57.ほうじ茶飲みに来た



ずずー……


静かな安全地帯に、お茶をすする音が響く。


「えーっと……美味しいですか?」

「……(こくり)」


私の目の前できっちり正座をして湯飲みを傾けるのは、どう見てもこの世界の住人のグロースさん。今日も銀髪がサラサラキラキラしてる。イケメンである。

私が伺うと、満足げに頷いた。相変わらず表情乏しいけど、やっぱりどこからか愛嬌を感じるんだよね。不思議な人だなぁ。

さて、今安全地帯には私とテクトとグロースさんしかいない。ルウェンさん達はどうしたかと言うと、ダンジョン探索に出かけちゃったんだよね。冒険者のお仕事しなきゃだから当たり前の事だけど、別行動中だ。

朝から順序良く説明すると、聖樹さんからの不意打ちスキル発動で爆睡してた私が目覚めたら、めっちゃいい匂いのハムエッグトーストとポテトサラダがテーブルに出されてたじゃない?また匂いで目が覚めたよ食い意地はりすぎぃ!って内心ツッコミ入れて、ありがたくいただくよね。いやあ美味しかった。ハムの塩味と目玉焼きのとろっと濃厚な味、少しかかったこしょうのピリッとアクセント。フランスパンっぽい固めのパンのサクサク食感に焦がしバターの風味。ポテトサラダは滑らかな舌触りの中からちょっとチーズの匂いがしたなあ。削ったチーズ入ってるのかな?とっても美味しかったです。うへへ。

皆さんとテクトはそれプラス朝からポークソテーとか食べてたけどね。毎食肉食べてるなこの人達。冒険者って体動かすから仕方ないのか。たんぱく質とらないと冒険するだけの体が作れないのかな。体が資本の仕事だし、そういうものか。

朝食をしっかり味わって小休憩した後、私にも店の準備があるだろうっていうのと、小遣い稼ぎならぬ食材稼ぎのために行っちゃったんだ。「リセットかかったから今日は全部ごっそり私達がゲットよ!」「グロースに持ってかれちまった分のモンスターも獲ってくるぜ!!」なんて意気揚々と手を振ってたなぁ。

その獲れたてお肉をメインにお昼と夕飯作ってくれるって言うから、朝食後だって言うのに涎が出ちゃうよね。今日のご飯も大変楽しみである。オーク肉もカメレオンフィッシャーの身も、めちゃくちゃ美味しかったから、もしかしたら他のモンスターも……じゅるり。おっとっと。昨日のお肉ショックだけでモンスター食べるの前向きになるなんて、数日前は考え付かなかったなぁ。涎零さないようにしなくちゃ。

皆さんは出稼ぎに行くようなものだし、暇な私がご飯準備しましょうか?って聞いたら、一斉に首を振られた。皆さん曰く「昨日の夕飯は文句なしに美味しかったけど、子どもに奢らせるのは今後ないから」との事らしい。でも「ほんと美味かったから今度買わせてほしい言い値で買う、マジで」と真剣な顔で言われたら頷くしかないよね。お気に召していただけて何よりです、うん。日本のお惣菜屋さんは異世界冒険者の胃袋も掴むんだね……あの店に通い詰めてよかったな。

そしてさあ暇な時間どうしようか、箱庭に帰る?とテクトと話していた所で突然、グロースさんが転移してきたんだよ。

話途中にテクトが「グロースだけ来る」って言うから、やばい人来る!って慌ててポンチョのフード被ったのに、光が治まった所でグロースさんが思いっきり首傾げてたよね。思わず硬直する私。そんな私を気にしない様子のグロースさんが素早く絨毯に上がって、フードを半ば被り損ねてる私の目の前で正座、腰のアイテム袋から流れるように紙を取り出して胸の前に出した。私が見やすいように横に伸ばして広げられた紙には、『お茶飲みに来た』って書いてあったよね。しばらく凝視して、グロースさんを見て、


「お茶?お茶って何?日本茶?あ、そういえばこの人には正体ばれてるんだったっけ?」

<うん。ばれてるからケットシー装わなくてもいいよ>

「マジか……」


って思わず口に出しちゃうわ、手からフードがぱさりと落ちたわ……間抜けな姿を晒してしまった。お恥ずかしや。

それから急いでお湯沸かして、お茶入れて、今こうして膝突き合わせてお茶を飲んでるわけだけれども。

グロースさんは時々湯のみを傾けて、ほーっと息を漏らす事、数回。特に何かを要求するわけでもなく、しみじみとほうじ茶を味わってるように見える。

え、昨日いっぱいお茶菓子食べさせてあげようって意気込んだ私の気持ちは?あれ、この人本当にお茶飲みに来ただけ?マグカップにするか湯のみにするか聞いたら迷う事無く湯のみ指差したし、正座も堂に入ってるし。旅行で来日した日本文化に詳しい外国人って感じに見えてきた……紛れもない錯覚だね?現実に戻ろう私。

とりあえず、グロースさんが私に対するコミュニケーションツールとして、紙束を持ってきてくれたのはありがたい。テクトに毎回通訳してもらうのもいいけど、直接話をしたかったから。


「あー……えーっと。グロースさん、色々聞きたい事があるんですけど、質問してもいいですか?」

『俺の事も、カタログブックの事も、話せる事は答えるつもり。

後はちょっと、注意に来た』


そう紙に書いたのを私が読み取ったのを確認して、また迷いないペン捌きで続きを書いていく。


『まず、俺がここに来た理由。

君が、不慮の召喚に巻き込まれた事は、魔族の上層部に、知られてる』

「へ!?」


魔族のじょーそうぶ!?いきなり壮大な話をぶちまけないで!?

私が驚いててもそ知らぬ顔で続きを書いてるけどグロースさんほんと表情ぶれないな!!


『魔族の王は、聖獣と交流がある。そこから情報が来た。

か弱い娘が幼子になって、ダンジョンに転生した。守りのために聖獣を付けたが故に、悪党に狙われる可能性がある。近場にいる者は適宜様子見、異常があれば対処、保護、報告する事。

そういう通達が、俺に来た』


えっと。それってつまり神様から聖獣経由で、魔族に知らされてるって事?その話を受けて魔族側から当たり前のように見守り、あるいは保護要員としてグロースさんが派遣されたって事?え?魔族って異邦人に対して寛容すぎない?私の保護者さらに増えてく?


『おかしな動きをする冒険者についていったら、偶然君に会えた。

一目見てわかった。君の魂は昔見た、勇者の魂に似てる。

聖獣の魂は話に聞いてたから気付いたけど、実際見て驚いた。本当に大きかった。よくその小さな器に収まるな、って思った』

<まあ頑強な作りをしてる自覚はあるよ>


鑑定スキル?それ確か鑑定スキルの話だよね?日本人の魂ってそんな特徴あるのかな?テクトもめっちゃ大きいんだってね?見えないから全然実感湧かないけどね!!

じゃなくて!


「私とグロースさん、何も関係ないですけど……魔族の偉い人に命令されて、何の疑問もなく来てくれたんですか?」


こんな小娘のためだけに?


『魔族は受けた恩を忘れない種族。遥か昔から魔族は、勇者、異世界の人間には世話になってる。俺も個人的に、恩がある。

ほうじ茶のお代わりをくれた君は、いい子だから。定期的に様子を見に来るくらい、苦じゃない』

「なんと」


魔族は恩義に報いる武士的な種族なの?何なの?かっこよくない?この世界外見も中身もイケメンな人達多すぎ!!


『君は俺を見かけたら、日本茶を準備するだけでいい』

「あ、見返りはしっかりいただくんですね」


私には全然苦じゃない見返りだけども。本当に日本茶好きなんだなぁ。

そう苦笑してると、グロースさんは何か思い出したのか、また紙にさらさら書き始めた。


『見返りついでに、忠告を先に。

君の優しさは美徳だけど、ケットシーとしては間違ってる。ケットシーは来てくれたからというだけで、価値ある物は渡さない。

ルウェン達には通じるけど、ダリルは疑ってる。これ以上ボロは出さないように』


え!?待って、何の事!?私疑われてるの!?何で!?

1人クエスチョンマーク飛ばしまくってる私に、呆れた様子のテクトが教えてくれる。


<ダリルに宝玉渡した事だよ。往復代とか言ってタダであげたでしょ、一式>


え、あれの事なの!?だってわざわざ来てもらうんだよ?私が外に出たくないっていうわがままを通してもらってるのに、移動手段くらい渡すのが普通じゃない?


<それがケットシーとしては普通じゃないんだよ。って言っても、僕はケットシーの事はあまり知らないんだけどね。グロース達の記憶から読み取ってそう感じた>

『聖獣の言う通り、ケットシーは物の受け渡しに必ず金を挟む。タダという言葉が嫌いだ。

でも君はダンジョンから出た事がない、世間知らずだと思われてる。今はまだ、箱入りだからと半信半疑。それにポンチョの仕組みを鑑定出来る人は、早々いない。

後は君が変なお節介をし過ぎなければ、気付かれる確率は減る』

「な、なるほど」

<ルウェン達もその世間知らずな設定で誤魔化せると踏んだんだろう>


そっか。私が迂闊過ぎたんだね……当たり前だと思っていた事が、やっちゃだめなんだね。折角色々してもらったのに、申し訳ないなぁ。

頭を抱えて俯いてたら、額に固い感触。棒みたいな感じなのがぐりぐりと眉間を押してくる。って痛い痛い痛い!何よ!

顔を上げたら、グロースさんが1本指を私に向けてた。え、今の棒みたいなやつ、グロースさんの指?グロースさんにぐりぐりされてたの?マジ?


『その申し訳ない、という顔が駄目。全然申し訳なくない。君がここで商売をする事は、ギルドにとってとても有益だから。もっと堂々としていい。ダリルをこきつかう気でいても、問題ない。

ルウェン達も、普段宝玉拾えないって言ってたから、ここで好きに買えれば助かる。


君は役立たずじゃない。君がここに生活するだけで助かる奴がいる。それだけで、君は誰かに恩を返してる。

過剰に返そうとしなくていい』

「は……」


グロースさんのテレパスは、読心できないんだよね?そんなチート級じゃないんだよね?え、何で?ねえ、何で?

何で言い当てるの?


「ば、れちゃう……もんですか」

『勇者じゃない転生者は、そういう状態に陥りやすい。特に、君は元が大人だと聞いた。

今まで出来た事がままならないと、周囲に申し訳なさが先立つって、聞いた事がある』

「……そっかあ……」

<ルイ……そんなに悩んでたの?気付けなくてごめん>


ああ、テクト。いいんだよ、そんな悲しそうな顔しなくて大丈夫。気付けないのはしょうがないよ。難しいよね、人の心って。わかりづらいと思う。

自覚はね、してたんだよ。何かしなくちゃ、何かしなくちゃって。テクトに助けてもらうのは慣れてきたんだけど、他の人はそうもいかなくて。ちゃんと返さないとって考えてた。

ルウェンさん達が冒険者は物か金で返すって聞いた時、困った反面、いいなって思った。だから神様に恩返しする時、私自身が返せる事はないから、物でお返しできたらって思ってた。

その時まではたぶん、よかった。問題なかった。

気付いたら、お返しが負い目の強いものに変わってた。ありがとうの気持ちより、申し訳ない気持ちが強くなってた。

だって私は元は20歳の幼女で。出来る事は少なくて。人の世話になりっぱなしで。返せるものはほとんどなくて。物に頼るしかなかった。自分に言い聞かせるように理屈を並べて、物を返すしかなかった。前向きな気持ちの裏側に、申し訳なさが風船のように膨らんでいった。

お節介は昔からしてた。誰かに親切にする事は苦じゃなかった。だから違和感はなかった、つもりだった。しこりみたいに引っかかるものが、胸の中にあった。

役立たずな私は、きちんとお返ししないと見捨てられる。

ほんの少し、そう思っていた。


「私、役立たず、じゃないですか……?」

『むしろこの世界に、早く馴染んでる方。転生して半月だって聞いた。カタログブックがあったにしても、十分自立してる。その体でよくやってる。

申し訳ないと思うのも当たり前。でも、思い過ぎるのはよくない』

「はい……」

『特に、隣で心配そうに見てる聖獣とは、よく話した方がいい。

一生のパートナーだから、言葉は尽くすべき』

「うん……」


テクト。

私やっぱり幼女だから、力仕事してもらったり、料理ほとんどしてもらったり、身の回りの事任せるの、やっぱりちょっぴり申し訳なく思っちゃうんだよ。適材適所だって言われたし、納得もしたけど。

出来てた事が出来なくなるとつらいんだって、こんなにも尾を引くなんて、知らなかったよ。


<ルイ。僕は君の保護者だ。きっかけは神様に命じられたからだけど、今はルイの保護者をできてよかったと思う。君は何も知らない僕の手を必要としてくれて、僕に色んな楽しみを教えてくれる。こんなに充実した日々はないんだよ>

「うん」

<ルイの言動に呆れる事はあっても。役立たずだなんて、一度も思った事はない>

「うん……私も、テクトが保護者でよかった。鈍くて、可愛いのに可愛いって言われるの嫌がるけど、テクトだったから、私今、幸せだよ」


テクトの手をぎゅうっと握って、握られて、笑う。ちょっと照れるね。

ふとグロースさんを見たら、我関せずって感じで湯のみを傾けてた。ほんと、ぶれないなぁ。こっちは泣きそうになってるのに。




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