56.夕食と野菜事情



「はー、鍋ってやっぱりいいわよね……具材の旨味がしみ込んで、スープが美味しいわ」

「おいさっきから汁ばっか飲んでんじゃねぇよ。しめの分がなくなるだろが」

「好きに食べてるだけじゃないうるさいわよ」

「大丈夫ですよ、いっぱい買っておきましたから!」


毎度の如く口喧嘩を始めるセラスさんとディノさんは置いといて、汁が少なくなった土鍋に追加の出汁を注ぎいれていく。鍋の素を2袋分ピッチャーに入れてたけど、ぴったりなくなってしまった。鍋に1袋、追加2袋、合計3袋を1回の食事で使い切るって皆さんの胃袋がやばい。

私が用意したのはメインが野菜たっぷりあご出汁鍋。炊飯用に買った土鍋が10号でだいたい6人前、ちょうどいいや鍋にしようって前の日に決めてたんだ。でも鍋だけじゃ寂しいかなってサラダとか筑前煮も昨日のうちに準備しておいたんだけど……この土鍋、6人前だから。昼の様子を見ると明らかに足りないんだよね。大人6人なのに6人前ではまったく足らないとはこれいかに。鍋2回目の必要性とそれを煮てる間の箸休めがいるなって、大好きな総菜屋さんでから揚げとかコロッケとかレバー炒めとかきんぴらごぼうとか、日本の食卓によくのぼる料理を追加購入してみた、んだけども。

それらを皆さんどんどこ食べてく。水餃子やタラも入れてたスタンダードな鍋は、ものの数分で半分消えた。わあ……うそぉ。取り皿持ったまま固まった私の目の前で、私が作ったコールスローサラダをお気に召したらしいシアニスさんとオリバーさんの箸が止まらなぁい……あれー、テクトの筑前煮がちょっと余所見しただけで消えちゃった……嘘でしょ山盛りにしたんだよ?鍋も途中なのに慌てて追加の惣菜出したよね。そしてまた数分で消えるよね。冒険者の胃袋なめてた。

昼間の時は私自身がステーキとトマト煮に夢中で気付かなかったけど、ルウェンさん達全員食べるの早い。冒険者は早食いが基本なの?噛んでないわけじゃないんだよ。噛んで呑み込むまでが早いんだよ。口に入れて呑み込むまで、めっちゃ噛んでるんだよ。顎力強そう……

今は2回目の野菜とお肉を煮終わった所だ。さあ、また鍋が消えるぞぉ。


「そろそろいいな。今度はオーク肉を楽しむとすっか」

「ルイの用意した肉も美味しかったけどね。あれって普通の豚の肉?」

「はい。モンスターの肉じゃないですよ」

「でもしっかり味があって、美味しかったわ。くどくない感じ」


この世界、モンスターの肉はもちろん世間には出回ってるんだけど、出荷元である冒険者以外の人達には高級肉扱いで意外と手を出しづらいらしい。それで一般人の食卓のために畜産が広まっていて、普通の豚肉は日本と遜色ないくらいの値段で売ってるんだって。簡単に倒せるモンスターならともかく、美味しいやつはそれだけ強いからね。冒険者は命がけでモンスター狩ってるんだし、お値段高くなるのもわかるわぁ。危険手当的なのも加味されるんだろうね。

いっぱい食べる皆さんは、自分達で狩るモンスターの肉だけじゃ足りなくてお安い畜産のお肉も食べてた時代があったそうで。昔やった鍋より断然美味しい!とお褒めの言葉をいただいてしまった。鍋の素使ってるけど、嬉しいねぇ。


「薄切り肉にお出汁で下味をつけておいたんです」


我が家の鍋は基本的、どの鍋の素を使う時でも、豚でも鶏でも、鍋に入れる前に薄めた白だしに肉を浸しておくんだよね。1枚1枚丁寧に浸すとかじゃなくて、肉パックに直接白だしと水をぶっこんで軽く混ぜて置いておくだけでいい。そうすると安い肉でもあら不思議、肉汁たっぷりに歯ごたえ柔らかに感じられるんだ。なんの原理かは知らないけど、我が家は昔からこうなんだよね。お婆ちゃんの知恵かな?

まあ、あっさりして美味しい!って主に女性陣にウケた2キロの豚肉は瞬く間に消えてしまったんだけどね。


「そのひと手間だけであんなに美味しくなるんですか?とてもいい事を聞きました。今度真似させてくださいね」

「どうぞどうぞ!私もトマト煮、教えてほしいです!」

「では今度、一緒に作りましょうか」

「はーい!」

「ルイ、まだ腹に入る?熱いから気をつけてね」

「ありがとうございます!」


オリバーさんが私の取り皿に、白菜と人参、オーク肉と白身魚みたいな身を入れてくれた。おおー、人参以外白い。

皆さんこんな感じで結構好き勝手に食べつつ、私とテクトの分はちゃんと取ってくれるんだよね。「から揚げ美味しいね、2人は何個食べれそう?」「野菜もきちんと取りましょうね」「鍋のものは熱くないか?こっちに少し冷ましておいたものがあるからな」「こんなに美味しいきんぴらは久しぶりよ。ルイ、ほら、あーん」「ちゃんと水分とってるか?熱くなったら倒れる前に上脱げよー」「鍋は俺が見ててやっから、嬢ちゃん達は食え」と食事の合間に私を気遣う余裕さえあるんですよ。あんなに流れるように素早く食べておいて、冒険者は別次元で生きてるの?ってくらい早い。

っていうか箸使いが上手。ルウェンさんが焼肉好きだ!みたいな事言ってたし、日本文化がかなり根付いてるなら箸も鍋も不審に思われないかなー、とりあえず箸と取り皿準備したけどどうかなー、なんて内心身構えてた私が拍子抜けするくらい、皆さん上手に箸を操って戸惑う事無く私が出した料理を口に運んでる。今の食文化はかなり日本寄りなんだろうか。こんなに皆さん洋装で顔が洋風なのに、不思議な感じ。

取り皿に盛り付けた具材から湯気が減ったので、小皿に取り置かれた筑前煮から鍋へシフトチェンジ。幼女の舌だから火傷し易いので、ちょっと冷めても念のため食べる前にふーふーしよう。

2回目は、合流した時鍋だって知った途端にエイベルさんが薄く切ってくれたオーク肉たっぷり鍋だ。オーク肉は箸で持ちあげただけで、ぷるぷる震えてる。ふー、ふーっと息を吹きかけ十分に荒熱を取ってから、口の中に入れる。その瞬間、舌の上でとろけるオーク肉。じゅわりと広がる甘味と旨味。めっちゃくちゃ美味しいです……!

白菜のしゃきとろっを味わってから、次は白身魚みたいな身を試してみる。これは1回目の鍋でタラに舌鼓を打ったエイベルさんが、これも鍋に合うかもしれねーなって捌いてくれたカメレオンフィッシャーだ。あの、宝箱の前で床に同化して冒険者入り待ちしてる釣りモンスターですよ皆さん。「これも食べれるんですね」って言ったら、「皮はまずいので剥ぎますが、煮つけが美味しいですよ」ってナチュラルに返されたよね。調理方法もまんま魚やん。皮を剥いだから煮崩れしやすいので、長ネギで包んで甘辛く煮るそうです。ふっつーの煮魚やん……!!誰だ調理法伝えた料理人、私が思わず唾飲み込んだらシアニスさんが笑って明日作ってくれるって約束してくれたよ心の底からありがとうだよ!!

アイテム袋から出されたカメレオンフィッシャーはもう死んでるから擬態が解けてて、尻尾の長いヒラメ……エイ?ヒラメとエイが混ざったみたいな姿だった。頭あたりを一発、穴が開いてるのが銛突きされた魚に見える。大きさは絨毯くらいだけど。全体の色と左側に両目があるのと、ぎざぎざの歯がついた大きな口がヒラメっぽくて、ヒレが大きく水平に伸びてて尻尾が長いところがエイっぽい。陸上の魚って変な感じ。エラ呼吸じゃないんだろうけど、どうやって移動するんだろ。空気の中泳ぐの?

すべて想像通りってわけでもないけどカメレオンフィッシャーがヒラメに見えてしまったからか、エイベルさんが手際よく皮を剥ぐのも平気で見れた。私のモンスターOKゾーンって、食材として見れるかどうかの問題なのかな?襲われたかどうかとか?それとも前世で魚もよく捌いてたからこいつだけ平気なの?

食事中に悩んでももったいないので、カメレオンフィッシャーの身をぱくりと食べてみる。食べやすいサイズに切って、塩を振りかけておいたけど、ううーん。白身魚みたいに淡白でぷりぷりしてて、それでいて簡単にほぐれてく身、ほんのり感じる塩味、……なにこれ詐欺だよ。美味しい詐欺だよ。ご馳走様です。


「美味いか、ルイ」

「はい!」

「テクトも止まらないわね」

「美味しいの好きですからねぇ」


私と同じく取り分けてもらってるテクトだけど、その速度は私と段違い。皆さんと同じくらいの早さでぱくぱくと食べて皿の上を空にしていってる。それが面白いのかディノさんとエイベルさんがにやにやしながらテクトの取り皿におかず足してくんだよね。大食い大会でもしてるの?わんこそばならぬわんこ飯なの?

ただフォークやスプーンを握って食べるスタイルは半年前から変わりないので、ちょっと取りづらそう。今まででも、私が箸使ってるのを見て興味はあったみたいなんだけど、テクトの視線はすぐに食べ物の方に向いちゃうからなぁ。なかなか教えるタイミングがなかったけど、今がいい機会だ。料理の時も菜箸は使うしね。これから教えていこう。

って思ってたらフォークくわえながら睨まれた。


<食べ物に集中するところはルイに影響されたんだよ。さも僕だけが悪いみたいな考えはやめて>


お、おう、ごめん。













いやあ、食べた食べた。〆の雑炊も色んな旨味が濃縮した出汁とふわとろ卵で最高に美味しかったし、デザートのアップルパイも皆さん喜んでペロリだったね!まったく、食べたものはどこに収納されたんだろうね!不思議!


「それにしても、こんなに葉物野菜たくさん食べれたの久しぶりな気がする」

「だなぁ」

「え、葉物野菜って珍しいんですか?」


テクトの口の中を洗浄しながらきょとんとすると、苦笑される。


「ちょっと戦争がね……葉物野菜を大量に輸出する国があったんだけど、戦争に巻き込まれて農地はぐちゃぐちゃ、備蓄は国に取り上げられてしまって。輸出する余裕がなくなってしまったのよ」

「なんと!」

「中立国だったっつうのに、たまたま隣の国が戦争吹っかけられたから巻き添えくっちまったらしいな」

「災難だよなー……ナヘルザークもどうなる事やらだ」

「ひええ……」

「もう。ルイが怖がってるじゃない。大丈夫よ。戦争に巻き込まれたとしても、ダンジョンの中まで入ってこないわ」


セラスさんに頭を撫でられる。え、そうなんですか?


「人を相手取ろうって時に、モンスターまで余計に構ってられないからね。入らなければ戦わないで済むから、ダンジョンは放逐されるのが常なんだよ」

「入ったとしても浅い層までだな。食料を狩ってくる程度だ」

「だがもしナヘルザークも巻き込まれそうになったら……俺達はどうするかだな」

「そうですね……」


あ、あ、皆さん暗くなってしまった。どうしよ。

あわあわしてると、ディノさんが雰囲気を壊すように大きなあくびをした。


「まあこの国でも作ってねーわけじゃねぇよ。農地はそれほど多くねぇがな。ナヘルザークは土地柄、芋やきのこの方がよく作られんだ」

「食べていけるだけの備えはあるんだけどなー。種類がどうしても減ってたんだが……ルイの店はどーなってんだ?」

「あははは……私もわからないです」


カタログブックはほんと、謎の多いお店だからね。普段使ってる私もわかってない事が多い。

今度グロースさんに聞けたら聞いてみたいなあ。


「でもからあげは温かくて美味しかったわ」

「ええ。まるで出来立てをそのまま持ってきたよう……ルイがいつも冷たいものを食べてるわけではないようで、安心しました」


ああー。惣菜はね、うん、私の大好きな炊き込みご飯を作ってるお惣菜屋さんのを買ったんだけどね。

どうもあの店に思い入れがありすぎるのか、出来立て狙って通いまくったせいなのか、カタログブックでも「出来立て」か「冷めたもの」かを選べるようになってたんだよね。私の記憶補正強い。

出来立てを買ってすぐにアイテム袋に入れれば、皆さんに温かいまま提供できるってにやにやしたんだけど。どうやら今回はそれが私の食生活の確認に繋がったようだ。

大丈夫ですよ、私いつもバランスよく食べてますからね!健康的生活のために!!


「きんぴらも、妖精族の店に行くかしないと食べられないことが多いからな」

「へ」

「ルイは知らないのかしら。今日あなたが用意してくれた食事は、すべて勇者が伝えたとされる料理なのよ」

「勇者のレシピは広く知られているのもあれば、秘匿されてるのもあるんだ」

「そ、そうなんですかー……」


知ってますとか、勇者と同じ出身ですとは、言えないなあ……


「特にきんぴらごぼうは妖精族に伝わる伝統の料理。あなた専門の店、侮れないわ!すごく美味しかったし!!」

「そんなに気に入ってもらえたなら、また今度買っておきますね」

「本当!?嬉しいわ!」


セラスさんが勢いよく私を抱きしめる。寝る前だから鎧外してて、布越しに柔らかな感触が。昼間とは違う感触が。ほわほわ暖かくて幸せぇ。

幼女になった頃から、どうも柔らかいものと暖かいのには抗いづらくなってしまっている。ぎゅうっと抱きしめられてるのも、また安心材料といいますか。

つまり私は、急激に眠くなってきたのである。


「あふ……」

「あらまあ、ルイ。眠いのですね」

「んん、でも……まだ、おはなし……」


折角のお泊り会なのに。何も話してない。

ごしごし目元を擦っていると、セラスさんにやんわり手を取られた。駄目よ、と優しく背中をぽんぽんされる。


「テクト、寝袋出してもらえる?」

<いいよ>

「んー……おきるもん……」

<まったく……聖樹、ルイを寝かせてあげて>


傍に寄ってきたテクトが、私の二の腕に絡まる聖樹さんの枝に触れる。あ、ずるい。聖樹さんに頼むのはずるいよテクト。

数秒と経たず、私の意識は深い睡眠へと落ちていった。



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