番外編.踏破組の帰還
世界最大級のダンジョン、巨大地下迷宮ヘルラース。
発見されて数百年、未だ最下層まで踏破した者がいない最難関のダンジョンだ。現在地下108階まである事が過去の冒険者の功績で判明しているが、それ以上はどこまで続いてるか誰も知らない。
ダンジョンが見つかった当初、この土地はただの平原だったらしい。それがダンジョンを攻略する冒険者が集まり、冒険者の為のギルドが立ち、商売になると商店や宿屋ができ、人が集まって家が建ち、流通が発展し、いつしかナヘルザーク内でも有数の都市となった。ダンジョンの恩恵を受けたこの街を、ラースフィッタと呼ぶようになったのは百数年前だったか。
地下へ進む出入り口で受付をしているヴィネは、広場の奥に整然と建っている街並みの歴史を思い出していた。この場所が何もない平原だった事を考えれば、1つの街が発展すると言う事は、とてつもない時間と金と人力を要する。今こうして安定した生活ができるのも、先人達の努力さまさまである。
「どうしたの、ヴィネ。ぼけっとして」
「ん……発見されて数百年経って街はこんなにも変わったのに、ダンジョンは全然変わらないなって思ってました」
心配した先輩に声をかけられたので、思ったまま返す。すると、先輩が背後を振り返る。
「そりゃーね、ここには怪物がいるから。皆尻込みしちゃって、ダンジョンの全容がわかるのなんて夢のまた夢よ」
「容赦ねーっすね先輩。冒険者に睨まれますよ」
「事実でしょ」
お前が潜ってみろやーって絶対怒られるっす。と恐々周囲を見回す同期と、あっけらかんとした先輩。そして自分。
3人が背後に据えているヘルラースの中は、様々なモンスターで溢れている。怪物と噂され、人々を恐れさせるモンスターもこの中にいるのだ。
巨大な地下迷宮の割に扉5つ分くらいしかない、低く横に広い出入り口。そこを覆うように設置された受付のテーブルと可動式の扉で、自由に出入りはできないようにされている。ダンジョンへ入るには、ギルドから派遣されたヴィネ達受付を通さないと入れないのだ。一般人が間違っても入り込まないように、という処置でもある。酔っ払いが潜り込んで襲われ逃走し、モンスターを街に連れ帰ったなどの危険があるため、受付は24時間常駐するようになった。
「私はダンジョン全容の意味で言ったんじゃないんですけど……」
「じゃあどういう意味よ」
「ただの平原に街が出来るほど年数が経ったのに、ダンジョンは姿形を変えずあるんだなって。そういう些細な意味です。一定の期間で中身が変異するダンジョンもあるじゃないですか。ヘルラースは不変ですよね」
「なぁーんだそういう事」
「なぁーんだ、じゃないっすよ。あー……冒険者誰もいなくてよかった……」
同期がテーブルの上に体を伸ばし、ダレる。誰もいなくてもしゃんとしろ、と先輩が無防備な後頭部をぴしりと叩いた。
受付の目の前はダンジョンへ潜る冒険者達の憩いの広場だ。円形の噴水を中心に広がるだだっ広い土地だが、受付待ちの冒険者を待たせるだけのスペースがあって大変重宝している。
現在は街灯が光るのみで、誰もいないが。冒険者がダンジョンへ潜るのは大体が朝早くか、昼明けだ。今は夜に近い夕暮れ。ダンジョンから出てくる者もいなくなる時刻だ。日帰りで探索を終えてくる冒険者は、もうすでにギルドへ今日の成果を渡して酒場や家へ行っている。
背後はモンスターのいない空間、その奥には地下へ進む階段がある。ずっと地下深くを探索している冒険者達は、この空間からダンジョン専用アイテムの宝玉を使って転移する。帰ってくる者も当然、そこへ転移してくるのだ
だから突然1つのパーティが帰ってきても彼女らは驚きはしなかった。見知った冒険者達だったのもあるが、彼らが宝玉を使ってダンジョン深部を出入りするだけの実力があると知っているからだ。
ただ、少し首を傾げる。この人達は確か……受付時に記入してもらう予定探索日数の用紙を探し出し、ヴィネはさらに深く首を傾げた。
「おかえりなさい、皆さん。1ヶ月潜る予定とありますが、まだ10日も経ってないですよ。如何なさいましたか」
「早めに報告した方がいい事態があったから、予定を切り上げてきたの」
にこやかに返してきたのはセラス。エルフの美女だ。
女でさえ見惚れる美貌を惜しげもなく空の下に晒す彼女は、親しみのある柔らかい態度と冷たい微笑を使い分ける。邪まな態度を向ける下劣な輩へは冷笑を向けた後、得意の木属性魔法で撃退してきた。今このラースフィッタに、彼女へ手を出そうとする馬鹿はいない。
ヴィネはもちろん、シアニスと3人で親しくお付き合いしてる。憧れを抱いている同期は何事かを呻きながらもう一度テーブルに突っ伏した。どうやら直視が出来ないらしい。目の保養と思って見りゃいいのに、と先輩が呟いてたが気にしない事にしよう。
「どのようなご報告か聞いても?」
「108階の怪物の正体が、わかったのよ」
「それは……!」
「あらま」
「ええ!?怪物見たんすか!?」
「見たよ」
慌てて体を起こした同期に、苦笑したオリバーが返す。しかし、そんな事はどうでもいい。あの怪物の、正体がわかった?何て事だ。
余裕を持って100階まで行けた人達だからもしかして、とは思っていた。今回の探索の結果も、勿論期待していたのに……実際に言われると、驚愕が全身を突き刺していくような衝撃を受けた。それだけ、108階の怪物はラースフィッタでは有名な話だ。
過去、108階層まで進んだ人達がいたのは約100年前。当時国内最強とうたわれたパーティだった。他のパーティと切磋琢磨しながら、当時深部への踏破が遅れていたヘルラースを攻略していった。108階にあるという安全地帯から帰還した彼らは、次こそさらなる階層を目指すと酒場で語り合った次の日に、ダンジョンで全滅した。
唯一帰ってこれた者は、満身創痍のまま語ったという。
「108階には化け物がいる……!みんな、みんな……!あいつに、おもちゃみたいに、殺された……!!」
そして血にまみれたまま、息を引き取った。
冒険者達は、たった1人帰ってこれた男の壮絶な最期に戦慄し、ヘルラースの深部を目指そうと躍起になる者は激減した。いつ自分達が、最強のパーティと同じ末路を辿るのか。108階でなくとも、その付近で恐ろしい目に遭うのではないか。化け物とは何か、どんなモンスターなのか。
たださえ慎重だった探索をさらに臆病にさせて、安全な上層でモンスターを狩るだけに落ち着いてしまった。この100年間、ずっと。
その原因である、108階の怪物を。知ったと。
驚かないわけがない。
「ほ、本当ですか?」
「嘘を言ってどうすんだよ」
眉を寄せたディノーグスに、慌てて謝罪する。
「すみません。皆さんを疑っているわけじゃないんですけれど……」
「大丈夫ですよ、怒ってる訳じゃないんです。実際見た私達も驚いてましたから、ヴィネさんが受け入れづらいのもわかります」
そう言うシアニスの顔色は悪い。どこにも怪我は見当たらないが、どこか体調が悪いのだろうか。それとも、怪物の正体を目の当たりにして血の気が引いているだけなのか。
「ここで長話もなんだし、ギルド行こうぜ。ギルドマスターに話すんだし、同席すりゃいいじゃん」
シアニスはおんぶと抱っこどっちがいい?とエイベルに問われ、どちらも必要ありません、と笑顔で断る様子を見るといつも通りのままに感じる。恐ろしい怪物を、100年前の恐怖と同じものを、見てきたはずなのに。
「ヴィネ、あなた私の代わりに聞いてきてよ。後で大々的に公表されるかもだけど、その前に私に報告してね」
「あ、はい……」
「ええー。いいなあ、俺も行きたいっす」
「馬鹿言ってんじゃないわ。受付が2人減ったら、誰もトラブルの報告に走れないじゃないの」
何の為に3人も据えてると思ってんのお馬鹿、と手痛い拳骨を食らった同期は放っておくとして。
先輩への報告云々は彼女なりのジョークだろう。ヴィネがシアニスを心配してるのを見て、譲ってくれたのだ。ありがたい。
ヴィネはルウェン達についていった。
冒険者ギルドに入り、ヴィネはギルドマスターへ取り次ごうと奥の部屋へと駆け込んだ。
「ギルドマスター!早急に報告したい事が!」
「うん?」
マスターの部屋で紙の束に目を通していた男が顔を上げる。
冒険者ギルドのギルドマスター、ダリルは壮年の男だ。最近老眼が進んだらしく眼鏡が欲しいと呟いていたが、今も紙を近づけたり遠ざけたりしていた。よほど深刻らしい。
が、ヴィネの焦る表情はよく見えたようだ。
「人払いが必要だな。グロース君、頼むよ」
この人は話が早い。ヴィネが言う前に、補佐へ指示を出した。グロースという年若い男が、部屋を出ていく。
「さて、ちょうど書類にも飽きたところだ。お茶をいれるから、ここに報告者を連れてきなさい。いいね?」
「はい!」
そして数分と経たないうちに、ギルドマスターの部屋にルウェン達が通された。客用のテーブルにそれぞれお茶と茶菓子が配られ、一息ついた所でダリルがにこりと微笑んだ。
「それで、どうしたのかな?」
「108階の怪物がわかったので、報告に来ました」
「ほう」
目線を逸らさないルウェンに目を細め、ダリルは笑みを深くした。
「それは素晴らしい情報だ。間違いは、ないんだね?」
「俺達が108階に行った証拠はここにあります」
取り出したのは転移の宝玉。行ったことがある階層のみに転移を許すそれは、数字を如実に映し出す。冒険者達の努力を証明できるアイテムだ。
パーティ内の誰が宝玉を触っても108階を示すのをダリルとヴィネが確認し、ダリルはさらに100階から1階ずつ下げる動作を見せてもらってから、深く頷いた。
「君らが自分達の足で歩き進めたのは確認した。怪物は、モンスターは何だったんだい?」
「グランミノタウロスです」
「え。ほ、本当ですか!?」
思わず、ヴィネは身を乗り出してしまった。だって、だって、あの怪物が。皆が恐れていた、怯えていた怪物が。
他のダンジョンのダンジョンボスと同じで、しかも何度も倒されているモンスターだなんて。
ダリルに制されて引き下がったが、納得できなかった。
「強いは強いけど、倒せないモンスターじゃないよね、グランミノタウロスって」
「驚くのもわかります。私達も初めて見ましたが、特徴は間違いなく、グランミノタウロスでした」
シアニスがつらつらと述べる特徴が、信じられないほど一致した。話を聞けば聞くほど、グランミノタウロスだ。
「じゃあ、その怪物だと思った決め手は何かな?」
「同じ階層の他のモンスターに比べ、明らかに逸脱した強さでした。オリバーの気配察知に触れない技量の気配遮断、目が合った瞬間に複数人部屋へ引きずり込む特異スキル、巨躯とは思えないスピードと圧倒的パワー。そして何より……ディノ」
「おう」
ディノーグスが己のアイテム袋から取り出したのは、見るも無惨に破壊された盾だった。
特殊な鉱物が叩き込まれたそれは非常に大きく、重くて硬い。食欲の権化のモンスターでさえ硬すぎて手を出さないと言われるポリールバグ種と同程度の硬度を持つ。強靭な肉体を誇る獣人の中でも、パワータイプな
それが、布が裂かれたかのような割れ方で、壊れていた。
「あいつの一撃を真正面から受けたらこれだ。おそらく何らかのスキルを使われたんだろうが、受けたのが斧じゃなくてほっとしたのは久しぶりだぜ」
「君の盾がとても硬いのは知っているよ。だが、それが他のグランミノタウロスと違う理由になるかい?」
「こいつは、作った装備を自分に身に着けてモンスターに特攻する生粋の馬鹿が、グランミノタウロスの攻撃を受けても傷1つつかなかった、問題ないと言った品だ」
「あの生き急ぎドワーフの……!」
「これで証拠になるだろ?」
ギルドに提出してもいいぜ、後で返してもらえればな。あいつに確認とるなら裏側のシリアルナンバー控えておいてくれ。
そう言って、自分の役目は終わったかのような態度で深々とソファに腰かけるディノーグスに、文句を言う人はいない。
そんな、まさかグランミノタウロスが噂の怪物だなんて……しかし、恐ろしいほどの力で破壊された盾を見ると、信じるしかない。
皆が恐れていたのは、規格外の強さを持ったグランミノタウロスだと。
ふーーー……ダリルの、細く長いため息が沈黙の中を零れる。
「現状、君らが今一番この国で強いんだよね」
「あら。ギルドマスターが褒めるなんて、珍しいわね。ありがとうございます」
「……君ら、勝てる?あいつに」
少しの間もなく、ルウェンが頷いた。
「無理です。今の俺達には、荷が重い。生きて帰ってくるのが精一杯です」
ばか正直な彼は、偽る事も強がる事も考えてない。
だからこそ、現実をはっきり言葉にする。
「ディノの盾は壊れたし、俺達の装備もボロボロです。まずは買い換えないといけません。生半可な装備じゃ負けるのでドワーフの品がいいんですが、そう易々と手には入らない。となると時間がかかります。装備だけの問題じゃありません。俺達自身、鍛練を積まなければ意味がない。押し負けてるようじゃ、駄目なんだ」
ルウェンの言葉に、嫌そうな顔をする人はいない。パーティ内の誰もが、爛々と目を光らせていた。
死を身近に感じただろうに、折れぬ闘志が見える。
こんなにも頼もしい若者が育ったんだなぁ、と呟いてダリルは口角を上げた。
「それだけ聞ければ十分だよ。外に出る危険性はないんだろう?」
「通路が狭すぎて出れないようです。わざとハンマーを床に叩きつけて、戦闘音に見せかけオークを引き寄せる知能はありますが……外に出る欲はないでしょう。あれは獲物を罠に嵌めて喜んでいる目だった」
「趣味悪いなあ」
倒す気でいる面々に、驚きを隠せないのはヴィネだけだった。ダンジョンには隠匿の宝玉だってある。それで戦闘を避ければいいじゃないか、そう思うのだが。
そう伝えると、全員に揃って首を振られた。
「それはないな」
「負けっぱなしは悔しいじゃない」
「一矢報いないと気が済まねー」
「あそこ避けて先に行ったとして、どうせ同じような奴らがごろごろ出てくるだろ。だったらあいつを練習台にしてやる」
「正直、俺が気付けなかったのがすごく悔しいから、鍛錬したいんだよね。絶対通路からでも気配わかるようにしたい」
「私、回復役と言うだけで侮られるのは嫌いです」
つまり見下されたのか、怪物に。そしてお返しをしようとしているのか、全員が。冒険者がそうと決めたのなら、ヴィネがこれ以上言える事はない。
友人が心配だ。だけど仕方ない。彼らはもう決めているのだから。
「ギルドマスターは、何の要因がグランミノタウロスをここまで強くさせたと思いますか?その原因を探らないと、第2第3の怪物が現れるかも……」
覚悟を決めたヴィネを見て、深く考える事無くダリルは答えた。
「憶測だけど、経験だろうね。ダンジョンボスの方のグランミノタウロスは頻繁に倒されるから、戦闘の経験がろくにないまま冒険者にまた倒される。方やヘルラースの怪物は生まれてこの方、おそらく死んだことがない。何百何千と生きてるか知らないけど、リセットされないモンスターはそれだけ経験を溜めるからね……きっと、100年前の件のパーティ以外にも、報告に上がってないだけでそいつに殺されたパーティがいたんだと思うよ。100階まで行った、って報告の後、忽然と姿を消したパーティが何組かあったらしい……いずれも強いと言われていた人達だったはずだよ」
「対人戦闘が上手いのも……」
一瞬、皆の視線がシアニスに集まる。それでヴィネは、彼女の青白い顔に納得した。
今は怪我がないようだが、それは治癒した後。つまり、狙われ、深い傷を負ったのだ。
回復役を―――パーティの急所を見定め、ピンポイントで狙ってくる。そういう知恵をつけたモンスター……恐ろしい。
「なるほどな。いらつくほどに上手かったよクソが」
「そういえば特異スキルがあるって言ってたけど」
「目が合った瞬間に、通路から部屋へ移動してたんです。一瞬の事でした」
「そして動揺した所をハンマーで叩くんだね。怖いなあ」
「そういえばあのハンマー、頭の片方が尖ってたよね。ディノの盾、あれでやられたんじゃない?」
「使い分けてんのかよー。憎たらしいほど器用な奴だな」
「あ、そういえば上級ポーション出ましたよ。108階に」
「ヘルラースにも出るんだね、驚きだよ。肝心の上級ポーションは?」
「規格外グランミノタウロスと争って回復アイテム残るわけねーって。これ、貴重なガラス瓶なら残ってるぜ。あげねーけど」
「確かに上級ポーションの瓶だね。久々に見たよ。ポーションと怪物の情報料も渡さないとだなあ」
「高値でお願いしますね!」
「こういう時にエルフの全力笑顔とかずるいよね。じゃあ108階には近づかないように言っておこうか」
ダリルはテーブルから書類を取りだしさらさらと書き込んでいく。2枚、素早く書き込んだ後ヴィネに手渡した。冒険者へ情報公開するための、通達書だった。もう1枚は、ルウェン達に対する上級ポーションとグランミノタウロスの情報料の報酬詳細。
「ヴィネ君、『100階まで行ける実力なら、107階までは問題なく狩れる』と情報を公開するように、グロース君に渡して伝えてくれるかな?それが終わったらお金の準備ね」
「え、上級ポーションとグランミノタウロスの話は、しなくていいんですか?」
「いいのいいの。グランミノタウロスなら倒した事あるから挑戦してみようかなーって思う冒険者がいるかもしれないだろう?そういうのは秘匿しておかないと被害が増すからね。上級ポーションだって、後少し進めれば見つかるかもって思った時にはグランミノタウロスの部屋の前かもしれない。そうなったら手遅れでしょ。108階に入らせないようにする方が安全なんだよ。上級ポーションが手に入るようになれば収益は上がるけど、前途有望な冒険者達の命を簡単に散らしてしまうよりいいさ。今は、107階までなら大丈夫だってわかればいいんだよ」
「あ、受付してる奴に怪物の正体わかったって言っちまったわ」
「じゃあヴィネはそのままダンジョン受付に戻って、怪物の正体言ってもいいけど箝口令だって伝えておいてね」
「はい。わかりました」
そしてヴィネが退出してしばらくした後、ダリルは笑みを深くした。今までの柔和な笑顔から、あくどい事を考えていそうな笑みだ。一見すればどこぞの裏社会のボスかと思いそうな表情だ。
実際犯罪に手を染めるような人でない事は、よく知っているが。
「で、君らまだ何か隠してるよね?」
ヴィネを先に帰したのはそういう事か、という言葉を呑み込んで。セラスがすかさず否定した。
「隠してるだなんて……何を言わない理由があるのかしら。私達、ミノタウロスの事もポーションの事も言ったわよね?」
「言いましたねぇ。余す事無く」
シアニスが隠れてルウェンの太ももを抓りながら、笑顔で返した。思わず「何でわかったんですか!」と言いそうになったのを止めるためだ。何事かを隠してますと答えるような発言をさせないために、咄嗟に黙らせたシアニスはファインプレイとしか言いようがない。
「……危険はないんだよね?」
「グランミノタウロス以上の危険が、あのダンジョンにあると思ってます?」
青い顔のシアニスが、ふんわりと微笑む。
この時点で、ダリルはこれ以上聞き出す事は出来ないと判断して肩を落とした。
「さて」
拠点にしている宿屋に戻って、今日からまたしばらく頼みますと前金を払う。1か月潜ると言ってただけに驚いた顔をされたが、店主はいつもの人好きのいい笑顔を浮かべ、特に詮索する事なくまいどあり!としっかり金を受け取った。
部屋に入り、テーブルの上に硬貨の入った袋を置く。どんっじゃらっ、と重たい音がした。
「早速仕分けるかー」
「そうね」
金勘定に詳しいエイベルとセラスが、浅く椅子に座る。ルウェンはシアニスをベッドへ誘導し、オリバーは飲み物の準備を始めた。帰路の途中に買ってきた、貧血にいいと言われているココアを作るらしい。ディノーグスはいつも通り、2人掛けのソファを独占して寛いでいる。
男用として取った4人部屋なので広々しているが、熊の巨体がぐでんと伸びていると狭く感じた。決して、別部屋を取ってるセラスとシアニスがいるからではない。セラスは嘆息して半金貨を横に避ける。
「まず上級ポーションの情報代、5万ね」
「ほい」
軽く返事をして、テーブルに広げた紙にセラスが言った通り書いていく。エイベルが書き終えたあたりで、さらに続けた。
「上級ポーションの販売価格から最低価格1000万を引いた、500万」
これはギルドで調べたから間違いない。
「んー」
「渡し損ねた90万」
「……よし、全部で595万だな」
「あら、時刻魔結晶の分は?」
「サービスだよサービス」
「残りはそれだけですか?」
青い顔のまま、ベッドに横たわるシアニスが意外そうに呟いた。テキパキと毛布を掛けたり寝やすいようクッションを足していたルウェンも、手を止めて視線を寄越している。
「ええ、大部分払っちゃったもの。誤差はこれくらいだわ」
「後はこれをどうやって、ルイが嫌がらねーように返していくかだなー。大金渡すと引かれちまうし、どうすっかね」
「とりあえず、魔法の基礎が書かれている本でも買うかぁ。どんだけ消費できるかはわからんが」
ソファの背もたれにぐりぐり首を押し付けてうめき声を上げていたディノーグスが、そのままの体勢で言うのでセラスが眉を寄せた。
「ディノ、だらしないわよ」
「お前らしか見てねぇんだからいいだろ」
「訂正するわ。暑苦しいから床で寝て」
「単なる悪口だよそれ。これでも飲んで落ち着いてよ」
オリバーが苦笑して、ココアが揺れるマグカップを配っていく。熱いから気を付けてね、と一言添えて。
「全部お金や物で返そうとしたら、賢いあの子は察して嫌がるでしょう。何か有意義な情報があったら、それで大半を返していけばいいじゃないですか」
「そうそう、もっと気楽に返していこうよ。あまり深刻に金額の事ばっかり考えてると、ルウェンがうっかり金の事話しちゃいそうだしね」
「そんな事は……ないぞ」
「考えて思い至ってんじゃん。あるだろ、お前バカ正直だから言っちゃうだろ」
「さっきだってシアニスが止めたから何とか乗り切ったんでしょ。頼むから自爆だけは勘弁してね」
「……善処する」
「それにしても、お前らあれだな。今回は妙に拘るな?前からきっちり返す方だったが、こんなにぎゃーぎゃー言うほどだったか?」
元々他者に借りを作るのが嫌いなエイベルとセラスは顔を見合わせ、苦笑する。
「なんつーか、なぁ?」
「ルイが謙虚すぎて……意地でも金額そのまま返したくなったって言うか……」
「むしろもっと世話焼きたいっつか」
「綺麗さっぱり貸し借り清算して普通に仲良くなりたい?」
「それだ!」「それよ!」
オリバーにびしっと指を突きつけた2人は、すっきりした顔で分けた硬貨と紙を別の麻袋に入れ始める。
「子ども相手に貸し借り考えちゃうあたり、冒険者の悪い性だと思うけど、5日後が楽しみなのよね。早く行って愛でたいわ」
「私も楽しみです」
「あ、服とか買って行けば?それも一応恩返しになるよね」
「オリバー冴えてるじゃん。でもそこらへんはシアニスとセラスに頼むわ」
「任されたわ」
「テクトとお揃いになるような服とか、喜んでくれると思うんですよ。クリーム色で、耳ついてたり……どう思います?」
「それいいわね!あんた達はどうするの?」
「あー……買い物はパス」
「俺もー」
「俺もあんまり……」
「俺にセンスはないが、荷物持ちにならなる」
「さすがルウェン、女の買い物に自ら付き合うとか鋼の精神過ぎるだろ」
「だが、魔法もそれほど詳しくなく、子ども服に明るくない俺が出来る事はそれくらいだろう?どれだけ買うかはわからんが、男手が必要になるとは思ったから手伝いを申し出ただけだ」
エイベルとしてはからかったつもりだったのだが、ルウェンは生真面目に真面目な返答をした。
胸にさっと手を当てる。
「ちょっと心にグサッときた。ルウェン男前すぎるだろ俺が小物になるじゃん」
「何を言ってるんだ。エイベルは頼りになるだろう?」
「だから突然人タラシ発動するの止めろって言ってんだろ!!」
「???」
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