58.運送代と魔族の話



テクトとしっかり握手しあって、さあ切り替えていこう!いつまでも落ち込んでらんないからね!って思ってたら、グロースさん的に話は終わってなかったらしい。

何故か私も正座させられてグロースさんに紙束―――なんかテレビで見る演者に台詞伝えるカンペみたいだから、カンペって呼ぼう。カンペで説教されてる。ちょっとわけわからないかもしれないけど言った通りの構図です。わけわからんけど。

隣で同じように正座してるテクトが可愛いなーって余所見をしたらカンペでぺちんと叩かれたよね。すみませんちゃんと読みます。


『彼らは冒険者として、君へ対価を返してるだけだから。君が何か用意すればするほど返される事になる。つまり堂々巡りが終わらない』

「はい」

『君は開き直って恩返しを最後まで受けとるべき。

上級ポーションは遊んで暮らせるだけ高値。君は楽をさせてもらう理由ができたって、甘んじて受けとって』

「おおう、たっか……あ、でもポーション分はもらってますよ!だからもう、そんなに返されるものないですよね?」


っていうか服もいっぱい貰ったし、結構返された気がするんだけど。

グロースさんはちらりとテクトを見た。テクトはやれやれ、と言ったていで肩を落とす。な、なによー!


<下級ポーションは彼らが言った通りの市場価格で貰ったけど、上級ポーションはカタログブックにあるのと同じ値段だったね。ルウェン達が最低価格しか知らなかったのもあるけど、ルイが頑なに受け取ろうとしなかったから>

「だってあんな高額一気にもらったら、皆さんの生活が困るじゃん。私だってパンクするし」

『カタログブックの価格は元値、素材だけの値段でしかない事は知っての発言?』

「そりゃもちろん知って……」


と言った所で、グロースさんがカンペを下ろした。素早く何か書き始める。

え、なにその反応。もしかして、下級ポーションみたいに1万追加しときますねー的な感じじゃない?そんなノリじゃないの?多くて50万くらいだと思ってたんだけどもしかして違うの!?


『上級ポーション、ナヘルザークでの販売価格は1500万』

「……は?」

『だから後500万分は返されると思って』


500万!?高すぎない?え、想像より桁が多いんですが!!私500万分の何か貰っちゃうの!?

この前貰った1010万の底にさえたどり着けてないのに!!いやたどり着いちゃったら生活困るんだけど!!違うそういう事じゃない!!

上級ポーションたっっかい!!


『物の価値がわからないのはしょうがない。現実味が湧かないのも、転生者にはよくある事。でも、自分がやった事の価値を、正しく理解した方がいい』

「ああいや、えっと……すごく感謝されてるっていうのは、わかってたんですけど……」


何度も何度も言われたし、ちゃんと代価を受け取って欲しいなって直接的にも遠回しにも言われまくったし。

私はシアニスさんの命を救ったんだ。そりゃあ、皆さんが親切に色々してくれるのも、彼らが優しい人達だっていうのあるけど、恩返しの一貫だっていうのはちゃんとわかってる。ただ、それを値段にされると、ねぇ……一気に肩が重たくなると言いますか……小市民にはでかすぎる値段だよね。

いや、うん。ちゃんと受けとる。受けとりますよ。皆さんが生活できるだけの稼ぎがあって、その余剰でお返ししてくれるなら、受けとる事を拒否できない。私の条件を呑んでもらってポーション代だけ受け入れたんだから、今更いらない!なんて言えないし、私からお返しするのもおかしい話だ。

ここはグロースさんの言う通り、開き直るしかないんだろうなぁ。


<それに運送代とかも後にしたから、実際は500万以上だね>

「ああー、そうだった!」

『ダンジョン内で売買すれば必ずかかる費用。買い手側が払うのは当然』

「あうう……!実際、どれくらいなんです?運送代って」

『階層によるけど、ここは108階だから、商品の適正販売価格に8%かけた分』

「消費税じゃん!!」


グロースさん曰く、1階から50階は3%、51階から100階は5%、それ以降は8%なんだって。ますます消費税っぽい。突然身近な数字出されると困惑するわぁ。

これはナヘルザークで定められた法律だから、他国じゃほとんど通用しないらしいけど、ある程度の目安にはされてるんだってさ。世界的に修学率がそれほど高いわけではないから、あくまで目安。商人なら掛け算割り算習うけど、職業として必須の技能扱いで一般人はそれほど重要視してないそうだ。まあ足し算引き算で問題ない生活なら仕方ないか。

ナヘルザークが101階層以降の運送代つけたのだって、このダンジョンがあったからなんだそうで。ヘルラースでかすぎるんだね。136階だっけ?最下層まで、まだまだ遠いねぇ。


『ルウェン達には甘えていいんだ。それを、きちんと受け入れる事』

「はい」


私が頷くと、グロースさんはここに来てから書きまくった紙をグシャッとまとめて握り潰した。

突然の事に目を丸くした私の隣で、テクトが足を崩した。私もそれに倣う。体重軽いから全然足痺れないや。


<証拠隠滅だって>

「へー……ええ!?」


グロースさんが握りしめてた手を開くと同時、真っ赤な炎がぶわっと燃え盛る。目を瞬かせた後には、小さく潰された紙はなくなってて、グロースさんの大きな手が見えるだけだった。燃えカスも残ってない……!うわ、すごい!魔法!?これ魔法だよね!?


<グロースは火の魔法が得意で、詠唱なしで使えるんだってさ>

『喋らなくても使えるのは便利』

「おおー!」

『火があれば料理に事欠かないから習得した』

「わかるー!!」


魔導コンロをもう1つ買うまで、一口コンロじゃ物足りない最低二口欲しい!ってずっと思ってて!!いっそ薪組んだり窯作っちゃえばコンロ扱い出来るとか思ったり、魔力溢れる魔法の世界なんだから火属性魔法使ってコンロの代わりにしちゃうとか、そういう妄想したりしたよ!!生憎魔力の使い方わからない私にはそんな芸当できなかったけどね!!

テクトは残念ながら生活に関する魔法は得意じゃないので、出来なかった。調理の才能が花開いたからまったく使えないってわけじゃないと思うけど、たぶん細々したのが苦手なんだろうね。聖獣の目だって細かなステータスは見れないって言ってたし、そういうことなんでしょう。

まあ今度セラスさん達から教えてもらう予定だから、楽しみにしておきますよ!

今はグロースさんについて聞こう!私の話は今度こそ、終わったみたいだし!!

お茶のお代わり注いだら、お茶請けの煎餅を出す。これはおもてなしだから、申し訳ないの気持ちじゃないよ!美味しくお茶を飲んで語らいましょう、の気持ちだからテクト安心してください。お婆ちゃんなんて近所の人が遊びに来るとテーブルいっぱいにお菓子やら漬け物やら出してたからね!こんなの序の口!

グロースさんは迷うことなく煎餅を掴み、ばりばりと気持ちのいい音を立てながら噛み砕く。若干、頬が緩んだような?相当日本のものが好きなんだなぁ。


「グロースさん、グロースさん!2000年生きてるって本当ですか?ダリルさんは知ってるんですか?」

『本当。大体2015歳。

ダリルは俺が魔族だという事も知らない。鑑定スキルが秀でてる便利な護衛だと思ってる』

「魔族だって、内緒なんです?」

『内緒。言わないでね。面倒だから。

魔族は謎に包まれた種族、っていうのが世間一般の見解。魔法が得意で強い、角がある、くらいの認識。

俺は角がないからどこへでも潜入しやすい』

「えー、と……角って生命維持に必要なんですよね?そんな軽い感じでいいんですか?」

『なくなると絶対死ぬ、ってわけじゃないから。俺は食べる事が苦じゃない、むしろ好き。

だから君が気にする事はない』

「はあ……」

『たくさん食べる建前が出来てむしろラッキー』

「それはうらやましいなぁ……!!」


まったく!テクトもルウェンさん達もグロースさんも、皆食べても食べても太らない人達なんだから!!ずるいにもほどがあるよね!!二十歳の私なんて年頃だったから、カロリー気にしたり多少量を減らしたりしてたのに!!多少!!


「わかりました!グロースさんの事は人族扱い、ですね!」


グロースさんはこくりと頷きながら煎餅をばりん。食欲に忠実な人だなぁ。ついでにどら焼きを取り出すと、それもすぐ手に取った。和菓子も好きですか。日本茶好きなら準備しとこうかって買っといて正解だったわ。

私が煎餅を取ると、テクトはどら焼きをとった。そういえば何気にあんこ初体験だねテクト。果たして彼はつぶ餡派かこし餡派か。

ふかふかしっとり生地に顔を埋めるみたいに噛みついたテクトは、しばらく顎を動かしてたかと思うと、尻尾をふりふり振り始めた。どうやらお気に召す味だったらしい。内心ガッツポーズである。


<これ美味しいね!挟んでる生地がふわっとしてるのにしっとりしてて、ホットケーキとはまた違う風味と味わいで。中のあんこっていうの?粒々食感も面白いし、何より甘さがなめらか>

「お、テクトはつぶ餡平気だね。はじめて食べると、その粒々が嫌って人もいるんだよ」

<へえ、こんなに美味しいのに>

「小豆の風味が残ってステキだよねぇ」

『俺はつぶ餡派。でもこし餡も好き』

「両方選んじゃう気持ちもわかりますよグロースさん!」


だってそれぞれ良さがあるんだもの。あとお菓子の相性とか。中華まんだったらこし餡一択。

試しにこし餡の饅頭を買ってみたら、テクトは美味しいってぺろりと平らげてしまった。まさに一口、ぺろり。


<こし餡の方が甘味が強いのかな。でも舌触りがよくて口の中でゆっくり溶けてく感じが良い。うーん。どっちかと聞かれたら、僕はつぶ餡派>

『同士』


とカンペをかざすグロースさんの口の中にも饅頭が。嬉しそうに食べて飲むなぁこの人は。

出してもらうばかりも悪い、とグロースさんがフィナンシェを取り出した。煎餅の後に甘いものは最高だね!昼が控えてるから私はこれで止めるけど、テクトは程々にね。

ゆらりと尻尾で返事が来たので、饅頭を買うために出したカタログブックを見る。人前で売買モード使ったのは初めてだなぁ。グロースさんは紙袋に入って届いた饅頭をまったく驚く事なく見てたから、カタログブックを知ってるのは確かなんだなぁって思ったけれども。


「そういえば、カタログブックの事も聞いて良いんですっけ?」

『話せる範囲なら』

「じゃあえんりょなく。カタログブックの作者さんって、どんな人でした?」

『明るい人。君みたいに、おもてなしが好きな人だった。俺は遊びに行くと、いつも日本茶と菓子をご馳走してもらった。気前のいい姉御肌』


グロースさんが、懐かしむように湯呑みをなぞる。側面のでこぼこ部分を優しい手つきで沿って、目を細めた。

そっか。


「グロースさんは、作者さんが好きなんですね」

『そうだね。恋愛的な意味ではなかったけど、好きだったよ。姉のように慕った』

<話してる途中で悪いけど、ルウェン達が帰ってきてる。歓談の続きはまた今度にしなよ>


テクトが左側の方をじっと見てる。え、もう帰ってきたの?もう昼前?時間の流れがはっやいな!

あれ、グロースさん帰らなくていいの?ここにいるの皆さんにバレたらダメなんじゃ。


『残る。それから、君が人族だとわかってると言う。誰にも言わない事も。

どうせ近いうちダリルが俺の鑑定スキルの事を言うだろうから、先に話した方がいい』


私が読み終わって顔をあげると、またカンペを数枚グシャッと握って一瞬にして燃やした。早業証拠隠滅完了です。いやほんと早い。

呆気にとられてるうちに、ルウェンさん達が帰ってきた。そして何食わぬ顔で、いや実際は煎餅と饅頭を食べきってフィナンシェをもぐもぐしてるグロースさんを見て、めっちゃ驚かれたのだった。

驚かせてごめんね皆さん。グロースさん全面的に味方だから許してね。











「何でグロースがここに……!」

『一部の人にしか知られてないけど、俺、鑑定スキルのレベル高い。犯罪者見分けられるくらい出来る』

「それ憲兵でもレアな性能じゃねーか!!お前食欲一直線の脳筋やろーじゃねーのかよ!!」

「ルイに手出ししてないでしょうね?彼女をケットシーと偽ったのは私達よ。文句があるならこっちにどうぞ」

『文句はない。よく擬態できてると感心してる』

「……1人で来たと言う事は彼女の事は隠してくださる、と思ってよろしいですか?」

『ギルドとしては、彼女がいなくなるのは多大な損失。俺が目を瞑れば良いだけの事』

「本気かよ」

「ルイ、グロースと何を話してたの?」

「えーっと、世間話とか?あ、運送代を教えてもらいました!」

「……本気みてぇだな」

『どこぞのタヌキとかと一緒にしないで。俺は嘘はつかない』

「そうか。ルイにはルイの事情があって、外には出れない。生活のためにもここで店を開く事が、ルイにとって大切な事だ。騙してすまない。報告しないでくれて、ありがとう」

『いいよ。利益を考えて黙ってるんだ。頭を下げられるものじゃない。ただまあ』

「ん?」

『君達ちょっと詰めが甘い』

「ぐ」

『違和感のないように常識を順繰り教えるつもりだったと思うけど、ケットシーはお節介しないって先に一言伝えるべきだった。

ダリルはまだルイの事を、箱入りのケットシーだと思ってる。君らの目論み通り。でもこれからどうなるかは、わからない。しばらく通うなら考えた方がいい。

俺も手伝う』

「それは……ありがたいですが」

『そしてお茶を飲む』

「おめぇ利益がどうのとか建前で本命それだろ!!」



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