67.5人の女性冒険者



「にゃっ、にゃ!にゃんで、あんたら、こ、こにょ階層にいんのよー!!」


猫耳女性が仲間の後ろから顔も覗かせず、やけくそ気味に叫んだ。滑舌悪い感じだけど、これ、パニくってる?めっちゃ猫っぽい感じに噛んじゃったよお姉さん。ぶわっと毛が広がる可愛いカギ尻尾も隠し切れずに見えてますよお姉さん。ますます猫っぽさが増してますよお姉さん!

三毛柄かぁ。毛並みいいなぁ、触りたい……いや、親しくない人の尻尾を掴むような不作法はしないよテクトだから睨まないで。ごめんて。

背後に隠れてしまった猫耳女性を振り返って、他の4人は呆れている様子だった。「またか」「あんたも慣れないわね」「仕方ないんじゃない……私も、もっと先行ってると思ってたし……」「堂々とした方が印象悪くないと思いますよぅ」と口々に囁いてるのが、ちょうど廊下側に近かった私とシアニスさんに聞こえた。

私がシアニスさんを見上げると、微笑ましい光景を見ているような、優しい表情をしてるので、ああ知り合いなんだなぁ。と一人頷く。テクト的にはどう?


<んー……会えばお茶飲みながら話すくらいは仲がいいみたいだね。実力はルウェン達には及ばないけど、心根は悪くない。真っ当な冒険者だ。話しかけても大丈夫だよ>


おお、テクトからOK出た。そっか、じゃあ安心して商売できるね。

シアニスさんは「彼女達は信頼できる冒険者ですよ。紹介しますね」と私について来るよう言って、女性達の方へ向かった。そしてにこやかに片手を上げる。


「お久しぶりです。皆さん、ご無事なようですね」

「シアニスやっほー!いやあ、うちのが騒がしくてごめんね」


と、明るく挨拶を返したのは薄茶の垂れ耳が頭からぴょこんと出てる、ポニテ女性だった。そのスポーティな体と相反した、ごつくて大きな籠手が魅力的な笑顔より目を引く。やっばい、殴られたらめっちゃ痛そうっていうか吹っ飛びそう。そんな彼女のお尻から、毛量の多い尻尾がふわっと覗く。獣人族の人なんだね。何の動物を元にした種族なんだろう。触りたくてうずうず……するけど触らないからね!私そこまで見境なくないからねテクト!


「元気が継続するという事は、閉鎖的なダンジョン内では重要だと思いますよ」

「そうねぇ。私もそれくらい余裕のある発言したいわ」


腰のベルトに長剣を固定してる長髪の女性が深くため息をついてる。茶髪を緩くリボンで一括りにしてるから、一瞬巫女さんかと思ったよね。そんな清楚な見た目なのに、憂いの表情はどこか色気が漂う……大人の女って感じ!耳はとがってないから人族かな?


「まあ、あのバカ猫娘は放っておいてちょっと聞きたい事があるんだけど」

「ちょっ、今バカって言った!?ねえ、今バカって……もが!」

「アリッサはすこぉし黙っててくださいねぇ」

「んー!!~~~!!」

「エリンとパオラはそのまま抑えててね」

「はいはい……」


大声を上げかけた猫耳女性の口を背後から塞いだのはゆっくり丁寧に喋る女性で、前から両腕ごと抱き締めて抑え込んでるのは褐色肌の物静かな女性だ。

背後の人は俗にいうとんがり帽子に黒いローブと魔法使いスタイルで、明らか後衛なんだろうなって感じ。たしか、魔法を専門に使う人にとってローブは魔力を高めるために必要なものなんだっけ?ローブの素材やら中身やらに、色々含まれてるらしいね。シアニスさんが危険なダンジョンへ来てるのに防御力ほぼなさそうな白いローブを着てるのは、治癒魔法の効果を高めるためだって、私のファッションショーしてる時に言ってたなぁ。セラスさんも攻撃魔法使うけど、メイン武器が弓だから動きやすくないと威力がガタ落ちだから、心臓を守る胸当てとか装飾の少ない軽装備にしたんだっけ。自分に合った装備を選ぶのも大切だって話だったね。戦闘できない私には無縁な話だけど、ちゃんと覚えてますとも。

褐色肌の女性は小柄だけど、かなり力持ちみたいだ。明らかに体格が勝ってる猫耳さんが、その細腕から微動もできずにいるのが褐色さんの実力を物語ってるようで。ふんー!ふんー!って鼻息荒く抜け出そうとしてるんだけどね。猫耳さん諦めた方が良さそうですよ、褐色さん全然動じてないから。


「あなた達ならもっと先の階層に行ってると思ったんだけど、何かあったの?」

「そうですね、色々事情がありまして。クリス達はダンジョンに入って何日経ってます?」

「10日よ」

「ではギルドが掲示した情報を全く知らないのですね。会えてよかった」

「シアニスさん、シアニスさん。お話って長くなりますか?立ち話もなんですし、うちのスペース貸しますからどうぞ座ってください」

「あらまあ、それはとても助かります」

「では皆さん、あそこのカーペットへどうぞ。はき物は脱いでくださいね!」

「え、可愛い!シアニス、この子どうしたの?もしかしてついにおめでっ、いだー!?」

「こんな大きな子どもがいるわけないでしょアホか」


ポニテさんが興奮した様子でシアニスさんの後ろにいた私を覗き込んだけど、瞬きしないうちに巫女さんの鉄拳が落ちた。ゴンッて音した。うわあ、痛そう。涙目になって頭抱えてるよ……巫女さん容赦ないね。

言いたかった事はわかるけど、大分気が早いと思いますよ、うん。


「彼女も事情に含まれてます。私達冒険者はこれからよくお世話になるんですから、仲よくした方がいいですよ」


首を傾げる皆さんに微笑み、シアニスさんは私を前に押した。


「紹介しますね。彼女はルイ、そして小さい子はテクトです」

「はじめまして、ケットシーのルイです。こっちは妖精のテクト!ダンジョン雑貨店『妖精のしっぽ』を営んでます!よろしくお願いします!」

<まあよろしく>


元気よくお辞儀してご挨拶すると、私の肩にいたテクトが背中に回ってピッと手を上げた。と言っても私には見えないんだけどね!くっ、今の状況を私が客観的に見たい!絶対テクト可愛いのに!


「なるほど、ダンジョン内で商売ね。そりゃお世話になるわ」


顔を上げると、巫女さんが私の認可タグと、手首のタグを見た。ほんのすこーしだけ鋭かった視線が和らいだ。認可タグって意味あるんだね。どうぞしっかりタグ確認してくださいね、ギルド公認の商売人ですよー。


「ルイ、こちらの長剣を持った方がクリス。彼女達のまとめ役です」

「どうも。後でどんな商売してるか詳しく聞きたいわ」

「クリスに叱られた方がドロシー。犬人シヤンの中でもふさふさの尻尾が特徴的な部族の出です」


やっぱり獣人族だったね!それも犬の獣人……そりゃ尻尾も艶ともふもふを兼ね備えた素晴らしい毛並みなわけだよ。


「はじめましてー!尻尾触る!?」

「ぜひ!!」

<こら>


ノリノリで尻尾見せられたら、そりゃあ思わず目で追っちゃうし、頷いちゃうよね……テクトにぺちってされたから正気に戻ったけど。


「それから、口を塞いでいる方がエリン。服装で察したかと思いますが、攻撃魔法の使い手です」

「どうもぉ」

「前から抱き締めてる方がパオラ。ご覧の通り力強いドワーフ族で、大きなハンマーを軽々振り回します」

「……よろしく」

「押さえつけられている方がアリッサ。とても身軽な猫人シャトで、素早くモンスターの懐に踏み込み切り裂く先制攻撃が得意です」

「んんー!!」

「なるほどー!」


ファンタジーの定番、ドワーフ族がついに目の前に!ドワーフって言っても、筋肉マッチョの小さなおじさんじゃないんだね。耳も丸いし、めっちゃ可愛らしい人なんだけど。

それに、犬人シヤン猫人シャトかぁ。こうしてまじまじと見てみると、同じ獣人族なのにディノさんは毛むくじゃらで、オリバーさんやドロシーさん、アリッサさんは獣耳と尻尾が付いてるだけ、他の造形は人っぽいんだね。爪が異様に伸びてるとか、手足に肉球があるとか、鼻が伸びてるとか、そういうのはない。熊人ウルスは分厚い毛皮をまとってるのが普通だって言ってたし、獣人族の中でも種族によっては人寄りか獣寄りか違うのかもしれないなぁ。

いやあ不思議だねぇ。


「……この状況を笑顔で紹介できるシアニスも大概だけど、それに動じず受け入れてる彼女も相当だわ」

「私達の掛け合いでかなり驚かせてしまったので、耐性がついてしまったのかもしれませんね」

「ああー。あなた達矢継ぎ早に話初めて終わるからね。特にセラスとディノがすごい」

「私が何ですって?」

「地獄耳は呼んでないわ」















カーペットに素足で踏み入った瞬間、「やだなにこの気持ちよさ」「ここダンジョンだよね?極上の宿屋じゃないよね?」「……どう考えても足裏が天国」「もう私ここで寝たいですぅ」「いい加減離しっ……はぁああ、なにこれぇ」とそれぞれ顔をとろけさせ……あ、アリッサさんの怒りの表情さえ瞬殺だった。カーペットすご過ぎない?三重にして正解だったね。

そんなこんなで人心地ついた後、セラスさんはお昼ご飯の準備に戻り、シアニスさんはクリスさん達へ真面目なお話を始めた。


「単刀直入に言わせていただきますと、無期限に、108階層の探索は禁止されました」

「108階って言ったら、100年前に怪物が出たっていう階層よね?」

「はい。そして実際いました」

「……は?」

「私達、108階の怪物に遭遇しまして、死にかけました」

「はあ!?」

「うそぉ!?」

「え!あのうわさのっ、怪物でしゅっ!?ああっかんじゃいました!!いたい!!」

「マジで!?」

「……本当に、いたの?」


エリンさんが驚きのあまり口内を噛んじゃったらしく、口を押えて悶えた。うわー、あれはつらい。私もご飯食べてる時にガリっとやった事何度もあるよ。めっちゃくちゃ痛いよね。ご愁傷さまです。

皆さん信じられない表情だ。100年前の遠い話が急に身近になったってのもあるけど、シアニスさんが世間話を聞かせるような穏やかな声で怖い事言うから尚更だよね。笑顔で死にかけましたとか怖いから止めようねシアニスさん。


「ええ、パオラ。いましたよ。そして私達では歯が立ちませんでした」

「は?シアニス達が、手も足もでなかったって事?」

「はい。むしろあれは、私達で遊んでいた……本気ではなかったと思われます」

「……シアニス生きてるよね?」

「生きてますよ」


ドロシーさんが、シアニスさんの手を取ってぎゅうっと握る。ごつい籠手を外したドロシーさんの手は女性的ながらがっしりしてて、簡単に包み込んでしまった。体温を確かめてるのか、何度も手を擦って、ほっとした顔をする。

これだけ心配されるほど、仲がいいんだ。


「つまり、何が何でも逃げなければならない相手だったのね?」

「そうです。死に物狂いで逃げなければ、生き残れない相手でした」

「そんにゃあ……」

「私達はその日のうちにギルドに報告しました。その後、ギルドマスターが『100階まで行ける実力なら、107階までは問題なく狩れる』こと、『108階の探索を禁止する』ことをギルド側から情報提示し、さらにダンジョンへ長期探索に入った方々へ伝えるよう頼まれました」


シアニスさんの言葉に、クリスさんとパオラさんの目が細まった。


「ふうん……長期探索をしていて外の情報を取り入れられない、108階層に近い冒険者に釘さししろって言われたんだ……私達含め、数えるほどのパーティしかいないのに……こき使われてるね……」

「働いた分は貰いますよ。それに万が一、何も知らないまま108階に入ってしまっては、取り返しのつかないことになりますからね」

「心配はありがたいけど、そもそもの話、当分無理ね。100階のモンスターで手間取ってるんだから、無理して先に進む気はないのよ。他のパーティもね」

「ここがシアニス達に及ばない冒険者の最前線って事……そのうち、またどこかのパーティが休みに来るよ……最近ずっと同じ顔触ればっかり……」

「なるほど、ではしばらくここに留まるようにしますね。情報ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、お昼を一緒にいかがですか?」

「それは助かるわ。あなた達のご飯、美味しいのよね。こちらこそありがとう」

「ちょ、ちょっと!待って!さも当然みたいに流してるけど、怪物はなんだったのよ!?どんなモンスターで、どんな攻撃手段持ってるのか教えてくれてもいいんじゃないの?」


アリッサさんの疑問に、シアニスさんはもちろん、私も答える事ができない。ダリルさんと約束したからね。グランミノタウロスと上級ポーション、それから私が108階で暮らしてる事は内緒にするって。

だからシアニスさんは困ったように笑って、口元に指を添えた。


「申し訳ありませんが、ギルド側から秘匿するよう命じられました。私達もそうするべきだと思ったので、お教えする事ができません」

「そうよね。じゃなかったら最初から言うわよ。アリッサもぎゃあぎゃあ騒がないの」

「どうせ私達じゃまだ行けないんだし、気にしたって意味ないじゃん」

「シアニス達の立場も考えましょうよぉ……ああ痛いしみるぅ」

「~っ!だって、そんなの気になるのが当たり前でしょ!?アタシおかしい事言ってない!!」


あー、隠されたら気になるよねぇ。ほら、押すな押すなの心理よ。ダメって言われるものほどやりたくなる、隠されるものほど知りたくなる、押すなのボタンは押しちゃうのが人の心理。よーくわかります、ゲームではセーブしてから押すけどね。

ただまあ、私は知ってしまってる上に口止めするようお願いされた側だし、話してしまったら取り返しがつかない現実なので、お口チャックさせてもらいます。

って思ってたら、アリッサさんにギッと睨みつけられた。ほあ!?


「っていうか、あんたはそもそも何なのよー!ケットシーや妖精なんて戦闘出来ない奴らが護衛も付けないでダンジョンなんかうろうろするんじゃないのよ!危ないでしょーが!!てか何でさも当たり前のようにシアニス達と一緒にいるのよ!!ずるっ……ちが、ちがう!あーもう!!わけわっかんない!!ギルドの思惑なんて知らないってのよ!アタシはそんな頭よくないだからねー!!」

「知ってるよーそんなの」

「そもそも落ち着いて話聞けないものね、あなたは」

「すみませんアリッサ。結論から言うと、108階は絶対に探索禁止、怪物は実際いましたけど全貌はお話しできません、ルイは私達の恩人で商売人で安全に移動できるだけの宝玉を保有しています、の3つです」

「ほらぁ、シアニスが簡潔に答えてくれましたよぉ。アリッサも怒鳴った事を謝った方がいいと思いますぅ」

「アタシが悪いの!?」

「……騒がしくて本当、ごめんね」


パオラさんに謝られたけど、別に気にしてないんだよねぇ。睨まれたのも大きな声もびっくりしたけど、よく思い出してみれば私達を心配した発言だったし。会ったばかりですぐ心配してくれるとか、お人好しの一片見えてるよね。

深層にいる冒険者はお人好しが多い、っていう話に信憑性出てきたよね。

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