64.幼女、初老のいたずらに抵抗を見せる



神様何で私の性質は珍しいんですか、Eでいいから性質増やしてくれればよかったのに!


<ああ。神様に聞いて言い忘れてた事だけど、正式に喚ばれた勇者ならまだ性質を変えたりステータス底上げする暇がとれるらしいよ。でもルイの場合は邪法で手心を加える時間もなく浄化もしなかったから、ルイが前世から持ってきたそのままの性質が反映されてるらしいよ。余程平和に生きてきたんだろうなって言ってた>


そうだねぇええええええ平和な日本でお爺ちゃんとお婆ちゃんに囲まれてぬくぬくと過ごしてました!お婆ちゃんに家事を仕込まれお爺ちゃんとゲームで遊んで成長しました!一人暮らしに慣れてきた大学生だったよ!ちょっと食い意地が張ったくらいの、どこでもいる一般人ですわ!地方都市の大学だったからか事件らしい事件もあんまりなくて平和でした!だからかぁああ!自分の性質に納得だわ!!

いや!まだワンチャン!ワンチャンあるよ詳しく聞いてない!珍しいって言ってもダリルさんが見た事ないってだけで、実は世界的規模で統計取れば私みたいなの全然希少じゃない、とかそういうオチを希望します!


「あのー……私の性質って、そんなに珍しいですか……?」

「まあねぇ。適正低くてDやEの人はいても、何もないっていうのは珍しいよ。それも2つの性質がないっていうのは、かなりレアなケースだね」

「えっと、どれくらいレアなんです?」

「そうだなぁ。選りすぐりの研究者を集めた魔導研究所の人達が質問攻めにして実験調査への協力を要請するくらいかな。僕は専門家ほど文献を読み漁ったわけじゃないけど、ある程度の知識は持ってるつもりだ。それでも君のような性質は見た事ないし。魔導器官の性質について研究は進んでいるけどまだまだ未知の部分が多いから、どうして君が2つの性質しか持ち得ないのか、まあ研究者としては知的好奇心は尽きないだろうね」

「ひえ」


深刻そうな皺深い表情で語られたら信憑性ありすぎて怖い。伏し目がちに私を見られたら、ぞっと背筋に悪寒が走った。

実験調査って何!?質問攻めも結構圧迫感あって怖そうだけど、実験って何かな!?私解剖されたりする!?こっわい!!何でそういう怖い事言うのダリルさん!


<いやそんな事、そもそも僕がさせないし……ダリルもちょっと脅してるだけだよ。ルイが冷静に対応できるか、試してるんだ>


ほっ?脅し、試されてる?ん?試してるって事は、つまり、さっき私が注意されてた、宝玉の時と同じって事?


<うん。いくら恩人が困っているからとはいえ、いつまでもルウェン達が付きっきりでルイを手助けできるわけじゃないでしょ。1人で何とかできるだけの能力を見せてほしいんだよ。彼としてはね>


な、なるほど。私が一人前に受け答えできるかどうか、怖い情報を貰ってもパニックにならないか、試されてるのか……わかったよろしい。これでも今日から一端の商売人、気合入れたケットシーですから。見せてやりますよダリルさん。

ただしダリルさんは発言が怪しいからルウェンさん達やマルセナさんに聞きますね!

怖い気持ちを和ませるつもりでテクトのほっぺをスリスリ撫で撫でしつつ、ダリルさんから体ごと視線を逸らす。すると、待ってましたとばかりに微笑むシアニスさんと目が合った。


「あの、ダリルさんが言ってる事って、本当ですか?私、研究者に捕まりますか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。珍しい性質は事実ですがギルドマスターが言ってる事は、あくまで研究者に自分の性質を話した場合の事案です。私達は勿論、ギルド職員である彼らが個人情報を口外する事はまずありません。だから、研究者が突然あなたを捕まえようと現れたりはしませんよ」

「それなら、いいんですけど……ダリルさん、私の事誰かに話したりしませんよね?」

「しないよー。信用ないなぁ」

「今日の言動だけでも省みればよくわかる扱いだと思いますよ」


もはや怒りを通り越して呆れてしまったのか、マルセナさんは私に説明を続ける。


「ちゃらんぽらんではありますが、彼もギルド職員の1人です。他人に話す事はありません。そもそも個人情報の漏洩など起こしては、ギルドの信用は地に落ちる。全ギルド職員はギルドマスターだろうと例外なく、入社した際に必ず守らせるルールとして覚えさせます。冒険者、商人、生産者、一般の方々、皆様に快くギルドを利用していただくための大切なルールです。口外防止用の措置も、もちろん施してあります。私達の主な仕事は、人と人との繋がりを円滑に保つ事。信頼こそが第一なのですから」

「そうなんですか?」

「どのような内容かは詳しくお話できませんが、万が一を考えないわけではありません。流出を防ぐ安全弁も用意してありますよ」

「へえ……」

<奴隷につける制約の印みたいな事をするみたいだね。誰かに聞かれても喋れないようになるらしいよ。口約束だけではないね>


え、奴隷の印ってあれだよね?主人に逆らうと苦痛を与えたりする、魔力で刻んだ印。それに似てる事かあ。思ってたより本格的っていうか、かなり厳しく取り締まられてた。うん、それなら心配する必要はなさそう。

マルセナさんはルウェンさん達を一瞥した。


「今回はあなたが彼らに見てもいいと許可を出したので私は口出ししませんでしたが、本来ならばステータスチェッカーの結果はみだりに人へ見せるものではありませんよ。ダリルさんが言ったように、他人の個人情報を自らの欲求のために利用する人もいますので」

「はい!わかりました!ルウェンさん達だけにします!あ、でも気になるんですけど、検問所とか、お店借りる時に見られるって言ってたのは大丈夫なんですか?」


シアニスさんとマルセナさんのお陰でもやもやっとした胸のつっかえが1つ取れたけど、まだ疑問はあるんですよ。確かステータス見せて身分証明みたいな、パスポート扱いするんだよね?

小首を傾げていたら、セラスさんにゆったりと撫でられる。


「そっちも問題ないわよ。ステータスチェッカーが表示したものをそのまま他人に見せる訳じゃないから」

「ルイさんがおっしゃる場面では、契約式具に登録された中の必要最低限の情報を提示します。あなたの任意でステータスをどこまで明かしていいのか、契約式具へ設定を行うんです。例えばですが、ルイさんは洗浄魔法が得意だと聞いていますので、性質の部分は生活だけ、洗浄魔法のレベルだけを表示する事も可能です。。他に相手側から提示を要求されるとすれば、今までの業績ですね。むしろステータスすべてを提示させるなどの強要は犯罪に当たります」

「まあ、ある程度提示しねーと自分に見合った仕事を取れないっつーのはあっからなー。そこは程よく匙加減って感じだな」


あ、そうなんだね。ステータスチェッカーに出てきたやつをそのまま全部契約式具に登録して、それ全部他人に見られるんだと思ってた。

それをそのまま言えば、皆さん揃って首を振った。


「そりゃ数年に一度はステータスチェッカー通して、その時の実力を登録する必要性はあるけどなー。登録するもんと人に見せるもんは別なんだよ」

「ほうほう」

「自分のステータスをとことん隠す人もいれば、すべて見せる人もいるって事。そこらへんも自由にできるんだ。ルイのステータスはちょっと特殊だから、閲覧できるものはよく選んだ方がいいね」

「うん。私は工業をアピールする必要がないので、隠してていいです、よね?」

「そうだね。それでいいと思うよ」

「だからつまり、今の話はダリルさんのイジワルだったって事ですね」

「よくわかってんじゃねぇか」


どすんっと大きな音を立てて、ディノさんが私の真後ろに胡坐をかいた。仰いで見れば、ちょっと凶悪な顔。ディノさんの顔は見慣れたから怖くないけど、これはかなり睨みつけてる感じですね!不機嫌だね!


「ステータスチェッカーも、契約式具も、同時期に造られたっつー話は有名だ。そもそも数百年前からこの2つの魔導具を使ったシステムは出来上がってんだぜ。。文献なんつったって、多少の協力者がいたくれぇだろ。自分で珍しいと自覚してる奴が積極的に研究なんざ付き合うもんか。気にくわねぇ扱いされんのは目に見えてんだからよ……底意地わりぃジジイがこれ以上心象悪くしてどうすんだ」

「悪者扱いされちゃうなんて心外だなぁ。ルイ君に聞かれたから答えただけなのに」

「言葉が足りませんよ。前置きのひとつ足すくらいできるでしょう。耄碌しました?」

「っていうか、これまでの話はステータスチェッカー使う前にすべて済ますべき必要事項よね。ギルドのマスターが端折ってどうするのよ」

「職務怠慢ってやつー?」

「ギルドマスター、ルイを試す事を見逃した俺が言うのは間違いかもしれませんが、あまりいじめないでください。彼女は純粋な子なので信じてしまう可能性がある」


真面目な顔のルウェンさんにもフォローされたけど、すみません。テクトがいなかったら信じてました。めっちゃ信じてパニックする所でした。お恥ずかしや。

ダリルさんはルウェンさん達をぐるりと見て、困ったように頭をかいた。


「いやあ……老婆心のつもりだったんだけどねぇ。言われちゃったな」

『マスターは黒幕みたいな似非紳士顔してるから仕方ない』

「グロース君もひどいな!僕の味方は誰もいないのかい?」

「いないですね」

「はっきりしてるねマルセナ君も」


みんなしてひどいなぁ。そう思うだろう?って問いかけられたけど、ごめんなさいダリルさん。私ダリルさんはちょっとだけひどい人だと思ったから、アップルパイはないものとしました。


「えっと、ダリルさんは私にいじわるする人だから、アップルパイはなしにしときました」

「え、そうなの?」

「あら。ではもう少々、いえ、じっくりと味わう事にしましょうか」

「気が合うじゃない商業のマスターさん。じゃあひと段落ついたんだし、休憩しましょう、休憩。ルイもテクトも疲れたでしょ。あなたが入れたものには劣るけど、お茶入れたから飲みましょう」

「わーい!」

「2人の分のパイは残ってる?」

「あ、大丈夫です。テーブルの端に置いてあるのが私とテクトのですから」

「さすがルイ」

「ええー……あれ、数余ってるじゃない。それ僕の分じゃないの?」

「いっぱい食べるグロースさんの分です」

「……グロース君」

『絶対あげない』

「えええええー……」














「はい。じゃあこれ、宝玉から登録料と出張料と授業料を差し引いた分のお金ね」


結局、あまりに項垂れるので可哀相に思った私が、グロースさんに今度またお茶菓子奢ると確約したら1個だけ譲ってもらえたダリルさんはしっかりとアップルパイを味わった。

そんな満足そうな顔のまま、小さな麻袋が渡される。私のちいちゃな手の器に乗った袋から、ちゃりんっと音がした。


「いいんですか?私、授業料のつもりであげよって思ってたのに」

「多少なら見逃されるけどねぇ。ギルド職員はね、貰いすぎると賄賂扱いになっちゃうんだよ。賄賂貰ったから贔屓してるんだろって指摘されたら、ルイ君が困るでしょ?」

「はい、困ります!」


賄賂はよくないね!回収しよう!!私は健全な商人になるのだ!

アイテム袋に素早く麻袋をしまう。


「君から宝玉が5回使用の4つだったから、合計44万ダルだね。そこから冒険者ギルドの登録料5000ダル、商業ギルドの登録料5万ダル、ダンジョン内への出張料が往復合わせて5万ダル、どちらのギルドも登録料に授業料が含まれてるから、差し引いて34万弱だね。数えなくてもいいのかい?」

「お金を偽ったら信用問題になるんじゃないですか?」

「おや、痛いところを突かれたな」


目をきょとっと瞬かせたダリルさんは、少しだけ口端を上げて微笑んだ。ちょっと嬉しそう。


<ルイがきっちり言い返してくれて嬉しいんだって。泣き寝入りする事態にならないように、気をしっかり持ってほしいみたいだね>


そっか。そうだよね。言動はちゃらんぽらんだったり意地悪だったり、いい加減だったり信用なさそうな感じだったりするけど、れっきとしたギルドマスターなんだ。ギルドマスターとしては、簡単に潰れちゃいそうな店がダンジョン内にあったら困るよね。そういう意味でも私に圧力かけてたのかなぁ。

こういうの聞くと、根は良い人なんだなぁってしみじみ思うよ。


「よかったですね、ダリルさん。あなたのイジワルがルイさんを成長させたようですよ」

「つかこの期に及んで預かった発言するあたり筋金入りだよな」

「ギルドにいる時の頼もしいおじ様具合はどこに行ったのかしらねぇ」

「本当、不思議ですよね」

「外に出て素が出たんじゃねーの」

「うっわぁ……」

「素で意地悪なんですか?ギルドマスター、それはあまりにも敵を作りやすいんじゃないですか?改めた方がいいですよ」


マルセナさん含む冒険者の皆さんに口々言われて、その微笑みも引きつってるわけだけれども。


「ほらぁ、ルウェンさんに言われてますよ、ダリルさん」

「……最近の若者は老人を労わる気がないよねぇ」

『マッサージしてあげようか』

「グロース君のマッサージは骨折れちゃうよ労わりじゃない!!」



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