっと飲めるだろうけど、定期購入してもらうならこれくらいの量かなーって思ってたんだ。あと単純に私が数えやすいから。茶葉の元値が1000円、なんの変哲もない茶色い紙袋が100円均一で数枚セット。さすがに日本語が書かれた元々の袋に入れたまま渡すわけにはいかないから、紙袋に入れ替えたんだよね。それで手間賃で500弱足して、切りのいい1500に。そして100階は運送代5パーセントなので75ダルをプラス。うん、覚えやすい。

ちなみにルウェンさん達は私に入れてもらうのが間違いなく美味しいから買わないらしい。おかわり分から言い値で支払う、って言われたけどそれも値段考えないとなぁ。

って思ってたら、クリスさんにがっしり肩を掴まれた。


「駄目よそんな安値じゃ!こんなに美味しいのに!もっと取らないと外の商人が怒り狂うわよ!!」

「そんなに!?え、量が少ないとかの話じゃなくて値段ですか!?」

「量なんて何個も買えば一緒でしょうが!それより値段よ!もっと取るべきよ!!」

「でも明確な産地とか言えないっていうか、元値が1000ダルだし!」

「元値は口に出さない!っていうか本当に安いわね!?ああもう、商業ギルドの許可取った時に値段の相場聞かなかったの!?」

「は!色んなものの相場書いた紙、貰ったんでした!!」


100階に来たのが嬉しくて忘れてた!!

リュックをわあわあ漁る私と心配を募らせてきたクリスさんを見て、皆さんが微笑ましくしてたとは露知らず。


「これはシアニス達が心配になるのもわかるわ。あの子純朴すぎ」

「……クリスの世話焼きが顔を出した……シアニス達の出番取ってごめんね」

「いいですよ。たくさんの人と触れ合うのも勉強です」

「信用できる人数増やした方がいいだろうしなー」

「親身になってくれる人がいるって、まずは覚えてほしいよね」

「ああー、なるほどね。お茶出してもらった時疑わなきゃよかったなぁ」

「あれくれぇで怯むほど弱くねぇよ。今は笑ってんだろが」

「ですねぇ。アリッサのおバカさんのお陰ですぅ」

「あれ、そういえば、その問題のアリッサは?さっきから声が聞こえないけど」

「カーペットの端っこで丸まって寝てるよ」

「さっき吸い込まれるようにカーペットに近づいて、寝転んだら一瞬だった」

「自由か」





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