59.ほうれん草のゴマ和えとこれから



ぐぅうううううう。


「「…………」」


モンスターをたくさん狩れてほくほくした表情で帰ってきた皆さんを出迎えたのは、ケットシーに扮していない私とテクト、グロースさんだった。それで一触即発な雰囲気になっちゃったんだけども、私があわあわする前にグロースさんがカンペを出してあれよあれよと自分のペースに巻き込み……微妙になった空気を裂くように、ルウェンさんの腹の虫が盛大に鳴いた。マジか。ルウェンさんマジか。

それまで一切動じない様子のグロースさんにああだこうだと言ってた皆さんは、緊張が一気に抜けたらしく呆れた様子でルウェンさんを見た。当の本人は少し頬を染めてそっぽを向いてるけど、腹の虫、治まってませんよ。ぐうぐうと唸り声をあげてます。いや私もお茶菓子食べてなかったらそろそろ鳴く時間だけどね。皆さんなんてダンジョン探索してきたんだもんね。動きまくってるわけだ。制御なんて出来ませんよね、空くものは空くんだもの。そして鳴ってほしくない時に限って大きな音出すんだよね。わかるわー。


「ルウェン……」

「おっまえ……」

「いや、その……すまん」

「お腹空くのはがまんできませんよね、ルウェンさん」

『空腹は悪くない』

「重ね重ね……すまん」

「あら。なんだか仲良さよさげね」


むーっとした顔のセラスさん。美人はむーっとしてても美人だなぁ。

だってねぇ。色々話してもらって聖獣経由で助けてくれるって約束してくれたし、会ったばかりだしめっちゃ年上でも、グロースさんの食欲に忠実な所とか他人とは思えないし。お茶好き煎餅好きあんこ好き、ってあんなに美味しいそうに食べてもらえると悪い人にはまったく見えないし。言い方失礼だけど、同類感ある。


「一緒にお茶したら、とても話が合う人だなって思って。それで仲良くなりました!」

「へー。主にどのへんが?」

「食べ物の好みですね!」

「なるほど、それは大事な相性の1つだな」


ぐうぅううううううううううう。


「「…………」」

「……まずはお昼ご飯にしましょうか」

「……そーだな」

『俺は自分の持ってきたからお構いなく』


と、魔導具鉄板やコンロを取り出す皆さんを横目に、テーブルにどーんと置かれたのは6段お重。それも2つ。どうなってるのグロースさん。毎日のお昼がそれなの?やっばいな。


「うっわ何その量」

「えぐい弁当出してんじゃねぇよ!おめぇの分なんぞ作ってたらきりねぇわ!!菓子だけでも際限なく食ってたじゃねぇか!!」

「しばらく分のおやつがその口に吸いこまれてったわね」

「半分以上消えましたから……ヴィネから聞いてはいましたが、よく胃袋に治まりますね」

『ちゃんと返す。買ってきた』

「そうして。バニラのお菓子は美味しいけど素材にこだわってる分高いの!」


昨日のクッキー、そんな高いものだったの?それなのにあんなに足してっちゃったのシアニスさん。

聞いてみたら、茶目っ気たっぷりに舌を出された。ぐぅ、可愛い……!


「何だか面白くなってしまって……テクトとどちらが多く食べるかなって思って足しちゃいました」

「お菓子ほど大食い対決に向かないものはないと思うから今後興味本位でやらないでね」

「気をつけます」


シアニスさんって普段しっかりしてるのに、興味が勝ってやらかしちゃうタイプなの?そしてセラスさんが度々たしなめるの?セラスさん、お姉さんっぽいもんね。うんうん。


<僕もグロースもすぐ魔力に変換しちゃうから決着付かないよそれ>


テクトそれは内緒にしようね。あ、私にしかテレパスしてないからそもそも内緒だった。てへ。

さて、お昼の準備をお任せする事にしたけれど。

エイベルさんが黙々とオーク肉をスライス、熱された鉄板に広げてじゅうじゅうと焼いていく。その横で野菜をざくざく切っていくオリバーさんとルウェンさん。ディノさんはたっぷりの水を入れた鍋をコンロの火にかけて、セラスさんがアイテム袋から中華麺みたいな生麺を取り出した。どうやら今日のお昼は焼きそばらしい。麺やソース文化まで広がってるとは、さすが過去の勇者さんファインプレイ。

他の皆さんがてきぱき料理を作ってる中、シアニスさんはお休みするらしい。人数分のお皿と箸を運んでグロースさんから大量のお菓子を受け取った後は、私の隣に座って寛いでる。

んんー……ちょっと朝より顔色が悪い、感じがするね。もしかして、体調不良かな。あれだけ出血したんだし、いくら冒険者で他の人より体が丈夫って言ったって早々回復しないよね。上級ポーションは傷を綺麗に癒してくれるけど、失った血は戻してくれないし……一応、昨日はレバー料理を出したりしたんだけど。うーん。

……よしわかった。


「テクト手伝って!」

<はいはい>

「ルイ?」


不思議そうな顔をするシアニスさんと、じーっと見つめてくるグロースさんに笑ってみせる。

私、申し訳ないって気持ちを持つのはなるべく止めるし、皆さんがくれるものは全部甘んじて受け入れるって決めたけど、私から今後一切何もしないとは言ってない。ほんのちょっとくらい、おもてなししたっていいよね!だって性分だもん!待ってるだけはうずうずする!!


「ちょっと食べたいものを思いついたので、一品作りますね!」


アイテム袋からほうれん草をたっぷり取り出す。どんな夕飯でおもてなししようかなって考えてた時に、色々買っておいたものだ。結局幼女スペックじゃすべて料理しきれなくて、アイテム袋に素材のまま残ってるのがあるんだよね。色々。


「テクト、ほうれん草にせんじょー魔法かけるから、茹でてしぼった後、食べやすい大きさに切ってくれる?」

<いいよ>


気前よく頷くテクトにコンロと鍋を任せて、ほうれん草に付いた土汚れを洗浄する。綺麗になったところでテクトに渡して、私は大型のボウルと調味料バスケットの準備。


「え、ルイ……これ何ですか?」


私の傍に寄ってきたシアニスさんが、興味深そうに調味料バスケットを覗き込むので思わずにやにやしてしまった。ふへへ、それは私のお気に入り道具の1つですよ。


「調味料いっぱい入ってるバスケットです。テクトと一緒にがんばって作りました!」

「まあ……醤油に酒、砂糖に胡椒、文字が書かれていてとっても見やすいです。素敵ですね。それに……味噌!味噌もあるんですね!」

「なに!味噌だと!!」


シアニスさんの声にいち早く反応したのはルウェンさんだった。切ってた野菜をオリバーさんに預けて駆け足でこっちに向かってくる。

調味料バスケットから陶器の入れ物を取り出して、蓋にかかれた味噌の文字をまじまじと見た。かぱっと蓋を開けて目を見開く。めっちゃ嬉しそう。え、そんなに珍しいものなの?


「本当に味噌だ……すごい、久しぶりに見た」

「みそってそんなに珍しいんですか?」


オイルボトルより味噌に驚かれた事の方がびっくりなんだけど。


「俺の故郷のある地域でしか作られていない。懐かしいな……」

「市場にはなかなか出回らないんですよ」

「ええええー」

「へー。ルイ専用のお店、貴重な味噌も売ってるの?」


気付いたら皆がこっちを覗き見てた。ええー!調理中じゃないの!?火は?あ、止めてる!?だよね!!

グロースさんにはカタログブックが私専用のお店扱いされてるのは言ってるし、皆さんにも専用の店の事話しちゃったって言ったから怪しまれないよなー、なんて思ってたのも吹っ飛んだよ。きんぴら広まってるから味噌も同じくらい広まってると思ったけど、そうじゃないんだね。


『ルウェンは勇者が興した街の出身?』

「今は子どもに語る夢物語だが……そうだと言われている」

「ひええ」


マジかー!!ルウェンさん、勇者の街出身なんだ。過去の勇者さんがめちゃくちゃ頑張って作った街なんだろうね。そこの地域だけ味噌が広まってる、と。

妖精族できんぴらごぼうが伝統料理になり、勇者の興した街では味噌が名物、と。どっかのRPGみたいな感じだなぁ。洋風な世界に忍者紛れ込ませるみたい。

ルウェンさんの目が心なしかキラキラ光ってるように見える。目線の先は味噌だけど。


「ルイ、この味噌、定期的に仕入れてもらっていいか?」

「いいですよ!美味しい味噌、準備しておきますね!」


そう笑顔でサムズアップすると、一瞬目を丸くした後、皆さん微笑みを浮かべた。ディノさんなんて、ぐわしぐわしと撫でてくる。うおおおおお!何よぉおおお!!


<ほうれん草切ったけど……髪の毛すごいことになってるよ>


でーすーよーねー!もー!

まな板を持ったテクトが呆れた様子で肩を落とした。あ、ほうれん草が綺麗に揃えて切ってある。さすがテクト、仕事が早い。

ディノさんの手をぺちぺち追い払って、ボウルにすりゴマをたっぷり入れた。ちょっと多いかな?って思うくらい入れるのがベスト。今日は白ゴマの気分なので白にする。それから砂糖、みりん、醤油、ちょっとの和風だし。これをしっかり混ぜ合わせて、水分をしぼったほうれん草を入れてよーく和えたら。

造血効果ありの葉酸と鉄分が入った、ほうれん草のゴマ和えの出来上がり!

ほうれん草を一欠けら取って食べてみる。ゴマの風味がまず鼻にきて、歯で噛むと調味料が馴染んだほうれん草の味がじんわり広がる。甘じょっぱいのが最高に合うんだよねぇ。大きく口を開けて待ってるテクトにもあげると、満足げに尻尾を振るので気に入ったみたい。わかるわかる。これ美味しいんだ。ほうれん草の苦味が嫌いな子も食べてくれる事が多いんだよね。

さて、これを小鉢に分けて……


「…………(じーーー)」

「…………」

「…………(じーーー)」

「……た、食べたいんですかグロースさん」

「…………(こくり)」

「俺もー」

「私も」

「俺も食べたいな」

「私も!」

「俺も食っていいよな」

「食べたい」


ちょ、皆さんまで!?っていうかルウェンさんなんて直球過ぎません!?グロースさんに至っては重箱2つもあるでしょ足りないのか!!それでも足りないのか!!

っていうか、もー!!皆して物欲しそうな目して!!


「シアニスさんのために作ったから、他の人は少なめ!!」

「まあ!」


嬉しそうなシアニスさんとは対照的に、他の人達からはブーイングが起こった。

簡単に作れるから!!今度レシピ教えるし材料いくらでも準備するから!!今日は我慢して皆大人でしょ!!















結局、小分けにしたほうれん草のゴマ和えは、いただきますの合図の後瞬く間に消えた。小分けにしたって言っても拳大はあったんだよ。相変わらずの早食いである。味わってないわけじゃないので、皆さん口々に美味しい美味しいと言ってくれたのは、正直、嬉しいです。にへへ。

グロースさんの重箱は彩り鮮やかに野菜と肉と肉と肉がたっぷりな……うん、肉の比率多いな。やっぱり肉好きか!行きつけのお店に毎日頼んでるお重らしいけど、すごいな。これ全部食べるのか。食べ物を魔力に変換しちゃう種族って、ほんと規格外だなぁ……


「そういえば、グロースって暇な時はいつも近所の子ども達に囲まれてますよね」

「愛想ねーのに人気だよな」

「グロースさん人気者なんです?」

「同年代よりは子どもに好かれてる印象が強いかな。いつも1人か、ギルドマスターと一緒か、子どもに囲まれてるかどれかって感じ」

「子ども好きなのか?」


もやしと肉多めの焼きそばと、じゃがいもたっぷりガレットを食べながら、会話がさらっと始まる。皆さんお行儀よく、口の中に何もなくなった瞬間に喋るんだけど、スパンが早いわぁ。あ、この焼きそばの麺、もちもちして美味しい!直前に茹でてから炒めるからかな?これは良い麺だね!


『俺が叱らないから好き勝手してるだけだ。よく髪を引っ張られたりする。

親の方も、俺と接する事で言葉の勉強になると放任してる』

「ちょうどいい遊び相手になってんじゃねーか」

「つまり子ども好きってことだな」

「同じ子ども好きでも雲泥の差だなー、ディノ」

「仕方ないわよ。ディノは凶悪面だもの」

「あ゛ぁ!?」

「私はデノさん好きですよ!」


撫で方は乱暴だから改善して欲しいけど!!いつも何気ない気遣いしてくれるの知ってるし、きっとじっくり接すれば子ども達だってわかると思うんだけどな。ほら、子どもって人の本質見るって言うじゃん。

ただまあ、親しくなるためにまずその怖い顔を何とかしないとなんだけども。入り口抜けちゃえば問題ないのに狭き門なんだよねぇ。


「ルイもテクトも良い子ね。こんな悪人面にも気を遣って、シアニスのために料理をして……」

「ディノはグロースに弟子入りすべきだな」

「うっせぇ!!」


あー……ディノさん拗ねちゃったよ。いいの?皆さんふつーに食べてるけど、いいの?あ、ディノさんがまた食べ始めた。復活が早いなあ。だから皆さん放っておいたのかな。手馴れてるなぁ。

6段重箱1つ食べきったグロースさんが、思い出したようにカンペにすらすら書いていく。


『そういえば。

魔法教えるって聞いたけど、いつやるの?』

「教本を買ってからです。在庫がなく、王都からの取り寄せになってしまったので遅れてしまって……」

『なるほど。順序通りやらせるのか』

「ええ。彼女は魔力が何かもわからず使っています。今はまだ複雑な魔力操作を必要としない洗浄魔法と魔導具の使用だけですから問題はありませんが、才能あるルイの事です。すぐに様々な魔法を覚えるでしょう。そうなった時、魔力の暴発でも起こったら。小さな体は耐えられません。そうならないために、まずは基礎から」


何気にさらっと怖い話飛び出た気がするけど、えーっと。魔法を覚えるのは教本っていうのが届いてからなのかあ。もう少しお預けだね。

でも本があるのは助かるなぁ。私パニック起こすと色々忘れがちだし、ダァヴ姉さんに教えてもらった事も書いておいたはずなのに忘れてたりするからね。文章で確認できるってありがたい。


『話して見せてやらせる実践タイプもあるけど。

魔力が感じられないなら焦らない方が良い。子どもの体はすぐ成長するから、そのうちわかるようになる』

「あ、私の体がどこか悪いわけじゃないんですね」

「子どもの体は魔力を感じにくいのよ。周囲の魔力の影響を受けやすい子どもは、身を守るために感じる器官を塞いでると言われているわ。あえて鈍感になってるのね」

「へー。何でですか?」

「まず、体を守るため。子どもはすぐ転んだりして怪我をしやすいでしょ。体が成長しないと命に関わるから、魔力系統の器官の成長は後回しになるんだったかな」

「なるほど」


成長の優先順位が体の方になっちゃってるんだ。同じ体の中の話なのに、不思議。


「後は、許容量以上の魔力を受け入れないようにするため、だったかー?」

「そうそう。魔力はいつでも周囲を巡っているけれど、体の中にもあるの。それは知ってる?」

「はい。えっと、魔導器官があって、その性質でどんな属性が使えるか決まってて、人の体の中にある魔力はびみょーに違うっていうのは、知ってます」

「勤勉じゃねぇか!嬢ちゃんお前十分知ってるぞそれ!」

「そうですか?」


ダァヴ姉さんやテクトの受け売りだけどね。にひ。


「人によって魔力が違うから、昨日の契約書みたいに、あなた自身の魔力を登録する事が出来るのよ。他人のものを自分のものだと偽れないように出来てるの」

「便利ですねぇ」

「ええ、便利なの。でもその魔力もね、人には許容量……受け入れられる量があるのよ。子どもはそれが小さいの」


例えば、とセラスさんが前置きして、ディノさんのマグカップを取る。一際大きなマグカップだ。セラスさんの可愛らしいマグカップが入っちゃうくらいサイズ差がある。


「このマグカップが魔力を受け入れられる量、水を魔力だとすると。大きなマグカップが大人、小さなマグカップが子どもと考えてね。なみなみと水が入ってる大きなマグカップから小さなマグカップに水を注いだらどうなるかしら」

「あふれちゃいますね」

「そう。そして溢れてしまった魔力は体を壊す事もあるの。だから身を守るため、子どもは魔力を感じる力が弱いのよ。感じる器官が塞がっているなら、魔力を無駄に受け入れる事もないからね」

「はー……なるほど」

『だから、焦らなくていい。今は洗浄魔法と魔導具だけ、使っていればいい』

「うん、はい」


そっか。巻き込まれた召喚だったからどこか欠陥があったのかなー、なんて思ってたけど。違うのか。

そっかあ。


「よかったぁ……」




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