60.幼女、店員の衣装に熱意を込める
昼ご飯の後、グロースさんは外へ帰っていった。午前だけ休みだったらしく、残念ながらこれから仕事だ、とギリギリまで昼食後のまったりお茶タイムを堪能して帰っていった。
帰る直前にそっと握らされたメモには、『些細な問題でも、困った時は頼る事』と短い文が書いてあった。会ったばかりなのに、ほんと色々気遣ってくれるなぁ。顔には出ない彼の優しさを感じて、アイテム袋に片付ける。色々見透かされてるのは、グロースさんがとんでもない年数を生きてきたからかな。お爺ちゃんやお婆ちゃんの歳を軽々越えちゃうもんなぁ。想像付かないよね、2000年。日本で2000年前って言ったら弥生時代?その時代の人が今も生きてるって考えたら……うん、やっぱり想像できない。
まあ年齢の事は置いといて。これからも個人的にお茶を飲みに来るみたいだし、今度はゆっくり……うん、そうだ!箱庭にお誘いしてゆっくりお茶会しよう!聞きたい事だってたくさんあるし、聖樹さんにも会ってもらいたい!私が結構平穏に生きてるって実際に見てもらいたいね!
ね、グロースさんだったら箱庭に入れてもいいかな、テクト?
<僕は構わないよ。箱庭の持ち主はもうルイなんだ。君の自由でいい>
どうせ、ルイに危害を加えようとする奴は勝手に弾き出されるしね。そう言って、私の肩に乗ったテクトはぐいーっと伸びをしてから目を細めた。
確かに。半月の間誰にも会わなかったし、モンスターに侵入される事もなかったから忘れてたけど、そういう神様仕様なんだったっけ。いやはやありがたい。
それにテクトもいるんだし、セキュリティ面は万全なんだよね。改めて考えなくても最強の布陣だこれ。
そっかそっか。グロースさんを箱庭に連れてってもいいのかぁ……ふふ、楽しみだなぁ。本当はルウェンさん達も呼びたいんだけどね。さすがに箱庭まで見せたら貴族の娘とかで誤魔化しきれない。ほんとはお世話になった人達ですって聖樹さんに紹介したいけど、黙ってよう。
……いつか話せる日が、来るのかな……
「……うし!」
ぱんっと手を合わせる。気合入れてこ!明日にはダリルさんから認可タグ貰って、ルウェンさん達に100階へ連れてってもらうんだから!
私が108階以外行った事がないって知った後、ルウェンさんが俺達が連れて行こうって言ってくれたんだよね。ここじゃ売買許可貰っても冒険者は俺らしか来ねーぞ、とエイベルさんに笑われて膨らんだ頬も、セラスさんに突かれる前にしぼむよね。エイベルさんはちょっと意地悪なんだよなあ。
とにもかくにも、後は商品を準備するだけって感じになった。休憩を終えた皆さんがまた探索に出かけた以上、私は彼らが帰ってくる前に明日の準備をしなくちゃいけないわけだ。聖樹さんに今日もお泊りするよって報告ついでに、箱庭に帰って吟味しよう。腕輪でも報告できるけど、一方的になっちゃうから。帰れる時間が出来たなら顔出しに行きたいよね。
そう、帰れる時間が出来ちゃったんだよ。シアニスさん体調悪そうだったから午後は残るのかな?じゃあシアニスさんと何しようかなって思ってたら、まさか探索に行っちゃうとは思わなかったよね。大丈夫ですか?無理してませんか?って袖引いたら、「この5日間体を休めてて鈍ってしまったから、むしろ探索に出かけたいんですよ」って微笑まれたよね。まあシアニスさんを必死に介抱してた皆さんの様子を見るに、無理はさせないと思うけど……冒険者って大変だ。怪我しても治りきらないままダンジョンに行かなきゃなんて。
<まあ彼らの場合、グランミノタウロスを倒すために実力を付けないといけないし。装備を買い換える軍資金も必要みたいだからね。ルイがちゃんと1人で売買できるまではなるべく様子を見守るつもりだろうけど、それ以外の時は稼ぐつもりのようだよ>
「そういえば倒す気……いや食べる気だったもんね」
いやほんと、逞しいわぁ。私も皆さんみたいに図太く逞しくありたいもんです。
箱庭に帰って聖樹さんに笑顔で挨拶すると、嬉しそうに枝をゆさゆさ揺らしてくれた。うん、やっぱり顔見せた方がいいね!聖樹さんの寂しげで悲しげな枝揺れはとても胸にくるものがある。あんな揺れは二度とさせないようにしたいね。
さて、明日の準備の前に手持ちのお金を整理しようか。冒険者さんの遺産にあったお金は全部使い切ったから、今手元に残ってるの約150万のお金はすべてポーション代として私が貰ったものだ。150万か。当分の生活費として10万残しておいても140万。お店を開く軍資金として、多いのか少ないのかちょっとわからないけど……私には商品を元値で買えるカタログブックがついてる!十分稼げるって言われた洗浄魔法だってある!溜め込んだ宝玉だってある!いざという時の聖樹さんの根本貯金だって400万ある!
だからあまり気負わず考えよう。冒険者と交流して決めていいってダリルさんも言ってたし!だから念のため下級ポーション10個と中級ポーション2個準備しといて、残り30万は予備費に回そう。お金が溜まったら中級ポーションをどんどん補填してく感じでいいかな。
<ルイが飢えないなら僕は文句ないよ。そもそも金の事はわからないしね>
「それは私もだよ。だからテクトと同じ手探り状態。ちゃんと教えてもらう前に召喚されちゃったからなぁ……」
お婆ちゃんもお爺ちゃんも、きっと寂しがってるだろうな。
<……ルイ>
「ちょっと感傷的になってるだけだよ。朝は少し泣かされちゃったしね」
もっと家族と一緒に過ごしていたかったって、思わないって言ったら嘘になる。そもそもテクトにはバレてる。だから正直に、あんまり気にしてないって言わないとね。
どうあがいても届かない場所になってしまった過去を、ちゃんと振り切れない私が悪いんだけども。
<無理には振り切れないでしょ。ルイの心が形作られた過去なんだから>
「ん、うん。徐々に消化してくしかないよね」
それに私、わくわくしてるのも事実なんだ!私がぼんやり宝玉を売りたいって言った事から、まさかお店を持つ話になるなんてね。店舗はないけど、露店と考えれば立派なお店!絨毯は好評だったし、寛ぎスペースとしては申し分ないと思うの。テーブルに商品を乗せて見せたり、看板立てかけて値段書いたりとか……ちょっとお洒落な空間を演出するのも、ダンジョンを探索し続けて疲れた冒険者達の心を癒すかもしれない!あれこれ考えたらわくわくするね!
そうだ!店員なんだし、私とテクト、お揃いのエプロン着けようか!
<その提案は嬉しいけど、ルイ、ポンチョの下に着るの?上に着るの?>
「あああ!そうだった!私ポンチョ脱げない!!」
盲点!いや今度からこれが当たり前になるんだから私もちゃんと自覚しないと!!私はケットシー!!
でもお揃いのエプロンは捨てがたい……!きっと似合うのに。テクトのエプロン姿。ちっちゃいポケットも付けてさ。色は濃い緑?セラスさんが替えのリボンよってくれた赤リボンに合わせて紺色でもいいよね?宝石と同じ赤も捨てがたい!エプロンの種類はどうしようか?テクトは毛がふわふわしてるから、シンプルな胸当てエプロンで全体をスマートに整えるのがきっと似合うけど……胸元のリボンを変えられるなら、腰紐を交換できるタイプなのがいいよね?ハトメつけて好きな紐を付け替えて、うん、お洒落だ!
<ちょっと落ち着いて。どういう店にするかって話から、どんどん脱線してるよ>
「でも!とっても大事な事だよ!!明日は店員テクトの晴れ姿になるわけだよ!?首元を彩るリボン姿だって十分可愛いけど、それだけじゃ私は物足りない!!可愛い店員テクトが見たい!!」
<え、そ、そう?>
「私のエプロンはひとまず置いといて、テクトのだけでも作っていい!?あ、そうだ!よくよく考えたら、私達料理する時エプロン着けるの忘れてたよね?普段は料理用としてお揃いで使って、テクトはお店に出る時も着けるっていうのはどう?毎回せんじょー魔法かけるからキレイなまま使えるよ?」
<はいはい、わかったよ。それでいいから……僕のサイズなんて売ってるの?>
「何言ってるの。これから作るんだよ」
<ルイってそういう無茶を平気で言う時あるよね>
だってお揃いにするには、私のもテクトのも自作しないと駄目じゃん。それに私成長しますし?カスタマイズしやすい自作エプロンの方が都合がいいってだけですし?幼女の手でも何故か裁縫は比較的スムーズに行えますし?
まあ私のは間に合わないけど、テクトのサイズならすぐ出来ちゃうよ!お任せあれ!
カタログブックを開いて、手芸で検索してもらう。その中でエプロンの生地に向きそうなのをピックアップしてもらうと、魅力的な生地達がずらりと並んだ。うあああ悩むなあ!テクトは何色が似合うだろう?どの生地がいいだろう?オックス?デニム?ああでも、表をデニムにしてスマートにかっこよく、裏面を肌触りがいい素材にしたりしてもいいなあ。私は服の上に着けるからいいけど、テクトは体毛の上に直接着けるんだもんね。うん、そうしよう。
何でも自由にできちゃうのが手作りの魅力だけど、素材から悩むのもまた手作りだからこそ!でも今日は時間ないしなぁ!
「ほらテクト、どれがいい?」
テクトにカタログブックを見せるように押し付けると、私が引く気なしと判断したらしい。はあ、とため息を吐いてカタログブックに視線を落とした。ふふふ、私の勝ちだ。
<そうだな……このデニムっていうのは、見た事がないから気になるかな>
「ん!りょーかい!!」
デニム生地ね。ミシンがないから薄いやつにするとして、裏面は……リネンかな。水に強くて通気性がいいし、さらりとして柔らかいんだよね。ちょっと厚いけど、大事なエプロンだもの。きちんと作ろう。
あとはハトメも買って、紐の色は作りながら考えるかなぁ。
テクトも考えてね!
<はいはい……泊まっても大丈夫だったでしょ。元気そうでよかったね、聖樹>
ざわ。
次の日。朝ご飯を食べて、今日は皆さん探索には出かけないで私に付き合ってくれるのでそれぞれのんびりしたり武器を研いだり自由な時間を過ごしてる。私1人だとダリルさんに気圧されそうだから、らしい。ありがたやー!
私も意気込んで、昨日作ったエプロンをテクトに着けた。私とお揃いの赤いリボンを首元に、薄手のデニム生地エプロンをきゅっと引き締める腰紐は黒。かっこいいカフェ店員をイメージして作ってみたけれど、大満足の仕上がりだ。テクトかっこ可愛いよ!!似合ってる!!
「あら、素敵なエプロンですね!」
「でしょう!これからテクトは店員さんなので、店員さん仕様です!」
「とても似合ってるわ!リボンも赤に変えたのね?」
「その方が似合うと思って」
「いいんじゃねぇの」
「ああ、可愛いぞ」
「清潔感もあるから、印象良くなると思うよ」
「ルイは……あー。ポンチョか」
皆さん納得のいく顔で頷いてらっしゃる。ポンチョの上からは着れないし下は意味がないもんね。その結論は昨日のうちに出てるんですよ。
「ポンチョ脱げないですからねぇ。私は店主だからって事で!」
<……ん。来るよ>
いつダリルさん達が来てもいいように、今日は朝からフードを被ってる。髪の毛はおさげにして本物の耳を隠すスタイルだ。どこからどう見てもケットシー、と皆さんに太鼓判を貰っちゃったよね。
ポンチョを見下ろしてくるりと回っていたら、テクトがふと上り階段の方に視線を向けた。待ってました!!
<……ふうん……ルイ、多少面倒な人が余計についてきてるって、今グロースからテレパスが来た>
ふぉあ!?え、思わず叫びそうになったのをなんとか飲み込んだんだけど、褒めてほしいよね!じゃない!!
面倒な人がついてくるって、何!?え、人数また増えたって事!?ここに人が来るときは予定より増えるっていうのがルールなの!?
テクトの動きに気付いたオリバーさんが、皆さんに注意を促した所で安全地帯の隅に転移の光が溢れた。あの時オリバーさんいなかったのに、エイベルさん達に聞いたのかな?反応が早い。
そして光が治まった後、そこにいたのはダリルさん、グロースさん、と。
「……本当に、いるのですね。ケットシーが」
「ね、僕の言った通りだろう。可愛らしい子がいるってね」
「あなたは必要とあらば嘘をつくでしょう」
「君をダンジョンへ誘うのにわざわざ嘘を?それって君らで言う所の、何かの利益になるの?」
「……これだからあなたと喋るのは疲れます」
「ははは」
ダリルさんの隣に立っていたのは、秘書っぽい印象を受ける知的な女性だった。手元に書類っぽいものを持っていて、髪を後ろにひっ詰めてまとめて、服装はブラウスとベストとスラックスで、なんていうか……仕事デキる女性!って感じ。
え、っていうか、誰?ダリルさんと親しげだけど?
「ギルドマスター、そちらの方は?」
「あれ、君らまだいたの?探索はいいのかい?」
「少なくともこの子がちゃんと他の冒険者に馴染めるまでは一緒にいるわ。悪いかしら?」
「悪いとは言ってないさ」
「ほぉ、そうかよ。俺はまたてっきり、俺達がいねぇ間にルイのお人好しにつけこんで、宝玉をタダでかっぱらう気かと思ったぜ」
「へ!?」
「はあ?」
え、タダでかっぱらうって、それ私が往復してもらうならあげますよって言って出した宝玉の事?え、あれって私、出不精な私に付き合ってもらって申し訳ないと思って……あ。
これグロースさんに言われたやつだ……
ぱっとグロースさんを見たら、軽く肩を落として首を振られた。え、え、これ、え、私の気持ちをダリルさんが利用したって事で合ってる?え?ダリルさんは冒険者じゃないからタダでも喜んで貰うんだなー、って思ってたけど、違うの?
今度はダリルさんへ視線を移す。その時には、知的な女性に詰め寄られてた。
「どういう事ですダリルさん!宝玉を無償取引するなんて!商業ギルドに対する冒涜ですか!」
「いやあ。世間知らずなお嬢さんにちょっとした世間を教えてあげようかなーって」
「その本音は?」
「タダで貰えるなら僕は喜んで貰うよ」
「何のために国の法で値段を定めたと思ってるんです!今すぐ返しなさい!!」
そんな2人を横目に、グロースさんが絨毯に乗って私の前に座った。あ、はい、お茶ですね。OKわかってたし準備もしてた。何かパブロフの犬みたい……
「グロース、彼女は誰なのよ?」
『商業ギルドの支部長。マルセナ』
「は?」
『君らは知らないだろうけど、ラースフィッタにある商店の総元締め』
「はああ!?」
どうやらとんでもない人を連れてこられたらしい。
……もう1組ティーカップ用意しといてよかったー。
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