48.問題と契約
「……決めたのなら仕方ないねぇ」
私の満面の笑みを見て、ギルドマスターはゆるーく肩を落とした。お茶を一口飲んで、細いため息を零す。
「君らが僕を連れてきたのはこういう事かあ……」
「何をおっしゃるんです。ギルドマスターが勝手について来たんでしょう?」
「おじさんにあんな可愛い雑貨店は居心地が悪すぎるよ。意地悪だね。グロース君、書類とペン出してくれる?」
「…………」
「え、しょるいって持ち歩くものなんです?」
「この人はよく外出するから、出先にも書類を持ち出す事で有名なのよ」
え、フットワーク軽すぎるのがここで影響してくるの?護衛が書類運びってそういう事?持ち歩いていいものなの?不思議な人だなぁ。
クッキーをもぐもぐしてたグロースさんが、腰のポーチから何か書かれた紙と万年筆を取り出してダリルさんに渡した。ポーチの小ささに反して紙は曲がってなかったから、あれもアイテム袋かぁ。持ってるって事は、それなりに稼いでるって事だよね。あの人も皆さんみたいに強いんだなきっと。あとクッキーばっか食べてるとむせるから、お茶できるまでは水どうぞ。
テクトに注いでもらったコップを持ってって目の前に置くと、じーっと見られた。ん?何?私の顔に何かついてる?
ダリルさんが面白いものを見た!って感じに笑う。んんん?何ですか?
「グロース君に気に入られたようだね。彼は人見知りが激しいから、初対面で懐かれるのはとても珍しい事だよ。グロース君、お茶菓子は出してもらったものなんだから、ほどほどにね」
「…………」
小さく頷いて、さっきよりは遅いペースでもぐもぐを再開した。え、私のどこを気に入る要素が?私この人にほうじ茶しか入れてないよ?何で?幼女パワー?ケットシーパワー?わけがわからんです。嫌われるよりはいいけどさ……
しかしよく食べるなぁ。グロースさんは人族なのかな?髪は銀髪だけど耳は尖ってないし、尻尾がないから獣人でもない。武器は見当たらないからアイテム袋に入れてるのかな。三白眼で表情が乏しいけど、クッキーを頬張ると愛嬌が出てくる感じなので怖い感じはまったくないんだよねぇ。本当に強いの?って思っちゃうくらいは細身だし。ていうかあれだけ食べてお腹膨れてないんだけど食べた分どこに行ったの?
シアニスさんはクッキーだけじゃ足りないって判断したのか、大皿にどんどん追加のクッキーやマフィンとか乗せてってるし。どんだけ買い込んだんですかシアニスさん。そしてどれだけ食べるんですかグロースさん。めっちゃ大柄なディノさんでさえ10枚で満足してたんですよ!!
「まったくもう。これではしばらく楽しもうと思ったお茶菓子がなくなります」
「はは、すまないね。グロース君もバニラ君のお菓子が好きなんだ。後でお返しするからさ」
「ならいいですけれど」
可愛らしくぷんぷんするシアニスさんを横目に、元の席に戻った。お湯はまだ沸きそうにない。真正面からダリルさんが、目を通していた書類を私の方へ向けた。
「さて、ルイ君。ダンジョンで商売するにあたって、君にはいくつか確認と、署名を書いてもらわなければならない」
「はい」
「これがうちで発行してる、ダンジョン内でのアイテム売買の契約書。こっちの契約事項を確認して名前を書かないと認可タグを渡せないから、冒険者は君を信用できずアイテムは売れないよ」
「にんかタグ?ですか?」
「ギルドが認めた商売人に渡されるタグの事だよ。この前ダンジョンで宝玉を売る人もいるって言ったじゃない?そういう人はギルドに申請してそういう書類書いて、認可タグを貰って、やっと宝玉を売れるんだよ」
「ま、持ちきれねぇアイテムや素材を格安で買い取るモグリもいるけどな」
「頭の痛い話だね」
ああー。そういえばそんな話をしてたような……そっか。商売は信用第一だもんね。でもこれって、商人としての私の身の保証をギルドがしてくれるって事だよ!すごい!そんな簡単にいいのかな?認可タグっていうのが免許証みたいな感じかなぁ。認可タグを持っている人なら安心して売買が出来るって事は、きっとこれも冒険者に対する国側のフォローってやつなんだろう。冒険者みんなが経験豊富な人達ばっかりじゃないんだし、わかりやすい目印を交付しとかなくちゃいけないんだろうね。ギルドも大変だね。
けどまあ、そういう事なら喜んで書きますよ!テクト、私この世界の文字知らないけど、日本語で書いても大丈夫なんだよね?
<うん。魔導具を騙すレベルで文字も翻訳されるからね。カタログブックは例外だけど>
カタログブックはもう魔導構成から日本語オンリーで作られてるもんねぇ。あれは作った人が自動翻訳を凌駕してるから例外中の例外だね。私には無理な芸当ですわ。私の日記も、テクトには世界の共通語に見えてるらしいし、いいよね!
ああいや、前々から翻訳されてるのは知ってたんだけど、いざ人目に晒される書類に書くってなったら不安になっちゃって。思わず再確認しちゃったよ。変にドキドキしちゃうね。
えーっと、契約書に私の名前を書く前に、契約事項をしっかり確認するんだっけ。契約書とは別の紙をまじまじと見る。案外手触りがさらっとしてるなぁ。冒険者さんの遺産にあった紙とは大違い。
隣にいたシアニスさんとオリバーさんが覗き込んできたので、持つのを止めてテーブルに広げた。別に内容的に見られても問題ないよね?一般的な契約事項だもの。日本で言う、同意を求められる長文の小難しい文章群と似てる。ちょっと頭が痛くなりそうだけど、ちゃんと読まなきゃね。私が当事者だし。何より、て、店主だし!
って思ってたら、皆さんが「この文章は冒険者に無理強い……安くしろとか、高く買い取れって脅されたり、傷つけられたりしたらギルドに相談してね。ちゃんと助けるからねって書いてあるんだよ」「こっちは冒険者に無駄に高い商品を売りつけないように注意されてるわね。宝玉は外と同じ一律の値段にする事ってあるわ」「あー、これは外での適正価格にプラス輸送代をきちんと付けろって文だな。ちゃんと値段設定しねーと外の商人に喧嘩売られるんだろ」「ここは商売の保証するから年に一度契約金を納めてくれ、と書いてあるな」「買取りは冒険者との争いに繋がる場合があるのでお勧めしない、ってありますね。互いに納得のいく買取りなら大丈夫なようですよ」ってフォローしてくれるのですごくわかりやすかった。遠まわしな表現ばっかでクエスチョン出してたの気付いたんだね……ありがたいっす!
買取りを推奨しないのは、鑑定スキルを持ち合わせてる場合が少ないからなのかな?私とルウェンさん達の1010万のポーション代は、互いに納得がいく買取り扱いになる、んだよね?よかった違法じゃなくて。後で突っ込まれたら困る奴だもんね。いや認可タグ貰う前だからどちらにせよ困るのかな?うーん、どうなんだろ。
<鑑定スキルを持ってる側が嘘をつくかもしれない、っていう可能性は考えないんだよね、ルイって>
は!?え、そういう事もあるの!?呆れた様子でマフィンをはぐはぐしてたテクトが、私の足をぽんぽん叩く。<ルイが騙されそうになっても僕が助けるからね>と頼もしい言葉付き。うわああん助かるぅ!
ルウェンさん達のお陰で契約事項が全部納得できたので、契約書に署名する。ルイ、と。これだけでいいのかな?印鑑とかいらないの?
「名前だけでいいんですか?」
「ああ、いいんだよ。その万年筆、魔導具でね。君の魔力を契約書自体に登録するようになってるんだ。タグもその契約書を元に作るから、偽造が出来ないタグになるんだよ。なくさないようにね」
「わかりました!」
さすがファンタジー。免許証も唯一無二になるなんて、さすがだなぁ。魔力の感じとか全然わからないけど、これでいいのかな?契約書を渡すと、名前をさらっとなぞり頷いたダリルさんは、グロースさんのポーチに押し込んだ。そんな雑でいいのかな。いいのか。
「で、店をするのはいいんだけど。1つだけお願いっていうか、約束してほしいことがあるんだよね」
「はい」
「上級ポーションは販売しないで欲しいんだ」
「はあ……中級ポーションまでは売るつもりでしたけど、もしかして、店頭にも並べない方がいい感じですか?」
「察しがいいねぇ。彼らの話からすると君が見つけたらしいけど、上級ポーションが出たの108階なんだってね?」
宝玉無双からの脱却だったよね。嬉しくて小躍りしたもんね。まさかあんなに高い代物だったとは思いもしなかったけど。
「で、この108階にはもう1つ、忘れちゃいけないものもいるね」
「……は!うし!!」
「うん、グランミノタウロスだけど、ルイ君は牛呼びしてるの?」
「舌かみそうになるんで……」
ちゃんと意識して言えば大丈夫なんだけど、うっかり噛みそうになるんだよね。もうちょっとこの体に慣れないとなのか、私自身の滑舌が悪いのかわからないところだけど、何とかしたいよねぇ。ディノさんをデノさんって呼んじゃうし。
「まさかグランミノタウロスの部屋には入ってないよね?」
「宝玉使って見に行っただけです。一目見た日からあっちには行ってません」
「ならいいけど。そのグランミノタウロスがね、目があった人を部屋に引きずり込むスキルを持ってる事がわかったんだよ」
は?
「え……ろ、ろーかに、いてもですか」
「廊下にいてもだよ。そこから複数人まとめて転移するような感じらしいよ?」
「は」
え、なにそれ。こわっ。あいつそんなスキル持ってたの?こっわ。
あれ、でも私あの時普通に自分の足で部屋に入ったよね?グランミノタウロスも部屋の隅にいて、私が入った後こっちに気付いたよね?隠蔽魔法貰う前だったよね?何でだろ?
<ああ。気配が小さすぎて気付かなかったみたいだよ。集団だったら冒険者だと思われて待ち構えられただろうけど、あの時はルイと僕だけだったし>
なるほどねー……心の底から幼女でよかったと思ったのはこれが始めてかもしれない。とんでもない恐怖体験をするところだった。大人だったら気配察せられてた絶対。
ん?待って?グランミノタウロスがいるって事は、ルウェンさん達が来てわかったんだよね?だってグランミノタウロスがいたって報告しなくちゃって言ってたんだもんね?っていう事は、その恐怖体験を皆さんは味わったのか……うわあ……
ぐるりと見回すと、苦笑したり頬を掻いたりあえてニッコリしたり……うん、聞かないことにしよう。私は深く考えない。
「で、そういう危ないスキルを持ってるから、じゃあそもそもこの階層に入らせない方がいいという話になってね」
「はー……なるほど」
「でも上級ポーションが出てくるかもっていう情報があったら、皆108階に来たがるだろう?見つけたら一気に大金持ちだからね」
うんうん、突然大金持ちになって混乱した記憶も新しいね。
「ポーション探してるうちに見つかって引きずり込まれて……ってなって冒険者を失ったら、国としても大きな損失になるんだ。ここのグランミノタウロスは段違いに強いから、現状倒せる人がいなくてね。どうせなら上級ポーションの事は伏せて、この上の階層までは問題なく潜れる、という情報を提示するって話になったんだよ」
「ふむふむ……えっと、つまり、私が上級ポーションを持ってると、それをどこで手に入れたかって話になって……」
「108階ですって答えたら、ギルドで情報を抑えてる意味がなくなるね?」
あ、はい。了解です。ダリルさん目が笑ってない、笑ってないぞぉー。
「私が108階で暮らしてる事も黙ってた方がいいですか?」
「念のため、黙ってた方がいいね。突かれたらめんどくさいよ?」
確かに。こんな弱そうなケットシーが暮らしていられる階層なら行けるんじゃないかって思われても困るし、そこは内緒にする事にしよう。
ギルドで情報規制しててくれるなら、きっと誰も108階まで来ないだろうしね。ここを安息の地にしよう。
「こんなものかなぁ。後日認可タグと一般的なアイテムの相場を書いた紙を持ってくるから、そうしたら商売を始めていいよ。ポーション以外には何を売る予定なんだい?」
「宝玉と、後はせんじょー魔法が得意なので、体をキレイにするお仕事も出来たらいいなって思ってます」
「へえ、いいねぇ。どれだけできるの?」
「それがすごいのよ、ギルドマスター。彼女、血を落とすのは勿論なんだけど、何より早いの」
褒められるとにやにやしちゃうなぁ。まあ私が出来る魔法と言ったらこれしかないんだけどね。
「なら洗浄請け負いの相場も書き留めておくね。他には?」
「後はー……えっと、追々?まだ何を売ったらいいかわからなくて」
「それなら冒険者と交流するうちに決めればいいさ。契約的に問題はないし、こちらとしても君がこのあたりで商売をしてくれれば、冒険者の生存率が上がってありがたいからね」
あ。そっか。ポーションが多く売り出されていれば、それだけ冒険者が生き残る可能性が上がるんだ。冒険者だってある程度備えて潜ってくるだろうけど、狙ったアイテムが宝箱に入ってる確率なんて低いもんね。現にルウェンさん達はずっと宝玉拾えなかったって言ってたし。
深層から出られなくなる人達を減らすためにも、私自身が移動できる回復ポイントって考えれば、ギルド的には助かるんだ。
「中級ポーションまでなら、どんどん入荷してくれていいよ?」
テーブルに肘をかけて、手のひらに顎を乗せた初老のおじさんは、とてもとてもにこやかに微笑んだ。
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