50.クッキーモンスターと妖精の話



2杯目のお茶を入れてると、皆さんの視線がクッキーをサクサクし始めたテクトに向く。さながらリスがちっちゃい手で器用に木の実を持ち、少しずつ削り食べるような愛らしさである。

注目するのはわかるけど、これはどっちかっていうと……食べてる量の事かなぁ。今日すっごい食べてるもんね。あんまり喋らないし、どうしたんだろ。


「テクトって、結構食べるのね」

「私も、おどろいてます。いつもは、そんなに食べないので」

「クッキーとかマフィンが始めて……ってわけじゃないよね?」

「食べたことありますよ。その時は1個2個で満足してました」

「大丈夫かよ、腹壊さねー?」

「んー……たぶん?」


皆さんにバケツリレーの如くティーカップを回してもらいながら、首を傾げる。

実際は聖獣だから、どれだけ多く食べようが彼の体調に異変は起こらないんだけどね。全部魔力に変換されて、生命力に変わるから太りもしない。内臓のどの段階で変換されるかわからないけど、お腹が膨れた様子は見たことないんだよなあ。満足そうにお腹ぽんぽんするのは最近よく見るけどね。私に似てしまってすまないと思ってます神様。後悔はしてない。

まあそこらへんはともかく、いつも私の食べる量に合わせてくれるというか、私と同じものを楽しんで食べてくれるから量の事はあまり深く考えた事ないんだよね。物足りないとも言われた事ないし……もしかして足りなかったのかな。


<ちゃんと足りてるし、毎日楽しく食事してるよ>


ん、お。やっと返事が来た。どうしたのテクト。ダリルさん達が来てから、かな?ちょっと変だよ?シアニスさんが用意してくれたお茶菓子が美味しいのはわかるけど食べすぎって言うか……あ、相当お気に召したとか?


<確かにこのお菓子は美味しいけど……まあいいか。隠すほどの事でもないし>


ん?何かあったの?

テクトがじいっとグロースさんを見る。さっきからずっと半眼で見てるなぁって思ってたけど、グロースさんに何かあるの?


<このグロースっていう人、テレパススキル持ってるから。ここに来てからずっと僕とテレパスで会話してるんだよ>

「は?」


思わず声が出てしまった。慌てて、何でもないようにティーカップを口に運ぶけど、私の頭の中は混乱の極みである。

え、待って?テレパス持ってるの?グロースさんが?あの無口でお菓子エンドレスもぐもぐしながらお茶待ちしてる人が?あの大人しそうな顔のままで?テレパスしてたの?じゃあ、もしかして私が考えてた事全部バレてる?私がケットシーじゃないのも、箱庭で暮らしてる事も、テクトが聖獣だって事も、バレてる?やばくない?汗かいてきた。うそ、やばくない?ギルドマスターの秘書だよ?認可タグは?私外に保護されちゃう?テクトと引き離されちゃう?


<あ、大丈夫。彼はスキル持ってる者同士じゃないと会話出来ないよ。っていうか聖獣以外でテレパス持ってる奴なんてその程度だ。ルイの考えてる事はバレてないから安心して>


そっかそっかー……それなら一安心……そうだよね。聖獣規模の読心術的テレパスが一般に出回ってたら大変だよ。そこらじゅうで心の中読まれ放題じゃん。

って、待って!?私が考えてる事は、バレてない?じゃあ他は!?


<落ち着きなよ。大丈夫。彼はルイをどうこうしようとは思ってない。ここに住むなら好きにすればいいって思ってるし、時々お茶を飲みに来たいって言ってる。ルウェン達と同じ、友好的な態度だよ。一方的に読心もしてみたけど、ルイの平穏を脅かす気はないね>


それってイコール私の正体はバレてるって事かな!?

本当?ほんとに大丈夫?テクトが大丈夫って言うなら信じるけども、グロースさんってそんなスキル持ってたんだね……っていうかマジでどこまでバレてるの?テクトが話すわけないから、グロースさん自身が私の事を見抜いたんだと思うけど。どうやって見抜かれたの?


「ルイ大丈夫?顔色悪いけど、体調良くないの我慢してる?」


テクトに向けてた意識の横から、オリバーさんの声が割り込んでくる。ぱっと顔を上げれば、狐耳をぴょんと立てた彼が気遣わしげな表情でこっちを見てた。ばっちり視線が合う。

気付いたら、皆さんの視線が私に向いてた。え、え、めっちゃ注目されとる。


「へ、あ……えっと、だ、大丈夫、です」

「本当に?少し、手を失礼しますね」


シアニスさんに右手を取られる。脈拍を測ってる、みたい?そっと首元にも手を伸ばされて、確認されてる。シアニスさん、看護師さんみたいな事もできるの?回復系統まっしぐらですね?いや違う今私が考えるべきなのはそうじゃない。


「……脈は多少早いですが、熱はないですね。この短い間で色々な事があったので、疲れが出たのかもしれません」

「ギルドマスターが突然来るからじゃない?ストレスよ、ストレス」

「ええ、僕のせいかい?」

「いや!えっと!だ、大丈夫です!テクトの様子見てたら、ちょっと、心配だなーって思って!」

「本当に?気を遣って隠さなくてもいいよ?」


オリバーさん、すごく気にかけてくれるのは嬉しいですが、実際はテクトに衝撃的事実を聞かされて驚いてるだけです。本気で。


<獣人の中でも聴力や気配を察する能力に優れた狐人ルナールだからね、彼。ルイが思わず声を上げてから、ずっとこっちの様子を探ってたよ。心配で>


めっちゃ小さな声だったはずなんだけどなー!?思わず飛び出たあの一言でこっちを気にするって、心配性かなー!?今はオリバーさんの優しさがつらい!!気遣う視線が止まらなぁい!!

違うんですオリバーさん、私は真正面の初老のおじさんの隣でまだサクサクサクサククッキー食べてる人について、テクトに聞きたいだけなんです!っていうかまだ食ってるなあの人、何でこっち見ながら食べてるの何があの人をそうさせてんの!?わけわっかんないな!本当わからん!!クッキーモンスターか!!

ああああもう!!グロースさんの事気になるけどそれどころじゃない!!手短に確認して、まずはこの場を乗りきる!!切り替えてこ!!

テクト!グロースさんは私がケットシーじゃないってわかってるんだね!!


<そうだよ>


でもケットシー扱いしてくれるんだね!!


<ルイがそう望むのなら、邪魔をする気は一切ないね。美味しいお茶をこれからも飲ませて欲しいから>


ガチでお茶狙いかい!!わかったよろしい!!私の秘密を守ってくれるなら、ダンジョン内で会った時に丹精込めてお茶入れますよって伝えて!!


<わかった。釘刺しとく>


食べるのを止めたテクトがのんびりお茶飲み始めたのを確認して、うんうん大きく頷いた。


「テクトは、今ゆっくりお茶飲んでるから、大丈夫だってわかったから、もう平気です」

「……そっか。でもつらくなったら言いなよ?」

「はい」


どうやらオリバーさんは納得してくれたらしい。ふいー……よかったー。


「テクトの様子は、ルイから見てどうなの?」


話の流れで皆さんの視線がテクトに移った。助かったぁ。小心メンタルには美男美女の視線の集中は荷が重たいですよ。


「んと、美味しいから思わず食べてた、みたい?です」


美味しいと思ったのは間違いない、よね?何でずーっと食べてたかは後で聞こう。グロースさんの話と一緒にね!


「バニラのお菓子は妖精さえ魅了するのか」

「すげーな。妖精にも人気っつって売り文句出した方がいいんじゃねーの」

「さらに人気になったら気軽に買えなくなるじゃない。却下」

「そういえば、彼はどういう生き物から生まれた妖精なんだい?ぱっと見たところ、動物関係の妖精みたいだけど」


ウサギでもなければリスでもない、目は猫の形だし……と首を傾げるダリルさんに、私も首を傾げて見せた。


「私もわからないです。でも、テクトはずっと私と一緒にいてくれてる相棒だから。別に何の妖精でもいいかなって」

「そうかあ。長い付き合いなんだね?」

「はい、生まれた時から、一緒です」


目が覚めたらテクトの顔ドアップだったしね。

あの時から半月経ったなあ。思い出してみるけれど、私大体ツッコミばっかりしてる気がするね?自分がこんなにツッコミ気質だったとは知らなかったよ。


<いや普段のルイはボケてるよ。結構>


マジか。私としてはツッコミしまくってる気だったんだけどなぁ。


「妖精族は奥が深いねぇ。エルフ族、ドワーフ族みたいに人に近い種族もいれば、ケットシー族のように動物の姿を保つ種族もいる。主立って外国へ交流を図る種族もいれば、森に引きこもる種族もいるね。テクトのような、言語を介さない種族はもっとたくさんいるだろう?」

「まあ、正しい種族の数は妖精王でさえ把握できてないわね。長年を生きたもの、豊富な魔力を有したものが突然変異で妖精になる事もあるから。結局は知性と魔力を持った生命体であれば、すべて妖精と言えるわ」

「そういえば、彼のような妖精と魔獣って何が違うのかな?僕はいまだにわからなくてねえ」

「まじゅう?」


新しいワードが出てきたぞぉ。魔獣って何?モンスターとは違うのかな?


「魔獣って言うのは魔力を有した獣、って意味。犬は知ってる?」

「知ってます。ワン!」


つい鳴き真似したら、オリバーさんがくすりと笑った。やだ可愛い。狐耳男子可愛い。


「普通の犬と魔獣の犬の違いは、魔力を持ってるかいないか。それだけなんだ」

「え、見分けつかなくないですか?」

「うーん、実際見せれればわかりやすいんだけどね。普通の犬は犬の限界を超える事がないけど、魔獣の犬は魔力によって体型を変えたり、中には魔法を使うものもいるんだよ。つまり犬としての能力を、魔力で上回ってしまう。そういう生き物の事だね。生まれつき魔獣だったり、後天的に……成長途中で魔力を浴びすぎて変化してしまう獣もいる。元々動物だから人馴れしやすくて、魔獣を連れた冒険者もいるよ。意思疎通が出来るだけの知性があるっていう証だね」

「ほえー……」


あー……そっか。ダリルさんの言う通り、どっちもが知性と魔力を持った生命体なわけだから、魔獣と妖精の違いって何だろうって話になるね。魔獣かあ。突然襲ってこないなら是非とも見てみたいね!


「学術的な話だと堅苦しくてわかりづらいから、妖精族の見解を言わせてもらうと」

「ふむ」

「長命で魔力が高ければ妖精族」

「曖昧にも程があるね!普通の学者じゃ長期的に観察も出来ない」

「妖精族を調べるなら妖精族にやらせろ、っていう言葉をご存知かしら」

「妖精族の誰も調べる気がまったくないよって遠まわしに伝えてる言葉でしょ。知ってるよ。気付いたら増えてるわけだ、まともな調査員がいないんだから……」


うーん。妖精族って気が長くて大らかな人が多いのかな?細かい事は気にするなって感じ。


「つまり、魔獣も、妖精も、友好的な種族って事ですね!」

「ええそうよ。私達妖精族はずっと昔から、諸外国への交流を欠かさずしてきた。大らかな種族だからこそ、争う事無く接してきたのよ。魔獣もそう。能力的に劣るだろう相手でも、仲良くなれば敬意を表してくれる。心優しい隣人なのよ。ルイは偉いわね。人の歴史に小難しい理論と理屈をグダグダと並べ立てる学者達に見習わせたいわ」


セラスさん何か嫌な思い出があるのかな?目が笑ってないね!?


「耳が痛いだろうねえ、妖精族のルーツを探ってる学者は」

「ギルドマスターが先に聞いてきたんだろうがよ」

「エルフ族の考えを一度聞いてみたくてね。さて、今度こそ帰ろうか。グロース君も、もう十分食べただろう?」

「…………」


よっこらしょ、と立ち上がったダリルさんを一瞥もせず、ティーカップをじーっと見つめるグロースさん。どんだけお茶気に入ったの。もう空なんでしょ?3杯目はないよ、諦めてお帰りください。だから寂しそうに眉を寄せてこっちを見ない!!また来たら飲ませてあげるから!!えーっと、2日後だっけ?その時に今度はマグカップでなみなみと用意してあげるから!!

もー!テクト伝えて!!


<はいはい…………帰るって>


テクトが軽くため息をついた後、すぐにグロースさんがティーカップを置いて立った。

うわ日本茶強い。上司の言葉より強い。もうわけがわからないよあの人。


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