35.聖樹萌えと子どもの興奮



脱出の宝玉を使って一瞬に消えた冒険者達がいた所を見てると、少し胸に風が通り抜けるような気がする。宝玉ってすごいな、ほんと、瞬きした時には皆さんいなくなってた。今は味気のない石レンガが見えるだけ。

……素直に言って寂しい。


「……帰っちゃったねぇ」

<そうだね>


私達だけになった安全地帯は、急に静かになってしまった。テクトとやっと会話が出来てるけど、テクトは実際には喋れないから響くのは私の声だけだ。私が黙ると何の音もない空間になってしまう。

テクトや聖樹さんがいるからダンジョンに引きこもっても寂しくない!って思ってたけど、こうして人と話した後に別れるとやっぱりひゅうひゅうするなぁ。ぎゅっと胸元を握り込む。


<……でも、後悔はしてないでしょ>

「うん!私はダンジョンでくらすの!」


あと5日したら、皆さんまた来てくれるしね!

ふふふ、次はお茶菓子を準備しといて、もっとゆっくりお茶しよう。何だったらご飯も一緒に食べちゃえばいいよ!安全地帯をちょっと飾り付けてもいいかな?どうせ他の冒険者は来ないだろうし、問題ないよね?

そう考えたらワクワクしてくるんだから、私も現金だ!


<楽しみがあるのはいい事だよ。ルイは笑顔の方が似合ってるからね>

「ふへへへ」


テクトったら顔がゆるむ事言ってー!にやにやするぞ!めっちゃにやにやするぞ!!

ゆるんだ両頬に手を当てて、顔を包む。にやー!

おっと。こうしちゃいられない!エイベルさんから貰った時刻魔水晶は青色が濃くなってきた。さっき夕暮れだって言ってたし、早く箱庭に帰らなくちゃ!時計を出さなくても、大体の時間がわかるっていうのは便利だね!

人に会うって事は、貴重な時計を見せないようにしないといけない。首にかけておくの、ちょっと考えないとなぁ。あの人達は優しい人達だけど、追究の芽はこれ以上増やさないようにしたい。時計は絶対今まで以上に騒然とさせると思う。私うっかりしてるからな……神様の事言ってらんない。

今回は服の中に入れてたからバレなかったけど、次はちゃんと隠しとかないとね。これは明日やろう。

鍵が開いた壁を押しながらぼんやり考えてたら、もう夕日が落ちてった箱庭に着いた。赤と青が混じった空を背後にした聖樹さんが見える。あちゃあ。これは初めて箱庭で寝た日より遅い時間帯に帰って来ちゃったなぁ。

風がびゅうぅと吹いてくるのと一緒に、ざああああ!ざああああ!と聖樹さんの枝葉が激しく擦れる音がした。あれ?そんなに風強い?すごい聖樹さんの枝が揺れてるけど、私の髪が後ろに引かれるくらいでそれほどでもないと思うけど……ん?じゃああの揺れは?

肩に乗ってたテクトがびくっと震えた。


<あ、聖樹が怒ってる>

「マジか」


これ風が強いんじゃなくて聖樹さんが怒ってて盛大に揺らしてる音か!?え、やばいじゃん、これたぶんかなり怒らせてるじゃん!癒し系聖母な聖樹さん怒らすとか私達何やらかした!?

は!昨日の夕飯は麺!その麺を茹でたお湯をそのまま土地に流しちゃったから怒ってる!?聖樹さんと湧水と花畑から離れればいいかな?って思ってたけど、駄目だったか!やっぱりああいうのも洗浄魔法かけてから流した方が……いやいっそ、袋に捨ててカタログブックに処分してもらう方がよかったとか……!!


<怒りの気持ち……ううーん、いや、心配が強いな>

「へ」


心配?


<……うん。ちょっと帰るのが遅すぎたね。心配した!って気持ちがどんどん押し寄せてきてる>


あ、そっか。しんぱい、心配かぁ。

聖樹さんはここから動けないのに、ずっと出れないのに、私達は呑気にお茶会してたんだ。悪い事したなぁ。


「こんなおそくに帰ってくるの、初めてだもんね」


聖樹さんの根元に駆け寄って、幹に触れて耳を当てる。

木に聴診器を当てると水が流れる音がするって言うけど、実際は違うんだっていつ知ったんだっけ。子どもの頃は信じてたのに、ショックだったなぁ。でも不思議な事に、聖樹さんは耳を当てると水が流れる音がするんだよね。とっとっとっ、と脈拍みたいな感じが伝わってくるんだ。

んー。いつもより強く聞こえる、かな。たぶん、この盛大に揺れてる枝と同じで興奮してるんだろう。人の血液と同じだ。

昔、友達と帰る時間も忘れて遊び回った日がある。家に連絡もしないで楽しい気持ちだけで過ごして、人の心配なんて考えなかった。あの時は家に帰った瞬間におばあちゃんにぎゅううっと抱きしめられたっけ。震える腕と同じくらい、早い心音だった。

すごく心配かけちゃったんだね。ごめん。


「ごめんね、せいじゅさん。ちょっと色々あってさ」

<上級ポーション発見から始まって、人助けに値段交渉、確かに色々あったね>

「たった半日の話なのにねぇ」


ぎゅっと詰まったミルフィーユみたい。

でも、聖樹さんはそれを知るすべがないんだ。この場所から離れられないから。たった1人、この箱庭にぽつんとずっと待ち続ける事を考えたら、もし誰も帰ってこなかったらと思ってしまったら……怖いよね。


「大丈夫だよ、せいじゅさん。私達はぜったい、帰ってくるからね。約束だよ」

<僕も、必ずルイを守って帰ってくるよ。約束>


ざあああああ!と盛大に震えていた枝が、ゆっくりと静かになる。何も音がしなくなった。あれ?と思って顔を上げると、私の一番近くにあった枝が少しだけ揺れた。その枝が他の枝より細いからか、揺れ方が頼りなかったからか、まるで本当?と伺ってるみたいに見えた。

っていうか、そうでしょ。これ


「……~~~!!」


うん、これはわかる。わかるよ!テクトに聞かなくてもわかる!絶対、本当?って聞いてきた!!聖樹さんって木だし喋れないけど、表現力あるんだねぇええ!ああ理解できると愛しさ100倍!!

やばいテンション上がってきた!!


<ルイ、正解。そのうち僕のテレパスも使えるようになりそう>

「やったああああ!!せいじゅさん可愛いーーー!!」


って思わず叫んだら、照れたみたいに不規則に枝が揺れ始めた。聖樹さんの照れ方も可愛いすぎない!?ってテクトに笑顔を向けたら、何も言わず生暖かい目を向けてきた。


<ルイの理解力が急に高まりすぎて怖いっていうか……可愛いもの見てテンション上げるのやめない?ちょっと気持ち悪い>


テクトそれひどくない!?

ひどいひどいって言っても、はいはいって流された。ぶうー。頭上で聖樹さんの枝葉が穏やかに擦れているから見上げると、何だか笑ってるみたいに聞こえる。まあ聖樹さんの気が晴れたならいいか。

その後何があったか身振り手振りで聖樹さんに話してたら、どっぷり夜になった。そりゃあ夕日沈んだ後にのんびり話してたらこうなるわ。でもいいんだ。今日は懐暖かいから、ちょっと贅沢するって決めてるんだ。

アイテム袋から銀貨を取り出す。1010万分の1万。さぁて、贅沢しようか!!

ぐーっと盛大に鳴り始めたお腹を擦って、カタログブックを開く。ロウソクの項目から可愛いやつを選んだ。テーブルに乗せるにしてもただ白いロウソクじゃ殺風景だもんね。お洒落作業台になりそう。夕飯は出来合いのでいいかな。後、アップルパイは絶対2種類買う!約束したからね!

ここで、テクトの喉がごくりと鳴った。わっかりやすいなあ!もう!


「今日はロウソク使うよ」

<何も見えなくちゃご飯食べられないよね。ルイのアップルパイが崩れたら大変だ>

「そこ大事だね」


ぽろぽろ落してしまったら、私泣いちゃう。幼女になってからどうも感情の制御的なのが難しくなったみたいだから、涙腺緩いよきっと。アップルパイ落としただけで泣く20歳ってやばいね?好物だから仕方ないね。


「アップルパイは前の店と同じのと、ケーキ屋のにしようかな」

<ケーキ屋?>

「デザートせんもんのお店の事。ここはシュークリームがすっごく美味しいんだけど、アップルパイももちろん美味しいよ!」


このケーキ屋のシュークリームはスタンダードな丸いシュー生地じゃなくて、サクサクに焼きあげたクッキーシューの生地を横に切って、上下に分けたコンビネーションタイプなんだよね。生地で挟むために丸く絞り出したバニラビーンズたっぷりのカスタードは甘みを感じた後にミルクの香りが吹き抜けて、後味はさっぱり系。その上に乗せられるクッキー生地に粉砂糖を振りかけてお化粧して、可愛くてあまぁいシュークリームの妖精さんができあがるわけです。

コンビネーションタイプは上の生地でカスタードを掬って食べるのが、サクサクととろーりを好きに味わえていいんだよね。粉砂糖の甘さが舌に乗ると、じんわり溶けて幸せーってなるし。歯に当たるクッキー生地が心地よくて、最後の下の方はカスタードの水分が染みてしっとりしてるから、もったりしたのがたまらない満足感で……あ、涎が。

つまりまあ、控えめに言って最高なんだけど、今回はアップルパイの食べ比べだから。シュークリームはまた今度にしよう。


<ああー!またそうやってもったいぶって!!僕に記憶が筒抜けだって知っててその想像する!?>

「あ、ごめん、つい」


店を思い浮かべちゃったらそのまま食べるとこまで連想しちゃうよね……いやごめん。たんったんっ、って足を芝生に叩きつけるテクトが可愛くて怒られてる気がしないような……、いやすみませんごめんて。明日!明日シュークリーム食べようね!!だから睨まないで!!ごめんってば!!食い意地張っててごめんなさいって!!


<もう、絶対だよ?約束だからね>

「うん、約束。明日のおやつはシュークリームです!……あ、デザートの前に夕飯考えなくちゃだった」

<まったく……今日はもう作ってる時間ないからね。そこはわかってるよね?>

「わかってるよー!さすがに今から作ろうなんて言わないよ。鶏五目ご飯が美味しかったお弁当屋さんに、野菜たくさん入った彩り弁当あるから、それ買うね」

<うん>


鶏五目、美味しかった……食パンには負けるけど。

と呟いて作業台を準備するテクト。ほんと、食パン好きだなぁ。メーカーの四角い食パンも結構食べてきたし、次はパン屋の食パン開拓かな。山型のやつ。あ、ハード系のサンドイッチとか、クリームサンドも捨てがたい。コッペパンもいいなあ。

って思ってたらまた睨まれた。

だからごめんって!!












美味しい弁当とアップルパイ2つも食べてご満悦な私達は、芝生に直接寝転んで真っ暗な空を見上げた。

相変わらず星が少ないなぁ。ロウソクがなかったらほとんど真っ暗なんだよね。暗闇の時間怖いわぁ。箱庭にモンスターが入れなくて本当に良かった。そういえば、この世界の月は増えるんだっけ。それも見てみたいなあ……うん、そうだ!


「ねえねえテクト、今日はこのまま、ちょっとだけ悪い子にならない?」

<悪い子って何するつもり?>

「ふふふ……夜更かしだよ!」


ダァヴ姉さんにバレたら絶対叱られるやつだけど!たまにはいいじゃない、今日はテンション高くて寝れる気がしないし!

この世界の月、まだ見た事ないんだ。一目でいいから見たい!月と一緒に強く瞬くようになる星空も気になる!だから夜更かししよ!


<僕はいいけど……ルイが起きてられるかなぁ。後2時間くらいだよ?>

「んんー、じゃあ寝るじゅんびしてから、夜更かししよ」


そうと決めたらさっさとやろう!

カタログブックにゴミ回収してもらって、作業台片付けて、テントと寝袋整えて、洗浄魔法で全身と口を洗って、はい準備OK!ロウソクは芝生に直置きは危ないから1個だけ残して、テントの近くに置いておこう。

テクトが目を見開いて私を見上げてから、半眼になった。


<いつも片付けは素早い方だけど、今日は特に早い……そんなにダァヴに叱られたいの?>

「ちーがーうーよー!なんかこう……いつもと違う事するって思ったら、わくわくしない?」

<しない>

「するよー!子どもはする!っていうか私がする!」


遠足前夜の子どもだよ!わくわくするんだよ!

テクトに伝わりやすいのは……新しい食パンを食べる前の気分だよ!これならわかる?


<ああー……それは、うん、わかる。とっても>

「でしょ!早く月出てこないかなー?あと2時間かー。ふへへへ、どんな夜空になるのかなー」


芝生に足を投げ出してぶらぶらしている背後で、テクトが小さくため息吐いた。


<これが興奮して寝れない子どもか……なるほどね、厄介だ>

「何か言ったー?」

<ダァヴは何でもお見通しだから後で叱られるだろうなって>

「その時は一緒だよテクト」

<……仕方ないから叱られてあげるよ>

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