52.幼女が救ったもの



<おーい、大丈夫?>

「……あんまりだいじょばない……」


怒涛のお着替えタイムが終わって絨毯の上にぐでーっとだれてたら、ルウェンさん達が帰ってきた。クッションを力なく抱きしめて寝転ぶ私を、テクトが上から覗き込んでくる。


<疲れてるね>


疲れてる?そりゃそうだよ。だって25着くらいあったよ?30弱?確かな数は忘れたけど、何度も何度も着ては脱いだんだよ。そしてくるっと回ったんだよ……でも何でかどんどん私自身楽しくなってきて、途中感じてた疲れなんて忘れてノリノリでポーズまでとってしまった。2人に乗せられたとはいえのは不覚!いや楽しかったです……やっぱり精神的にも子どもっぽくなってるんだよなぁ。楽しんじゃうあたり影響半端ないと思う。

まあ、セラスさんとシアニスさんが選んだ服が可愛い服だけじゃなくて動きやすそうな服もあったのがいいんだろうね。甘いの食べたらしょっぱいの食べたくなるみたいな……あれ、違う?後半は大福と煎餅を交互に食べてる気分で楽しんでたんだけど……でもドレスはどう考えても着る機会がないと思います。ダンジョンでドレスってどうなの?動きづらくない?モンスター侮りすぎじゃない?しかも全部着替え終わったーこれで開放されるーって思ったら、今度は自分が選んだものを私に今着て欲しいってプレゼン大会始まったからね。左を見ればセラスさんがチュニック、右を見ればシアニスさんがレース付きワンピースを掲げて盛大な主張を繰り広げ……おお女性達よ、幼女の服で争うとは情けない。って思わず考えてたら、遠くにいるはずのテクトに<馬鹿な事考えてないで止めなよ>って脳内ツッコミ入れられたよね。テクトったら私の現状見えてないのにツッコミ的確すぎてつらい。最終的に自棄になった私がシャツワンピースを山から引っ張り出して、いつものスパッツ履いて落ち着いたけどね。疲労感がどっと襲ってきたよ……今寝落ちてしまわないのが不思議なくらい、全身だらけてます。興奮が治まってないからか、頭だけは冴えてるんだよなあ。

テクトが小さな指先でぷにっと頬を押してきた。セラスさんの真似かな?可愛いから許す。もっとやっていいのよ。っていうか反抗する体力ないからやり放題だよ。

そう思った瞬簡にぷにぷに連打始めたんですが、てかめっちゃ早くてぷぷぷぷぷぷぷぷぷって感じなんですが!テクトさんや私のほっぺはスクイーズじゃないからね!?ふおおおおお絶妙な力加減でほっぺがゆゆゆゆゆ揺れるぅう!


「楽しそうだねテクト」


ぷぷぷって遊ばれてたらオリバーさんが来た。セラスさんとシアニスさんは皆さんが帰ってきたら戦果を確認しに行ってしまったので、私の周りにはテクト以外いない。服の山はもうアイテム袋に片付けちゃったので、絨毯の上も整頓されてるんだよね。

オリバーさんの後ろを見れば、皆さん揃って絨毯の外側に荷物広げてる。汚れると悪いからって言ってたけど、それくらい洗浄魔法で綺麗にするのにね。私が疲れてるから遠慮したのかな。ありがとうございます。


「お疲れ様だったね、ルイ。うちの女性陣パワフルすぎて大変だったでしょ?」

「うん……でも楽しかったです」

「そっか。それならよかった」


オリバーさんは私の傍に座ると、労わるように優しく頭を撫でてくれた。

視線は私もオリバーさんも、皆さんの方に固定されてて。あっちはわいわいと楽しそうにアイテム袋の中から、えーっと……たぶんオークだったもの、かなぁ?ピンクの塊を取り出してるところだった。おおう、一瞬ドン引きしかけたけど、よく見なくても原型留めてないからそれほど怖くない。豚の顔とか、怖い要素全部なくなっててめっちゃ大きいブロック肉になってる。スーパーに並んでるブロック肉の何倍も大きい感じ。血はあんまり取れてないけど、臭いは消したみたいで悪臭感じないし。洗浄魔法使ってからアイテム袋に入れたんだね、洗浄は万能だなぁ。

叫ぶ体力ないからか、私はのんびりとオークだったものを見てた。あんなに怖かったものなのに、実際肉の塊になってるのを見たからか、彼らが何の傷も負わずに元気な様子で帰ってきたからか、私の体が強張る事はなかった。

ああやって見れば、ただの豚肉だなぁ。オークに立ち向かう気にはならないけど、豚に対する恐怖心は減ったかも。

ぼんやり思ってたら、オリバーさんがぽつりと話し始めた。


「……セラスはね」

「んー?」

「シアニスに甘いんだ」


え、突然何?セラスさんがシアニスさんに甘い?嘘でしょ?ついさっき、洋服のプレゼン大会では両者一歩も譲らない白熱した討論をぶちかましてたけど?

大分ぼかしてそう伝えると、オリバーさんは小さく吹き出した。


「そんな事してたの?」

「終わりそうになかったから、これ着ました」

「あ、それルウェンが選んだやつだ。ルイが着てたのと似てる服から、違和感なく着れるんじゃないかって言ってたよ」

「なるほど。妙にしっくりくると思ったら」


ルウェンさんが選んだやつだから2人とも納得して服引っ込めたのかな?どちらかが選んだ服だったらさらなる論争に発展してたかもしれないと思うと、若干疲労感が増した気がする。咄嗟に取ったとはいえナイスだった私。運がいい!


「ほとんどセラスとシアニスが選んだんだけどね。一応俺達も一着ずつ選んだんだよ。女の子の服とか初めて買ったなぁ」

「へえ。オリバーさんが選んだのどれですか?」

「動きやすいやつだよ。ズボンとシャツのシンプルなやつ。可愛げがない!って怒られたけど」

「ああー……私シンプルなのも好きですよ」

「ありがとう。ねえ、よく見てよ、ルイ」


オリバーさんを見上げると、笑ってた。視線を辿ると、オーク肉以外にも何だかわからない肉とか、装備を取り出して盛り上がってるルウェンさん達がいた。楽しそうだなぁ、モンスター倒してきた直後の方々とは思えない。ほのぼのしてる。

そんな人達を見るオリバーさんの顔は、すごく優しい微笑みだった。少し、眩しそうに目を細める。


「皆楽しそうでしょ」

「そうですね。わいわい囲んでるのがモンスターの肉じゃなかったら、もっとずっと微笑ましいです」

「ははは。ルイには刺激が強かったかな。でもさ、俺はこの光景が好きだから、ちゃんと見てもらいたいんだ。なくす事にならなくて本当によかった。もう一度、ルイにお礼が言いたくて」


シアニスさんが瀕死だった時を思い出す。オリバーさんは真っ青な顔で、藁にも縋る思いでグランミノタウロスの所にあった宝箱を開けに戻ろうとしてた。自分の足にどう見てもまともに歩けなさそうな裂傷があったにも関わらず。ポーションがあるかどうかもわからない宝箱を開けに、死地へ。

あの時はディノさんに怒鳴られて思いとどまったけど、彼は本気だった。本気で、戻る気だった。そういう目をしてた。

だからディノさんは間髪入れずに一喝したんだ。


「俺も、セラスも、ディノも、エイベルも、皆ルウェンとシアニスに救われたんだ。冒険者が云々なんてご大層に言ったし、素直じゃないから誰も口には出さないけど、2人が死んだら俺達は耐えられない」


こんな危険な職してて言うのもなんだけどね、俺達皆、根っからの冒険好きだからさ。と呟いてから。

オリバーさんは私の頭を撫で付けた。


「ルイが助けた命は、今日も俺達を笑顔にしてくれる。それを、ちゃんと知って欲しいんだ。君は、命を救ったんだよ」

「……大げさですよ」

「ん。そうだね、ちょっと重く言い過ぎた。それだけ感謝してるって言いたかったんだけど……難しいね。これ皆には内緒だよ?」


すっと視線を落としたオリバーさんが、口元に人差し指を添えた。しー、ってね。何も言えず、小さく頷いた私を満足げに見て。


「ちょっとオリバー、血を取ってくれないと昼ご飯に使えないわよ」


ちょうどいいタイミングでセラスさんに話しかけられた。オリバーさんになんて返したらいいかわからなくて、頭真っ白になりかけた。

はいはい、とオリバーさんは立ち上がって皆さんの方に向かっていく。


「あーあ。シアニスとセラスに着せ替え人形させられて疲れてたルイを労わってたのに」

「失礼ですね。オリバーの担当増やしましょう。そっちの塊3つお願いします」

「いいわね、そうしましょう」

「気分で押し付けるの止めてよ!不平等反対!!」


何事もなかったように仲間の元に戻っていったオリバーさんは、まったくもー、とでも言いたげに肉へ洗浄魔法をかけていく。ゆっくりゆっくり血が消えていくのを眺めていると、テクトがほっぺをぷにっとした。今回は1回だけ。


<知りたい?>


ううん。大丈夫。ありがとうテクト、気遣ってくれて。

びっくりはしたけどね。オリバーさんの、誰も口にしない珍しい素直な気持ちとしてちゃんと受け取るよ。私が助けた命の事を。

頑固な彼らが、何だかんだで2人の意見を優先してるような気がした理由がちょっとわかった気がする。
















お肉に洗浄魔法かけてるのを眺めてるうちに興奮も落ち着いてきたらしく、目元がしょぼしょぼしてきた私を見かねて、ルウェンさんに昼寝するよう言われた。っていうか寧ろ背中ぽんぽんされた。毛布付きで。昼飯まで寝てていいんだぞ、出来たら起こすからな。淡々とした口調なのに、優しさが滲み出ててやばい。ルウェンさんの兄貴感半端ない。

まあ寝落ちるよね。瞬殺だよね、わかる。これはしょうがない。堪えようがない。

でもさ、食べ物のいい匂いがしたから目が覚めるって……私の食い意地やばくない?今までの寝落ち経験から言えばもっと熟睡するはずだよね?軽く調理に1時間って見積もっても自発的に起きるのは難しいよね?自分で自分の食い意地にドン引きですわ。


<え、それ今更じゃない?>


テクト辛らつぅ。

なんて思いながら体を起こしたら、豚肉が焼ける香ばしい匂いと、トマトとニンニクの匂いが強く感じられた。うわあああああめっちゃくちゃ美味しそうな匂い……!鼻腔突き抜けて空腹に直接襲い掛かってくるよね、これは起きるわ!


「んんー、いい匂い」

「お、起きたか嬢ちゃん」

「デノさん」


私が寝ている隣でテーブルを拭いてたディノさんが、頭をわしわし撫でてくる。だから、力加減!!

あれ、テーブル?これお茶会で使ったテーブルだ。私さっき片付けたよね?


「このテーブル便利だったからよ、テクトに出してもらったわ。悪ぃな勝手に」

「ああ、大丈夫ですよ。テーブル囲んで食べた方が、いいですもん」

「嬢ちゃんならそう言うと思ったわ。あんがとな」


だ!か!ら!力加減!!ぐわっしぐわっしは止めましょうって!!


「ルイの首が曲がるわよ、止めなさい」

「ああ?」

「あなたの無駄に強い馬鹿力じゃルイの繊細で柔らかい首が甚大な被害を受けるって言ってるの」

「ほお。喧嘩売ってんのかセラス」

「どうぞ勝手に表出てなさいよ。私は食事するから」

「ああもう2人とも止める!ルイが困ってるよ」


いい匂いが近づいたと思ったら、セラスさんがディノさんに喧嘩売ってた。私的にはどうぞもっと言って下さいって感じだけど、ちょっと、えーっと……穏便な方向にならない?セラスさんとディノさんのコミュニケーションって結構激しいよね、口喧嘩が。

セラスさんの両手に底深い皿……たぶんスープ皿?があって、後ろから来たオリバーさんも持ってた。そこから白い湯気がたってる。お昼?それお昼?


「ルイは好き嫌いしないってテクトが頷いたから、野菜たっぷりにしたけど大丈夫かしら?」

「野菜大好きです」

「偉れーじゃん。宿屋のガキなんてあれ嫌いこれ嫌いって喚いてたぞ」

「私だって苦すぎるのは食べれないですよ」


コショウがききすぎてたりね。過ぎるタイプは駄目らしい。味覚がお子様舌に大分傾いてるのは確かだけど、野菜まで苦手にならなかったのはとってもありがたかった。毎日ご飯が美味しいおかずが美味しいって幸せな事だと思うの。

テーブルに置かれた皿に盛り付けられてたのは、赤みがかったスープっぽいものだった。具沢山だ。赤いポトフみたいな感じ?匂いからしてきっとトマト!


「オーク肉と野菜のトマト煮です。スープをパンに付けても美味しいですよ」

「……オーク肉」

「駄目だったら別の料理出せっから、無理って言っていいんだぜー」

「シアニスの料理だから単純にまずい可能性もあるけどな」

「ディノのステーキ減らしていいですか」

「おいステーキを人質にするんじゃねぇ」

「大丈夫だ、シアニスの料理は昔から美味い」

「まあ……ルウェンのステーキ大きいのにしますね」

「?ありがとう」

「ディノもこれくらい言えればモテるのに」

「うるせぇ!」


雑談しながらさっさか並べられるのは、人数分の食器とスープ皿、中央にフランスパンっぽいのが入ったバスケット、私以外の人達分の分厚いステーキだ。美味しそうなソースがかかってる。これもオーク?オーク肉?皆さんかなり食べるね?っていうかテクトも食べるの?


<単純に興味がある。というか美味しそうな匂いがしたから、僕の分も催促した>


テクトがめっちゃ皆さんと馴れ合ってて嬉しいのと先越された感が胸中渦巻いて複雑ぅうう!!

いただきますしてテクトがステーキにナイフを添えた。それをじーっと見る。

こんがり焼き目がしっかりついたオーク肉のステーキは、ナイフが入った途端に肉汁がじゅわっと溢れてきた。隣からめっちゃいい匂いが襲ってくる。わ、わ、何これぇ。こんなに肉汁たっぷりなの見た事ない。中身にも火が通ってるのに、柔らかそうな肉質がこんにちはしてる。うそぉすごい、これ、何これぇ……!

テクトは小さく切り分けて、その1つを口に入れた。じっくり味わうように目を閉じながら租借して、ごくん、飲み込む。


「ど、どうなのテクト。オーク肉、美味しい?」


恐々伺う私に、テクトはすぐ答えてくれなくて。

すっと瞼を上げたと思ったら、にんまり笑った。にんまり。


<すっっっっごく美味しい>

「~~~っ!!私もステーキ食べるぅううううう!!」

「準備してますよ、熱いですから気をつけて」


いい笑顔のシアニスさんが出してくれた私用小ぶりのオークステーキは、脂身が甘くて肉汁じゅわじゅわで歯ごたえが程よくて、とにかくめっちゃ美味しかったです、まる。

オーク肉、最高……!!


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