31.解決



さてどうしよう、と再び頭を捻らせてた所で、奥で寝ていたシアニスさんが目を覚ました。

頭を押さえて起き上がった所を、真っ先に駆け寄ったセラスさんが補助する。ついでに毛布を肩にかけ直してずり落ちないように結んでた。ファインプレイですセラスさん。


「……セラス。私、は……たすかった、のですか?」

「ええ。傷はすべて塞がったわ。でも失った血までは戻らないから、無理に起き上がったら駄目よ」

「はい……」


上級ポーションは大怪我を瞬く間に治してくれたけど、貧血状態は治してくれないんだね。体は元通りなのに出血多量で死ぬ、なんて事にならなくてよかった……今、皆さんが柔らかい顔でシアニスさんを見てて、私もほっとしながら思う。本当によかった!

ルウェンさんがシアニスさんの前に座った。


「シアニス……すまなかった。後衛を守るべき前衛が間に合わなかった」


あ。それさっきエイベルさんに肩叩かれてたやつ……

ルウェンさんは覚悟を決めたような、真っ直ぐな視線でシアニスさんを見てる。わかってて言ってる?のかな?


<みたいだね。真面目というか、実直っていうか……>


裏表のない人なんだね。幼い私にも礼儀を尽くすあたり、ルウェンさんは真面目過ぎると思うの。

シアニスさんは気だるげな仕草でルウェンさんを手招きした。その手が届く距離に近づく彼に、彼女は腕を伸ばして。

ぺちっ。

ルウェンさんの頬を力なく叩いたっていうか、勢いよく触れた感じの、とても優しいビンタが出た。ふふ、とシアニスさんは笑ってる。


「……今はこれで、せいいっぱい。次は、平手打ちです……」

「ああ。きちんと受け入れる」


精一杯なのは事実だろうけど、起きたシアニスさんは貧血の事を含めて考えても優しそうな印象なので、たぶん本気で叩く気はないと思う。回復担当だからかな。圧倒的癒し系オーラが漂ってるよ。


<聖樹と波長が合いそうな雰囲気?>


そうそれ!マイナスイオン出てる感じ!いやー、さすが回復魔法の使い手だねぇ。


「……というか、あなたが庇ってくれなかったら、私真っ二つでした。あの瞬間に絶命してましたよ。十分間に合ってます。冒険者になった時から死は常に覚悟してますし、怪我をしたから恨み言を溢すような私ではありませんよ」

そうかひょうは


だんだん意識がはっきりしてきたのか、饒舌になるシアニスさん。ついでに添えたままの手がルウェンさんの頬をつねってる。何これ可愛いな。めっちゃほのぼのする。

っていうか守れてたじゃん。ちゃんと間に合ってるよ。回復担当のシアニスさんと一緒に受けた傷だから、ルウェンさんの怪我が他の人よりひどかったんだね。

ディノさんの裾を引いてしゃがんでもらう。大きな声では聞きづらいから、こそこそと。


「あの2人、仲良しさん?恋人ですか?」

「なんだ嬢ちゃん。ずいぶんマセてんな……」

「だってルウェンさん、シアニスさんのそば、はなれなかったし。気になります」


後から考えてみたらどっからどう見ても、病床の彼女に寄り添う彼氏の図、だったよね。私恋愛経験ないけど、それくらいわかるよ。

あー、と空返事のような声をあげるディノさんの奥から、ひょいっとエイベルさんが顔を覗かせてにこっと笑った。その後ろでオリバーさんが苦笑してる。


「恋に興味あるのか、ルイ。ならあの2人をよーく見ておけ。どろどろとは無縁の純粋さだからお子様にも安心だ。まだ付き合ってねーけど」


え!あれで!?嘘でしょ!?


「思い合ってはいるんだけどね……あの2人、恐ろしく鈍いんだよ。見てるこっちがこそばゆくなってくるレベルで」

「仲間で恋、しててもいいの?」


そういうのが原因で別れるパーティあるんじゃない?社内恋愛難しいって聞くし、仕事中気まずい、のかな。同じようなものじゃないの?


「仕事中に持ち込まなけりゃ俺は文句ねぇよ。その点、あいつらは切り替えしっかりしてるしな」

「俺も同じくー」

「うんうん」

「ルウェンの馬鹿正直さを気に入って集まったようなもんだからな、俺ら。あいつが根本的に変わらねぇなら、問題ねぇのさ」


ふーん?ルウェンさんを中心としたパーティなんだ……まあ、彼の一言で雰囲気ががらっと変わったから薄々そんな気はしてたけども。

一丁前に心配なんぞしなくていいんだぞー、とディノさんにぐいぐい頭を撫でられる。だから!頭は!優しく撫でて!!セラスさんから学んでよディノさん!!子ども好きなら尚更!!


「ルイ、ちょっとこっちに来てくれる?」


セラスさんに呼ばれて駆け寄る。いやあ助かった。ディノさんの撫で撫で攻撃から逃げられたよ。

私が近づくと、シアニスさんが微笑んだ。顔色随分良くなったけど、貧血だから血色はよくないね……平気そうな顔してるあたり、さすが冒険者って感じ。


「初めまして。私はシアニスです。私に上級ポーションを使ってくれて、ありがとうございます」


んんー!挨拶だけで感じる上品オーラぁ!

幼女にも敬語って、丁寧な人だなぁ。


「はじめまして、ルイです。こっちはテクト」

「ふふ、可愛らしい子ですね」

「そうだよ!かわいいのに、すごいの!」

「ルイが自慢するのもわかりますよ……あなたの事情は、セラスとルウェンから聞きました。大変でしたね」

「ううん。テクトがいたから平気です」

<……僕、ルイにだけ可愛いって言うの許したんだけどなぁ>


まあまあ。テクトの見た目が可愛いのは事実だから仕方ない。ちょっと許してあげてちょうだいよ。

仕方ないと言う風に私の腕に顔を埋めたテクトの可愛さよ。はー癒し。


「それで代価の件ですが、どうしても受け取ってもらいたいのです。どうしたら貰ってくれますか?」


あなたもかシアニスさん……!!いや冒険者なら当たり前の反応かもだけど!!幼女に大金渡す事に淀みないっすね皆さん!!

いや、うん。受け取る気にはなったんだよ。それがむしろこの人達には礼儀だってわかったから。でもさ、一気に受け取らなくてもいいよね?ね?

皆さんに見えるように指を1つ立てる。ディノさんの真似ですよ!


「お金とか物とか、ちゃんともらいます。でも、じょーけん、あります」

「条件?」

「一気に1100万分出すんじゃなくて、少しずつにするとか、どうですか?」


貰う事は納得したよ。でもその過程を、これから話し合わせてほしい。

例えば今言ったみたいに、定期的に一定額返す感じでもいいんじゃない?こんな深いところまで来れる人達だし、こつこつ詰んでけば1100万も何とかなりそうだし。日本基準で考えて、彼らが皆高収入エリート集団だと思えば……うん、払えそう。めっちゃ払えそう。


「あーそれダメだわ」


って思ったらエイベルさんに却下された。何でー!!


「あのなぁルイ。いつ死ぬかわかんねー職だから、今返したいって俺達言ったんだぜ。受けとる気になってくれて助かるけど、そこんところよろしくな。おーいオリバー、良さげな装備あるか?」

「100階にあった無駄に金ぴかなのはどうだろ。すっごく重かったし、金の含有量高いんじゃないの?」

「金の装備じゃ売るしか使い道ねぇな。お貴族様じゃあるめぇし」

「貴族なら尚更メッキだろ。見栄張りたいだけなくせして、あいつら体力ねーもん」

「直に装着するわきゃねぇだろ。屋敷に飾る趣味が悪そうなやつだよ」

「ああー……」「なるほど」


2人とも納得したように頷いてる。いや、そうじゃなくて!!

ってか今気づいたけど、ディノさんオリバーさんエイベルさん3人衆が、いつの間にか荷物漁ってる!!これどう見ても今この場で私に1100万分の金品渡す気だ!だって武器防具アイテムでも、ダンジョンの中でも、私はお金に変えられるって知っちゃったもんね!あははははー……カタログブックの事は話の展開的に仕方なかったと思うけど、話さなきゃよかったと後悔してきたぞー。

うーん、うーん、どうするかなぁ。こうして悩んでるうちに、選別作業が進んでいくぅ。慣れてるからか手際がいい!

頭を抱えて悩んでいると、セラスさんとシアニスさんがくすくすと笑った。ああんもう美人達め!破壊力がやばい!


「私達の事は気にしないでいいのに。ルイは優しい子ね」

「本当に……」


うん、気にしないでって何度も諭すように言ってくれたの、わかるよ。でもさ、でもさ。私はまた皆さんと会いたいんだよ。またいつか会おう、なんて長期的で不確定な方じゃなくて。明日会おうね、みたいな感じでまたここに来てほしいの。皆さんと話してて楽しかったもん。今度はのんびり、お茶飲みながらお菓子も準備してお話ししたいんだよ。

だからこれは、私のわがままだ。そして私は子どもだから、わがままを押し通していいと思う!そういう事だよ私!


「……お金とかそうびとか、たくさんなくなったら、セラスさん達、しばらくここに来れないですよね……?私、皆さんにまた会いたいもん……」

「まあ……」

「久々にときめいたわ」


うん、全力で上目遣いしたからね!幼女の上目遣い可愛いよね!私は私自身だから萌えないけど、にこやかに胸に手を当ててる女性2人にはとても萌えた!!はー、眼福!!

って萌えてる場合じゃない!!せめて1010万にしない?ポーション代だけにしない!?外の物価は知らないけど、90万あれば生活はできるよね!?何かもう桁が大きすぎて90万が安く感じるけど、これ金銭感覚マヒしてる!?でも実際これだけあったら、1人15万だと考えてもしばらく暮らせるもんね!!何としても謎の増加分削り取ってやるぅうう!!


「じゃあ1010万!ポーション代だけでいいです!」

「いいえルイ。ダンジョンで使ってもらった事は、それだけの価値があるのですよ」

「店からダンジョンの中までアイテムを事になる。ダンジョン内の危険度を考えても、運送代金は上乗せしなくちゃいけないんだ。例えこの階で拾ったものだとしても、その間危険に晒されていた君の労力に対するねぎらいがなければ意味がないだろう」

「冒険者のルールを一般人のあなたに言っても困ると思うけど、駄目かしら?」


やっぱり運送費でしたかー!!いや、うん、確かに疲れたよ?幼女の体って動きづらくて大変だったよ?でもテクトの加護と魔法で全然、無事だったから!危険って認識は最近なくなっててね?毎日の日課的な感じで2時間、散歩してます的な感じになってたっていうか、宝玉が多すぎてそんな風に思ってないとつらかったっていうか。むしろ宝玉無双がつらかったって言うか!!ダンジョンを探索する事自体は、テクトのお蔭でそれほど苦じゃない!!


「私からしたら、皆さんがここに来てくれたんです!嬉しかったんです!そういうルールなら、むしろ私が皆さんにお金を払わなきゃいけないんです!」

「ルイ落ち着いて。それはちょっとおかしいわ」

「……わかりました」

「シアニス?」


シアニスさんが私の前に来て、手を握った。柔らかくて、線の細い女性の手。でも掌にタコがあって、冒険者なんだなって思った。何でだろう。シアニスさんが私の手を取ったら、興奮してた気持ちがすっと落ちた。

え、何で?聖樹さんの周囲の生き物の心を落ち着かせるスキルと同じの持ってたりする?


「ではお金に代わるもの、情報や技術ならどうでしょうか。例えば魔法は、学校に行ったりギルドから講習を受けたりして基礎を学びます。ルイは外に出なくても、私達から魔法を学べますよ」

「まほう!」


魔法をタダで教えてもらえるの?それはとても助かる!

見れば覚えるきっかけになるっていうのは聞いたけど、詳しい話は良識のある冒険者に聞きなさいって言われてたから。私が使える魔法って、洗浄魔法しかないんだよね。テクトの隠蔽魔法を覚えられないかなって思って、注意深く見てても全然習得できなかった。戦闘に関する事だからかな?戦闘を回避する魔法のはずなんだけどな?それともチート仕様だからかな?

生活に利用できそうな魔法とか、覚えたいって思ってたんだ。


「私まほうの事、いっぱい聞きたいです!でも、いいの?」

「ええ。何でもいいですよ。知っている事ならすべて教えます」

「本当?」

「きっと1日じゃ足りないでしょうから、何回もここに来ます。それなら1010万ダル、受け取ってくれますか?」

「うん!」


っていうか、これって、あれだよね。しばらくこの安全地帯に来てくれるって事だよね?そして私と交流してくれるって事だよね?

うへへへへへへへ嬉しいなぁ。

私がにやにやしているのを見て、皆さん気が抜けたような顔をしてる。


「シアニス、それじゃあさっき俺が言ったのをおもっくそ拒否ってるぜ。冒険者的にどーよ」

「しばらく危険な仕事を受けなければいいでしょう。少し初心に返ってもいいと思いますよ。私達の意見とルイの意見を合わせた結果です。ちゃんとポーション代は払うのですから、拗ねないでくださいね。」

「まあ調子乗って未知の階まで来て、ぼろっくそに返り討ちにされたからなぁ。しばらく大人しくするのには賛成だ」

「最近忙しかったから、ゆっくりしたいわねー」

「確かに情報も普段ならば買うものだ。そうか、こういう返し方もあるのか」

「ああ駄目だエイベル。ルウェン最後の壁が納得した……」

「くっそシアニス強い……!」


エイベルさんが悔しそうにしてる。

え、実はシアニスさんが裏ボス的な役割なの?セラスさんだと思ってた。

いつの間にか移動してた細い手が、私とテクトの頭を撫でる。見上げてみたら可愛い顔に優しく微笑まれて、胸がぽわぽわと暖かくなる。

あ、この人慈母だわ。母属性には逆らえませんねわかります。


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