49.牛と豚と魔法



「あ、グランミノタウロスで思い出したけど。あいつどこにいるんだい?」


私の話はひと段落した、と判断されたのかな?ダリルさんは声色明るく、皆さんに会話を振った。

ふー、内心ため息を零すと、徐々に肩の力も一緒に抜けてく。いやあ緊張したー!何とか乗り切れたみたいだね!これからも油断は出来ないけど、大きな山は乗り越えた感じ!

皆さんは一様に片方の通路を見た。私が左側って言ってる方だ。確かにあっちには、グランミノタウロスオーク部隊がいる。


「牛なー。あっちにいるぜ」

「お前も牛呼ばわり始めたのかよ」

「いや、実際言いやすくてな。グランミノタウロスってなげーだろ?」

「確かにね。今度から牛って言いましょ」

「倒したらどう料理してあげましょうか。牛の肉は脂身が少なく食べやすいらしいですよ。あれだけ素早く動ける牛なんですから、きっととても美味しい赤身肉です」

「焼肉だな!」

「ルウェンは焼肉好きだね。俺はローストビーフ食べたいな」

「自分達を瀕死に追い込んだモンスター相手にそこまで言えるって、神経図太いにもほどがあるよね。まだ倒す算段もついてないんだろう?」

「そんくらいの根性じゃなきゃ冒険者なんかやってられねぇよ」

「そうそう。多少の大口は叩けないとね」


ほがらかな雰囲気の会話だけど内容がすごい。めっちゃ聞き逃せない。え、マジか。皆さん倒す気なの?あの牛を?あれだけ死にそうな目に遭ったのに?


<冒険者の性ってやつじゃないの?実際死にかけたシアニスでさえ、心からグランミノタウロスを食べる気だよ>


気付いたら細長いパイをサクサク頬張ってたテクトが、半眼で皆さんを眺めてる。何か今日のテクト食べすぎじゃない?まだ昼前だよ?グロースさんに張り合ってるの?違う?ってそうじゃなくて!!

マジかあああああああ!いや、オーク食べるって言ってたから、モンスター食べることに関して驚きはしてないよ?でも数日しか経ってないんだよ?たった数日前、皆さん死にかけたんだよ?怖い思いをして、ほうほうの体で逃げてきたんだよ?捕食されそうになっていたんだよ!?それが、今や逆に倒して食べる気でいるっていう、切り替えの早さに驚きを隠せないでいるんだよ!すごいメンタルたくましいんだね冒険者って!!

ぽかーんとしてたら、セラスさんが魅力的なウインクかましてきた。


「もちろんルイも食べるわよね?」

「え」

「あなたの印象をガラッと変えるだけの威力はあると思うのよ。オークだって、階級が上がっていくごとに味が変わるし」

「旨味が増えるんだよなぁ。何でか知らんが」

「体に含まれる魔力の量が違う、とかでしょうか」

「そういう説もあるらしーな」

「下位オークも持ってる武器によっては肉質が違うから、食べ比べるのも楽しいよね」

「オークもいるの?この階層」

「オークジェネラルが出るのはここだけですが、100階から107階はジェネラル以下の階級がすべて揃ってます。多種のオーク肉を入手できますよ」

「へえ!それだけでも他の冒険者には実入りのいい話だよ」


ルウェンさんはダリルさんに敬語使うんだなーって思う前に、それ以上の衝撃がきた。

オークの種類によって肉の味変わるの!?食べ比べ!?豚の銘柄的な違いかな!?階級高いジェネラルは高級豚肉でしょうかわかりません!!あまりの発言に恐怖が吹っ飛びそうになったわ!!


「オークメイジは脂身が多くて僕は胃もたれするんだけど、グロース君は好きなんだよね。ちょっと行ってみていい?」

「いいですよ、案内します」

「んじゃ、ついでに牛がどの部屋にいるかも教えてくるわ。お前らはここにいてくれー」


すごい気軽に話してらっしゃるけどギルドマスターも同類ですか!?オークメイジは魔法使いタイプでほとんど動かないから筋肉少なめ脂身多めって事かな!?うーわぁ、わっかりやっすーい、じゃない!!人を捕食する側の隣人モンスターを、まさか美味しいもの扱いする人達がここにたくさん来るなんて思わなかったよ!!やっばいなこの人達!!それだけ強いって事だよね!!たっのもしぃいいなぁあああ!!

ちょっと近所のスーパーに行くかのような軽快さで左側の通路に入っていくダリルさん、グロースさん、オリバーさん、エイベルさん、セラスさんを見送って、私は思わず隣に座ってるシアニスさんの膝に倒れた。あらあら、なんて微笑んで頭を撫でてくれるシアニスさんの癒しパワーでも、ちょっと落ち着けない。緊張状態からの立て続けに受けたショックはでかいです。私まだ牛も豚も怖いのにぃい!!


「お疲れ様でした。勝手に捏造したお母さんを勝手に故人にしてしまって、すみません」

「あ、いや……それは大丈夫です。私、ちゃんとダリルさんに話せてました?」

「ガチでケットシーかと思うくれぇには、しっかり受け答えできてたな」

「よかった。皆さんが作ってくれたチャンスを、むだにする事にならなくて」


見ず知らずの故人を利用したのは申し訳ないけど、皆さん私のために色々してくれたのはわかったし。私はそのお陰で、ここに住んでもいい許可をダンジョンを管理してる最高責任者からとれたんだから。文句を言うのは筋違いだ。


「ルイが頑張ったからこそですよ。これであなたが無理やり外に連れ出される事もないでしょう」

「認可タグがありゃ、迷子の子どもだとは思われねぇだろうからな」

「皆さん、私とテクトのために、ありがとうございます」

「いいんだ。命を救ってもらったお返しだからな」


そう言ったルウェンさんの顔が歪んで、何故かテーブルに突っ伏した。ん?どうしたの?

ルウェンさんを挟むように座っているシアニスさんとディノさんが、彼の足元を覗き込んで顔をしかめる。んん?


「やりすぎですよディノ」

「しゃあねぇだろ、咄嗟にやっちまったんだ。お前みたいな加減なんてできねぇよ」


全然状況が理解できないので四つん這いでルウェンさんの所に行くと、胡坐を組んでる事しかわからなかった。シアニスさんが呆れた様子でふくらはぎあたりから引っ張ると、組まれた足が伸ばされて3人の反応の意味がわかった。

ルウェンさんの足首に大きな痣ができてる。え、何これ。さっき座る時はなかったよね?

慌ててディノさんを見ると目を泳がせてるし、シアニスさんを見るとポーチから取り出したらしい長い杖の先端をディノさんの顎にぐりぐり押し付けてる。これディノさんがやったの?何で?


「俺が……口を挟むべきじゃない俺が、声を出してしまったから、悪いんだ……」


ルウェンさんが言うには、さっき彼が盛大に謝った後、隣に座っていたディノさんに容赦なく足首を握り締められて声もなく撃沈してたらしい。あのナイスフォローの裏でそんな事になってたなんて……いや、妙に静かだなってちょっと気になってはいたけど、物理的に黙らされてたとは思わなかったよ……ど、どんまいルウェンさん。


「……俺は言葉にしすぎるから……皆が止めてくれてちょうどいいんだ」


だとしても涙目……あ、いや、うん。ずっと我慢してたんだよね?痛いの我慢して何事もないように会話してくれたんだよね?深く突っ込まないで頭撫で撫でしとくね。頑張ったよルウェンさん、すごく頑張った。私のために我慢させてごめんね。

私に撫でられて最初は驚いていたけど、素直な性格に従ったのかすぐに目を閉じて気持ちよさそうにした。か、可愛い……!くっ、溌剌とした顔の人が甘んじて幼女の撫で撫でを!受け入れるとか!可愛いな!

いい歳した若者が幼女に頭撫でられるって結構な絵面だけど、それにツッコミ入れる人は幸いいなかった!私は大変楽しいです!!


「我慢強いのも問題ですよ、まったく……」


シアニスさんがルウェンさんの足を膝に乗せて、杖を構えた。長い柄に宝石みたいな玉をぐるっと丸く囲んだ頭が付いてる。ワンドってやつかな?

数秒も経たず、その宝石の周囲に光が集まる。ポーション飲んだ時のと同じ光だ。あ、これってもしかして。


の者の傷を癒せ、ヒール」


シアニスさんの柔らかな声と同時に、光がルウェンさんへ注がれる。まるで雲の隙間から降り注いだ光を浴びるような、そんな光景が治まると、ルウェンさんの足にあった痣はキレイさっぱりなくっていた。

おおおお!!!!すごい!!これが回復魔法!!まさしくファンタジーだ!!

ルウェンさんはシアニスさんの膝から足を回収して、痣があった所を擦る。


「すまない、ありがとうシアニス」

「いいですよ、ギルドマスターに見られたら困りますしね。後反省するべきはディノです」

「悪かったって」

「ああ、ディノありがとう。俺を黙らせてくれて」

「だあ!お前が礼言ったら意味ねぇだろうが!」

「そうか。でもまた俺が失言しそうになったら止めてくれ」

「こりねぇなお前も!」

「仕方ないのでまた治してあげますよ」

「助かる」

「助長すんじゃねぇシアニス!!」

<性分はなかなか変えられない、だっけ。周りも大変だね>


そうだねぇ。エイベルさんもディノさんもしっかりした人なのに、ルウェンさんに振り回されてる。不思議だね。でも皆さん笑ってるからいいんだろう。

まあディノさんは力加減なんとかした方がいいと思うけどね!!悪気がまったくないのはわかるけど、私の頭撫でる時も結構ぐわんぐわんするし!!私の首取れちゃうんじゃないかとひやひやするよ!!


「シアニスさん、魔法が使えるくらい体調よくなったんですね!」

「ええ。ルイの先生役は寝ていてはできませんからね」


そうだ!魔法も教えてもらうんだ!うへへ。攻撃や防御系には一切向いてないけど、回復は使えないかな?それもわかるようになるよね?


「魔法のべんきょー、楽しみにしてます!」

「おや、シアニスの魔法講座かい?それは高く付きそうだ」

「ぴょっ」


さらっと会話に混じらないでくださいダリルさん!驚いたわ!尻尾がぴんって立ったよ!!私の感情に反応してくれるとは出来た魔導具ですねさすがエイベルさん!!

っていうか帰ってくるの早いね皆さん!?何も持ってないけどオークは狩れたのかな!?オリバーさんが笑顔でぐっとサムズアップしたから狩れたんだね!!必殺仕事人かな仕事が早い!!グロースさんの小さなポーチの中に、私の契約書と一緒に入ってるのかな!?大丈夫だって知ってるけど臭くならないか不安です!!


「これもまたお礼の1つですよ。ルイには大恩がありますからね。しばらくは基礎鍛錬と、資金を集めながら彼女の知識を増やすお手伝いをしようと思っているんです」

「なるほどねぇ。それも、君らが彼女を隠してた理由なのかな?」

「別に隠していたつもりはないのですが、何事にも順序というものがあるでしょう?上級ポーションの情報料をきちんと彼女に渡して、色々と事情を聞いてから、ギルドに報告しようとは思っていたんです。急いで報告するような話でもないですし。それを怪しいだなんて……心外でしたよ」

「まったくよね。ただまあ、今日、ギルドマスターが来てくれたのはありがたかったわ。ルイの店の開店が早まったんだから」

「じゃ、ちょうどいいな。上級ポーションの情報料、今渡しとくか」

「は?」


え、待って。まだ私にお金を渡そうと言うのあなた方は!!エイベルさんがアイテム袋から取り出した小さな麻袋が、ちゃりんっと硬貨同士が当たる音を立てた。わあ、本物。

ギルドマスターの前で話題出すとは……私が断れないとわかってやってるなー!!1008万、結構消費したと思ったらまた増える!!もう!!皆さんの買い物だけ勝手に割引するぞ!!まだ販売額も決めてないけど!!

私がむすっとしてるのに気付いたセラスさんが、素早くブーツを脱いで駆け寄ってきたと思ったら、ほっぺを指で突いてきた。ぷすぅ、私の口から空気の抜ける音がする。

空気が全部抜けて私の口が尖ってるだけなのを見て、セラスさんは愉快そうに笑った。膝を抱えながらクスクス、鈴が転がるような声で笑う人だ。


「本当に可愛いわ。ふふ、正当なものなんだからちゃんと受け取ってね?」


ぬあああああん!!美人の首傾げはずるいと思います!!あざといけど可愛い!!

にやにやするエイベルさんから麻袋を受け取って、リュックに突っ込んだ。もう何も言わない!!


「じゃあオーク肉も取れたし、今日のところは帰るよ。そうだね、2日後の昼前にまた来るよ」

「あ、私の都合でダンジョンにまた来てもらうので、宝玉一式どうぞ。使ってください」


ポケットから赤い宝玉を取り出したダリルさんに4色の宝玉を見せると、目をぱちくりさせた。何だ、この世界の大人は老いも若いも関係なく可愛い仕草をするような法律でもあるの?大変お茶目でいいと思います。


「え、くれるの?ありがとう、ギルドで保存してる予備使っちゃったから助かるよ」


それっていざという時使うタイプの奴ですよね?いいの?そんな簡単に使って。このギルドマスター、ギルド保有のアイテム私物化してるよ?「またやったのか」とディノさんの呆れた声が聞こえた。常習犯か!!フットワーク軽いにもほどがあるよ!!


「いいですよ。どれだけ売っても余るくらいあるので」


だから私物化止めましょう。大盤振る舞いで5回使えるのあげますから!

何のためらいもなく宝玉一式受け取って、ダリルさんは赤い宝玉だけ手元に残した。後はグロースさんのポーチにどーんだ。これもしかしてもしかしなくとも、秘書ひとのアイテム袋も私物化してらっしゃる。


「それも冒険者に売ってくれるんだったね?本当にありがたい店ができるなあ。じゃあまた2日後に……グロース君、帰るよ?」

「…………」

「グロース君?」

「…………」


ダリルさんが何を言っても答えず黙り込んで、棒立ちのグロースさん。

私物化されてるのが実は嫌だったのか?このタイミングで反乱?かと思いきや、グロースさんの視線は湯気を噴く鉄瓶に一直線。

……ああー。テクトさん、テクトさんや。私の思い間違いでなければ彼は、えっと、あれですね?

私の問いに迷わず頷いたテクトから、グロースさんへ向き直る。


「えーっと……ほうじ茶待ち、ですか?」

「…………(こくん)」

「ダリルさんもどうぞ、座ってください。お湯沸きましたから」

「うーん、うちの秘書がすまないねえ。ありがとう」


お茶会はまだ続くようです。

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