36.休日宣言とブランチ
「はっ」
ぱっと意識が覚めた。仰向けに寝ていたらしく、顎を伝った涎を拭って寝返りを打つ。何だかダルいような、体が起きてないと言うか……まだ寝たい気持ちに全身が支配されてるなぁ。ねむーい。
けど、頬に柔らかな布の感触がして、あれ?と首を傾げた。
私、芝生に寝転んでたよね?
「!ねぶくろに入ってる!?」
<おはよう、ルイ>
がばっと上体を起こしたところで、テクトがひょっこり顔を出した。テントの影から出てきて、ぴょんっと目の前に着地する。
「テクト……あれ?私、ねてた?」
<気持ち良さそうに寝てたよ。気分はどう?>
「まだちょっと、眠いかなー……って、」
テクトがしっかり見える……あ、明るい!空が明るい!って事は、朝だ!!
嘘!もう朝!?寝た記憶がまったくないんだけど!って事はまた寝落ちたのか!!うわあああ一気に目が覚めた!!
「私、いつねた!?」
<月が出る30分前には落ちたね>
「えええええー!あと少しだったのに、何でねちゃったんだろ!!」
<体力の限界だったんでしょ。っていうか、聖樹の睡眠導入スキル下にいながらよく堪えたと思うよ>
子どもの興奮ってすごいね。ってしみじみ言われたって、ねぇ。興奮してた時は聖樹さんのスキルだって忘れてたし。初月見楽しみだったのになぁ……!きっと月と星空が聖樹さんに映えて綺麗だ絶対見る!って思ったのに、寝ちゃったなんて……ショックだぁ。
まあ考えてみれば、5歳の体にしては頑張った方なのかな。時計見れなかったから正しい時間はわからないけど、大体9時くらい?うん、寝るわこれ。寝落ちるわ。
月が増えるともう少し早く月が出てくるらしいから、月見は来月に期待しようか。2の月になるのがいつかわからないのも困るし、今度ルウェンさん達にちゃんとした日付聞こう。
いつの間にか入ってた寝袋から出て、肩に乗ったテクトに笑いかける。
「ありがとう、テクトがねぶくろに入れてくれたんだね」
<箱庭は温暖な気候を1年中保つけれど、今の時期夜は冷えるからね……僕は寒さを感じないけど人は寒いんでしょ>
「うん。おかげ様で、あったかくねれたよ!」
そうやって優しい気遣いを実行できるようになったのは、すごい進歩だよ。テクトの紳士力が着々と上がってるね!大変頼もしい!!
ところで今何時なんだろ、結構日が高いけど……えーっと、時計時計……は、え、10時!?
「ねぼすけにもほどがある!!」
日曜日でもこんな時間には起きなかったのに!なんてこった!!朝ご飯の時間過ぎちゃったよ!!
<夜更かしした分寝たんでしょ。むしろ妥当だよ>
「うわー!テクトごめんね、朝ご飯すっぽかしちゃって……」
5歳児だもん夜遅ければそれだけ朝も遅いよね。いつも通りの時間になんて、幼女の体で起きれるわけがなかったのに。すっかり忘れてたよ……ううー、ごめん。
テクトが私の頬をぺちぺち叩く。
<別に食べないと死ぬわけじゃないし、いいよ。元々、僕の分は準備しなくたってよかったのに、ルイの厚意に甘えて食事をとってたのは僕だし>
「……そりゃあ、だって……一緒に食べた方がおいしいじゃん」
聖獣が食べなくても生きていけるのは知ってるよ。そこらへんから吸い取った魔力が生命力に変わるんだよね?神様がどこでも生きていけるようにって配慮してくれたんだっけ。特別な魔導器官を持つ聖獣だから出来る事なんだよね。
でも、食べ物を「美味しい」って味わえる舌があるんだよ。噛んで楽しむ歯があるんだよ。好きなものだってあるし、それを食べて幸せな気分になる心がある。
そんな大切な事を無視して私だけ食べるとか、無理だし。私だって一緒に食卓を囲む方が好きだし。
<ふふ、今なら僕もそう思う。だから深く気にしないでいいんだよ。僕には食べたいと思ったら勝手に食べれる手段もあるんだからね>
カタログブックは私にしか使えないけど、アイテム袋は自由に使えるもんね。作り置きほとんどないから、ジャム食パンになっちゃうけど。
<それでも僕はルイと一緒に食べたいから、君が起きるのを待ってたんだよ。待つ時間が多少延びただけで、いつも通りだ。まあ、ルイが気になるって言うなら、甘いもの増やしてくれれば僕は嬉しい>
「ん……そうだね!今日のおやつはテクトにいっぱいデザート食べてもらう!」
<やった、アップルパイ食べたい!>
「ふへへ、わかった!アップルパイ追加ね!美味しいとこいっぱい巡ってたんだから、期待しててね」
<うん!>
私の影響を受けまくってアップルパイが好きなテクトは、思わずといった様子で舌なめずりした。尻尾が千切れんばかりにふりふりされる。おおう、後頭部に風がくるほど振ってる。これ気持ちいー。
「あ。それと、月見はもっと健全な時間に見える時期までがまんするよ。自分の体を大事にする」
<それがいいよ。聖樹も心配するし>
ぱっと聖樹さんを見上げると、まったく動いてなかった枝がわさわさ揺れた。テクトの言葉に頷いてるみたい。そっか、聖樹さんに心配かけすぎだなぁ私。
でもだいじょーぶ!
「しばらく、箱庭で過ごす予定だから。聖樹さんの目の届くところにいるよ」
<探索はいいの?>
「ちょっと休もう。私たち、毎日たんさくし過ぎたと思うの」
転生してからほぼ半月、欠かすことなく探索してきた。最近は散歩気分でやってたけど、現実的に考えて半月も働き通しだよ?疲れるでしょ?宝玉無双から逃れたくて意地でも他のアイテム探す!って思ってた節もあるけど、半月休みなしはダメ。自分は幼女なんだから、例え加護ブーストかかってても体力ないのを忘れちゃいけないんだ。
それに宝玉は実際腐りはしないけど、腐るほどあるからね。アイテム袋が大きめで大変助かるくらい、いっぱいあるんだよね。売り物の在庫は潤沢なんだから、急いで探索して集める必要も今はない。5日後……もう4日後か。ルウェンさん達が来てくれるし!おもてなしの準備もしたい!
つまり、私達には休みが必要なんだよ!
「だから今日は箱庭でだらだらします!」
<おおー……具体的には?>
「これからの事をのーんびり考えたり、ゆっくり買い物しよ?」
<それが休み?>
「めーかくに、何かしなくちゃってわけじゃないんだよ。自由な時間が1日あるから、何でもできるっていうか……体を休めたり、好きなことしたりね」
<普段の生活とあまり変わらないように感じるけど……人には大切な事なんだね>
「うん」
週1とは言わないけど、今度から数日置きに休日を入れようかなって思うくらいには。特に私は自分が5歳の体って事を忘れてしまう所があるから、意識的に休んだ方がいいと思うんだよね。探索の時の昼寝みたいに。
まあ、これもおいおい。自分の体調をちゃんと見て、決めていこう。
それよりも今は朝ご飯……いやもう早めの昼ご飯かな?作らないとね!
カタログブックを開いて、ナビに残高を聞いてみたら思っていたほど減ってなかった。結局1万分贅沢しようと思ってたのに、昨日は半分も使ってなったんだね。金のかかる贅沢ってやろうと思うと案外難しいな……アップルパイ食べまくるにしてもお腹が破裂するし、もっと違うもので贅沢するべきだなぁ。
っていう事は、あれだ!ついにあれを買う時がきたんだ!!
「テクト、まどうぐコンロを買おう!!」
<おおー。確かに高値だから、ルイの言う贅沢な買い物になるのかな?>
「うん!で、ちょっとごーせいなブランチ作ろ!」
<ブランチ?>
「朝と昼のご飯を兼ねた食事のことだよ。私はこれでいいとして、テクトは何か買いたいものはない?」
今までいっぱい苦労かけたし、今私達の手元には1000万の余裕がある。大抵のものは買えるよ!魔導具コンロの20万ダルがほんの少しの消費に感じるとか、金銭感覚おかしくなりそうだけどね!
テクトはしばらく考えていたけど、ふと顔を上げて大きく頷いた。お、何かいいもの思いついた?
<ルイが使いやすい食器。冒険者が使っていた椀じゃ大きすぎて不便そうだから、子ども用のが欲しい>
「テクトぉおおおおおおおお!!」
感動のあまりテクトに思いっきり抱き着いたのは許してほしい。ぐえって言ってたけど。
「指を切らないように、片手はしっかり玉ねぎを持って……あ、指はもっと後ろに」
<こう?>
「そうそう!それと、玉ねぎを切る時は口で呼吸した方がいいよ。はな呼吸だとめっちゃつらくなる」
<へー……あ、想像しないでわかったから>
作業台にまな板を置いて、玉ねぎの頭を落しているテクト。私は傍で見守る体勢っていうか、指示を出してる。おお、綺麗に切れたね。
テクトが自分の体ほどある包丁を軽々扱うのを見て、可愛いのに仕草がちょこちょこ男前なんだよなぁと内心呟く。まあこれもバレてるから、照れたように睨まれるんだけども。
なんでこうなっているかというと、生前愛用していた、小振りで使い勝手のいい包丁を見つけたのでつい買ってしまったのが始まりだった。買ったはいいけど私の手じゃ扱えないじゃん、と落ち込んでたら僕がやってみようか?と立候補してくれたのだ。いやテクトの手私より小さい……って思ったけど、それ以上に力が強いんだよね。成人男性もびっくりなほど。
でもテクトって、食べ物は出されたのしか食べた事ないって言ってたよね?って事は、包丁って初めて見る道具だけど、大丈夫?
<ルイが教えてくれれば何とかなるよ。切り方を想像してくれるだけで十分助かるし>
私の心というか、記憶も見えるテクトならではだよね、それ。
料理初心者が切り方テキストの映像を見ながら野菜を切る、みたいな状況になるのかな?でもテクトが使ってくれるなら、この包丁だって買ってそのままアイテム袋に入れられるよりずっといい。
ならやってみよう、となるんだけど。
私の目の前にはまな板の上でみじん切りにされた玉ねぎが。大きさもまばらじゃなくてほぼ均等。まさかここまでテクトが器用だとは思わなかった。
いや、その片鱗はずっと感じてたはず。テクトは学習能力もめっちゃ高くて、今や力加減を気にする素振りもなくなったし、ピッチャーからコップに水を移すのだって零す事無くやりきるし、テントは簡単に立てちゃうし、ちっちゃな手で色んな道具も器用に使う。玉ねぎ丸いし滑るから初心者には難しいかな、力加減誤ってまな板切っちゃうかもーって思ってた私が数分前にはいたけれど、余計な心配だったよね……失礼しました。
<ルイの切り方をそのまま再現しただけだよ>
「そうぞーしてたのを見て、さらっとやり切る所がさすがっていうか。テクトすごいね!」
<まあ……褒められて悪い気はしないね>
実際、見るとやるとでは全然違う結果になるんだけど。再現しきるすごさをテクトはわかってないなぁ。顔がにやにや緩んでるので撫でた。私は子どもの頃苦労したんだぞー、もー!テクト可愛い!
テクトには引き続き、じゃがいもを小さな賽の目に切ってもらう包丁作業を頼んで、私はたっぷりオリーブオイルを入れたフライパンに玉ねぎをゆっくり落とす。シリコン製の大きな調理スプーンで優しく混ぜながら、じゃがいもの切り方を想像していると、すぐに切られたじゃがいもが出てきた。マジかテクト……早いわ……
じゃがいもも入れて、軽く混ぜてからフライパンに蓋をする。火力を弱火にして、蒸し焼きだ。
蒸し焼きしてる間に、ボウルへ卵を割り入れて菜箸でかき混ぜていると、テクトが興味深げに見てきた。
「まぜる?」
<うん>
私がボウルを抱きしめて、テクトに菜箸を渡す。私の肩から体を伸ばして、ぐるぐる混ぜてるテクトは目をキラキラさせていた。楽しげだなぁ。やっぱり包丁より、こうやって混ぜたり粉ものを扱う方がテクトは好きみたいだ。
よく混ざった所でボウルは一旦作業台へ。フライパンの中を確認して、少しかき混ぜて塩胡椒で味付け。細かく千切ったハムを入れて、また蓋をして蒸し時間だから、買い足したコンロにもう一つフライパンを乗せる。
ああー、ついに2口のコンロが揃ったんだぁ。顔がにやけるなぁ。ふへへ。
こっちのフライパンにソーセージを入れて炒める。多少焦げ目がつくくらいでワンプレートに移して、余熱の残るフライパンにバターを落とした。テクト用の分厚い食パンと、私の薄い食パンも焼いちゃおう。ちょっと水を振りかけて、ひっくり返して蓋をする。フライパン、蓋とワンセットずつ買って正解だったなぁ。おっと、そろそろメインの方は火が通ってきたかな?
じゃがいもに竹串がするっと入るのを確認してから、フライパンに卵を流し込む。調理スプーンで一気に混ぜて、蓋をした。
しばらくするといい感じに卵が膨らんだので、テクトの手を借りてひっくり返す。「ふたを使って裏返して、両面焼くんだよ」と言ったらテクトは<面白そう!>と嬉々として手伝ってくれましたよ。いい子か。いい子だわ。
そして中はふっくら外はカリッと焦げ目がついたスパニッシュオムレツをケーキカットして、ワンプレートに重ねてケチャップをかける。傍に炒った食パンも添えて、これでスパニッシュオムレツプレートの出来上がり!
これは朝に時間がある時じゃないと出来ないから、よく休みの日に作ってたなぁ。えへへ。玉ねぎと卵の甘い匂いがするぅ。
作業台で向かい合って、水も準備して、さあ実食!いただきます!!
「んんー!おいしい!」
<じゃがいもがほくほくだ!玉ねぎも甘いけど、ハムの塩気とぴったりで……ケチャップも卵と合うよ!美味しい!>
相変わらずフォークを握りしめてオムレツを突き刺す、見た目とギャップのある食べ方をするテクトが、嬉しそうに頬張ってる。こっちが幸せになるくらい、美味しそうに食べてくれるなぁ。
それにしても、器用なはずなのに持ち方だけは変わらないねぇ。
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