46.問題が来た



ひぐひぐすんすんと泣いてる私を囲んで根気強く慰めてくれた3人のお陰で、しばらく経って泣き止めた。いやあ、泣いちゃったねぇ……

テクトがハンカチ使えって早めに言ってくれたから、目元はそんなに腫れてないよ!あんまり擦らなかったからかな?手鏡でちゃんと確認した!テクトは私の懐で見上げてくるという癒し行為をしてましたありがとうございます!

しかしこの体になってから、涙腺が緩すぎて驚きだよ。どんなに泣かない!って決めてても、気持ちが高ぶるとポロポロ零れてくるんだもん。幼女の涙腺すぐ崩壊する。

頭を撫でてくれたエイベルさんがまだ沸かない鉄瓶を一瞥してから水飲めよ、と言うので素直にリュックからピッチャーとコップを取り出した。背中をぽんぽんしてくれたシアニスさんがコップを、手を取って優しく握り締めてくれたルウェンさんがピッチャーをさらっと受け取り、注いで私の両手に持たせてくれる。

あれ?何かなこの至れり尽くせり。一瞬、ドラマとかで見るホストクラブを思い出した。イケメン2人に美女侍らせてるから間違いないけどね?あ、違うね。ただただ心配されてるんだよね。ありがたく飲みまーす。


「落ち着いたみたいだな」

「はい……あの、ありがとうございます」

「気にすんな。子どもは好きな時に泣いていいんだぜ」

「もう少し飲みますか?」


そっか。泣いてもいいんだ。幼女だもんね。

私の手からコップを優しい手つきで取ったシアニスさんに首を振る。もうちょっとしたらお湯沸いて、お茶飲む予定だしね。幼女の小さい体には、コップ一杯で十分だ。


「話をちゅーだんしちゃって、ごめんなさい。それで、えっと、皆さんが私の生活のために、ギルドマスターにポンチョ買ったの、ごまかしてくれたんですっけ……?」


約束守ってくれたことが思いの外嬉しすぎて頭の中それしかなくなって涙腺崩壊しちゃったけど、そういう話だったよね?


「正確には、誤魔化しきれなかったからこそ今の事態になってしまったんですけどね。申し訳ありませんが、しばらくしないうちにセラス達を追ってギルドマスターが乗り込んでくると思います」

「え」


ギルドマスターが、直接ここに?え?ここダンジョンだよね?しかも危険な深部だよね?来るの?そんな重役が直接ここに?うっかり死んだらどうするの?大問題だよ?

本当に来るの?って顔をしたら、3人とも揃って苦笑した。マジかー。来ちゃうのかー。


「変わった人なんだよなー、ギルドマスターにしては。書類や会議より現場に出る方が性に合ってんだと」

「だからこそ親しく接してくれて、冒険者の事をよく理解してくれる、素晴らしい方なのですが……今回ばかりは大人しくしていて欲しかったですね」

「俺はギルドマスターが来るまでにルイを妖精だと思えるだろうか……いや思わなければルイに迷惑が……」


ルウェンさんが暗い表情で呟いてるけど……大丈夫?あ、むしろ追い込まないといけないの?

自分のばか正直さは昔から理解してるし、思った時には口に出してしまう性分を今更直すつもりはない。でも、それだと私に迷惑がかかる。なので問題のギルドマスターが来るまでに、尻尾と猫耳付けた私を妖精だと思い込む事にしたらしい。自己暗示だね。だから先に来たって、ありがたいけど深刻に考えすぎじゃ……いや、性分を矯正するって難しいからわかるよ。私だって今更食べ物大好きな自分を変えろとか言われても無理だし。

何もそこまでしなくてもって思ったけど、実際危うい時があったらしい。シアニスが容赦なく黙らせたけどなー、ってエイベルさん笑ってたけど何したの?あれ?この2人って両片思いなんだよね?案外容赦ないね?

ディノさんが言ってた、公私混同しないってこういう事なのかな……私にはまだわからないですディノさん。

「ルイは妖精……ケットシー……ルイはケットシー……」ってぶつぶつ呟き始めたうルウェンさんは怖いから放っておくとして。ギルドマスターが来たら私やテクトはどうしたらいいんだろう?もうちょっと大人っぽく振舞った方がいいとか、そういうのあります?


「そうですね……ルイもテクトも、2人らしくいてくれたらいいと思いますよ。このような事態にしてしまった私達が言うのもなんですが、全力でフォローしますし」

「へ、いいんですか?」

「変に取り繕っても後でボロが出るだろ。ケットシーの中には舌ったらずな奴もいるし、テクトは見た目以上にしっかりしてるみてーだし、お前らに問題はねーよ。ただまあ気は早えーけど、ごく最近店をやり始めたって事にしてくれっと、説明が楽だな」

「そうですね。今回の私達は、のあなたに運良く遭遇し、上級ポーションをお礼をするためここに来た、というふうに装う予定でしたから」

「え、えっと……私の、お店、ですか?」


え、いいの?店舗ないのに、勝手にそう言っていいの?


「店舗代わりのスペースなら、もうでけーのがここにあるじゃねーか」


にんまりと笑ったエイベルさんが、下を指す。まさか、え、絨毯!?


「端から見りゃ露店だが、ルイにはちょうどいいだろ。それにただの宝玉売りじゃ面白くねーしな。どこぞの妖精にあやかって、神出鬼没な出張雑貨店、名乗ればいいじゃねーか」

「雑貨店と名乗るのなら、宝玉以外も商品を用意しないといけませんね。まずはポーションから売り出してはどうですか?上級では2人が質問攻めにあう可能性があるので、中級までをお勧めします」


あなた専用のお店からのも、上級では手に入れづらいでしょうしね。

シアニスさんもエイベルさんも、にっこりと笑みを深くする。あ、これあれかな。私専用のお店カタログブックを仕入れ先として扱えって事かな。

そっか。商人独自の仕入れ先だから、深く話したくないって言っても納得してもらえる可能性が出てくる。私は商人に関して詳しい事は知らないから想像の範疇で物言うけど、きっと独自のルートとかあるから誰それ構わず話すなんて事はない。例え私の商品がどこ産かわからなくて信用されなくても、宝玉だけは絶対ここのダンジョンから手に入れたものだってわかるから、最悪宝玉だけでも売れればいい。宝玉は違うダンジョンに持ってったら、残数も消えちゃって色を失うって言ってたからね。数字が見えるってだけでこのダンジョンのものだってわかるんだ。

幼女専用のお店の話は出来ないけど、謎の仕入れ先としてなら話せる!なるほど!皆さん頭いいな!!さらっと助言も貰ったし、ポーションも準備しよっかな!!


「あのあの!質問、いいですか!聞きたかったことがあって!」

「あら、何でしょう?」

「宝玉とポーション以外に、商売にしたいのもあるんです!私のせんじょー魔法、ひともうけ、できますか!?」

「あんだけ早くて血まで落とせるんなら、絶対稼げるな」


やっぱり!前もエイベルさんが、一儲けできるって言ってたんだっけ?金勘定に頑固なエイベルさんが言うなら間違いないよね!!

洗浄魔法なら苦もなく出来るし、商売にしても手間じゃない!さらに聞けば、洗浄魔法は世界に広く普及してるものの、血まで落とせる精度となれば冒険者にはかなり需要があるんだって。清潔を保ちたいのもあるんだけど、血が着いたままだと病気になっちゃうんだよね。不潔なままだと菌が繁殖するもんねぇ。冒険者の荷物に着替えが多いのはそういう理由もあるからなんだね。だいたいチーム内に1人くらいは血まで落とせる洗浄魔法の使い手がいるらしいけど、私の魔法とは精度も速度も及ばないそうな。のろのろやってたら疲れるだけだし、代わってするならむしろ喜んで任せてくれるから、必ず商売になるって太鼓判押された。私の魔法は最早掃除を専門とする職業者並みらしいから尚更って。マジか。

ダァヴ姉さんには全然及ばないって思ってたけど……私の洗浄魔法は現代で言う、資格取得者と同程度の威力になってたのか……お掃除マイスターも夢じゃないね!魔法使えるこの世界ならでは、だけどね!

ふと、テクトがまた右側の方へ顔を向けた。


<……来たよ。今度も3人……と、遅れて2人>


人数的に2人の方が、ギルドマスターさんだね。遅れてきたってことは、セラスさん達を尾行してたって事かな?

私とテクトが黙って一方を見てたからか、シアニスさんとエイベルさんがきょとんとした。


「どうしました?」

「テクトが、何か来たって……」

<ルイ、僕の言葉は多少わかる、くらいがいいんじゃなかった?>


そうでした!

ありがとうテクト!


「言ってる気がしました」

「まあ、階段からは離れているのによくわかりましたね。テクトは気配察知にも優れているのですね。教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ、なんとなくですから!」

「まあどっちにせよ、そろそろだと思ってたんだよなー。おいルウェン、時間切れだ」

「え、もう終わりなのか?そんな……」

「ルウェンはなるべく黙っていましょうね」

「……ああ」


しょぼんと落ち込むルウェンさんの背中をバァンッとエイベルさんが叩いたところで、安全地帯の一角に光が集まった。

さっきシアニスさん達が来たのと同じ光だ。


<5人一気に来るね>


お、おお!じゃあもうギルドマスターさんとご対面って事だね!

よーし、されないように幼女ルイ……じゃなくて!ケットシー商売人ルイ、がーんーばーるーぞー!

ふんすっと気合いを入れたところで、光が収縮。セラスさん、オリバーさん、ディノさんと、初老の背筋がピンっと伸びたおじさんに、若い物静かそうな男の人が現れた。

とりあえずはセラスさん達に挨拶だね。


「お久しぶりです、セラスさん、オリバーさん、デノさん!」

「おーう。元気そうだなぁ」

「商売人は笑顔が大事、ですからね!」


ふりふり。尻尾を揺らして見せる。

私の言葉と格好で上手くケットシーに化けれてるのを察した3人は、後ろに置いてけぼりしてる人達には見えないように、ウインクしたりにっこりしたり親指立てたりした。


「買い忘れたものは買えましたか?」

「ええ。リボンは赤も似合うと思ったのよね。いいリボンに巡り合ったわ」

「めっちゃ軽い買い忘れだな」

「女の買い物に付き合わせられたこっちの身にもなれよ」

「いやほんと……女の子ばっかりで居づらかったよあの店」


セラスさん達は私とテクトのリボンを買い足しに残った、っていう設定なんだね!


<あー、なるほど。最初来た時4人の気配だったはずなのに、すぐ1人分消えたんだよね。オリバーが転移の宝玉を持って帰ったんだ>


それでまた今、宝玉使って来たと。色んな意味で目立つセラスさんとディノさんで注目を集めて、オリバーさんが隠密行動する。これでシアニスさん達は先に来れたんだねぇ。テクトは首を傾げまくってた理由もわかったし、納得!


「……そちらのお嬢さんは誰かな?報告にはなかったよね」


そろそろ話しかけようかと思ったら、初老の人に先に話しかけられた。この人がギルドマスターかな?武器とかは携帯してないけど、強そうな感じ?


<体術の心得はあるね。それに隣の男、護衛だよ>


じゃあ何も対策しないでつけてきたわけじゃないんだ。なんかほっとしたよ。


「ギルドマスター、報告が遅れてしまったのはすみません。でも諸事情というか、私達の勝手な意地で、後日きちんと話すつもりでした」

「へえ、そうなの?」

「ええもちろん。それに、嘘は言ってませんよ?危険なものではないのですから……彼女がこの階層で上級ポーションを見つけ、私達に売ってくださった方です」

「はい!ケットシーのルイと、よーせーのテクトです!このダンジョンで、最近お店始めました!よろしく!」

「これはこれはご丁寧にどうも。僕は冒険者ギルドラースフィッタ支部のマスター、ダリルって言います。こちらはグロース君。僕の秘書だよ」

<……いや、事務仕事させた事なさそうだけど。やって書類の運搬程度でしょ>


記憶を読み取ったテクトの冷静なツッコミに吹き出さなかったのを、誰か褒めてほしいよね!もう!


「ギルドマスターさんなんですね!すごいなぁ、話には聞いてましたけど、じっさい、会えるとは思いませんでした」


重役が直接ダンジョンに乗り込んで来るとは思わなかったよ本当に。


「僕も、ヘルラースでケットシーに会えるとは思わなかったなぁ。タラニヤのダンジョンにいるケットシーはご親戚かな?」

「タラニヤ?」

<……妖精が出張雑貨店やってるダンジョンがある街の名前だね>


ふむふむ、なるほど。同類だから、近しい仲かと思われたわけですね。

全く赤の他人です。


「知りませんねー。それより、今お湯が沸くところなので、お茶にしませんか?皆さんどうぞ、靴を脱いで休んでください」

「これは、おや、絨毯?」

「私の商売スペースです!ステキなお店でしょう?」


ふふーん、エイベルさんの言葉をパクってみた!

ダンジョンに絨毯があるのがやっぱり珍しいのか、ダリルさんは戸惑ってる。物静かな人はずっと黙ってるけど。

初見なセラスさん達が驚いた顔を綺麗に隠して、ささっと靴を脱いだのは拍手したいくらいだったけど。それをギルドマスターに見せるわけにはいかないから、我慢我慢!

今はお茶をいれよう!まずはもてなしの心ですよ、そしてスムーズに皆さんに会話してもらおう!

南部鉄器で沸かしたお湯と紅茶は相性が悪いから、お茶はお茶でもほうじ茶にするよ!紅茶じゃなくてごめんね皆さん!紅茶も好きだけど私は日本茶、特にほうじ茶が好きなんで!!

リュックから大きなテーブルと、お客用ティーカップを取り出す。ティーカップは4つずつで1セットだったから、実は2セット買っておいたんだよね。増えたのが2人でよかった。あとディノさんの指は取っ手の隙間に絶対入らないと思ったから、彼の分だけ大きなマグカップにしておいた。悪戯心に従ってクマ柄にしようかなって思ったけど、さすがに失礼だなって思って止めたよ。ギルドマスターが来るとは思わなかったから、本当に止めてよかった。

ほうじ茶いれるつもりで何故ティーカップ買ったのかってところは、今更後悔してるけどね!いや、衝動買いだったねごめんなさいテクト!もうしばらくやらないから!!

テーブルに瓶敷と急須を準備して、魔導具コンロの火を消す。持ち手があまり熱くならない袋鉉ふくろつるな鉄瓶だけど、幼女の手じゃまだまだ熱いので布巾で鉉を包んだ。茶葉をたっぷり入れた急須に熱湯のまま注いで、30秒。まあここは適当で。並んだティーカップに均等に注ぎ入れていき、これじゃ足りないから一連の作業を繰り返して……大きなマグカップの8分目まで注がれたほうじ茶にうんと頷いて、最後の1滴まで急須を振って落としきった。周囲にほうじ茶特有の香ばしい匂いが広がる。あー、たまりませんな!


「お待たせしました。お茶が入りましたよ……あれ?どうしました?」


全員が黙ってこっちを見てる。じーっと。目を見開いて。え、なになに、どうしたの?あ、シアニスさんだけ微笑んでるの、何で?

あれ?私なんかやばいことした?


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