38.調味料バスケットと家



風を感じたり揺らして騒いだり、私は昼寝してテクトは食パンスクイーズに埋もれて、ハンモックでのんびりリフレッシュは大成功を収めた。ふふふ、やっぱりハンモック買って正解だったね!良いだらだらを過ごせたと思う!

その後のおやつでも大変盛り上がったけどね。約束のシュークリームにテクトはもちろんアップルパイを添えて、彼の尻尾は千切れんばかりだったことだけは言っておきます。

いや本当、美味しかったんだねぇ。満足そうにお腹ぽんぽんしてるのを見ると、選んだかいがありますな。しかしおやつ後の姿が私にそっくりだぁ……彼は半月で随分と私に毒されたと思う。悪い気はしないけど。

さて、十分休んだし、そろそろ夕食の準備を始めますか。今日は雲の影響でパスタが食べたいなーって思っちゃったから、パスタに決めた!どれにしようかな、スパゲッティ、フェットチーネ、ラヴィオリ、ペンネ……うん、エビも転生してから食べてなかったし、エビのトマトクリームスパゲッティにしようかな!ぷりぷりのエビと濃厚なトマトとクリームが、スパゲッティによーく絡んでベストマッチなんだよね、これが。うん、テクトの期待にきらめく視線が痛い!

あ、そうそう。調味料も整理したいと思ってたんだ。1.8リットルのでっかいペットボトル容器のままじゃ使いづらかったんだよ。オイルボトルに入れたりして、幼女の手でも使いやすくしたい!さあ買っていこう!

エビを剥くのは大変なので冷凍むきエビ、スパゲッティ、生クリーム、トマト缶、マッシュルーム、にんにく、それから大量のオイルボトルと、大きなバスケット、ずっと気になってた砂糖や塩を入れてても固まらないっていうポットを買ってみた。縦長の円柱形だから、バスケットにすっぽり入りそうだね。ふふふ、まさか試せる日が来るなんて思ってもみなかったなぁ。見た目も可愛いし、焼き物だから人に見られても問題ない!どっちかって言うとオイルボトルの方にツッコミ入れられそうだ。そこは謎の幼女専用店の店主の不思議な品揃えって事にしておこう。幼女は何も知りませーん。

まあ、普段からアイテム袋に入れてれば時間経過しないから、湿気とか気にしても意味がないかもしれないけど。そこは調理する人間の矜持的な……いや、そんな高尚なもんじゃないね、趣味かな。綺麗なキッチンはテンション上がるし、きっとそれと同じだ。いつかこの箱庭に、キッチンができたら……素敵だねぇ。夢がある!今はこの大きなバスケットが、私の夢の第一歩なんだね。

さて、エビの下処理を始めますか。凍った食材を見るのは初めてらしいテクトが、不思議そうにむきエビをコンコン叩いてる。うっかり叩き割らないでねー。


<このまま焼けばいいんじゃないの?>

「そうするとエビのくさみが残ったり、水分が出すぎてべちゃべちゃになっちゃうんだよ」

<ふうん>

「こういうひと手間は面倒だけど、美味しく食べるためだからやってみようね」

<うん>


まずはボウルに濃度1%の塩水を作る。今回は500ccの水だから、塩は5g。小さじ1だね。よく混ぜてから、浸かる程度にむきエビを入れていく。今の気温なら大体30分くらい放置すれば解凍できるから、それまで調味料の整理をしようかな。残ったエビは解けないうちに保冷バッグに移してアイテム袋へ。


<これ放っておいていいの?>

「むきエビって凍ってるでしょ?この氷を今、塩水の中でゆっくりとかしてるんだよ」

<べちゃべちゃしないように?>

「せいかーい」

<じゃあ、他にも何かするんだね>

「うん。ま、それは追々ね」


今は調味料を1つずつオイルボトルに移していく作業が待ってるんだよテクト。私1人だと絶対零すから、手伝ってもらわないとね!漏斗とオイルボトルを持って構えてみる。気分は戦隊もののレンジャーさんだ。私を真似てテクトがオイルボトル2つを構えてる。やだ可愛い、写真撮りたい。

……萌えてないで移しますか。


「あ、テクトは油性ペンもじゅんびして」

<ペン?>


ボールペンと一緒に渡したやつがあったと思うんだけど……そうそうそれ。ボトルに移した後使うから、近くに置いておいてね。

醤油、料理酒、みりん、めんつゆ、サラダ油……と、ごま油とオリーブオイルとお酢は小さめの入れ物だったからそのままでいいかな。1個移すごとに漏斗に洗浄魔法をかける。漏斗の細い部分も洗浄できるから、洗浄魔法は本当に便利だねぇ。

さぁて、全部移し終わったから大きなペットボトルとかはアイテム袋に片付けて、バスケットに入れていこうか。

四角いピクニックバスケットに大判の白い布巾を敷く。そこにオイルボトルや油、ポット類、顆粒出汁やコンソメ、胡椒やケチャップやマヨネーズ、ハーブとかを収めてみた。うん、何とか全部入ったね!

オイルボトルに入れてく作業は大変だったけど、これならバスケット1つ取り出せば調味料全部が揃ってすっごく楽!一つ一つ軽いから私も使いやすいし便利だ!

ポットはフタが色違いでわかりやすいし、オイルボトルは上から見ても何が入ってるかわかるように、テクトにそれぞれ調味料名を油性ペンで書いてもらったからわかりやすいね。これなら誰かに見られても問題ない!

別に私が日本語書いても召喚特典で翻訳されるけど、まあ、察してください。綺麗な字なんて今の私には……くうぅ!!

あ、そうそう。にんにくを買って、2欠片分の根を切り落として薄皮を剥く。そして半分に切って中の芽を取り除いた。これを醤油のボトルに入れておく。


<何してるの?>

「んー。私の家に伝わる、健康的なしょーゆの作り方。普段の料理からにんにくの成分をとって、風邪を引かないようにって。昔からこうしてるんだ」

<へえ。醤油がにんにく臭くならない?>

「入れすぎたら、くさくなるけどねー。これくらいなら多少感じるくらいで、平気だよ。料理に使っても、におわないし」


そしてこのにんにくが濃い醤油の色に染まった頃、1つの調味料として美味しくいただくんだよねぇ。ふふふ、これも楽しみにしてていいよテクト。

そろそろ30分経ったかな。むきエビを軽く揉んで水を捨てる前に、聖樹さんに箱庭で捨てていいか確認しよう。ちゃんとね。


「せいじゅさん、この水、捨てて大丈夫?」


エビの生臭さがありますけど。大丈夫?昨日は私が遅く帰ってきたのに怒ってただけで、こっちは怒ってないって言ってたけど、問題ないの?大地腐らない?

恐々伺ったら、優しく枝揺れたよね。これ許されてるよね、わかります。聖樹さんの気持ちを読み取ったテクト曰く、調理行程で出た水分は遠慮なく捨てていいみたい。マジか。

箱庭って聖樹さんが支えてる聖樹さんの領域だから、あんまりよくないかと思ってた。だってよくよく考えてみたら、自分の家の敷地内に隣人が勝手に生活水捨ててるのと同じことだよね。普通なら怒るよね?この前確認なしに麺茹でたお湯流しちゃったけど。聖樹さんから離れてればいいかなー、なんて安易に考えてたけども。その節は一言も確認取らず失礼しました。

ちゃんと了解もらったから、今度からは遠慮なくしていい、のかな?むきエビの水捨てるよ?この次、片栗粉含んだ水も捨てるよ?ホントに大丈夫?聖樹さんの枝がさっきと同じように優しく揺れる。じゃ、じゃあ捨てるねー!

むきエビの水を捨てて、背わたがないか確認する。丁寧に取り除かれてるのが多いけど、時々残ってるやつあるからね。念のため。

大丈夫だったので、早速調味料バスケットの出番ですよ。エビ特有の臭みを消すため、ポットから片栗粉を掬って料理酒が入ったボトルを取る。むきエビに両方振り掛け、軽く揉んでから水で洗った。躊躇いつつ、その水を足元に捨ててみる。

今まで申し訳ない気持ちで洗浄魔法かけたり、カタログブックに片付けてもらったりしてたから、素のまま捨てたのをまじまじと見たことなかったなぁ。芝生に流れ落ちた白い水をちょっと不安な気分で見ていたら、ただの水が染み込むようにささっと消えてしまった。足元には何もなかったかのように乾いた芝生がある。

えええー、マジかぁ。水捌けよすぎない?片栗粉成分はどこにいったの。普通芝生の上に残るよね?いや、こういう感じになるってわかってたから、聖樹さんもOK出したのかな。神様クオリティ箱庭パワーかな?半端ないっす……

テクトと一緒に不思議な気分で眺めた。箱庭は、私達の知らない事がまだまだあるんだねぇ。














次の日、テントやハンモックはいったん片付けて、箱庭の全貌を出入り口から眺めてみた。どこらへんに床を作ろっか。


<ハンモック片付けてよかったの?あそこに寝れば屋根だけ作れば良いんじゃない?>


そしたら水が入ってくるとか心配しなくていいのに。って言われたけど、うーん。でもねぇ。ハンモックにも一長一短がありまして。


「室内とか日中なら問題ないんだけど、ハンモックって風がよく通り抜けるでしょ?」

<うん、気持ちよかった>

「でもそれってつまり、夜は吹きさらしになっちゃうんだよ。さすがに寒くて風邪引いちゃう」

<なるほど、確かによくないね。床や屋根が必要なのがわかったよ>


テントは保温効果が抜群に高いから、寝袋との掛け合わせでほこほこ暖かく寝れるんだよね。夏ならハンモックでもいいかなって思えるけど、今そこまで暑くないし。ダンジョンと比べると暖かいってだけで、体感的には春や秋の晴れやかな日って感じ。温暖な気候を保ってくれる箱庭でも夜は寒いからねぇ。雪が降らないように設定してくれて、本当助かります。おかげさまで凍え死なずに済んでる。


「ねる場所を作るって考えれば……やっぱり景色のいいところがいいよね」

<聖樹の下も絶対条件ね。興奮したルイは大変だった>

「あはは……ご、ごめんって」


えーっと、聖樹さんの近くで、景色がいいとこ……聖樹さんの手前、ちょっと奥の方かな。山と聖樹さんが重なって見えるところ。あのあたり使ってなかったし、ちょうどいいかな。

実際にその場所に立って、聖樹さんの方を向く。うん、山が背後に見えていいねぇ。写真に収めたら、左側に聖樹さん、真ん中から山がどーんっと出てきて、右側が空って感じになりそう。風もふんわり通るし、いいね!うん、ここにしよう!

聖樹さんに建築していいか聞いてOK貰ってるし、早速やろうと思ったけど……

意気揚々とカタログブック出しても、どう検索するか戸惑ってしまった。うーん。木材から?建物そのもの?私の記憶に引っ掛かるかどうかの問題もあるよね。


<とりあえず建物調べてみたら?見たら買わなきゃいけないってわけでもないんだし>

「それもそっか。えーっと……ナビ、家、建物で何かない?」


カタログブックがぺらりとめくれる。

出てきたのは見覚えのある家……あ、これうちだ。隣のは、親戚の……あ、やばい。だめだこれ。


「……ごめん。ナビ、家は外して。建物、だけ」


―――かしこまりました。


ページがぺらりとめくれた。家はなくなって、次に出てきたのは大学だった。私が通ってた大学、高校、中学、小学……建物も、だめか。

私はカタログブックを閉じた。


<ルイ……ごめんね>

「……テクトのせいじゃないよ」


そりゃ、そうだよね。カタログブックは、私の記憶によく残ってるものを優先するんだから。まず真っ先に私の家が出てくるよね。建物とか広すぎる検索すれば、サイズの大小関係なく出てくるよね。通い慣れた場所学校だもの。よく覚えてるよ。

だから、この涙は自分の不注意が原因なんだよ。もう戻れない場所に、未練がましく帰りたいと少しでも思ってしまった私が悪いんだよ。

テクトは何も悪くない。

私が迂闊だった、それだけ。

テクトが耳を垂らして申し訳なさそうに眉を寄せてるけど、そんな気にしなくていいんだよ。


「だーいじょうぶだって!もう泣いてないでしょ?」

<……ん。そうだね>

「でも、建物は1000万ダル軽くこえちゃうみたいだし、木材から組み立てていく方向にしようか。いい木材が売ってるといいんだけどね」

<地面に突き刺すくらいなら僕出来るから、安心して大きい木を買うといいよ。聖樹以上のサイズだと、聖樹が拗ねると思うから止めた方がいいけどね>

「そんなでかい木を使うような家は作る気ないよ!?」


そんな壮大なやつじゃなくて。私とテクト、2人が快適に住める家を作りたい。

ホームシックにはなったけど、私は確かにそう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る