42.ダァヴ姉さん再び



セミダブルのベッドマットレスにウールのベッドパッドを敷いて、可愛いチェック柄のボックスシーツをぴったり伸ばしてマットレスに引っ掛ける。シーツと同じ柄のカバーで覆った掛け布団を2人がかりでセットして。

とっても寝心地のいいベッドの完成です!奮発して、日本産のめっちゃいいベッド買ったからね!!掛け布団も薄い羽毛にしたし、これはかなりぐっすり眠れる気がするよ!

私自身が重たくないからか、地面がふかふかの芝生だったからか、今まで寝袋で寝てても体は痛くはならなかったけれど……やっぱりちゃんとした寝具で睡眠を取りたいよね!寝室できたらベッド買っちゃうよね!これは自然の流れ、健全なる生活に必要な事!

さーて久々のベッド寝だ!幼女の体でセミダブルだからめっちゃくちゃ広範囲をごろごろできるぞー!とワクワクついでに買ってしまったパジャマに着替えていたら、テクトが柔らかな低反発枕に全身埋もれて楽しんでた。うあああああー、って言ってた。思わず笑うよね。テクト、柔らかいの好きだなぁ。

テクト用の緑色のカバーに包まれた枕と、私の用の赤色のカバーの枕。仲良く並べてみたけれど、横幅全然余ってるね。さすがセミダブル。その緑色に埋まってるベージュの毛玉が大変愛しいですうへへ。

昼間は、僕の分はいらない寝ないんだから枕いらないからね!なんて拒否ってたのに。こうして沈むとわかるよね、低反発枕の魅惑的魔力が。そういう魅力に素直なテクトが大変可愛いです、まる。


「テクト、てーはんぱつ気に入ったの?」

<うん……僕はここで食パン抱きしめて寝転びたい……>

「なるほど任せて」


すぐさまアイテム袋から食パンスクイーズを取り出して、テクトに渡す。低反発枕に背中を預けて、食パンをぎゅうっと抱きしめたテクトは、長い深呼吸をしてから満足げにため息を漏らした。尻尾がお上品にぱったぱったしておる。これはテンション高めだけどリラックスしている感じかな?お気に召したようで何よりです。

いいねいいねぇ、テクトが喜んでくれると嬉しいねぇ。ふへへ。私も寝転ぼー。

ベッドに乗って背中からごろりと転がる。ああー……ベッドマットのふかふかがたまりませんなぁ。身体中の力が抜けてく感じー。羽毛布団も肩まで掛けて、ふんわり軽いそれをぺしぺし叩いてみる。にやける顔を抑えず、掛け布団を持ち上げて下ろしてを繰り返した。へへへ、気持ちいいなぁ。羽毛の良さって軽さと保湿力と、それなのに蒸れにくいって事だよね。特に薄い羽毛布団は春と秋の気候にぴったり。冷えすぎず、熱くなりすぎず、素晴らしい寝心地をお約束してくれる。子どもの高い体温で、すぐに温まってきた。えーへーへー、幸せだなぁ……あふ。


<そんなに気持ちいいの?>

「うん……すぐにねれそう……」

<へぇ……ああ、なるほど。これは気持ちいいね>

「でしょお……」

<ルイ、明日は何する?家は出来たわけだし、暇になったけど>


んー?あしたー?そうだねー。


「あさってー、みんながくるからぁ……その、じゅんびー……」


ルウェンさんたち、なにがすき、かなー……


<そっか。ゆっくりお茶したり、夕飯も作りたいって言ってたよね>

「うん……うん……する……」

<……ルイ?>

「……んー……」

<明かり付けっぱなしだけど、いいの?>

「…………ぅん……」

<……もう、仕方ないなぁ>


漫画みたく流れるようなベッドに入っておやすみ3秒を決めた私は、テクトが優しい眼差しでランプの光を消した事を知らず。

けれどテクトや聖樹さんに見守られてる安心感はしっかり全身で受け止めてたのか、夢を見る事なく深い眠りについたのでした。











「クルッポー」

「……お、おはようございます?」


朝起きたら、目の前が白い壁?あ、違う。これ羽毛、羽毛だ。ふわふわの羽毛に覆われてた。何で?真っ白なんで?羽毛?布団から羽毛出てきちゃった?

回らない頭で体を起こすと、どうやら私は横向きで寝てたみたい。枕元にお行儀よく足をたたんで座っていた白いの……鳩は、クエスチョンマークを飛ばしまくる私に、目を細めて微笑んだ、ように見える。

あ、ダァヴ姉さんだ。このお上品な感じはダァヴ姉さんだ。

ただの鳩らしくない、意思のこもった目。そのダァヴ姉さんの目がさらに愛しげに細くなった。慈愛を感じる……朝から後光がまぶし……ああ、うん。起きよう。


<おはようございますわ、ルイ。目は覚めまして?>

「あ、ふあ……うん。少し……?」

<早朝にお邪魔してごめんなさいね。あなたが気持ち良さそうに眠っているのをたまたま見て、神様が興味を持たれてしまいましたの>

「ああ、うん……」


テクト、あれ?テクトがいないなぁ……イーゼルとか出てるから、真夜中の暇潰しは絵を描いてたんだろうけど……てーくとー。ダァヴ姉さんが遊びに来てくれたよー。


<俺も同じのが欲しい!と駄々をこねて……少し仕事が滞ってますの>

「うん……うん。同じのが、ね……うん?」


ん?今なんて?


<ルイが寝ているベッドが欲しいと子どものように駄々をこねて、少々困ってますわ>


ううん?仕事が、とどこおってる?え?神様の仕事って魂を浄化して、転生の流れに乗せる……えっと、サボっちゃいけない大切なお仕事なんじゃ……

ダァヴ姉さんをもう一度、しっかり見た。彼女は疲れたように肩を落とす。


<申し訳ありませんけれど、このベッド。前世の国のものですわよね?一式くださいまし>

「あー、んー……ダァヴ姉さん、おつかれさまです」

<お気遣いありがとうございますわ。そうそう。テクトは神様に文句を言いに戻りましたので、今ここにはおりませんの>

「あーーーー……」


えーっと。とりあえず、そうだなぁ。ベッド云々は置いといて。


「朝ご飯、食べません?」










テクトは朝ご飯を準備しているうちに帰ってきた。よかった!ご飯出来ても帰ってこなかったらダァヴ姉さんに呼びに戻ってもらうところだったよ。テクトと神様の修羅場に戻らせるとか、さらなる心労がかかりそう。

リビングのイスに座るテクトは不機嫌そうにテーブルを睨み付けた。


<まったくもう。ベッドは高い買い物なんだ。今回家ごと買えたのだって、ルイがめげずにダンジョン探索を続けたからこそ手に入れたお金があったからなのに。苦労して!手に入れた!お金で!トラウマに耐えて買った家のうちの、大切な1つのスペースなのに!欲しい欲しいって簡単に言ってくれるよ。大体あの場所のどこにベッド置くんだ。置けないでしょ。ていうか寝ないでしょ。貰っても意味ないでしょ。何考えてるのあの人>


いや、これはテーブルごしにどこかにいる神様睨んでるわ。テクト久々のおかんむりだわ。

所謂お誕生日席の位置に座ってるダァヴ姉さんが、感慨深げに微笑んだ。イスだと高さが足りないから、テーブルの上に小さい座布団敷いて座ってもらってる。うん、お上品。


<しばらく見ないうちに、随分と人に添った考え方が出来るようになりましたわね>


しみじみ言うダァヴ姉さんに、テクトは険しかった顔をきょとんとさせた。


<そう?あんまりわからないけど>

<ふふふ……私にはあなたの努力が感じられて、嬉しく思いますわ>

<そ、そんなこと言われたって……まあ、悪くはないけど>


おお。ダァヴ姉さんに褒められてテクトが照れてる。さっきまで怒ってたのに。

あ、そうだ!


「ダァヴ姉さん、聞いて聞いて!テクトったらすごく紳士的になったし、料理作るのも進んで手伝ってくれるんですよ!」


私がうっかり寝した時は寝袋にちゃんと入れてくれるし、暗闇の中だと優しく手を引いてくれるし、料理知識もしっかり学んでくれて、包丁の扱いだって上手だし……そう。自慢!自慢がしたいと思ってたんだ!テクトすごいんだよ!!


<食事をしながらでも、ゆっくり聞きますわ。そろそろ食べ始めませんと、お料理が冷めてしまいますわよ>

「あ……」


テーブルの上に並べた、湯気の出る朝ご飯。

トーストした食パンと、牛乳とチーズを入れたとろとろスクランブルエッグ。こんがり焼き色をつけた厚切りのハムと、千切ったキャベツとミックスベジタブルのミネストローネ。うん、結構作ったね。

早起きできたからっていうのもあるけど、折角ダァヴ姉さんが来てくれたんだからって、ちょっと朝から張り切りすぎたかな?えへへ。


<ルイが私のためにも用意してくださったのですから、美味しいうちにいただきたいわ。よろしいかしら?>

「うん!」


んじゃ、手を合わせて、いただきまーす!!

まずはスープ。トマトの酸味と甘味がミックスベジタブルに染み込んで、とっても美味しい。空いたお腹にじんわり染み込んで、ほっこり温まりますなぁ。

あ、ダァヴ姉さんにも私達と同じワンプレートとスープカップで盛り付けたけど、大丈夫?食べづらくない?量は多すぎない?

ダァヴ姉さんを見ると、皿がカツカツ鳴らないように、優雅な動作と器用なクチバシで、はぐはぐ食べてる。野生の鳩ならそこらへんに食べカス飛ばすのに、ダァヴ姉さんはすべての動作が洗練されてる感じだ。まったくもって綺麗です。

姿形が鳩でも聖獣だもんね、さすがお姉さま。


「お口に合いますか?」

<ええ。とても美味しいですわ。こんなに美味しい人のお料理を食べたのは、久しぶりです。きっと、ぺろりと平らげてしまいますわ。ルイはお料理が上手ですのね>

「食べるのが好きなので、ある程度は作れるように……気に入ってもらえてよかったぁ」


思わずによによしてたら、お向かいの席でテクトが固まってるのが見えた。あれ?どうしたの?


「テクト食べないの?」

<あれだけ人前で褒めまくっておいてその発言はひどい>

「へ?」

<もう!僕の話はいいから、ベッドの話しよう!ていうか食べる!いただきます!>

<ふふふ……照れ屋さん>


フォークをぶっすりハムに突き刺して、大きな口に突っ込んだテクト。どしたの?いいの?ベッドの話するの?まあいっか。自慢の方は。後でじっくりダァヴ姉さんに話そう。

スクランブルエッグをよく噛んでから飲み込んで、うーんと首を傾げる。


「私としては、ベッドくらいあげる……えっと、けんじょー?してもいいと思うけどね」

<ええー!いいの?ベッド一式、安くないよ?>

「うん。私が貰ったものに比べたら……いや、比べるまでもないし、むしろ差し上げたい」


聖樹さんのいる箱庭、保護者としてテクト。これ以上ないくらい素敵なものを、私は貰いすぎてると思ってた。やっとお礼を返せる機会がきたんだなってホッとしてるくらいだよ。

朝ご飯食べて片付けたら、早速準備しようか。


「テクトが怒ってくれたのは嬉しいよ。たしかに、私達のお金だからね。簡単に言われたらむっとするよね。でも、これは恩返しだからさ。だめ?」

<むー……ルイがいいなら、僕は構わないけど>


いや、めっちゃ構います、って顔してるよね?納得してないね?


<ベッドをお預け式にしましょう。サボタージュした分、私のポケットに入れておきますわ。何時間でも>

<ならよし>


神様……聖獣達の親、ですよね?ん?これ手綱握られてるね?ダァヴ姉さんもテクトもつよい。

まあ、いいか。きっとこれが彼らなりのスキンシップ、なんだろう。うん。テクトの許可は出たみたいだし、私はプレゼントするベッドの事を考えよう。

そうだなぁ。男の人の声だったし、神様はたぶん成人男性くらいと見ていいかな。大きめのサイズがいいよね。カバーは何にしようかな……ん?そういえば。


「カタログブックって、2000年前からあるよね?」

<ナビがそう言ってたね>

「今まで何人も日本から、勇者来てたんだよね?」

<そうですわね……そのカタログブックを使っている者は、何度か見ましたわ。運よく巡り会えていたようですわね>

「……きっと、その中でも何人か、私と同じようなベッドにしている人、いたと思うんですけど……」


厚みのあるベッドマット、羽毛の掛け布団、低反発枕。ちょっと高値だけど、勇者ならお金持ちになりそうだし。普通に揃えるセットだと思うんだ。

何で今になって欲しいなんて言い出すの?ダァヴ姉さんの様子からして、初めて、だよね?


<ええ、今まではこのような事はありませんでしたわ。勇者が喚ばれる場合、たくさんの命が失われる現状があると同義。輪廻の輪の管理のため、神として下界を眺める時間は減りますもの>


あー……戦争、天災、モンスターの脅威。たくさんの命が危ぶまれる時、人々の切なる願い、最後の希望として喚ばれるのが勇者だから……そっか。その時にはすでに神様の仕事はてんやわんやしてるんだ。お疲れさまです。


<ただ、今回のルイの件は特異なので……仕事の合間に見ておられますの。結構な頻度で>

「けっこーな、ひんど」

<美味そうに食べるじゃんいいなー、食ってみたいなー、とはよく呟いておりますわ>


神様仕事しよ?大変なのはわかるけど仕事しよ?私大丈夫だから。ちゃんとまっとうに生活してるから。そんなちょくちょく見なくてもいいから。

ご飯とお菓子もプラスで献上するね。


<たまたま、今回あなたが心地良さそうに寝ている姿を見て、興味を持ったようですわ>

「たまたま……たまたまって、え。タイミング悪かったら、おふろ、とかも?」


着替えも?トイレも?見ちゃうの?


<乙女の秘密を覗こうとした時は本気で突つきましたわ。安心なさって>

「ありがとうダァヴ姉さん!さすが乙女の味方!!これからもお願いします!!」


そういえば手鏡も!このお礼もしたかったの!!ダァヴ姉さんにも、色々恩返ししたかったんだ!何か欲しいのあったら教えてくださいね!!


<……もう一回殴り込みに行こうかな>

<お行儀が悪くてよ。食事を済ませてからにしなさい>

「あ、止めないんだ」


神様、どんまい!

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