40.幼女、家にはしゃぐ
次の日、早速冷蔵庫に一晩保存しておいた、卵液に浸した食パンをじっくり焼いてフレンチトーストを楽しんだ。あまぁい卵液がたっぷり染み込んだ4枚切りの生地が、弱火でとろとろ食感に大変身だ。メープルシロップとバターをかけるのもいいけど、私は粉砂糖を振りかけて素朴な甘さを味わうのも好き!
<うわあああ……とろとろ、口の中でとろける……!>
テクトも大変満足そうな顔で尻尾をパタパタさせているので、冷蔵庫買って正解だったなあとしみじみ思った。
箱庭は温暖な気候を保ってくれるけど、だからって調理過程の食材を外にそのまま置いておく無謀さは私にはない。腐ったらもったいないしね。食材に味を染み込ませるなら冷蔵庫保存が一番だ。冷凍室もあるし、今度アイスクリームを作ってもいいよねぇ。作られたものを買うのもいいけど、手作りもまた美味しいから是非テクトに食べてもらいたい。
さぁて、しっかり朝ご飯も食べたことだし。家の問題を考えていきますか。なんて言って、やる事は決めてたけどね。
私はカタログブックを手に取った。
「もう一度、カタログブックを見てみよう」
<ルイ、それは……大丈夫なんだね?>
肩に駆け上ったテクトは、気遣う様子で私の頬に触れる。柔らかい短毛と小さな手がすりすりと撫でてきて気持ちがいい。大丈夫だよ、もう落ち着いてるから。テクトがぶっすり柱立てたの見て、ぐっすり寝て起きたら、なんかすっきりしたんだよ。だいじょーぶ。
むやみやたらに検索しようとしてるんじゃないよ。ナビにまず聞いてみようって思ったんだ。だから聖樹さんもザワザワ揺れなくていいからね!!へーきだからね!!
芝生に座り込んで、カタログブックからナビを呼び出す。いつも通りのクールな声だ。
「ナビ。カタログブックって、けんさくする時、見たくないものを除外するとかできない?」
答えはさらっと返ってきた。
―――可能です。いくつか条件をつけ絞り込み、検索する事ができます。マスターの場合、「肉、牛肉と豚肉を除く」などの条件検索が可能です。この場合、検索されるのは鶏肉、加工肉のみです。
条件検索できるの!?すごいじゃん!!レシピ検索サイトみたい!!てことは、日本産除く、にすれば私のトラウマ直撃しないって事か!カタログブックすごい!!
っていうかナビにも牛と豚に苦手意識あるってバレてる!!今までの検索結果から集計かなんかとったの!?それとも私が思いっきりカタログブック閉じたから!?その節はごめんねナビそれにしても優秀だね!!学習能力高すぎぃ!!
でも、これなら!
「カタログブックは世界産の商品なら全部買えるから、たぶん家も買えるよ!昨日だって建ってるやつが売ってたし、家がそのまま売ってると思う!」
目を輝かせてテクトを見ると、ほんのり口元を緩ませてよかったねぇ、と呟いた。
<ついでに水平にしてくれるとさらに助かるけど、そのあたりどうなの?いつもみたく、ダンボールに入って届いても困るけど>
確かに。家がダンボールに入るかどうかは想像できないけど、そういえば冷蔵庫もダンボールに入ってたもんね。とりあえず聞いてみよう!
「ナビ、もし家を買ったらどうやって、どこに転送してくれるの?」
―――巨大な商品の購入に関しては、マスターが望む任意の場所へ直接転送します。その際、家屋の場合は地形に合わせた微調整も行います。
「びちょーせい……私が住みやすいように、傾かないように設置してくれるって事?」
―――その通りです。
わあお。勇者の遺産半端ない。
ただただ、過去の勇者さんに感謝をするばっかりだよ。こんなステキな魔導具作ってくれてありがとう!充実した多機能もそうだけど、ナビに相談しただけで悩んでた事が全部解決しちゃったのが本当に嬉しい。
テクトと聖樹さん、ナビ。私は頼もしい仲間に恵まれたなぁ。
「じゃあ、早速……んんっ。ナビ、日本産を除く、家を出して」
なんとなく緊張して、咳払い。ナビに検索をしてもらうと、紙がぺらりとめくれた。頬に寄り添うテクトが、ふっと笑った気配がする。ん?
<大丈夫みたいだね>
画面に出てきたのは、洋風の古民家みたいな、日本じゃちょっと見ない建物ばかり。
その全部に、世界産の文字が付いてる。これなら、大丈夫だ。
「……うん。さすがナビ」
―――ありがとうございます。
クールな声で返事がきたから、思わず笑ってしまった。
「んー……もうちょっと右かな?ナビ、私の1歩分、右に寄ってくれる?」
―――かしこまりました。
テクトと一緒にああでもない、こうでもないと悩んで決めた家が、眼前でふわふわと浮かんでる。
購入してすぐ転送されてきたと思ったら、淡い光の中に浮かぶ木造建築を見上げて顎が閉まらなくなった。<ぼーっとしてる場合じゃないよ>とテクトにほっぺペチペチされるわ、ナビに任意の場所へ移動する事ができますが、現在の場所でよろしいですか?って聞かれて慌てて否定するわ、まあひと悶着あったけど。その一瞬でテクトが地面に深く突き刺してた柱を、<邪魔だよね>ってぽんぽん抜いてたのは、さすがの一言でした。聖獣ぱねぇっす。
カタログブック片手にナビへ指示を出すたびちょこちょこ空中で動くのが大変面白い。私がサイコキネシスでも使ってるかのような疑似体験に興奮しないわけがなかった。あ、ナビ、そこ時計回りにゆっくりと……よしよし、そこでストップ!これで個室の窓が聖樹さん側に向いたね。
うーん。これでいいかな?ナビに地面から数センチ開けた状態で止めてもらって、首を傾げる。幼女の体じゃ、どんなに伸びても見上げるだけで精一杯だ。
<遠くから確認してみたら?>
「それもそうだね!ナビ、このじょーたいを、私がはなれてても、保っててくれる?」
―――マスターの許可が下りるまでの現状維持は可能です。
いいんだ……すごい、優秀!お願いするね!
テクトと一緒に遠く、出入り口付近に走る。振り返ってみると、真っ白な平屋が聖樹さんのお膝元に見えた。大体真正面が玄関。うん、いいかな。
「テクト的にはどう?」
<いいと思う。聖樹の枝が寝室にかかってるから>
あ、はい。個室の事ですね、わかります。
もう一度、浮いている家の外側をぐるりと回って、深く頷く。ちゃんと遠くから確認してよかった。ここにしよう。
「ナビ、ここでいいよ。下ろしてくれる?」
―――かしこまりました。ただいまから微調整を行います。家屋への接近はご遠慮ください。
はーい!テクトと一緒に十分距離を取ると、始めます、とナビが言った。
淡い光をまといながらゆっくり降下していた家の足元、土台部分に強く光が集まる。がっがっ、ごつごつ、と石同士が当たるような音がし始めたのでよくよく見てみると、赤いレンガが独りでに組みあがっていってるところだった。わあお、ファンタジー。
数分と経たず、光は収まった。あれ、終わり?
―――施工が完了しました。
<終わったみたいだね>
「うん」
すごい。こんな簡単に、家が出来ちゃうなんて。
小高い丘部分で水平にしたから地面と家の間に出来た隙間も、レンガブロックでがっちり固められてる。壁は白い木材で上から重ねられて、隙間風も通らなそう。寝室に決めた個室から伸びるテラスは壁と同じ木材で出来てて、直接聖樹さんの根元に降りられるように階段付き。屋根は赤。緑や空の中に映える赤。
一見、アメリカの木造フラットハウスだ。
「家だよ、テクト……あれだけ悩んでたのが、うそみたい」
<そうだね。雨が降る前に解決してよかったよ>
本当にね。空を見上げると、真っ白な雲が泳いでいった。まだ降りそうにないけど、不安が取り除けてほっと胸を撫で下ろす。
角材を買った時に4万減ったなー魔導具冷蔵庫で100万使ったなーこの調子で大丈夫なのかなーって思ってたけど、私達が選んだ平屋の白い家は80万ダルと破格の値段だった。この家安くて目が飛び出そう!!って思ったら慌てたテクトに両目を押さえられたよね。比喩、比喩だから実際出てこないよテクト。可愛いのでもう少しお願いします、って言ったらすぐさま離れてったけど。
箱庭改造費に割り当てたのは300万。すべてを揃えるのにこれだけしか使わない!っていうつもりじゃないけど、一応の基準だ。お金があるからって湯水のように使ったら後々困る事になるからね。残りのお金で、家の中の設備をどれだけ買えるかだなぁ。
建物だけで中身なし、素材だけの値段を請求するカタログブックだから80万なんて値段で済んだんだよね。昨日の木材は純国産だったから高かったんだと思う。家の柱として使うつもりで良い奴買ったから、間違いない。世界産の家はお安くて驚きだよ冷蔵庫より安いよ大きな魔導具だから3桁でも納得だけども……木材自体が安いのかな?それに、普通に建てるとしたら人件費とか、素材の運搬費とか諸費が色々付くはずだからもっと高いはずだけど、転送も私の魔力で済んでるし。どれくらいの魔力を消費したかわからないけど、ちょっと体がだるくなったかな?ってくらいしか感じなかった。リビングが広い1LK(バストイレスペース有り)の家なのに。結構大きいよ?大人2人は暮らせる家だよ?私案外魔力多いのかな?それともカタログブックの魔力吸い取りが、ナビが言うほど多くないのか……ステータスわからないからなぁ。まあいいか。私がこれだけ大きい荷物を転送できるだけの魔力があるってわかったんだし、今後の買い物に役立てよう。
それよりも、家だ!家だよ!!
「テクト入ろう!」
<うん!>
玄関前のアプローチを駆けて、背を伸ばしてドアノブを捻る。ここは大人仕様でしょうがないけど、どうせいつか大きくなるし。幼女の身長だからしょうがない。
ドアを開くと、ふわっと木材の香り。いい匂いー!
玄関から入ってすぐにリビングらしい広々空間。靴を脱ぐスペースがないところが、外国らしさをひしひし感じるねぇ。奥側に2つの扉があって、左が個室、右がお風呂とかトイレ用のスペースだ。個室からは屋根付きのテラスに下りて、目の前に聖樹さんと山を臨める。テラスはリビングの扉に繋がってて、リビングからも出れるようになってる。各所にはめられた窓ガラスは透明だったし、これなら室内からでも聖樹さんが見れるね!
水周り用らしい、タイル張りのスペースはガランとしてた。生活用水とかの配管らしい所はなかった。たぶん、お風呂買った時に一緒に排水パイプがつくか、魔導具で解決するんだと思う。どっちも駄目だったらまたナビに頼むことになりそうだね!配管までいじれたらカタログブック建築士にもなれるね!!通販の範疇超えてるね!!もう深く考えない、全力でお世話になりまーす!!
「よし、今日は家のかいそー、しよう!過ごしやすい家を作ります!」
<ほう。僕は人の家に何が必要かあまりわからないけど、1つだけわかってる事があるよ>
「なに?」
<ルイは必ずキッチンから作る>
「バレてた」
ルイらしいけどね、と微笑まれたらむずがゆい気持ちで頬を掻いた。でもキッチン大事じゃない。食べるの大事。
とりあえず、外に置きっぱなしになってる魔導具冷蔵庫の場所から決めようと外に出て、ふと家の傍に放られてる木材を発見した。半分土が付いてるそれは、さっきまで地面に埋まってた元、柱だ。
高かったんだよねぇ、これ。1本1万。このままにしておくのはもったいないけど、使う機会はなさそうだしなぁ。でもまあ。
「いつか使うかもしれないし、せんじょー魔法かけて、アイテム袋に入れとこう」
<そうだね>
土汚れならすぐに落とせるようになったよ。洗浄して、アイテム袋に入れてから足元を見て首を傾げた。
「あれ?テクト、ここに穴なかったっけ?」
テクトが柱を引っこ抜いた時に出来た穴……もしかして、家の下になってる所だったっけ?
<いいや、柱を置いた近くだったと思うけど……>
「……普通に芝生だね?」
<まごうことなく芝生だね>
テクトと私でふみふみと、念入りに穴があった場所辺りを踏みしめる。沈むような感覚はまったくない。
「……どうなってるの?」
<神様仕様というしかない、かなぁ>
片栗粉を含んだ水も消えるし、深く開いた穴も芝生になるし、箱庭ってわからない事がまだまだあるみたい?
2人揃って首を深く傾げた。
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