55.食いしん坊な人の話



「さて、テクトさんや」

<なに、ルイ>

「準備は整ったね?」

<料理はまあ、おそらく足りるだろうね>

「余っても明日食べればいいしね。アイテム袋さまさまだよ」

<後はルウェン達が帰ってくるのを待つだけだね>

「うん……つまり私達、ヒマだよね?」


ルウェンさん達が探索にかけるのは大体2時間から3時間くらい。緊張状態を長く続けるのがよくないのと、108階層を安全地帯から分けて上の階段側……私にとっての右の通路、まあ面倒だから108階層の前半って呼ぼう。

その前半を歩ききるのにそれくらいの時間がかかるんだそうで。未知の階層だともっとかかるんだけど、108階はほぼ歩ききったからその時間で済むんだって。朝は昼前で時間なかったから、探索範囲が狭い牛の方の道にしたんだね。この階層を隅々まで1日で見て回れるんだから、大人のコンパスと体力ってすごいんだなぁと再認識したよね。私だって!20歳なら歩き回れた!!はず!!……ないものねだりしても仕方がないんだけどさ。

というわけで、私達はあと1時間以上の猶予がある。ヒマっていう猶予が。長時間離れる事になった聖樹さんに申し訳なくて時間ギリギリまではテラスでお茶するつもりだけど、まだ安全地帯へ帰らなくても問題ない。

つまり、今日すでに起こった事の確認を、ゆっくりできるのである!!


「さあ!腰をすえてお話しようじゃないの。特にグロースさんの事をね!!」

<そうだね。まずは彼の話だ>


聖樹さんの枝葉がざわっと揺れる。これは「誰それ初めて聞く名前だわ!お母さん知らないわよ!その人大丈夫なの?」って感じの揺れだな!たぶん。

「大丈夫だよー。ただただ、お茶が大好きなクッキーモンスターだからね。たぶん味方!」って見上げながら言ったらテクトが吹き出した。私は事実を言ったまでよ。


<いや、うん。確かに彼は延々クッキー食べてたけどさ。というか、ルイって的確に聖樹の気持ちを言い当てるわりに、時々鈍いよね>

「え、そうかな?でも聖樹さんの気持ちがわかるようになったのは、嬉しいなぁ」


にへへ。聖樹さんも、肯定するみたいに柔らかく揺れてる。いいですなぁ。私に気持ちが伝わって嬉しそうにする聖樹さん。顔が緩みますなぁ。

おっと、今はグロースさんの話!によによしてる場合じゃないぞ!

もう一度確認するけど、彼は私がケットシーじゃないって自力で気付いて、だけどダンジョンに住みたいなら好きにすればいいし、私の生活を脅かすつもりもない。できれば毎回お茶を奢ってほしい。そういう感じなんだよね?


<うん>

「私転生者とか、匂わす事言わなかったよね?どうやって見破ったの?」

<そうだな……まあ、最初から順に話した方がいいかな。彼は安全地帯に来た時から、僕が聖獣で、ルイが転生者だって気付いてたんだ>

「最初から!?どうやって!?」


なんと!!そんな素振り見えなかったけど!?


<顔に出ないんでしょ。彼は魔族の中でも長く生きてるから、体に対して魂が大きいのを目視できるほどの力があるんだよ>

「え、魔族?長生き?もくし?待って、ちょっとパワーワード多すぎ……!」


確かにテクトも前、魂と体の大きさが不釣り合いだとかなんとか言ってた気がする……!だから魂が見える人に会ったらすぐ私が転生者だってバレるんだよね!?でもまさかこんな早く会うとは思わなかったし魔族って何よ!?長生きしそうだけども!!

頭を抱えてしまった私を見て、テクトは、じゃあまずは魔族から教えるね。と紅茶を一口。つられて私もカップを傾ける。

魔族というのは、名前の通り魔力に秀でた長命な種族の事。妖精族も勿論魔力に秀でてるし長命なんだけど、魔族は妖精族より魔力依存な体質なんだって。と言うのも、魔族は自身が保有してる魔力が切れてしまうと死んでしまうんだとか。MP0はイコールHP0。ひええ。

普通の人も魔力切れを起こすと、エネルギーが切れてしまうのと同意だから倒れてしまうんだよね。魔力が存在する世界ならではだねぇ。魔力切れは健常者ならちょっと寝るだけで回復出来るんだけど、重体な人や弱ってる人が魔力切れを起こすと、内蔵系の機能も停止しちゃう可能性があって危険なんだって。前に瀕死状態だったシアニスさんに、皆さんが魔法使うな大人しくしろ!と言ってたのはこの事なんだね。よーくわかった。

で、魔族の場合魔力切れを起こすと、即刻身体機能がすべてストップ。そのまま死んでしまうんだって。そういう体質とはいえ怖すぎない?


<まあ言っても、早々死にはしないよ。そうならないように、彼らは生まれた時から角を持っているからね。その角が常に周囲に漂ってる魔力を吸って体に巡らせているから、角が折れない限り死ぬ事はほとんどないんだ。魔族は魔力の豊富な者程長命で、身体機能が向上するんだよ。魂の目視は、ものの本質を見るスキルを使ったんだろうね。鑑定スキルって呼ばれるやつだよ。気の遠くなるほど長い間鍛えれば魂も見えるようになるんだ>


はー、そっか。グロースさんが長生きだから魂が見えたっていうのは、とてつもなく長い年月をかけて鑑定スキルを使ってきたからなんだねぇ。スキルは使えば使うほどレベルアップしてくって、ダァヴ姉さん言ってたもんね。

テクトの言う通り、私では想像もつかないくらい長い時間の話なんだろうなぁ。


「あれ、でもグロースさん角なかったよ?」


キラキラの銀髪だけど耳も丸かったし尻尾もなかったから、人族なのかなーって思ったくらいだもん。


<彼のは以前、折れてしまったんだって。根本は髪に隠れて見えないんだよ。その時に声も失って、代わりにテレパスを得たんだ>

「……喋らなかったんじゃなくて、喋れなかったんだね」

<うん。テレパスは習得するのが難しいスキルなんだ。それこそ、自分の体の何かを捧げるか、気の遠くなる程の努力を重ねないと、聖獣以外の生き物は習得できない>

「そっか……」


声も角も、大切なものを失って得たスキルでも、あの人はテレパス持ってる同士じゃなきゃ自分の気持ちを伝えられないのか……テレパス覚えてる人なんて、世間にどれだけいるかわからないけど……もどかしいだろうなぁ。

自分の事だって大変そうなのに、私の個人的な事情を黙っててくれるなんて……うん。そんな彼に私が出来ることなんて、1つしかない。


「2日後は、お茶に合うお菓子たくさん用意する!それと、お湯もたくさん準備して、いつでもお茶いれられるようにしよ」


お湯沸かしてポットに入れて、アイテム袋に保存しておけば熱いままだもんね。

誠心誠意、熱くて美味しいお茶を入れるんだ。


<ルイならそう言うと思った。いいんじゃない?喜ぶよ。グロースは魔力を自然に吸収できないから、食べ物から補ってるんだって>

「あー、なるほど。たくさん食べるのにも理由があったんだねぇ」


オーク肉とか、魔力いっぱいありそうだもんね。美味しいのもあるだろうけど、喜んで狩るわけだ。


<で、話を戻すけど>

「あ、うん」

<彼は魂が不釣り合いなのを見てまじまじとその形を観察した。そうしたら人の形をしていたから、ルイがケットシーじゃないってわかったんだよ>

「たましいって形あるの!?」

<あるよ。人なら人形、獣人族なら人形に獣耳と尻尾付くし、ケットシーなら猫の形になる>

「わあお……かんてースキル上級者には会いたくないね!」

<そんなにいないよ。魔族や妖精族の中でもごくわずかだ。鍛練以外にスキルとの相性ってものがあるからね>


話戻していい?って首傾げられた……脱線しまくってごめん。気になる事がありすぎて!


<僕の事もすぐ気付かれたよ。魂が大きすぎるから聖獣だろうってね>

「聖獣は大きいんだ?」

<ルイは見えないからわからないと思うけどね。そうだな……ルイと聖樹くらいの差かな>

「それはおっきいね!聖獣すっご……あ、えと、ごめん。それで?」

<人の形をしてるのにケットシーを名乗るからには、何かしら事情がある転生者なのか。今までの勇者とは違うのか?って聞かれたから、こちらの事情をかいつまんで話したんだ。そうしたら、戦争に巻き込まれたくない気持ちはよくわかる。敵対する気はない。正体も明かさない。必要とあらば手も貸す。味方でいる。ただ代わりに、日本茶が懐かしく飲めてとても嬉しいから、何度も飲ませて欲しい。こんな風に返されたんだよね>

「日本茶が、なつかしい?」


うん。とテクトは大きく頷いた。耳がぱたぱた、小さく揺れる。


<カタログブック、魔族の国で作られて活用されてたんだってさ。ずっと昔の勇者に日本茶を飲ませてもらってから、本場の味が忘れられなくて……この世界で作られてる日本茶もどきでは満足できないらしいよ。また出会えて感動したって>

「カタログブックの過去を知る人来ちゃったー!?」


てことはあの人2000年近く生きてるの!?ひえええー!!












「いやぁ……おどろいたわー……」


まさかグロースさんがカタログブックを作った勇者さんと面識あったなんて……そして日本茶を始めいくつかの日本料理をご馳走になってたなんてね。めっちゃ仲良しじゃん制作者さんと……

彼が私をじーっと見てたのは、私を気に入ったのもあるけど、制作者さんと同じ黒髪黒目、日本人顔だったからなんだって。


「それにしても、日本茶に釣られるにしたって……会って数分の人だよ?何で味方になってくれたの?」

<彼曰く、日本茶を美味しく入れれる人に悪い奴はいない。だそうだよ>

「ああー……それわかるわぁ」


私も美味しいものを分け合える人に悪い人はいないと思ってるよ!グロースさんと初めて気が合うと思った!つまり彼は信ずるに値する!!私の心がそう言ってる!!

ってによによしてたら、テクトにじぃーっと半眼で見られた。あ、呆れてる顔だ。


<こういうの、同類って言うんだよ>

「あははははー。え、えーっと、あ、あー。そう!そういえばさ!長命なエルフにも、聖獣ってバレる可能性があるんじゃなかったっけ?かんてーは、出来ないみたいだったけど……知識的な意味で!」


セラスさんにはバレてないよね?妖精だって納得してたもんね?


<あからさまな話題転換……セラスは大丈夫だよ。彼女は若いから聖獣自体知らないみたいだし>

「そうなの?」

<うん。彼女の歳はね……>

「あ、いいよいいよ。女の人の年齢は聞くべきじゃないから」


女性に年齢の話はタブーだからね!テクト覚えといた方がいいよ。ダァヴ姉さんだって歳いくつ?って聞かれたら、もしかしたら丁寧に答えてくれるかもだけど、いい顔はしないと思う。絶対。


<ふーん。そういうもの?>

「そういうものなの!」

<わかった。知ってるけど言わない事にする>

「う、うん……」


セラスさん……気づいたらテクトに年齢バレちゃったけど、許してね……一生内緒にするように言っておくからね!


<他に話しておく事はある?>

「うーん……あ、ルウェンさん達は包丁もまな板も使ってたよね。でも拾ったアイテム袋の調理道具はシンプル過ぎるっていうか、まな板って文化もなさそうだった。もしかしたら、アイテム袋の元々の持ち主は相当昔の人だったのかな?」

<かもね。アイテム袋の中身は時間が進まないから、状態保存は問題ない。数百年前もありえるよ。そういえば、ルウェン達もいただきますって言ってたね。僕も癖になってきてたから、言うのは当たり前って流してしまったけど……僕が来なくなった300年で、世の中も変わったねぇ>

「そうだねぇ。あとまあ、王族の歓迎会で庶民派な挨拶はしなかったかもよ?もしかしたらずっと昔に一般人の間には流行ってたかも!」

<そう考えると、日本人の影響力ってすごいね>

「時を越えて私の味方を増やしてくれたりするもんね!」


いやー、ほんと、ありがたい!

でも毎度毎度ありがとうって気持ちでカタログブック開いたりしてるけど、それじゃ感謝が足りないと思うので……そろそろ神棚でも作って過去の勇者さん達を毎朝拝もうかと考えちゃうよね!!


<え、何?新しい儀式?>

「物騒なのと一緒にしないで!?」

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