53.お試し食器洗浄と髪と



いやぁ、食べた食べた……ステーキもトマト煮もすっごく美味しかった!喋る時間もったいなくて無言で食べるくらい美味しかった!美味しいしか出てこない!

オーク肉やばいね。豚怖いとか言えない。生きてるうちは会いたくないけど、今度も是非ブロック肉の姿で出会いたいです。私の意識改革は簡単に終わってしまった。セラスさんの言う通り、オーク肉は食べたら印象変わる。クセになりそう。また食べたいって思わせる魔力がある!ある意味怖い!

っていうかシアニスさんもセラスさんも細いのに、男性陣に負けないくらい大きなステーキをぺろりと食べちゃったんだよねぇ。見てるこっちが気持ちいいくらいの食べっぷりでした。冒険者だもんね、食細かったらダンジョン潜る体力もつかなそう。

おっと、皆さん皿を片付け始めたね!満足げにお腹ぽんぽんしてる場合じゃないぞ私!


「お昼作ってもらったから、私がしょっき、キレイにしますよ!」

「あら、本当?助かるけど……無理はダメよ?」


さっきまで体力切れで寝てたから心配してるんだね。でも大丈夫ですよセラスさん!私、洗浄魔法は手順かかるけど疲れはしないんで!


「お任せください!あ、そのまま待っててくださいね!今しますから!」


皆さん食器類から手を離して、こっちを見る。ふふふ、ギルドマスター相手ならいざ知らず、洗浄魔法ならこの前も皆さんに見せたもんね。緊張はしませんよ!

まずは皿の大まかな汚れを取るイメージ。油は固まると洗い落とすのに苦労するからね。どんなに洗剤つけても2回洗うはめになるやつ、やだよねぇ。美味しいの食べたら気分よく洗って終わりたい!だから着なくなった服を使いやすいサイズに切り分けて、キッチンペーパー代わりに拭き取ってたんだよね……うん。だいたいの汚れは取れた!次はお湯とキッチン洗剤であわあわスポンジ攻撃だ!イメージを膨らませた第2陣の水色泡が、食器に触れてパチバチ割れてく。そして現れるのは、新品みたいにつるりと光る食器達!

ふふふ、魔法を覚えた頃はうまく綺麗にできなかったけど、こうやって段階踏めば大丈夫だって理解してからは早かったね!ただ漠然と綺麗にしたいって思うより効率がいい!洗浄魔法は私にぴったりの魔法だったねぇ。


「おお、すごく綺麗になったな!ありがとうルイ!」

「あらまあ、とても助かりました。ありがとうございます」

「やっぱルイの洗浄魔法は専門職並みだわ。新品みてーじゃん」

「最初ので随分と綺麗になったと思ったんだがなぁ。さらに上があるとはよ」

「大人顔負けね。偉いわ、ルイ」

「うーん。ルイ、疲れてないならあっちも洗ってみる?」


ってオリバーさんが指差したのは、大きな鉄板と鍋だった。鍋は寸胴サイズ、魔導具コンロも私が持ってる家庭用ガスコンロみたいなのじゃなくて、料理人が使ってるみたいなゴツイ五徳のやつだった。まあ大きな寸胴鍋を満遍なく温めるなら、家庭用じゃ火力足りないもんね。五徳も細いと不安定だし、納得の大きさなんだけど。

気になるのは鉄板の方。

鉄板はお祭りの焼きそば屋台のとどっこいどっこいってくらいの大きさ。腰の高さまである足付きで、野外での使用を想定されてるもの。そっか。ステーキはあれで焼いたんだね。そりゃ一度で6人分の食事を作るなら、確かにあれくらい必要だ。ディノさんなんて大盛り2人前食べてたもんね。他の皆さんもばくばく食べてたし。1回の食事で10人前以上と考えたら……うん、フライパンじゃ間に合わない。鉄板あると絶対便利。

鉄板も魔導具なのかなぁ……鉄板……いいなぁ。ちょっと欲しい。


<僕らが買っても持て余す大きさじゃない?>


ですよねー。いや、うん。しばらく衝動買いしないって決めてるから。大丈夫、ちょっと物欲しそうに見ただけです。今は買う予定ないです。


<へえ、は?>


そこつっこまないで!!今、欲望を我慢してるところだから!!


「どう?ああいうのも綺麗に出来たら、冒険者はありがたいと思うよ」

「オリバーさん!私やります!!」


そしてたくさん稼いであわよくば鉄板……!!い、いや更なる食生活の向上を!!

テクトにじぃいいっと見られたので、鉄板と鍋の方に駆け寄る。

うーん。何度見ても、いい鉄板。長く使われた様子があるのに、綺麗に手入れされてる。錆びも見当たらない。四隅の端まで薄っすら油が敷かれているのを見れば愛着の度合いもわかる。大事に使われてるんだねぇ。

下から鉄板を覗き込めば、全体を覆うようにコタツの電熱部分みたいなカバーが。あそこが魔導構成部分かな?全体に広がってるのは熱を満遍なく伝えるためかな?


「これって魔道具ですよね?どこで買ったんですか?」


参考、参考だから!!別にこの大きさをそのまま買おうとは思ってないから!!どこで買ったかわかればカタログブックで探しやすいなーとか思ってるだけだから!!テクト睨まないで!!


「それエイベルが作ったんだよ」

「ひえ!?」


何それ非売品って事!?すごい!!


「エイベルさんの万能さが怖いです!!」

「何でだよ」


エイベルさんが鉄板の傍に立って、鉄板下のカバー横についてたツマミに触れる。ここで火力調節するんだぜ、との事。やだコンロと同じで簡単……


「ま、どうせ飯作るならいいもんで作りてーなって思ったら、妙に拘っちまってな。鉄板料理は昔からあるし鉄板自体は売ってんだけどな、ここまででかい魔導具鉄板は世間にねーんだよ。それで、つい」

「つい」

「材料をかき集めて作ったんだ」


で作れるものなの!?


「すごいのよ。工房に頭下げて鉄くずを溶かす所から始めたもの」

「しゃーねーだろ。当時は金がなかったんだから」


まさかの素材!?素材から手作り!?

衝動で鉄くずから魔導具鉄板作るとか、私の衝動買いと規模が違うね?鍛冶系の事も出来ちゃうの?エイベルさんは何を目指してるの?さらに驚かされたのは、ステーキもエイベルさん作らしい。エイベルさん料理も出来る系男子なの?何故モテない?ハイスペック男子だぞ、こだわりが強すぎるからダメなの?それとも世間的に結婚適齢期過ぎちゃったの?わけわからんね?

足場を出して鉄板の前に立つと、ステーキの残り香みたいなのが漂ってた。ああー、昼ご飯の思い出が甦るなぁ。

オーク肉はきちんと火が通ってるくせにまるで霜降りA5牛肉のように流れ出てきて、しかもくどくなかった!ただの豚肉だと肉汁出すって難しいと思うんだ。焼き加減もそうだけど、素材の強さがよくわかるね。聞いてみたらオークメイジだった。なるほど脂身が多いと噂の。納得の肉汁だった。ソースは玉ねぎと白ワインかな?コク甘なのにマスタードの酸味もあって、あっさり美味しかった!オーク肉と相性抜群!皿に残った肉汁とソースをパンに吸わせて食べたら、パンを噛み締めるごとに旨味が襲ってくるのね。これはやばい。あ、思い出しただけで涎が。

いけないいけない。今は洗浄しなくちゃ。

鉄板の洗い方は洗剤だとNG。折角の油コーティングがはげちゃうからね。まずは鉄板の上にある食材のカスをヘラで削って……これは実際にエイベルさんがやってくれた。大事な鉄板だもんね、私がうっかり間違えてコーティングはがさないか見張られてるようだ。お任せくださいエイベルさん。私も愛用の中華鍋あったからわかります。ご飯作ってくれたお礼にーって後片付け手伝ってくれた友達が、洗剤スポンジ付けそうになった時は悲鳴が出たよね。その後切々と訴えて納得してもらったけど、あれはかなりショックだった。いや、めんどくさがって洗うの後回しにした私が間違いなく悪いんだけどね……閑話休題。

次は布やキッチンペーパーでゴミを取るイメージ。残ったら錆びちゃうから、丁寧に拭き取って……よし、泡の後は何もない。もう一度水洗いをするイメージで泡を出して、うん。出来た。空炊きして食用油を薄く塗れば終わりだけど、そこからはエイベルさんがしてくれるらしい。ううーん、こだわりマン。まあ、綺麗にするのが私の仕事だから、ここまでにしとくのがいいのかな。結局は人の道具を代理で綺麗にするわけだしね。依頼者の意向が大事なわけだ。うんうん。

次は寸胴鍋。こっちもいい匂いが残ってて、幸せな気分になるぅ。

シアニスさんが作ったオーク肉と野菜のトマト煮も、美味しそうな匂いへの期待を裏切らず、っていうか期待以上だった。オーク肉の表面は焼いたのかな。少しの香ばしさと煮込み料理なのに歯応えがしっかりしてて、それでいて中はしっとりとした肉質。噛み切れないなんて事は一切なかった。野菜も煮崩れする寸前の程よい火加減で、ほくほくとろとろほろほろと、野菜ごとに食感が楽しめた。色んな旨味が溶け出したトマトスープを吸い込んでて、たまらんかった……

同じ肉でもステーキとは違う美味しさ、やばい。美味しい。語彙力消える。やばいと美味しいしか言えない。っていう気持ちを、口いっぱいにトマト煮頬張ってシアニスさんとスープ皿を交互に見ながら目線で伝えたら、「お口に合ったようでよかったです」って微笑まれたよね。その笑顔、プライスレス。

さあ思い出で口もぐもぐしてる場合じゃない。寸胴鍋綺麗にしなくちゃ。こっちはいつも通りでいいね。柔らかい素材スポンジで中性洗剤をもこもこするイメージ。擦り過ぎない、汚れをとるだけ、仕上げの水洗い……うん!綺麗になった!!


「キレイにできました!」

「おお!すげぇな嬢ちゃん」

「ふふふ、せんじょー魔法は自信あります!!」


毎日使ってるやつだからね!!


「ここまで丁寧にできんなら、食器洗浄の方も稼げるって期待していいぜ。案外汚ねーまま使ってる奴ら多いから」

「へえ。そういうものなんです?」

「まあ汚れくらいは取るでしょうけど、ある程度使った後鍛冶屋に持ってく人が多いんじゃない?メンテナンスも兼ねてね。エイベルみたいに拘ってる人なんて少ないわよ」

「俺の拘りで美味い飯が食えるんだからいいだろーが」

「誰も責めてないぞ、褒めてるんだ。エイベルはすごいって」

「尚更性質悪りーな!!」


ルウェンさんの真っ直ぐな褒め言葉に、エイベルさんの顔が歪む。

ああー……これが褒め殺しかぁ。ルウェンさんの性格上、嘘は絶対ないもんね。真正面から褒められるとか、照れ死にそうで怖いなぁ。


<ルイにだけ言われたくない>


何で!?













調理道具はすべて片付けて、食後のまったりタイム。皆さんはいつも食後1時間は休憩をとるのだそうだ。長く緊張状態保ってられないし、長期間ダンジョンに潜るならば休憩は多目にとるべきなんだとか。それが癖になってるから、休みはきちんととるんだね。わかるわかる。幼女もちゃんと休む。割合的には休憩の方が多いけど。

セラスさんとシアニスさんは私の背後に回って、長くなった髪を梳いてくれてる。なんかこの後色々結われる予定らしい。服だけでは終わらないんだねオッケーわかったちゃんと贈り物受け取ります。女に二言なし!


「ルイの髪はさらさらして手触りがいいわね」

「それにいい匂いがします……セラスが離しがたかったのがわかりました」


きっとリンスの匂いだと思う。昨日もしっかりお風呂入って髪も洗ったからね!ほのかにハチミツの香りがするやつですよ!

私自身は黒髪黒目だし前世のままの顔だから、外国風の世間的に目立つかなーと思ってたんだけど。実は遥か昔から勇者として日本人が召喚されてきたためその血が多種族へ混ざっているので、案外黒髪黒目日本人顔は珍しくないんだそうだ。というのは黒髪に関して特に何も言われなかったから、ちょっと心配になってテクトに読心してもらってわかった。そういえばルウェンさんは黒髪だったよね。どう見ても黒だよね!うん、黒珍しくなーい!皆さんの顔面偏差値は高いんですけどね!日本人顔ほんとにいる?

お2人が何で私の髪に注目してるかというと、ステーキ食べるのに邪魔だなっていつも通り100均のゴムでひとくくりに縛っていたら、それじゃ可愛くない!とセラスさんにお叱りを受けてしまったからだ。でも私がステーキに目を輝かせてたから食べ終わるまで待ってくれたんだよね。おっとなー。

片付けが終わったからよっしゃーやるぞー!って勢いで背後に正座された。何この綺麗系美人、仕草可愛すぎない?

私の髪がツインテールにされてる所で、皆さんの話題は探索に出かけてた時のテクトの様子になった。


「そういえばさ」

「はい?」

「カメレオンフィッシャーが潜んでる部屋があったんだけど、テクトが物怖じしないで入って、モンスターが口開けた所で身軽に避けてこっちに戻ってくるって言う軽業してたけど」

「はいぃっつ!?」

<別にあの程度のモンスターに遅れなんかとらないし、普段はセラスの魔法で誘き寄せるみたいだったから……まあ僕が代わりに囮くらいやってもいいかなって>


慌ててテクトの方を見たら、頭皮が引っ張られて痛かった。そうだった私髪の毛結われてた。セラスさんもシアニスさんも大丈夫かって心配してくれるけど、それどころじゃない!!

テクトは何事もなかったように肩を落としてるけど、そうじゃなくって!!


「テクト危ないことしたの!?」

<僕がしたのはモンスターをかく乱する事だけ。本当に危険な事なんてしてないよ。一応、外聞はか弱い妖精だからね>


多少すばしっこい、くらいの能力がないとダンジョンで生きてる事自体を疑問にもたれるでしょ。

って言われればその通りなんだけど!!


<迫ってくるモンスターを前に立ちっぱなしなんて姿は、もう二度と見せないよ>


頭をよしよしされてる私の膝元を、テクトが叩いてくる。ぺちぺち。

んんー……!そう、そうだね。私が怖がって、テクトがその恐怖を理解できなかった時の事を、テクトは言ってるんだね。

うん、あの時は怖かった。隠蔽魔法を始めて使ったし、オークを真正面から見て、襲われそうになって、テクトが無防備に立ってるから。とても怖くて。

でも、確かにあの時と今では、状況が違うんだ。

テクトが素早く動けて力持ちっていうのを、私はもう知ってる。一緒にいたルウェンさん達なら、牛以外なんら問題ないって言うのも知ってる。だってこの階層まで来れた人達だもの。

今の私は過保護だった、そうだね?


<うん。僕をもっと信頼して、モンスターなんて目じゃないんだから>


ん、わかった。

オーク肉だって克服できたし、私も怖がりすぎるのはやめるよ。うん、なるべく!!怖がらないぞーって思ってても、びっくりするのは止められないからね!!

今はそれでいいよ、と微笑むテクトの頬をむにむにと撫でた。がんばりますよ、相棒。


「テクトは何だって?」

<また囮をしてあげてもいいよって伝えて>

「えっと……囮くらい平気ー、また一緒に探索したいって感じ、です」


そう言うと、男性陣は揃っていい顔をした。

ちょっと羨ましいな、男の子め。


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