番外編.帰り道より



「あ、お疲れ様です。無事、用件は終えられたんですか?」


ダンジョンの受付にいたヴィネは、宝玉にて帰還したダリル、グロース、マルセナに気づき立ち上がった。他の受付も姿勢を正して向き直る。

ダリルは軽く手を振って、ゆっくり歩いてきた。2人もそれに続いてくる。


「まあね、何とか終わったよ。ああー、いいよいいよ楽にして。毎日お疲れ様だね。今は暇な時間かな?」

「もう少しすると、昼を求める冒険者がちらほら出てくるくらいですかね。今日は新人が多かったのですぐ出てくるとは思うんですけど」

「そういえばこの前、新人研修したねぇ。そっかそっか。もうダンジョンに潜れるくらいになったんだねぇ。フルビア君的にはどうなの、新人達」

「んー、そうですねぇ。ダンジョンに入る前のやる気が帰ってくる頃になくなってなければいいなー、とは思いますよ」


先輩であるフルビアの、手厳しい言葉にヴィネは思わず言葉を呑み込んだ。次に出す言葉を見失い、呑むしかなかったのだ。

本当は、挨拶ついでにダリル達が何をしに行ったのか、聞き出したかった。

先日はセラス達を追いかけるように護衛のグロースを連れてダンジョンへ入って行くのを、ちょうど受付だったヴィネは見送ってしまった。ダリルは新人がどれだけ頑張ってるか見守るとか、モンスターの分布が変わってないか調べるとか、そういう理由でダンジョンによく入るのでなんらおかしい事はないのだが、友人を追いかけているように見えたのが、不安の種になった。

そのセラス達も、ダンジョンに入る時に「買い忘れた物があったわ。先に行ってて」なんて言ってディノを連れて街へ戻り、先に行ったはずのオリバーが戻ってきたり、宝玉を無駄遣いするような事を何食わぬ顔でした一連の様子が、ヴィネの不安をさらに募らせる事になっていた。彼らはいつも宝玉が見つからないと嘆いていた。友人であるヴィネは愚痴を聞いていたし、覚えていた。

そのむくむくと成長した不安を刺激するように、今日は商業ギルドのギルドマスターまで巻き込んでダンジョンへ潜っていったのだ。ヴィネの不安は、元々あった108階の化け物の事もあって日に日に彼女の表情を曇らせている。

ダンジョン内で何が起こっているのか、それに友人達が関わっているのではないか。ヴィネが聞き出そうとするのはもっともな事だった。

だが、ダリルも先輩も、その言葉さえ出させるつもりがないらしい。頑張ってねー、と労わりながらも帰っていったダリル達を、見送るしかできなかった。

気落ちするヴィネの肩を、フルビアが抱き締めて頬を寄せる。


「しゃーないでしょ。ギルドマスターが喋る気なかったんだから、私らは話合わせるしかできないわよ。そんな気落ちしないの」

「でも……」

「どうせギルドマスターの事だから化け物がどんなものか遠くから見てみようかなーとか、グロース任せの危険な散歩楽しんでんのよ」

「じゃあ何で今日は商業ギルドの人連れてったんすか。こんな頻繁に入るのも珍しいじゃないっすかー」


108階の化け物が判明した日も一緒に仕事をしていた同期、ジャックが口を尖らせて不満そうな顔をした。


「そんなの私が知るわけないでしょ」

「ええー!先輩、何も知らないのにギルドマスターの話にノリノリで返事したんすか!?」

「今、話す気がない人に何言っても無駄でしょ。そのうち発表されるわよ。あの人、ちゃらんぽらんだけどやる事はやるし」

「そうだと、いいんですが……」


今だ晴れないヴィネの表情を見て、フルビアは肩を軽く叩いた。気合を入れたのだ。これが男なら背中に力いっぱい叩きつけている。


「そんで、ヴィネは心配したんだぞーって帰ってきたシアニス達に言えばいいのよ。友達なんだから」

「……はい。ありがとうございます、先輩」

「いいって事よ。さー、仕事するわよあんたら。記入漏れしたら事だかんね」

「はーい」


後日、ギルドから100階付近で公認の雑貨店が開かれた情報の提示、そしてシアニス達の説明を受けたヴィネの表情は明るく晴れるのであった。
















なかば無理やり連れてきたのだから、もちろん丁寧に送り返す必要がある。

マルセナを商業ギルドへ送る途中、彼女から疑問を切り出された。


「いったい彼女は何者ですか?」


連れて来たのはダリルなのだから、勿論、聞かれるだろうなーと思っていた。

返す予定だった言葉を、彼はそのまま声に出す。


「ダンジョンの外に出ない世間知らずのケットシー、だね」

「それはわかります。あれは相当な箱入りの反応ですよ。宝玉を無償で渡すなど……商売人気質であるケットシーとしてはありえません」


愛嬌のある顔の裏できっちり計算をこなす。商品に粗悪品は絶対にないが、値引きなどは一切しない。価値あるものを正しい値段で。妖精族の守銭奴とは、彼らの事を示す言葉だ。

しかしだからこそ、商売相手としてはある程度信用を持てる相手なのだが。


「彼女の言葉を信じるなら、ダンジョンの外に出た事ない、らしいしね。何も知らないんだろう」

「それにしては程がありますよ……何事か企んでいるわけではないんですね?他国の手の者……例えば、最近大陸戦争へ参戦したフォルフローゲンからのスパイという可能性は?」

「あー……」


マルセナが言いたい事はわかる。

随分と昔の、とある国の話だ。

その国に他国から流れてきた商人が店を構えた。商人が営む雑貨店は、名の通りたくさんの商品を取り揃えていた。生鮮食品、生活用品、文具、武器防具、魔導具まで。さらには客が頼めばどんな商品だろうと数日で取り寄せた。その店に行けばありとあらゆるものが手に入ると謳われ、大変繁盛したそうだ。国中に支店が出来、人々がこぞって訪れたという。

繁盛する陰でいくつかの店が立ち消え、それでも平和だった。商人が作った雑貨店があったからだ。雑貨店がなければ生活がままならない、なんて冗談が飛び交った頃。

商人が、忽然と姿を消したのだ。雑貨店はすべて、閉店の札がかけられ、もぬけの殻となっていた。

突然の事に驚いたものの、大多数の国民はそれほど深刻には考えていなかった。商人はどこに行ったのか。そもそもどこから来たのか。何者なのか。店がなくなったら少し困る。閉店するほど困窮したようには見えなかったけどな。程度の認識だった。

生活がままならない、と言ったのは本当に冗談だった。別に雑貨店がなくなっても、元々ある商店で必要なものは買える。いくつかの店をはしごする、そんな昔に戻っただけだ。

そんな話題に花咲かせていたのだ。言い知れない不安を払拭するためだったのか。本当は、深刻に考えたくなかっただけなのかもしれない。見えない恐怖を、おそらく誰もが感じていた。

真っ青になりながら農村や漁村から帰ってきた仕入れの者達が、食べ物がほとんどなくなっていたと語ると、不安は蔓延した。

その日の前日、各地に点在する農村の備蓄をすべて買い取っていったのは、商人の手の者だった。農民はいつも通り売ったつもりだった。商人は毎回、農民達が生活に必要な分以外を買い取っていた。元々あった取引先がいつの間にか少なくなっても、その余剰分すべて買い取ってくれたから助かると思っていた。

国中から食料が消えた。食料だけじゃない、工房から武器や防具も消えた。魔導具も消えた。皆が口を揃えて言った。


「いつも通り、いつもの商人に売っただけだ」


消えたのは商人でも、雑貨店でもない。生活に必要なすべてだった。

物資が消えた国は数日も立たず隣国から攻め込まれ、瞬く間に滅んでしまったという。

その噂の商人が、隣国のスパイだったのではないか。というのが後の世の見解だ。

だがダリルは、ルイ君はまったく関わりがないだろうなぁと思った。口には出さなかったが。


「不安になるのもわかるよ。彼女はあまりに無知だ。自分がどれだけ価値のあるものを持ち得ているのか、まるでわかってない。だから善意のつもりで渡してくる」

「あれが善意、だと言い切るのですか。ケットシーですよ。私はケットシーと幾度となく話してきましたが、その誰もが一筋縄ではいかない相手でした」

「その常識から外れちゃったケットシーなんじゃない?」

「……随分、彼女の肩を持つんですね。冒険者ギルドのマスターともあろう方が、贔屓ですか」

「いやー、だってねぇ。あのグロース君が、ルイ君を気に入っちゃったんだもの」

「グロースさんが?」


マルセナの眉が跳ね上がる。

グロースが鑑定スキルの手練れだという事は憲兵組織、各ギルド上層部には周知の事実だ。そのスキルで、市民に紛れた連続殺人犯を捕まえた事件は記憶に新しい。最初は罪を認めなかった犯人も、自宅に隠していた凶器が見つかると顔面蒼白になり白状しだした。

憲兵組織に所属している鑑定士が凶器を見れば、誰の持ち物で、どのように使用されてきたかがわかるからだ。鍛錬を積んだ鑑定士がいるからこそ、憲兵は犯人と凶器を探し、逮捕する。遥か昔は現行犯でなければ捕まえる事が出来なかったらしいが、末恐ろしい話だ。

犯人は、絶対に見つからない場所に隠したのに、どうして……?と、茫然自失だったらしい。その隠された凶器を発見したのもグロースだった。

あまりにも的確に言い当てるので、もしや共犯なのでは?と一時期疑われはしたが、鑑定スキルはレベルが高ければ高いほどものの本質を見破るという事実、ステータスを示す魔導板に現れた偽りようのないレベルの高さに、なるほどと誰もが納得したのだった。この世ではステータスチェッカーに出されたスキルの正当性が信頼されている。

彼の鑑定スキルはS。最高クラスの鑑定眼の持ち主だった。商売人でもなかなか辿り着けない、至高の瞳だ。その目は人の悪意さえ見逃がさないのだという。


「ものの本質を見抜いてしまうグロース君は、腹に色々抱えた大人には敬遠されるけど、一方で純真無垢なものには惹かれやすい。子どもに群がられる彼を見た事があるだろう?子ども特有の無垢さが好きなんだよ、彼は」

「……情報からすれば、彼女、50年は生きてるようですが?」

「あんなに無知じゃ子どもと同じじゃない?」

「……グロースさんが気に入ったとして、それでどうしてスパイじゃないと言い切れますか」

「だってグロース君、戦争嫌いだし。平穏を崩されるのが嫌でこの国に流れてきたようなものだし……そんな彼が、戦争の発端になりそうなスパイを見逃すばかりか、気に入って懐に入れると思う?」


護衛として付かず離れずの距離でついてくる一見儚い男を、マルセナは一瞥した。

そういえば、彼が捕まえた連続殺人犯の主な被害者は幼い子ども、と書かれた報告書を思い出す。街中ですれ違っただけの男を、腕を捻り上げ、問答無用で憲兵に突き出した。こんな出鱈目な逮捕劇、今までなかっただろう。

どうやら、あの可愛らしいケットシーには出鱈目な護衛がついてしまったようだ。安全性が格段と上がる、という意味では構わないだろうが、本当に彼女がスパイだった場合はどうするつもりなのだろうか。


「まあ、何かあったら彼が責任を取るでしょ」


マルセナが考えていた事の返事を突然貰い、目を白黒させた彼女は、しかし数秒後には不機嫌そうに眉を寄せた。

この男の、悪い癖だ。時々、人の心を読んだかのような発言をする。それが大変胃をキリキリさせるのだと、意地悪な初老にいつか訴えたい。慰謝料請求ならこっちに分があるのだ。

だが、それより今はルイの、その周りの話だ。


「では、かの冒険者達があれほどまでに肩入れする理由は?命を救われたとは、あなたから聞き及んでおりますが……だからと言って、あそこまで口出しするものでしょうか」

「そうだねぇ。まあ確かに、過保護な感じはしたね」


冒険者は基本、貰ったものと同じ価値のものを返して、後腐れなくバイバイするものだ。根無し草で命の危機が常に隣り合わせな冒険者は、返せる当てがないものは貰わない。貰ってそのまま逃げるような輩もいるが、彼らはまっとうな冒険者だ。契約式具に登録された情報にも、逮捕歴はない。短くはない付き合いの中、ギルドとして情報を確認しなくても、それくらいは知っている。特に借りを作るのが嫌いなエイベルとセラスの事も、ダリルはもちろん知っている。

そんな彼らが、しばらくルイを見守るのだと言った。さらには魔法を教えたりと、通う予定も立てていた。かなり驚きはしたが、ダリルは何も言わなかった。

どうせグランミノタウロスを倒すために、ダンジョンに潜って稼ぐ事はわかっているのだ。その間、彼らが何かしていてもダリルの管轄外。冒険者は自由なのだから。

ギルドが口を挟む問題ではない。


「その理由を、あなたはご存知ないのですね」

「んー、まあ聞いてないからね。でもまあ、彼らが何か隠してるのはわかるよ。ほら、ルウェン君って隠し事出来ないタイプでしょ?何かあると彼の言葉を止めてるの、バレバレなんだよねぇ。彼らの涙ぐましい努力のお陰で、確信的な発言は聞けてないんだけどさ」

「ルウェンさんは無理でも他の方々なら可能でしょう。ルイさんが何も知らないのをいい事に、悪用する事だって……」

「そのルウェン君がよしとしないなら、やらないよ。彼らはそういうチームだ」


あまり付き合いのないマルセナは知らないだろうが、全員が真正直で誠実なルウェンに恩義を感じて集まったチームだ。彼が悪行を許さない限り、最悪はありえないだろう。ひねくれて本音を言わない彼らだが、それだけの信頼はある。

つまり、彼らが隠しているのはルイの善意を利用する事ではなく、ルイ自身の秘密に関わる事だ。

個人の秘密なら絶対に口を割らないだろうなぁ……と、ルウェン達をよく知るダリルは隣で眉を寄せて考え中のマルセナに微笑む。


「まあ、マルセナ君が色々納得できないのもわかるよ。ルウェン君達の対応もそうだけど、ルイ君が持つ雰囲気はあまりに平穏すぎるからね」

「……まあ、そうですね。冒険者の事はあなたの方が詳しいでしょう。あなたが問題ないというなら、商業ギルドとしては何も言う事がありません。確かにルイさんはおかしいです。ダンジョンの中で育ってあれでは、違和感を持つなという方がおかしい……ダリルさんは、何故認可タグを発行したのですか」

「ルイ君が『誰かの役に立ちたい』って言うからだよ」


あんなに真っすぐに、目を逸らす事無く、認められるか不安な顔して……まるで孫が勇気を振り絞って相談してきたかのような姿で。


「老人としてはね、若者のやる気を削ぐのはよくないと思うんだよねぇ。冒険者が安全に深い階層潜れるならそれに越したことはないし」

「それが本音でしょうに……はあ」

「ん?」

「商業ギルドとの契約を認めたのは私です。ラースフィッタ支部を任された私が、この目で見て、構わないと判断したのです。今更文句を言うのは筋違いでしょう。耳汚し、大変失礼しました」

「いやいや、僕も結構言っちゃたしね。お互い様って事で」


そう言うダリルを鋭い視線で射抜き、しかし微笑み返されては次に何もいう気になれず。

マルセナは柔らかい壁を殴って盛大に跳ね返されたような気分を味わった。


「ルイ君の優しさを悪用する者はいるだろう。特に、なかなか下へ潜れずくすぶってる冒険者達はね。だから彼女には下層でとどまってもらうよ。100階付近の子達なら問題ないでしょ」


悪感情を抱く者を感じとるという小さな妖精の、その精度がどれほどのものかは知らないけれど。

全幅の信頼を預かって胸を張る、うさぎともリスともわからない妖精の姿を思い出す。


「……そうですか。私としてはこれ以上言うつもりはありません。が、いつかつつかれますよ」

「それまでにちゃんと危機感のわかる保護者が傍に出来るといいねぇ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る