61.商業ギルドのマルセナさん
「いやいやいや……マジか、あのじじいマジかよ」
「商業ギルドの職員引っ張ってくるだろうとは思ってたけど……まさかギルドマスター連れて来るなんて」
「こんなとこまで付き合わせていいもんかよ重要人物だぞ」
「ダリルさんって本当、普通のギルド職員じゃないですよね」
「大丈夫か?あの人は戦えなさそうだが」
「そのためのグロースでしょ……はあ」
ルウェンさん除く5人が頭痛が痛いみたいな変な顔してダリルさんを見てる。きっとたぶん、私も同じような顔してるんだろうなぁ。あははははは……ダリルさんって規格外おじさんだなぁ。
にこにこしながら女性の言葉を流してるダリルさんは、私達が変な顔をしてるのに気付いたようで。女性の視線をこっちに促すように、すっと絨毯を指差した。
「そんな事よりほら、見てごらんマルセナ君。この絨毯が彼女の店になるんだよ」
「話を逸らさないでください!後で絶対に回収しますからね!……まあ、絨毯は上質な物のようですね。上がっても?」
「あ、履き物を脱いでどうぞ!今お茶も準備しますから、くつろいでくださいね」
「ありがとうございます」
「今日は何のお茶請けがあるかな?」
「ダリルさんは遠慮なさい!!」
「それはグロース君が少食になるくらい難しい問題だね」
「あなたの場合は心の持ちようでしょう!?グロースさんの胃袋と一緒にしない!」
そう言いながら革靴を脱いだマルセナさんは、絨毯に足を踏み出した途端、固まった。二度三度足を踏み直して絨毯の感触を確かめてる。
「これは……失礼ですが、絨毯を少しめくってもよろしいですか?」
「あ、はい」
マルセナさんは絨毯の端まで歩いて、角をぺらりとめくった。
絨毯の下は断熱シートとクッションマットのシートが敷いてある。このお陰で冷たくないし硬くない上にふかふか絨毯の気持ちよさがダイレクトに伝わる寛ぎスペースになった。ちなみにこの絨毯の上に寝袋を敷いた皆さんの睡眠はとても健やかだったと言っておこう。昨日なんて盛大なる口喧嘩(セラスさんが主に強かった)で決まらず腕相撲(セラスさんがツタの魔法で対戦相手をがんじがらめにして反則優勝)でも決まらず的当てゲーム(オリバーさんが勝つかと思いきやセラスさんによるツタの魔法で妨害負け)でも決まらないので、最終的には第三者である私に公正なクジを作らせて絨毯の真ん中を競い合ってたからね。さすがに8畳で6人プラス子どもが寝るのは狭い。端っこの人は半分体が床に出ちゃうらしい。私?私とテクトは絨毯提供者って事で真ん中に寝る権利を得てるんだよなあ。勝者ルウェンさんとシアニスさんに挟まれる形で寝たからめっちゃ暖かかったです。ぬくぬく幸せ睡眠だった。
ちなみにセラスさんは端っこだったはずなんだけど、朝起きたらシアニスさんの隣にいたよね。その場所に寝てたはずのオリバーさんは何故か皆さんの足元に転がされてた。うん、オリバーさんどんまい。
「なかなか見ない素材ですが……2枚重なっていますね。魔導具ではなさそうですが、これらは何ですか?」
「えーっと、熱を通さないシートと、弾力のあるマットですね。床の冷たさと硬さを何とかしたくて、じゅーたんの下に敷きました」
「それでこのような至極の心地に……なるほど。わかりました」
マルセナさんは深く頷いて、テーブルの方に来た。歩いてくる間にも、テーブルやら鉄瓶やら忙しなく視線を動かしてる様子が何かちょっとこそばゆい。嫌じゃないんだけど、何だろ。お婆ちゃんとお爺ちゃんに自作の手芸品を発表する時のドキドキ感に似てる?
ちょうどお茶ができたので手分けして配ると、マルセナさんは香ばしい匂いに気付いてティーカップに目を留め、細めた。
「ほうじ茶ですか……大変芳しい。品質のよいものを使っていますね」
「アイテム袋のお陰です。買った時のまま、美味しいまま保存できるのはステキですよね」
「あら、アイテム袋をお持ちですか。商人としての基本装備はすでに整っているようですね。大変よろしい」
失礼しますと一言添えて、マルセナさんはティーカップを傾ける。ほうじ茶を一口、ゆっくり味わうように飲み込んで、微笑んだ。
「味も良好。こちらはあなたが用意したもので間違いないのですね?」
「はい!お湯沸かしたのも入れたのも、私です!」
「あの鉄瓶もあなたの?」
「はい!お気に入りの鉄瓶です!」
「客をもてなす基盤はすでに出来上がっていると……」
「おいギルドマスターさんよぉ。さっきから名乗りはしねぇわ、気に障る物言いするわ、随分じゃねぇか。商業ギルドのお偉いさんってのは全員そうなのかよ」
気に食わない、って書いてあるような顔でマルセナさんを睨むディノさん。え、あ、そっか。グロースさんに教えてもらって自己紹介した気でいたけど、そういえばしてなかった。商人を統括する人だから色々気になるんだろうなーって思ってたけど、挨拶も大事だね。さすがディノさんしっかりしてらっしゃる。
マルセナさんはディノさんの威圧的な態度にもまったく動じる様子はなく、私に視線を合わせて軽く頭を下げた。
「先程から失礼しました。良い品を前にすると気がそぞろになってしまうのは私の悪い癖です」
「商人さんの一番偉い人ですもんね、気にしてませんよ」
「そう言っていただけると助かります。私は商業ギルドラースフィッタ支部のマスター、マルセナと申します」
「はじめまして。私はケットシーのルイ、こっちはよーせーのテクトです」
挨拶に合わせて尻尾をふらり。猫っぽい仕草も忘れない!テクトも私に合わせてふらり。マルセナさんはテクトにもお辞儀して、テーブルへ書類を置いた。
「本日は冒険者ギルドのマスター、ダリルさんの要請でこちらまで赴きました。ダンジョン内に商店を作るという話でしたね。ダンジョン内に商店を出す場合、冒険者ギルドの許可が必要ですが、そもそもナヘルザークで商いをする場合、商業ギルドへの登録が義務付けられています」
へえー、そっか。考えてみたら確かに、商売する場所の許可と冒険者への円滑な売買取引の保証は貰ったわけだけど、商売自体の許可は誰からも貰ってない。日本だと県だったか省だったか、とにかく登録証がないと商売できないんだったっけ。お酒とタバコにも許可証とか、食べ物を売るのも許可証があって、色々大変そうなんだよねーってバイトしてる友達が話してた事がある。
そしてダリルさんは冒険者ギルドのマスターとして、冒険者のためにどうしても私にこの場所で店を開かせたいんだね。だからってこんな偉い人連れてこなくてもいいと思うんだけどなぁ。シアニスさん達が言ってたのはこの事だったんだね。
「つまり、あなたには2つのギルドの許可が必要です。しかしあなたは外へ出ない……いいえ、出れないのだそうですね?」
「はい。ええと、遺言で」
架空のお母さんの遺言だけどね。
「私が呼ばれたのは今回、あなたの店を商業ギルドへ登録するためです。あなたという存在が余程惜しいのでしょう。ダリルさんは説明もなあなあに私をここへ連れてきました。少々事実確認をさせてください」
「はい」
ダリルさん……若干呆れて初老のおじさんを見ると、グロースさんと一緒にティーカップ傾けてた。めっちゃ我関せずって感じだけどあなたの話してますよ今……マルセナさんをちゃんと労わるんだよダリルさん。私がお節介する前にお願いします。
「あなたの種族は、妖精族のケットシー族ですね?」
「はい」
「そちらのテクトさんは言語を介さない妖精族だとお聞きしてますが、その場合の危険は知っていますか?」
「はい。小さいよーせーを、見ただけでバカにしたり、捕まえちゃう悪い人がいるんですよね」
「そうです。そして、あなたのように非力そうなケットシーが主人ならば強奪できる、と考える悪人もいます。その危険性は考えましたか?」
「えっと、それは、はい」
小さい妖精の話を教えてもらった時に、聞いた。そういう奴もいるって。私は確かに弱いけど、テクトの加護で守られてるから傷つかない。でも加護がバレたら聖獣だってバレる可能性が出てくる。そうならないために、テクトがテレパスで悪巧みしてる奴を判別して、関わらないようにしようって決めてきたわけだけど。
それを皆さんにそのまま伝えるわけにはいかないので、テクトとその場で決めた事がある。
「大丈夫です。テクト、気配を読むのが得意で、そのせいか、悪いことを考える人がわかるんです」
「……人と会った事がないと聞いていますが、その能力はいつ知りましたか?」
「お母さんが教えてくれました!」
秘儀!お母さんが教えてくれた設定!!
これが通じる事はダリルさんで立証済み!テクトが気配察知が得意なのも皆さんすでに知ってる事だから、あえてここは事実を小出しにする事にしたんだ。そうすれば万が一、悪い事を考えてる人が私の店を利用しようとしても、事前に逃げる理由ができる!
テクトの能力を全部隠そうとするとどこかで絶対ボロが出るから、私のうっかり対策でもあるんだよね。あれ、深く考えなくても私って結構うっかりだな。神様の事うっかりうっかりーって笑えないわ。
<ルイのうっかりは可愛いものでしょ。一緒にしないで>
あ、ごめん……そうだね。神様のうっかりだと種族1つ増えるくらいの影響あるもんね。同類扱いは失礼だった。
マルセナさんは微妙な顔をしてたけど、私が自信満々にテクトを抱きしめていると細く長い息を吐いた。
「事前に避ける術があるなら結構。しかし店員が誘拐された場合、商業ギルドでは何もする事が出来ません。憲兵にあなたが訴えなければ、誰も動いてはくれませんからね。その事は覚えておくように」
「はい!」
「……次の質問に移ります。品の良い商品を仕入れる取引先があるそうですね。おそらく聞かれた事だろうとは思いますが、確認させてください。ダンジョンではなく、そちらの仕入れ先で暮らすという選択肢もあるのでは?」
「いいえ、それは出来ません。このダンジョンで暮らす約束です」
「……そうですか」
「何言っても無駄ってもんだぜマルセナさんよぉ。嬢ちゃんは筋金入りの頑固でな。俺らがどんだけ説得しても首を縦には振らねぇのよ」
おっと、ここでディノさんの援護が入りましたー!そうだよそうだよ、私頑固だよ!外に出るのを拒否する事だけは譲れませんよ!
「……道すがら、大まかな事は聞きました。しかし私はこの目と耳で確認しなければ納得できなかった。ただそれだけの事です。あなたの気持ちが揺ぎ無いものだとわかりました。そして、仕入れ先の商品の品質が良いものであると私自身知ってしまった。商業ギルドとして、あなたの店の登録を拒否する理由はありません……この国で商売する事を、許可しましょう」
「本当ですか!」
「やったなルイ!」
「おめでとうございます!」
これで本当に、商売できるんだ!冒険者の憩いの場を作れるんだ!だって商業ギルドの一番偉い人が許可してくれたんだもん!もう取り消せないよ?
ルウェンさん達もぱあっと表情を明るくさせて、口々におめでとう、とか頭を撫でてったり。自分の事の様に喜んでもらえて、こっちが嬉しくなってしまう。テクトも頭を撫でられて、満更でもない感じ。にへへ。
マルセナさんは書類の束から1枚取って、私に差し出した。
「こちらが契約書になります。確認事項をよく読んでから、名前を書いてください」
「あ、冒険者ギルドのと同じ契約書」
「ペンも同じものですよ。こちら一式、固有魔力を登録し、個人を識別するために各ギルドで重用されています。各ギルドのどこに所属し、どのような業績をあげているのか、共有するためです。勿論ギルド職員の個人的な閲覧は許可されていませんが、あなたがもし外の通りなどに店を構える時などがあれば、利用の機会はあるでしょう」
「ほえー。この1枚で、そんな事ができるんですね。すごいなぁ」
あれー?マルセナさんがこめかみに手を添えたぞぉおお?頭痛いって顔してるなあああ?
「……冒険者ギルドの契約書が、初めての契約書なんですよね?」
「はい」
「初回の場合、種族や得意な属性などを書く紙も、あるはずなのですが……」
「そうなんですか……」
あれ?んんん?
「私、それ、書いてないですね。ダリルさんから何ももらってないです」
「……でしょうね」
私とマルセナさん、じーっと目を合わせていたところを、ゆっくりと横へ移す。ぎこちない動きの先に、ダリルさんがまだ我関せずって顔でお茶を飲んでた。
と、私達の視線に気付いたダリルさんは、にっこり笑って親指を立てる。
「安心してルイ君、すでにダンジョンで商売するって登録しておいたからね!」
「ダリルさん!ちょっとお話があるのですが!!というか、お話したい事が、増えたのですが!!よろしいですか!!」
「僕は今お茶を飲むので忙しいから後でいいかい?」
「あなたの“後で”は信用なりません!!今、お話、するんです!!個人の情報を勝手に書くとは何事ですか!!」
再び始まったマルセナさんの説教を聞いてるのかいないのか、ダリルさんはあははは、と笑っていた。このおじさん強い。
さて、私は他に聞きたい人達がいるのでそっちとお話しようかな。
ね、さっきまで嬉しそうに私を囲んでたのに、一瞬で離れてそっぽ向いてるルウェンさん以外の人達。
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