68.毛色の違うケットシー



ダリルさんによって制限された情報は、グランミノタウロスと上級ポーションの存在、私達の住居階層だけ。曰く「それ以外は話してもいいよ、本当の事も話さないと皆納得しないからねぇ」らしい。

だからシアニスさん達にとっては不愉快だと思うけど、遭遇して死にかけた事はむしろ拡散してほしいから話しておいてね、って言われたんだって。名前を伏せられた108階の怪物を知ろうと思っても、自分達より実力者であると知ってるシアニスさん達がという事実が当事者から語られれば、そも108階への興味を失せさせるという思惑があるとかなんとか。それだけの効果が出る程、彼らの実力が突出してるんだなぁって思うのと同時、冒険者にそれとなく脅しかけてるみたいでダリルさん容赦ないなぁとも思った。冒険者のためだとは思うんだけど、手段を選ばないところがねぇ。

「まあ事実だしその分報酬貰うし近いうちやり返す予定だから全っっっ然構わないんだけどね?」とは満面笑顔なセラスさん談。いや、全然の所に力入りすぎてて、本当に構わないの?って聞き返したくなったよね。背筋がぞわっとしたから言わなかったけど。美人の凄みは怖い。この時ばかりは牛とダリルさんに同情してしまった。たった一瞬だけどね。

で、そんな制限の中でシアニスさんが話した結果。


「ねーねー、ルイっていつからヘルラースで商売してるの?私ら、このダンジョンに雑貨店あるって聞いた事なかったからさ、ちょっとびっくりしたんだ」


ぷんすこするアリッサさんから視線をさっと外したドロシーさんが、私ににっこり笑いかけてきた。

興味の対象が私に移って質問タイムかな?え、いいの?あっちまだぷんすこしてるよ?って思ったら、そのアリッサさん含め、他の皆さんも黙ってこっちを見てるじゃないですか。こっちがびっくりした!切り替え早いなぁ!さすが冒険者!


「聞いた事ないのは当然ですよ。ちょうど今日出来たばっかりですから」

「は?今日からぁ!?初日にこんな深いところで商売してんじゃないわよ!もっと浅いところ行けば?」

「えー……いつもはもう少し深いところをうろうろしてますから、寧ろ安全な方に寄ってってると言いますか……宝玉があるからどこでも一緒かなぁって」

「待って?どういう事?普段は100階より下にいるって事?ケットシーであるあなたが?小さな妖精とたった2人で?」

「ええはい、まあ……もう慣れましたねぇ」

「……何か事情があるの?」

「ルイはダンジョンで生まれて以来、仕入れ先以外の外を知らないそうですよ。ちょっとした箱入り娘ですね」

「「はあああああああ!?」」

「箱入りどころかダンジョン入りじゃないのよ!!……いや自分で言っててわけわかんないわ!!何よダンジョン入りって!!」


それからは怒涛の質問攻めだった。女3人寄れば姦しいとは言うけれど、なんたって倍以上いるのである。まるで言葉の嵐だったよね。シアニスさん達のノリに慣れてようがあれはさばき切れない。無理!

聞かれた事に「はい」「いいえ」って答えるだけの人形と化しましたよ私は!まったくもう!頼りのシアニスさんは微笑ましいホームビデオを見てるかのような菩薩の笑みで、時々口挟む以外は傍観してるだけ。テクトは害なしと判断したのか巻き込まれる前に昼食準備の方に行っちゃったよ!ちょっとこら店員さん!店主置いてくとはどういう事かな!?私だっていい匂いに釣られたいよ!!

結局、架空ケットシーのお母さんの話や、ルウェンさん達と出会った事、たまたま持ってたのおかげで命を取り留めた事、その恩を返すために私がまともに働けるようになるまでは面倒見るつもりでいる事、テクトの気配察知がすごいのと宝玉の合わせ技で深い層でも平気な事などなど、人に話せる部分を話し終えて、やっと嵐は収束した。そうそう。宝玉を常用して、それでも人に売れるほど大量に持っている事実にも、めちゃくちゃ驚かれたよね。宝玉がまあまあ手に入りづらいっていうのも現実味を帯びてきたねぇ。これはポーションより売れそう。

しかしまあ、朝からどっと疲れますなぁ。今日の昼寝は長くなりそうだ。


「ふー……たくさん喋って疲れちゃいましたね。今お茶入れますから、ちょっと待っててくださいね」

「え」


人数増えてお昼の準備に時間かかってるみたいだし、一息つく意味でもお茶入れよ。いつものお茶道具を出して、鉄瓶の中のすでに沸かしておいたお湯を注ぎ入れて皆さんに配る。ウェルカムドリンク的なお茶ですどうぞ。

シアニスさんは嬉しそうに飲んでるけど、あれ?他の人は手を出さない。ティーカップを覗き込んだりシアニスさんを見たり、それからちょこちょこ私を確認したり……んん?ほうじ茶知らないのかな?でもテクトの話では、お茶の入れ方は貴族の習い事だけど、ほうじ茶そのものは一般的に出回ってるはずだから、知らないはずはない、よね?そういえば、私がお茶入れてる時もすごく凝視されてたような?もしかして熱々のお湯を鉄瓶に入れたままアイテム袋に突っ込むのが珍しかったりするのかな?シアニスさん達はすぐお茶が飲めていいですね!って喜んでくれたんだけど……


「えっと……あ、皆さんもしかして猫舌ですか?」

「それはアリッサだけですぅ」

「え、じゃあもしかして、ほうじ茶が気に入りませんか?煎茶とか玄米茶とか、変わり種がお好みでしたらごぼう茶とかもありますけど」

「いやほうじ茶は好きだけど……あのさー……」

「はい」

「飲みましたね有料ですよお金ください私が直々に入れたんですから色付けてくださいね、とか後出ししない?」

「言いませんよ!何ですかそれ!」


新手の詐欺かな!?勝手にお茶出しといてそんな事言うの?怖いね!?え、何でそんな風に思われてんの?皆さんがお茶に手を出さないのって、私がそう言うと思ってたから!?心外なんですが!


「これはサービスですよ。私のお店に来た人には、一杯だけですがおもてなししようって元々思ってたんです!皆さん探索でお疲れですから、一息ついてからお買い物してもらおうって考えてたのにー……」

「え、冒険者のためを思って入れてくれてるのこれ?本当?」

「何それいい子じゃん」

「……こんなに健気なケットシーが実在するなんて……奇跡かな?」

「いやそんなご大層なものじゃないです。気に入っていただければお茶も売りますよーっていう宣伝って言うか。飲んでみなきゃ好みの味かどうかわからないじゃないですか。どうせなら美味しいの買いたいし」


試食試飲って最高の販売促進行為だと思うの。この肉美味しいよ!って口で言うより、この肉美味しいよ!シンプルに塩コショウで焼くといいんだ!食べてみて!って試食すると、買う側の気持ちって変わるよね。あらこれ本当に美味しい!買おうかしら。ってなるよね。まあ私は試食イコール買っちゃうタイプのチョロい人間だったけど。

お茶の試飲って言えば、お茶屋さんの試飲コーナーとか何個ものピッチャーが並んでたり、ポットと急須がセットで置いてあったりして壮観なんだ。飲み比べも出来て楽しいよね。産地別の煎茶とか、何が違うか言葉に言い表せないけど違う!どっちも美味しい!って盛り上がったり……後は夏!夏が近づくと果物のフレーバーが香る麦茶が何種類か置いてあって、好みの味を探すためにじっくり飲み比べしたのも楽しかった。ワインのテイスティングかよ!ってツッコミ入れられるくらい口の中で味わった思い出がじわじわと蘇るね。個人的にはリンゴの麦茶が好きだった。リンゴの甘い匂いと麦茶の香ばしさが、幸せコラボっていうか。たまりませんでした。

って思考がトリップしてた。現実に戻ってこい私……って頬をぐりぐりしてたらテクトと目線が合った。バッチリである。これはテレパスされなくてもわかるわ。次の買い物でリンゴフレーバーの麦茶買うからね。水出しだからじっくり待ってね。テクトは嬉しそうに頷いた。

おっと話の途中。


「っていうかそういう事言っちゃう時点で、素直過ぎるって驚かれたり、ケットシー界隈で大騒ぎになってない?」

「知り合いにケットシーがいないので、わからないです。その、普通のケットシーってそんなにお金にがめついんですか?隙あらば金取ろうとか考えてたりします?」


商売大好きな種族だと聞いてたはずなんだけど……あれぇ?

不安そうな私をシアニスさんが慰めるように撫で、「本当に知らないんですねぇ」とエリンさんがゆっくりとした口調で話してくれた。


「買う側としては、やっぱり嫌なところが目立っちゃいますけどぉ。世間的に嫌われてるわけじゃないですよぉ。時々やり方の汚い人がいるってだけで、そんなの他の種族だって同じですしぃ。むしろ粗悪品だけは絶対掴ませない矜持がある分、お金出す価値はあるっていうかぁ」

「……まっとうな客には誠意を返してくれるよ……元々、仲間で物を交換し合うのが好きだから、それが高じて商売好きになったっていう謂れがある種族だし……」

「商売好きだから人族と違って場所を選ばないよね。どんなに遠くて険しい道のりでも、物を買ってくれる人がいるならって田舎まで喜んで行く人だっているし」


え、それはすごい。採算度外視にならない?町と町、町と村の移動だってタダじゃないでしょ?

商売そのものが好きっていうケットシーも多いんだね。よかったぁ。


「私達、一度押しつけがましく色々買わせてくるケットシーに遭っちゃった時あるのよ。だからちょっと警戒しただけ。あなたが悪いわけじゃないの、ごめんなさいね」


申し訳なさそうに目尻を落としたクリスさんは、私が気にしてないと首を振ると小さく頭を下げてから、ティーカップを傾けた。こくり、ほうじ茶を飲む。口の中に残る香りをしっかり楽しんで、満足げに頷いた。


「美味しい。このほうじ茶なら買いたいわ」

「同じくー」

「私も飲みたいですぅ」

「……毎日飲みたい」

「ふへへ、そうでしょうそうでしょう!私のお気に入りのほうじ茶ですからね!」

「よかったですね、ルイ。あら?そういえばアリッサがさっきから大人しいですが……」


ふと私の真ん前、一番遠い場所に座っているアリッサさんへ皆さんが視線を向けると、彼女は真剣な顔でほうじ茶に息を吹きかけていた。

え、もしかしてずっとほうじ茶冷ましてたの?冷ましてたって事は、躊躇いなく飲む気だったって事?最初から?

ええー……やっぱり可愛い人じゃんアリッサさん。


「ふーっ、ふーっ……ん?あ、何よ?熱いままじゃないと飲んじゃダメだっての?」

「いいえ、お好きな温度でどうぞ。お茶にそんなルールないです」

「アリッサのバカさ加減って私達の救いよね」

「……アリッサを見習おう、皆」

「何も考えてないだけだと思いますぅ」

「いきなり何よ!喧嘩なら受けて立つけど!?」

「好きだわー、アリッサのそういう所好きだわー」

「はあ!?」





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