65.ついに認可タグを貰う
アップルパイを食べ終わり人心地ついた後、もうダリルさんには任せておけないとでも言うように、マルセナさんが切り出した。
「さて、休憩は終わりましたので一番大切な事をしましょう。ルイさん、今までの事を振り返って、これから自分がするべき事はわかりますか?」
「はい!契約式具に私の個人情報を登録して、人に見せても大丈夫なステータスを選びます!これが終わったら認可タグ、もらえますか?」
「ええ、もちろん。長らくお待たせいたしましたが、後少しでお渡しできますよ。そうですね、グロースさん」
『準備はできてる』
もはやダリルさんに話を振るのも諦めたのか、マルセナさんがグロースさんに視線を向けると、彼はカンペと一緒にネームタグみたいなのを持ち上げた。ぺらぺら薄いのが2枚。あれがきっと認可タグなんだ……薄いけど、きっとこの手首のタグみたいに魔法的な要素がたくさん入ってるに違いない。登録した固有魔力で偽造できないタグを作るって言ってたような気がするし。
マルセナさんは
「では、先にお渡ししたタグを契約式具にかざしてください。触れるくらい近くにお願いします」
こくんと頷いて、腕を伸ばす。タグが水晶玉にくっつきそうなくらい近づくと、ステータスチェッカーの時みたいに、半透明な板が空中にパッと浮かび上がった。魔導板だ。
魔導板にさっきステータスチェッカーで調べたものがそのまま並んでる。
「そちらのタグを介して、先程計測したステータスを契約式具に登録しました。後は簡単です。あなたが認可タグに書き込みたくないと思うものに触れてください」
「この魔導板に、ですか?」
「ええ。実際やってみた方がわかると思いますよ。何度押しても構いませんから、試してみてください」
魔導板に触るのは、カタログブックのと同じだから戸惑いはないんだけど。触るとどうなるんだろう。ドキドキ。
半透明な板に指を置く。性質の、工業C。指を離すと、白く浮いていた文字が灰色に変わった。もう2回、押してみる。文字が白くなって、また灰色になった。お、これで隠せてるのかな?わかりやすいっていうか、現代的っていうか……これタッチパネルだよね。カタログブックも同じ様式だし、この契約式具を作った勇者さんも、冒険を楽しみたい気持ちの裏で現代が恋しかったのかな?
「灰色になりましたら、他の者には見えなくなります。そのまま他のステータスも確認をお願いします」
「はい」
「生活を残すとして、皆はどう思う?」
「そうだねぇ。水属性は残しておいた方がいいよ。洗浄の仕事を受ける時、後押しになるから」
「他に見せてもいいのは……運かしらね。隠してもいいけど、運がいい人から買い物をするといい宝箱が出る、なんてゲン担ぎを好む人もいるわ。商人としては見せてもいいステータスね。Bは十分、高い方よ」
「後は調理Bもいいんじゃねーの。調理スキル高い奴が食ってる飯は美味い、っつーのも冒険者の間でよく話に上がってるもんだ。もしルイが近いうちに飯を売るつもりだってんなら、残しておいた方が手間少なくていいぜ」
「あなた方はよくもまあ、それだけ躊躇いもなく人のステータスを覗き見ますね」
「ルイが見ていいと言ったので……駄目だったか?」
前半はマルセナさんに、後は私に言ったルウェンさんが、ほんのちょっぴり眉を下げてこっちを見た。ぬああん、可愛らしい犬が「ダメ?ダメなの?ボク、おやつほしいなあ?」ってコメント付きで目をうるうるさせて見上げてくる映像が脳裏にぃいい!くっ、流行りのわんこ動画を彷彿とさせる顔で見下ろすとは、さすがルウェンさん!正直者が真正面からダイレクトに襲ってくる!
「いいえ、すっごく助かってますよ。まだ何も知らない私ですから、もっともっと色んなものを教えてほしいです」
「だな。今はそれでいいだろ。商売やってりゃそのうち必要なもんが出てくんだろうよ。そん時はまた登録情報変えりゃあいい話だ。俺達抜きでな」
「次はマルセナさんに私の成長を見せるって事ですね!」
「そうですね。次回の更新時には、ダンジョン内だけでなくラースフィッタでの出店も視野に入れていただいて構いませんよ」
「外には出ません!」
私がそう返すってわかってたのか、マルセナさんは冗談ですよ、と口端を上げた。お上品な微笑みだ。いいとこのお嬢さんって感じ。私より断然貴族感ありますよマルセナさん。
セラスさんが魔導板をなぞる。皆さんが言ってたやつだけ、するりと。
「じゃあとりあえず、今言ったの以外は隠しましょうか」
「はーい!」
ぺたぺた押してくと、ほとんど灰色になってしまった。んー。後は何を残すかなぁ。
「MPは残してもいいと思います。洗浄魔法をどれだけ使えるか、人の目から見てもよい目安になりますし。Cもあれば一度に30人以上の洗浄が可能だと言われていますから、安心して利用してもらえると思います」
それはいいなあ。私の実力が見てわかってもらえるのはありがたい。
じゃあMPは復活っと。
「裁縫はどうだろう。とても優秀だ」
「あら、Aもあるのね。ということは服も作れちゃうのかしら」
「はい!テクトのエプロンは私が作りました!」
テクトを前面に押し出して見せれば、皆さん揃ってエプロンに釘付けである。出来ればテクトの可愛さとのコントラストを見ていただきたいんですけれども。
「販売品だと思っていました……素晴らしい縫い跡です」
「失礼、めくります……糸処理も完璧、縫いしろも丁寧に縫われていますし、裏地にリネンですか。贅沢ながら使用者への気遣いもあり、手触りも大変よろしい。寧ろ販売するべきだと思います」
「うちの女性陣は見習うべき……っだ!いてーわ!」
「うるさいわよ器用貧乏。これは納得のAだわ……ルイ、あなたいつの間にこんなスキルを習得したの?」
「いやー……縫い物とか編み物って、いい時間つぶしなんですよね」
昔はね、よくやったよ。集中力鍛えるのにいいのよってお婆ちゃんの口車に乗せられて色々作った。医者で長時間待つ時とか役立ったよね。特にレース編みとかかぎ編みとかが。あれは慣れれば無心で出来るから、頭痛や吐き気を紛らわすのに延々編んでた覚えがある。縫い物だって、あれ、夏休みの自由研究になるんだよね。一度ワンピースとジャケット作っていったら褒められた過去があるんですよね。小学生最後の夏でした。懐かしいなぁ。あっつい日中でも集中して出来るから、心頭滅却火もまた涼しっていうか、気づいたら夕方になってた時は笑ったよ。
褒められると伸びちゃう私は、気づけば一通りのものは縫えるようになってたなぁ。
時間潰し、の時点で皆さんが一瞬顔歪ませたとは、昔に思いを馳せてた私は気付くはずもなく。ディノさんが「このエプロン見りゃ実力も頷けるがよ」と言ったので意識を元に戻した。
「冒険者の服っていやぁ、繕うの飛び越えてほとんど破けてんだろ。それ補修すんのはいくら何でも時間がかかりすぎる。てか普通に買えって話だろ」
「そうか……そうだな。それに最初は宝玉と洗浄に集中してもらった方がいいな」
「んで次は飯だ。ぜってー飯、慣れてきたら売ってくれよルイ」
「任せてください!じゃあさいほーは、消したままで……これでいいですね」
残ったのはMP:C、生活:S、水属性:A、運:B、洗浄魔法:B、調理:B。これだけなら見られても問題ない、よね?どうかなテクト。
<んー……ダリルもマルセナも異論はなさそう。いいんじゃない?>
よーし、じゃあ決定!マルセナさんお願いします!
「では再びタグを契約式具にかざしてください。今度は少々時間がかかりますが、ほんの数十秒です」
「はい」
タグをかざすと、しばらくして魔導板が消えた。私の手首周りに光が集まってる。これ、変更したのを登録してるんだろうなぁ。
「この光が消えた後、認可タグにあなたの情報を登録して完了となります。ダリルさんから値段設定の説明などを受ければ、あなたは商人の仲間入りです」
「おおー、ついに……」
「大変お待たせいたしました。腕は降ろしていただいて結構です。続いて認可タグの登録となります。グロースさん」
グロースさんが持っていたネームタグみたいなのを、マルセナさんが受け取った。契約式具に乗せると、魔導板がマルセナさん側に出る。裏側だから鏡文字みたいな、左右逆の字だけど……店主、店員って見える。
「この認可タグはすでにあなたの固有魔力によって作られていますが、まだ登録作業が完了していません。現在、あなた方の情報を登録する作業に入っています。ダンジョン内で商売する場合、店員の数、種族と名前も登録する必要があるのです。最後の確認ですのでお間違えのないように」
「はい」
「店主は妖精族ケットシー、ルイ。店員は妖精族、テクト、で間違いありませんね?」
「そうです」
「店名は決まっていますか?」
それはもう。ケットシーに扮した時、尻尾が揺れたあの感動を、テクトの尻尾を真似できて楽しかった気持ちを思い出した時から決まってた。
テクトと目線を合わせて、頷き合う。2人揃って尻尾をゆらゆら揺らした。
「妖精のしっぽ、です」
「……登録しました。よい名前だと思います」
「ありがとうございます」
魔導板が消えて、契約式具の光も消えると、マルセナさんが認可タグを取った。一回り大きいタグを私に、もう片方をテクトに渡すと、「見やすい箇所へ付けてください。冒険者にとっての安心材料なので」と注意された。テクトはエプロンの紐に巻き付けようか。胸元だと見やすいもんね。私は予定通り、チェーンにぶら下げよう。
認可タグにはでかでかと「冒険者ギルド ラースフィッタ支部 公認」と書かれてあった。うん、見やすい。
「認可タグの表面はただの許可証ですが、裏面にはあなたが登録した情報が書き込まれています。見せてもいいと残したステータスです。もし冒険者にステータスの提示を促された場合、あなたは見せる必要があります」
「個人情報全部を見せろ、って言うのは犯罪だけど、最初から見せていいって登録してるやつを要求されるのは犯罪じゃない、って事ですね」
ステータスチェッカーの情報は私の住民票、私が選んだステータスはお客様に私ができるサービスをメニューに出してる、って考えると割かし納得できるなぁ。
テクトの方はどうなってるの?
<僕はステータスチェッカー使ってないからね。裏面は真っ白>
「テクトのステータスは登録しなくていいんですか?」
「ええ……ルイさんとテクトさんには気持ちのいい話ではないのですが、言葉を介さない妖精族の地位は大変低く、店員としての登録は可能なのですが、一個人としてギルドへの登録は不可能なのです。なのでステータス登録はできません」
「ああー……そうなんですねぇ」
ここでも妖精族を馬鹿にする文化が残ってるって事かあ。マルセナさんが本気で申し訳ないって思ってるのは感じるので、全然嫌な気分にはならないんだけどね?釈然とはしないわけですよ。妖精族の地位向上、私にも出来ることがあればいいんだけど。
認可タグを着け終わる。むふふ。どこから見ても公認、だなぁ。
「さて、じゃあルイ君。僕から最後の確認だよ」
「値段の話はいいんですか?」
「紙にまとめといたから、後でゆっくり見ればいいよ。僕が聞きたいのは別の事だよ。認可タグを冒険者ギルドが発行したわけだけど、これを受け取ったら僕へ渡すものがあるよね?」
「契約金、ですね。冒険者ギルドの登録料とは違う、ダンジョンで商売するのを保証する代わりに、必要なお金です」
ちゃんと覚えてますよ。皆さんにわかりやすく説明してもらって、忘れてましたなんて言えません。
「うん。君が正しく硬貨を数えられるのか、まあ念のためだけどね。確認させてもらおうか。契約金3万ダル、さっき渡した麻袋から出してくれるかい?できれば銅貨も使ってくれるといいんだけどねぇ」
テーブルに麻袋の中身を広げると、銀貨と銅貨、それに半金貨が入ってた。わざと細かくして入れたの?めんどくさかっただろうに、ダリルさんって暇……あ、いや、うん、そこは考えないようにしよう。
3万ダルかー……
人とは会ってなかったけど、この世界に来て半月。お金の勘定くらいできますよーだ。
ダリルさんはテーブルを滑って手元に来た硬貨を見て、微笑んだ。
「ぴったり3万。受け取ったよ。ダンジョン内での店デビューおめでとう、妖精のしっぽ」
今までにない、優しい声だった。思わず背筋を伸ばしてしまうほど、芯の通った声。
彼は私の出店を喜んでくれているのだと、とてもありがたい事だと、思ったから今できる満面の笑みを、ダリルさんに向けた。
「はい!ありがとうございます!!」
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