51.小さい妖精と着せ替え人形
ダリルさんとグロースさんが脱出の宝玉で消えて数秒経ってから、私達は皆揃って全身から力を抜いた。テーブルにだらっと体を預けてため息をこぼす。ふいー。
「……やぁっと帰ったわね」
「はい……」
最後の最後に、「魔法を教えてもらうならついでに文字も勉強させてもらった方がいいよ、契約書の名前すごく歪んでるから」ってにこやかに付け加えたダリルさんは、実は結構ひどいと思う。悪い人じゃあないけど、何でこのタイミングで言うのよーって感じ。少し意地悪なんだね、初老のおじさん。お陰さまで疲労感マシマシですよ。
ちょっぴり悔しくてテーブルをぺちぺち叩く。毎日日記書いて頑張ってるもん。まだ子どもの手に慣れないだけだもん。力が入れづらいんだもーん。次なんか書く時は絶対綺麗な文字見せてやるぅ!
そんな私を見て、オリバーさんが慰めるように頭をぽんぽんしてくれる。優しいなあ。
「ルイもテクトも、お疲れ様。朝から騒がしてごめんね。昼頃って約束したのに早くルウェン達が来た時は驚いたでしょ?」
「んー……おどろきましたけど、私のためだったし。無事お店も開けるようになったから、むしろありがとう、です」
「いやー、こっちこそ悪かったよ」
「元は俺らのミスだったんだがなぁ。ま、終わりよければってやつだな」
「また2日後でしたか……ギルドマスターが宝玉をさらにねだるとも限りませんし、私達も必ず顔を出しましょう」
「そうだな。売る分がなくなってしまう」
「まだねだるつもりなんですかあの人……」
「可能性としては否定できないわね」
うひえー。貪欲だなぁ。貰えるものは貰っとく精神かな?そこで宝玉出されてもドン引かない姿勢がギルマスとしてすごい所なのかどうなのか……ただの年の功っていう可能性もあるのかな?
まあ、宝玉は10個くらいあげてもいいけどね。半月間集めまくったのは伊達じゃない。アイテム袋に4種類とも100個以上は入ってるんだ。一時期宝箱の中身どうなってるんだー!ってひたすら駆け回って開けてを繰り返した時もあったっけ。私達がどれだけ宝玉無双してたかよくわかる結果ではあるんだけども、冒険者さんの遺産が特大サイズのアイテム袋で本当によかったと思います。心の底から。
ただまあ、何度もタダであげたりすると他の冒険者の方々に示しがつかないので、できればしたくないところだ。
「そういえば今更ですけど、契約書って私の名前だけでよかったんですかね?テクトも一緒にやるのに……」
自分が店主だからー!って張り切っちゃってたけど、考えてみたら私1人でやるわけじゃないんだからテクトの名前も必要だったんじゃ……
「大丈夫よ、ああいうのは代表者だけ書いておけばいいから」
「そーそー。たぶん認可タグ、2人分来ると思うぜ。代表者と同じ魔力のタグ付けてりゃ、同じ店の奴だって宣言させてるようなもんだからな」
おおー。って事はテクトの身元も保証してくれるって事だね。ありがたやー。
「後はまあ、テクトが喋れねぇ妖精ってのもあったからな」
「ディノ、それは別に言わなくても……」
「こいつらは賢いからちゃんと理解すんだろ。知らねぇ方が後々面倒だ」
「そうかもしれませんが」
ん?何か不穏な空気が……ここはいっちょ、私が間に入りますか。テクトに関する事なら私聞きますぞ!!
「テクトがしゃべれないと、何か悪いんですか?」
「さっき魔獣と口がきけねぇ妖精の見分けがつかねぇって話をしてただろ?」
私が聞く態勢なのを察したシアニスさんがため息漏らしてディノさんを一瞥すると、彼は躊躇うことなく話してくれた。
どうもそういう見分けがつかないのを理由に、ずーっと昔から、人型をしてなくて喋れない妖精の人権はほとんどないんだそうだ。妖精単体での行動は、使役されていない野良魔獣と同列扱いなんだとか。認識としては、日本で言うペット犬と野犬くらい扱いが違うらしい。だとしてもテクトは犬じゃないよね?犬も可愛くて賢くて好きだけど、それはそれ、これはこれ。一歩間違ったら野犬扱いとか許せないよね?怒っていい?ダリルさんにテクトについて深く聞かれなかったのはそういう風潮があるからなんだね。なんてこったい。やっぱり怒っていい??
それでもダリルさんの態度は良心的な分類というか、最近では
ただ認可タグをつけると、野良妖精じゃなくて私の妖精だぞー!!っていう証明にもなるから、捕獲されることはなくなるんだって。認可タグの頼もしさよ!!テクトが捕まる事はないだろうけど、私のメンタルに優しいね!!
そして話を聞いた私より深く憤慨したのは、妖精族のセラスさんだった。
「そうよねひどいわよね!まったくもって時代遅れ甚だしいわ!!だいたい圧倒的に人族の数が多いからイコール人族が偉い、人型の方が偉い、みたいな風潮が遥か昔からはびこってるから悪いのよ!命は命、同じものでしょうにどっちが偉いとか偉くないとか決める必要性ある?品位がないのはどっちかしらね!妖精の国から何度も何度も認識を改めるように掛け合ってるのに差別はなくならないのよ!!失礼しちゃうわ!!」
たぶん日頃の鬱憤がたまってたんだと思う。細かいことあんまり気にしないおおらか妖精族でも、怒りポイントは間違いなくあるんですよ。私も怒るけどね!!
私もテクトも妖精じゃないけど、身の安全のため妖精の名を借りてるんだ。肩身狭い思いをしてる妖精族の地位向上に異論なし!!
私とセラスさんが意気投合してる横で、テクトがやれやれと言うように首を振ってた。
「テクトはあまり気にしてないんですね」
「穏やかな性格なんだろう」
「なんつーか、見た目の割りに大人だよなお前」
「さすが見た目詐欺種族」
<まあ、そこは事実だね>
「あ、頷かれちゃったね。喋れなくてもこうやって意思疏通出来るんだから、変に気にしなくてもいいよね」
ん?何が事実?
<べーつにー>
テクトが楽しげにクスクス笑ってる。ルウェンさんも何だか楽しそう。何だ何だ、私がセラスさんと騒いでるうちにそっちで仲良くしてたの?私だってセラスさんと仲良くなったからね!!
<そんな抱き締められた状態でどや顔されても>
い、いいでしょー!美人のぎゅーだよ!!何で抱き締められたのかちょっとわかんないけど、気付いたら背中から抱っこされてたんだよぉ!感情高ぶって思わずやっちゃった感じかな!?セラスさん私の頭に頬擦り寄せて話聞いてくれないんだよね!
そしてなにより、背中に柔らかいのが当たるかと思いきや、冷たい金属の感じがひしひしと!伝わるのが!ちょっと寂しい!別に期待した訳じゃないけど抱き締められたのに感じるのが胸当て装備っていうのは悲しいものがありますよ!!
「セラス、ルイが痛がっていますよ」
「もう少しだけ……ルイの頭からいい匂いがするのよ。荒んだ心が癒されるわぁ……」
「セラス変態臭い」
「変態エルフか、どこに需要あんだよ」
「これギルドマスターに見られてたら、ルイ保護されてたかもね」
「ギルドマスターが帰った後でよかった」
「エイベル、ディノ、あんた達後で的にしてやる」
お茶会でしっかりお菓子食べたせいで昼頃になっても空腹にならないので、お昼ご飯は遅めにしようって話になったのはいい。私もそんなに食べれないからね。幼女の胃袋小さいからね。
いいんだけども。
「可愛い!ルイ、もう1回くるっと回って!」
「素敵ですよ!やはりレースのついたものを買って正解でした」
「次はこっちのチュニック着ましょ?このキュロットスカートと合わせれば動きやすいわよ」
「はーい」
セラスさんとシアニスさんによる、私だけが着せ替えさせられるタイムが始まってしまったのは解せぬ。
信じられる?絨毯の上にこんもりと盛り上がってる服の山、あれ、私が脱いだ服達なんだぜ……そしてその隣の服の山、まだ私が着てない服達なんだぜ……この前の装備の山を思い出したよね。それよか断然小さい山ではあるけれど、すべて私が一度着なくちゃと思うと、少し腰が引ける。これ全部プレゼントするからって言われた時は全力で腰が引けた。お返しの一貫なんだし私達が楽しい思いさせてもらってるんだから気にせず貰いなさい!と説得されたのは10着目のベロアワンピース脱いだ時だったかな……私、成長するよ?幼女の成長早いよ?今こんなに服買っていいの?って遠回しに伝えたら、これ全部大きめの服だし、多少小さくなっても仕立て屋さんに持ち込めばシャツに変身させてくれるからいいのよ、とバッサリ返された。わかりました受けとります。受けとるよぉ。私が成長するくらいは付き合ってくれるって事でしょ受けとるしかないじゃん!ありがとう!!
ちなみに男性陣はセラスさんとシアニスさんがアイテム袋からどんどこ服を出し始めた途端に、ダンジョン探索に行ってしまった。腹減ったら帰ってくるわ、って身軽なもんだよ。そりゃそうだ。服を着せ替えて喜ぶのは女の子だけだもん。ただし着替えてる本人は疲れるんだよ知ってた?
着替えさせられる前に、ルウェンさんに慌てて預かってた剣返したよね。うっかりそのまま見送るところだった。ルウェンさんは予備の剣を使う気だったみたいだけど、使い慣れた方がいいだろうしね。
意外だったのはテクトが男性陣についていった事だ。この階層にいればテレパスが届くし安全地帯から出る気ないので物理的に離れても問題ないんだけど、テクトが私から離れたのはちょっと驚いた。まあいつも深夜のお一人様タイムでは自由にしてるわけだし、テクトも男の子だ。モンスター狩りの方が興味あるんだろう。なんやかやで箱入り息子だし。
個人的には、テクトが皆さんに慣れたようで嬉しいんだけどね。私の保護者だけしてるばっかりじゃ、テクトの勉強にはならないと思うんだ。ダァヴ姉さんも言ってたけど、まともに人と付き合った事がないテクトは、人の感情が読めてもわからない時がある。私といてかなり紳士的成長はしたけど、私の気持ちだけ読めてもね。せっかく人と接する機会があるんだし、もっと学んでいいと思うんだ。勉強はいつでもするべきですわ、経験が大切なのです。とはダァヴ姉さんのお言葉。
ってわけで、私を助けてくれる人は現状いないんですよねー。半ば自棄になって、女性しかいないからいいや!ってぽんぽん服脱いじゃってるけどね!幼女最後の砦、ランニングシャツとパンツで仁王立ちする様は男性陣には見せられないけどね!結局助けなんていらなかったんだ!って結論に達した。
せっかく2人が選んできてくれたんだ。幼女らしく、可愛く回るくらいいいじゃない、私。よーし、頑張るぞー!
チュニックとキュロット、長い靴下に丈夫そうなブーツを履いて、くるりと回る。女性陣の目が揃って蜜みたいにとろけた。そういう目は恋人に向けてください……いなかったわ。
「はー……ルイって妖精だわ。ダンジョンに咲いた一輪の
「機能性低いですけど似合うと思って買っちゃったドレスありますよ。これなら間違いなく、花の妖精です」
「次それね!」
そう言ってシアニスさんが取り出したのは、フリルが満遍なくついた、花が開いたように見えるドレスだった……何故ダンジョンに住む子どもにドレスを送るのか。衝動買いか。しょうがないねわかるわかる私もよくやる今日だって絨毯とか衝動買いした!!
ええい!私はやると決めたらやる女!!最後まで着てやろうじゃありませんか!!
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