39.デッサンマスコットと日本人の心



「さすがテクト」

<まあね>


四角く綺麗に切られた木材が、真っ直ぐ天に向かって伸びてるのを見上げた。青い空に白い木がとても映えてる!

屋根まで丸々1本でやった方が構造的にいいのかな、って大まかに考えて購入してみた長い角材は、テクトによってものの見事に地面に突き刺さった。一発ですよ、一発。よいしょっの掛け声で突き刺さったよ。びっくりしたよね。

それが4本、一定間隔を開けて四角い範囲で目の前に立ってるわけですが。うーん。


「ここからどうしよ」

<んー。さあ?>


私とテクト、2人揃って呆然と柱達を見上げてる。勢いで建ててみよー!って思って、実際柱をぶっ刺してみたはいいものの、これからどうしたらいいんだろう?床ってどうやって張るの?柱にくっつくわけじゃないから、何か床を支える部分が必要なんだよね?うーん?


「ふと思ったんだけど。けんちくって、木材を地面に突きさすものなの?」

<さあ?作ってるところを見た事がないからわからない>

「私も」


首を振るテクトに頷いた。私も作ってるところを見たことないよ。実家だって私が生まれる前にバリアフリー系のお洒落ハウスに建て替えたし。

あれ、これ建築のいろはを知らないまま建てていいものかな?治外法権っていうか神様仕様の空間だから誰にも訴えられはしないだろうけど、どう考えてもど素人が手を出していい部類じゃないよね建築って。ちゃんと水平に作れるかもわからないし……斜めの家とかただのアトラクションだよ。


<ふぅむ、困ったね>

「さっきまではやってみれば建てられるもんだと思ってたけど……楽観的すぎたなぁ」

<ちょっと考えを改めないといけないね。無計画すぎた>

「うん……よし!!」


空を見上げると、白い雲が浮いている。暗い色の雲は1つも見当たらない。きっと、雨は当分降らない。たぶんね。降ったら降った、その時は諦めて何か台を買ってその上にテントを張ればいい。

いつまでも暗い気分は駄目だ!今日はもう止めよう!!違う事しよう!!家の事は、また明日考える!!気分切り替えてこ!!


「というわけで、ぜーたくの続きをします!!」

<いいの?>

「いーの!気分てんかん、大事!!」

<ま、ルイがいいなら僕は構わないよ>


ぐいっと頬に顔を擦り付けてくるテクトを撫でる。ふわっふわ。


「他に必要なやつ、買おうと思って。ご飯ばっかで忘れてたけど、私達サイズのテーブルとイス買わないとだったよね。これ忘れちゃいけなかった」

<そうだね。他には?>

「テクトにプレゼントしたいのが、いっぱいあるんですよ」


と言うとテクトは目を見開いて、首を振った。


<別にいいよ。僕、ノートやスクイーズだけで十分楽しんでるよ>


うんうん、遠慮されると思ってたよ。でもそうは問屋が卸しません!


「それじゃあ私の気が済まないんだよねー!私ばっかりぜーたくしたって意味がないんだよテクト」


というわけで、問答無用で買っていこう!!なんたって、購入権は私にある!!


「ナビー!ちょっと買いたいのがあるんだけどねー!!」

<ああああああいらないのにぃいいいい!>


全力拒否ってるテクトに顔面張り付かれてもめげずに買い物した数分後。


<何これすごい見やすい描きやすい……!>


大きなスケッチブックを三脚イーゼルに立て掛けて、昇降自由なモチーフ用テーブルに置かれたりんごを見て、テクトは目をキラキラさせた。届いた後に組み立ててテクトをイスに座らせたら、拒否してた態度が一変したのは面白かったねぇ。私の口元もにやりと歪みますよ。

あれば便利だろうとイーゼルの傍に添えた小さなテーブルに乗ってるのはいつものペンと鉛筆セット、消しゴム、色鉛筆150色。手を伸ばせばすぐ取れる位置だ。細長いイスに垂れる尻尾は上機嫌にフリフリ振られてる。

ぱっと見、デッサン教室にいる可愛いマスコットキャラだ。テクト似合いすぎない?今度ベレー帽かぶる?あと水彩絵の具セットとかもいいと思う。そしたらエプロンも必要だから……うん、似合う。絶対似合う。買お。

って思ってたら、テクトが鉛筆放り投げて私に駆け寄ってきた。何々?どうした?


<いいよもう!これ以上はいらないよ>

「そう?でも水彩画もきっと楽しいと思うよ。テクトハマると思う」

<ううう……そうかもしれないけど!でも僕、貰いすぎてない?>

「え?そんな事ないよ。むしろ私が色々もらってるから」


そう、癒しをね!


<ええー……>


自信満々で胸を張ったら、半眼で微妙な顔をされた。いやいや、そんな顔されても私の本音だからね。半分。

あと半分は、テクトには私の我がままを聞いてもらってたから、私なりの感謝の気持ちでもあるんだよね。スクイーズに始まりデザートにデッサンセット。テクトが喜んでくれれば私は嬉しいんだよ。


<僕もうたくさん貰ってるよ。ルイが思っているより、ずっとね>

「そうかなぁ」


いつも迷惑かけてる事しか思い出せないんだけど……ご飯作りだって手伝わせてるし。


<その調理だって楽しんでるんだ。新しい知識や技術が身につくと、こんなにも楽しいんだね>


うん。その気持ちはわかる。私も出来ることが増えていくたび、楽しかった。わくわくして、次は何を作ろうかなってレシピ本を見てたよ。


<それと同じ……今日の夕飯も楽しみにしてるよ?>

「……そう言われたら、腕によりをかけるよって答えるしかないよね」

<それでいい>


じゃあとりあえず、土鍋の様子を見ようか。

今日は米にするって決めてたから、土鍋を朝から準備してたんだよね。ひび割れ防止の目止めをしてたんだ。洗浄魔法かけた土鍋に片栗粉を溶いたたっぷりの水を入れて、弱火にかけておいたのがこれです。

調理用スプーンで固まった片栗粉を掬い上げると、どろどろと落ちていくのをテクトが面白そうに突いた。あ、それベタッてくっつくよ。


<わあ、どろどろ。片栗粉ってすごいね、ただの粉と水だったのに>

「デンプンが熱に反応して、こんな風になるんだよ。どなべを買ったら、まず先にこれをしなくちゃいけないんだ」

<へえ>


土鍋を長く丈夫に使うためのひと手間なんだよね。お粥でもいいんだけど、何かもったいなくて。どうせこの後米を炊けば効果が強まるし問題なし。

土鍋がしっかり冷めたのを確認して、中身を捨てて洗浄魔法をかける。多少濡れてるから、ひっくり返して乾燥させておこう。

後は米の準備だけだね。まだ炊くには早すぎるから、その前におやつ食べようか。


「今日はティラミスだー!!」

<また新しいデザートか!うわあすごく美味しそう……!!>

「テクト、テレパスだけでヨダレ出すって器用だよね」

<誰のせいだと……!>

「私のせいだね!!知ってる!!」

















どうせ贅沢するなら素材からって事で特A評価を受けた米を買ってみた。

5キロで3000ダルか……普段なら半分の値段な米を選んでたから、はっきり言って未知の領域!銘柄と味の評価だけ見て、夢と涎を膨らませていたあの頃を思い出すなぁ。

そして今、水をたっぷり吸った米は準備を終えた土鍋の中にある。


<ねえルイ、まだ?>

「まーだー」


火がついてる魔導具コンロの傍でうろうろしてるテクトに、思わず微笑む。

まだまだ、蓋は開けないよー。ご飯を土鍋で炊く時は、どんなに気が揉んでも蓋は取っちゃいけません。


<でももう10分も火をかけてるんだよ。米焦げちゃわない?>

「そんなテクトにお知らせがあります」

<なに?>

「今からさらに15分、弱火にかけるんだよねこれが」

<なんだって>


10分ちょっと経ってるのを時計で確認して、ツマミを少し回す。沸騰してる頃合いだからね。弱火になってるのをテクトと一緒に目視した。

テクトはまだ半信半疑だ。私と土鍋を交互に見てる。


<ねえ、これ本当に焦げないんだよね?>

「焦げないよー。どなべは、フライパンやなべとちがって、じっくり熱が伝わるから早々焦げ付かないよ」

<水あれくらいしか入れてないのに?さっきの目止めとかいうのをやった時は、鍋のふちぎりぎりまで入れてたのに>

「さっきのは、どなべを長持ちさせるための作業だから。内側全部がひたらないと、意味がないの」

<同じくらいの時間を煮るスープだと、水分の多い野菜入れたり、もっと水入れるじゃない>

「あれで大丈夫なのが、どなべの優秀なところだねぇ」

<……ふーん。じゃあ、待つけど>


私の記憶見てるんだよね?土鍋で炊いた事あるから、今それ思い出してるよ。それでもやっぱり不安になるかー。スープを引き合いに出したあたり、テクトに調理知識と経験がついてきてる証拠だよね。ふふふ、食育が進んでますなぁ。

何度か土鍋をチラチラ見てるけど、テクトは私の作業を手伝う事にしたみたい。今はゴボウをささがきにするため土汚れをとって、十字に切り込みを入れたところだよ。テクトやってみる?


<ささがき?>

「ゴボウを薄くスライスするんだよ。危ないから、ピーラーでやろうと思って」


切り込み入れることさえ、私には難題だったからね……手が震えるわゴボウが安定しないわ。手の大きさと力が足りない!

ゴボウの下に菜箸を1本敷いて、左手でしっかり掴む。右手のピーラーを1回引いたら回して、引いたら回してを繰り返すと、薄く切られたゴボウのできあがり。

テクトの目が興味に煌めいたのを見て、さっと場所をどいた。テクトが左手にゴボウ、右手にピーラーを装備する。

しゃっしゃっしゃっ。


<おおー!面白い!この切り込みのお陰で細く薄く切れるんだね!>

「そうそう。で、切れたやつはすぐに水を張ったボウルに入れてね」

<ゴボウが変色しちゃうからだね>

「その通り。テクトも覚えてきたね」

<まあ毎日やってるから>


そっけない言い方だけど、尻尾はふりふりしてるんですよねぇ。可愛すぎか。

しかしテクトがやると早いわー。あっという間にささがき出来ちゃった。さらしてる水は1回入れ換えて、また水に浸す。次は玉ねぎと白滝かな。

玉ねぎの薄切りをテクトに任せて、私は白滝をフライパンで炒める。ごま油の香ばしい匂いがしてくると、テクトが薄切りを終わらせたので玉ねぎと、水を切ったごぼうを入れる。

調味料バスケットを取り出して、酒を取った。最初に料理酒を大量に入れて、アルコールを飛ばすのがうち流なんだよね。そこから白だし、砂糖、みりん、醤油、水を入れて少し煮てから、カットされてる鶏もも肉を落としていった。後は蓋して火が通るのを待つ。ふう。ちょっと片付けよっか。

まな板と包丁を洗浄かけてアイテム袋へ。調味料バスケットから取り出した醤油を見て、にんにくまだ沈まないなー、と呟いてからハッとした。

そうだよ、バスケットごとアイテム袋に入れてたらにんにく醤油漬け出来ないよ。だって入れてる間は時間止まるもの。どうあがいても漬かる時間がないよ。

しまったー!どや顔で楽しみにしててとか言ったけどダメじゃんこれ!!これじゃ美味しい調味料できない!!

アイテム袋が便利すぎて気付かなかったけど、そういえば冷蔵系を一定期間保存するものがない!!イコール料理のレパートリーが減る!!

よし、テクト!今からさらに買い物しよう!!


<何を買うの?>

「まどーぐ!」


魔導具コンロと一緒に、いいなーって思ってたやつ!魔導具コンロが増えたの嬉しくて忘れてたけど、今こそ買う時!

これは箱庭改造費に含む!!1個で100万いくから!!


<うわ、大きいねぇ>

「食品を、れいぞー保存ができるやつだからね。食べ物を冷たく保ってくれるんだよ」

<ほう>


どんっとでかいダンボールで届いたのは、魔導具冷蔵庫。ダンボールを開いたら、どう見ても冷蔵庫な長細い箱が。ありがとうございます先に勇者として転生した皆様、本当感謝しきれない。きっと日本人の知識がふんだんに使われてるんだろうなぁこれ。

テクトは不思議そうな顔で取っ手を引っ張ったり閉じたりしてるけど。あ、冷たい空気を感じる。もう冷たいんだ……魔導具だからかな?魔力吸ったらすぐに動くよ!って事かな。

中は……上の冷蔵室、真ん中の冷凍庫、下の野菜室。やばい。本当に冷蔵庫だ。製氷室もついてる!どういう構造なのかわからないけど、魔導構成考えた人は天才だ。天才。

さっそくストックバックに入れたにんにくと醤油を冷蔵室に置いた。いつか、いつかこれが美味しい調味料になるんだ。今度こそ!!

冷蔵庫があれば、漬け置き調理するのが安心してできるなあ。何作ろうかなぁ。


<ルイ、夕飯作ってる途中だよ>


っと、そうだったね!ぼけっとしてられない!!

ご飯はちょうど15分経ってた。ぴったり。蓋を開けて表面に水気がないのを確認して、中火に戻して10秒加熱。火を消したら、新しいテーブルに置いた鍋敷きに移動する。ここからさらに10分蒸らすんだよね。テクトもうちょっと我慢してー!

フライパンの方は火を消しといてよかった。ご飯が出来たら、しっかり火を通して最後の仕上げをしようかな。

テクトがテーブルに身を預けて、じーっと土鍋を観察してる。可愛いねぇ。立てられるしゃもじと丼とスプーンとコップを準備して、そんなテクトをにやにや観察してたら10分はすぐ来た。

蓋を開けると、むわりと蒸気が舞い上がって、ご飯の甘い香りが鼻をくすぐる。ふああああん、幸せぇ。


<んんー。いい匂いだねぇ>

「でしょぉ……炊きたてご飯サイコー」


しゃもじで全体的に混ぜて、ご飯の完成。さあて、親子丼の仕上げをしますか!

フライパンに火をつけて、ぐつぐつ煮えたのを確認。味が足りなかったらめんつゆを足すんだけど、今日はこのままでいいね。肉に火が通ってるから、後は卵。


「テクト、今日はリベンジする?」

<ううん。また今度にする>


テクトの力加減は最初の頃よりずっとよくなったんだけど、卵を割るのは難しいらしい。前に試したら握りつぶしちゃったんだよね。それがあんまりにも気持ち悪かったらしい。ま、そのうち出来るようになればいいよ。

卵を複数割って、軽く混ぜる。箸に添えながらフライパンに流し込んで、少し固まってきたら火を止めて蓋をした。後は余熱でOK!

待ってる間にご飯をよそう。テクトはいっぱい、私は少なめ。そしてとろとろ半熟の具を乗せて、三つ葉を散らす。


「親子丼のかんせー!!」

<おおー!>


いただきますしてさっそく一口!とろとろだから落ちないように、そっと口に運ぶ。出来立てだから熱いけど、はふはふと空気を含めばあまじょっぱい香りがふんわり抜けてく。


「あああー……いい匂いぃい……おいしいぃい……」

<これは幸せ……幸せだ。食パンに勝るとも劣らない……>

「ついにテクトの食パン愛に匹敵した……!」


またご飯炊こう!!絶対!!





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