30.冒険者の事情
ディノさんが1つ、指を立てた。
「いいか嬢ちゃん。冒険者ってのはな、自己責任の下で自由と冒険を楽しむ職なんだ。ギルドから出される任務を選ぶもよし、ダンジョンに潜ってアイテムや素材を集めるもよし、好きな時に休むもよし。わかるか?」
言いながら指が2本増えてる。説明のためだったんだね。
「どんな仕事をしても、成功しても、失敗しても、お休みしすぎてお金が少なくなるのも、自分が背負うって事ですか?」
「ああ、そうだ。偉いな嬢ちゃん」
「えへへー……」
じゃない!褒められて喜んでる場合じゃない!
お金大事じゃん!冒険者だと全部自分で揃えなきゃなんでしょ?
「皆さんにも生活があるんだから、そんな大金いらない私の気持ち、わかってほしいです」
「うーん。勿論、生きていくために危険な仕事をしてるわけだから金がないとやっていけないよ。きちんと装備とアイテムを揃えなきゃいけないからね。でもね、冒険者っていうのは自分の命に強い責任を持ってるんだよ」
「こうやって気の合うモンが集まって仲間してるがな、基本は自己責任で変わらねぇんだよ」
モンスターや賊相手に負けて死ぬのも自分の責任。相手が強く、自分が弱かった。だから負けたし、死んだ。他者に責任を押し付ける事は、特に長く冒険者を続けてる人にとって恥でしかないそうだ。日々研さんして自分の実力をしっかり理解しているからこそ、危険な事に挑戦しているからこそ、負けた時は仕方ないと思うんだって。
ちょっと潔すぎない?
「今回俺達は、自分達の判断ミスで仲間を危険な目に遭わせてしまった。それをたまたま君に救われたんだ。俺達は仲間の命の責任を正しく取るために、君に代価を払わなければならない。これは冒険者にとって誇りの話になる」
「仲間の命の代価くらい払えねぇクズだと他人に思われるのはとんでもねぇ屈辱なんだよ。他人に馬鹿にされてるからじゃねぇ。その状況を受け入れなきゃいけねぇ自分自身が許せねぇんだ。それでも平気だって顔してる奴ぁ、いずれ誰にも信用されねぇようになる」
「冒険者にとっては信用も大事なんだよ。重要な任務を任せるに値する人物かどうか、判断材料になるからね」
「ま、ようは借りを作りたくねーって事さ。なんせ、一か所に定住しねー根草無しな上、いつ死ぬかわからねー職だからさ。恩の借りっぱなしは性に合わねーんだ」
「私達の事を気にしているのかしら?そう深く考えずに、ポーションの代価を受け取ってほしいの。ルイのためになるなら尚更」
<……彼らは真っ当な冒険者なようだね。恩を受けても仇で返す人だっているだろうに>
うん、そうだよね。潔すぎてかっこいいくらい、誇り高い冒険者なんだ。
でもそんな人達なら、危ないと思ったらすぐに戦場から引くよね?死んだらしょうがない自己責任、なんて言ってるけど。仲間があんな姿になる前に、戦場から逃げてもおかしくないと思う。あんなに必死になって助けようとしてたんだもん。無謀な事に挑戦する人達じゃないはず。
この人達の事情も、ちょっと知りたいと思ってきた。
「なんで皆さん、傷だらけなの?どのモンスターと、たたかったんですか?」
この階層で危険な奴って言ったら……まあたぶん、あの牛だと思うんだけど。オーク集団に襲われた可能性もあるし。
「どのって……」
「……まあ、」
「……あれだな」
言い淀んでる彼らに向かって試しに、もー?って牛っぽく鳴いたら一斉に青ざめてしまった。
あ、うん、やっぱり牛ですよね。あいつ反則的だよね。ダンジョンの床さえ抉る怪力だからね。あ、思い出したらぞわっとした。
「ルイあなた、グランミノタウロスを見た事があったの?危ないわよ」
「いんとんの宝玉、つかって、ちょっと見ただけです。その日からあの部屋には近づいてないですよ」
本当はテクトの結界に助けられたんだけど。それを言うわけにはいかないからね。
後近づいてないのは事実です!トラウマ!!
「俺達、この階層は初めてだったんだけどよ。オークジェネラルが1匹でいた時点で、部下のオークどもを蹴散らす存在がいるって気付けりゃ、迂闊に部屋に入らなかったよなー……今更言うんじゃ言い訳にしかならねーけどさ」
「え。あのえらそうなオークが、1匹でいたんですか?」
そういえばいつだったっけ。オークジェネラルが1匹でぽつんと立ってた時があったなぁ。あ、グランミノタウロスに追われた次の日だったかな。初めて宝箱を開けた日だ。ちょっと懐かしい気分になる。
「オークジェネラルとオーク部隊も、合わせればかなり強い部類だけど。グランミノタウロスにとってはただの餌みたいだよね……よく思い出してみたら、部屋の奥に豚の骨があったよ」
「入った後に気付いたよな。あれがただのミノタウロスじゃなくて、噂のグランミノタウロスだって。そん時には目の前にいたから、戦闘体勢取るしかなかったんだがなー。つか偵察に引っかからない気配遮断とか、器用すぎだろ……」
「あの牛は別格だ。狙われりゃ、逃げる事もままならねぇ。恐らく腹を空かしたグランミノタウロスがオークどもを食ったんだろう」
「部屋に入る前から床が抉れていたから、轟音で呼び寄せたのかもしれないわね。戦闘音がすれば冒険者がいると思わせる事ができるから、食欲旺盛なオークは簡単におびき寄せられるでしょ」
ああー!それ初日の私だ!!私が襲われてる音に反応して、他のモンスターがわらわら近寄ってきた!そういえばピンクの影もあった気がする……あれがオークだったんだ!犠牲になったのはオークだった……?でも1日経ったらリセットするし、オーク集団は復活してるはずだよね?
あ、もしかしてあの時の事があったから、また床抉れば
どちらにせよグランミノタウロス半端ないなホントに!逃げ切れてよかった!!
「あんなのが待ち受けてるんじゃ、なかなか下の階にゃあいけねーな。どう倒したらいいかもわかんねーし」
「初めて見たが、存外知恵が回るモンスターだったな。あの巨漢からは想像もつかない素早さもさる事ながら、後衛から狙おうと俺達をやすやすと払い除けるだけ力もあった……厄介なモンスターだ」
「ディノでさえ、気軽に棚動かすくらいの動作で除けられたしね……」
「……けっ」
「ええー……」
ぱっと見て重量級なディノさんをそんな簡単に?グランミノタウロスやばい。ディノさんめっちゃ悔しそうにしてるけど。
「それで、用意していたアイテムを使い切りそうになって撤退、逃げる事にしたのよ。でも、なかなか隙を見せてくれなくて、その間にポーションはなくなっちゃうし……部屋を出る前にシアニスは……」
目を伏せるセラスさん。
あ……そっか。シアニスさんは、グランミノタウロスの一撃を避けられなかったんだ。あの大きな傷、斧の跡だったんだね……うん、えぐかった。納得した。あまり思い出さないようにしよう。
「……俺が、間に合わなかったからだ」
「お前それ言ったらシアニスに引っ叩かれるぞ」
落ち込んだ様子のルウェンさんと、その肩を叩くエイベルさん。あ、そこまだ治ってない傷の所……
案の定、ルウェンさんは痛みで顔を歪めた。肩を押さえて呻いてる。ですよね、めっちゃ痛そうだもん。包帯からじんわり血が滲んでるし。下級ポーション……は、まあ後で聞こう。
「ちょうど脱出の宝玉も切らしてて、ダンジョンから出る事も出来なくてポーションを買う事すら出来なかった……私達は、大切な仲間を失う所だったの。ルイ、優しいあなたがここにいてくれて、私達は本当に感謝してるのよ。こうやってゆっくり話せるのも、あなたが助けてくれたから。感謝の気持ちをお金か物で返さないと、冒険者は誠意を示せないの。突然の大金に気後れするのもわかるけど、是非受け取ってほしいわ」
そう締めくくったセラスさん。他の人達もうんうん頷いてる。
そっか。大金だっていうから思わず拒否してしまったけど、この人達にとってはどんな金額だって返すのが当たり前の事なんだ。
っていうか、よくよく考えてみれば上級ポーションが「拾ったものをあげただけ」なら、宝玉だってタダであげればいい。それなのに宝玉だけ金をとろうなんて、私は矛盾した事を考えてる。
そういう矛盾を他の人にとやかく言われないために、正しい価値を示すためにも、ポーションの代金はちゃんと受け取らなきゃいけないんだね。
うーん……でも、1100万なんて大金、やっぱり貰えないよ……皆生活があるのに。
どうしたら円満解決するんだろう。
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