27.天国と地獄
「お、おおお……!!」
思わず震える。目の前の現実を受け入れようと、手をゆっくりと伸ばした。
丸くない、玉じゃないそれに触れる。冷たいガラスの質感。透けるのは緑色。持ち上げたら、中身がちゃぽん、と揺れた。
宝玉じゃない、初アイテムだった。
「テクト!すごい!!宝玉じゃないよ!!」
<ルイ、興奮するのはわかるし僕もじっくり見たいけど、隠蔽魔法かけなきゃ>
モンスター寄ってくるよ?と、宝箱の蓋を持ち上げながらテクトが首を傾げた。おおう、そうだった!宝箱開けてる時は隠蔽魔法解いてるんだった!あまりの衝撃に忘れてたよ。興奮で恐怖が吹っ飛ぶわ!
小瓶を引き寄せると、テクトが蓋を閉めてキラキラを放つ。隠蔽魔法がかかって、ほっと息を吐いた。さてさて!
2人揃って、私の両手に収まる細長い小瓶をまじまじと見る。液体が入ってる所だけふっくら丸い。ちょっと大きなマニキュアの瓶みたいに見えるけど、これ何だろう。
「すごいね、テクト。なんだかわからないけど、宝玉じゃない!」
<うん。これはポーションだね。まじりけなしの、上級ポーションだ>
「じょーきゅー!!」
0が多かったやつだ!!最上級は目が皿になりそうなくらい多かったけど、上級だって中級より増えてた気がする!!いや普通に考えて中級より効果があるんだから上級って言うんだろうし、高価になるのは当たり前なんだけど!うん、ちょっと落ち着こう!!たぶんパニくってるぞ私!!
落ち着けー。落ち着けー……ふうー……心を静めて、ポーションを観察する。そういえば、下級ポーションは小さいジャム瓶くらいの大きさで、うすーい緑色だったなぁ。量は下級の方が多いけど、階級毎に飲む量が決まってるのかな。上級は効果が強いからこれくらいで十分回復できるよ!みたいな。
<もしくは、それ以上を一度に接種すると体を治すどころか異常をきたすから制限かけてる、だね>
「ああー。なにごとも過ぎるのはよくないからねぇ」
その過ぎたるアイテムが、今私の手に収まってるわけですが。軽く揺らすと中身も揺れる。ふぉおおおおお、綺麗ですなぁ。回復アイテムとは思えない!
んんんんー……!や、やっぱり落ち着けない!にやにやしちゃううううううー!!
テクトを見たら、にやにやする口元を押さえてた。やっぱりテクトもテンション上がってるんじゃん!!にやにやするよね!!
「これを売れば、まどうぐコンロ買える……!」
<余裕で買えるだろうね……!それどころか毎日贅沢にアップルパイ食べても許されるレベル!!>
「ふおおおおお!幸せアップルパイざんまい!!やっと、やっと宝玉じごくのつらさから、かいほーされる……!!」
<そこだよね……!!今ならまた数日間宝玉続いても許せる!!>
「うん、ゆるせちゃう……!!」
上級ポーションを掲げる。ここダンジョンの中だけど!今!私の手の先にだけ光が当たってる気分!!スポットライト浴びる感じ!!
ああ神様、私とテクトはやり遂げた!ついに宝玉以外のアイテムが出たよー!!すっごく!!嬉しい!!
「ふふふふふふふ!右の方のみち、ちょっとふくざつで疲れてきてたけど、こんなにステキなアイテム拾っちゃったら、苦労もふっとぶねぇ」
<そうだね。地図描くのも大変だった>
「地図はほんと、ありがとう。でも、自分がどっち向いてるのかも、わからなくなるんだもんなぁ」
数日前から、グランミノタウロスとオーク地帯とは反対側の、いつも箱庭から出る所から見て右側にある、未知の廊下を歩き進めてきた。
それがまあ複雑で複雑で!!左側はほぼ一本道だったのに!こっちはすぐ道が分かれる!!小部屋は少ない!!まあ迷うよね!保護の宝玉いっぱいあるから、迷ってもスタート地点にすぐ戻れるんだけどさ。疲労感は拭いきれない。
一日リセットの影響をダンジョンの構造は受けないから、ずっと道順は変わらない。でも似たような道ばっかでわからなくなるんだよね。だから地図を描く事にしたけど……まあ、私地図読むの苦手だから。察してほしい。色々。
僕だって地図描きなんてやった事ないんだよ?と言いつつ、テクトはこつこつ丁寧に描いてくれた。この地図がなかったら、右側の探索3回目で諦めてたよ。テクトのお陰で、近場なら現在地がどこかわかるようになった……ほんとに助かる。
出てくるモンスターは野良オーク、サイクロプス、ギガントポリールバグ、キマイラ、カメレオンフィッシャーかな。他はまだ見てない。オーク地帯方面より、多少弱そうって感じかな。ジェネラルいないし、凶悪ミノタウロスも今のところいないし。
そうそう。モンスターで解せないのは、カメレオンフィッシャー。あの宝箱部屋で擬態して待つヒラメみたいな奴の事なんだけど。フィッシャーって釣り人って意味だよね。あれか、宝箱が餌で冒険者が魚か。見た目魚が魚釣りとか笑えませんねぇ名付け親誰だ!悪意あるよね!って叫んだ私は間違ってないはず!!
「今日はもう、かえろうか。上きゅうポーション売って、なに買うか、ゆっくり話そう」
<そうだね。でもアップルパイは絶対買う>
「それはもちろん!ちがう店の、食べ比べとかしよーよ!!」
<何その涎出てくる最高な提案……!>
テクトがごくりと唾を飲み込んだ。想像するだけで涎止まりませんよな!仕方ない!アップルパイだもの!
この数日でテクトは大分私に毒されたなー、って思う。食い意地的な意味で。栄養が足りないと悪いから、と思っておやつ食べ始めた時も大喜びしてたし。アップルパイはご褒美枠だから手を出さなかったけど、今日は解禁だ!私もこの体に慣れてきたのか、口がよく動くようになったし!今なら2個食べても顎疲れない気がする!!お腹膨れるから夕飯は少な目になりそうだけど!!
<慣れてきたのは確かだよね。言葉が流暢になってきたもの>
「だよね!この調子で、手先ももっと、きよーになってほしい!」
日記の字はまだ汚いんだよねー。めっちゃ歪む!はっきり言って悔しい!幼女の体だから簡単に慣れるとは思えなかったけど、手芸は変わらず出来るだけにもどかしいね!頑張るけど!
でもとりあえず、今日はご褒美アップルパイだ!!
「テクト、かえろう」
<うん>
「せいじゅさんも、よろこんでくれるといいなー」
<ルイの笑顔を見れば喜ぶと思うけど、どう反応するかなあ。楽しみだね>
「うん!」
ダンジョン生活は概ね充実していた。
テクトや聖樹さんのお蔭で寂しくないし、安全だし、カタログブックがあれば不自由はしないし。ダンジョン内の探索も宝箱の中身は思うようにいかないけど、最近楽しいと思えるようになってきた。
だから私は忘れていたんだ。
ここが、最上級に及ばないけど、1つで金貨10枚―――1000万もする上級ポーションが出てくるような、危険な階層だって事を。
「駄目だ血が止まらねぇ!!もっと布出せ!!」
「ポーションどこにもないの!?」
「全員アイテム袋出せ!漁るぞ!!」
「手拭いあった!これ使って!!」
「シアニス!喋らなくていいから意識保ってくれ!!」
保護の宝玉で安全地帯に帰ってきたら、むわりと濃い鉄の臭いが真っ先に鼻を突き抜けた。続く騒がしい声が、耳から頭に刺さる。
え。何?何があった?
安全地帯の一角でまとまってる男女が慌てた様子でリュックとかウェストポーチを漁ってる。質量保存無視してる感じ、あれ全部アイテム袋だ。
<冒険者だね。初めて見る>
「う、うん……」
私達の存在に気付いてない様子。ダンジョン自体や宝箱は魔法無効化だけど、ダンジョン専用アイテムは隠蔽魔法かけたままでも使えるから、気配を悟られないのはわかるんだけど。たぶん、かかっててもかかってなくてもあの人達は私に気付かないと思う。
血の臭いが濃くなった。男女に囲まれてる人が、吐血したらしい。咳き込んだ声に続いて、喘鳴音が聞こえる。
男の1人が立ち上がった。身軽そうな装備の、ひょろりとした男性だ。青ざめてる。
「ポーションがない……!お、俺やっぱりさっきの部屋に戻る!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!!お前1人行った所で死ぬのが落ちだ!!」
「でもあいつの背後に宝箱あったよ!あそこにポーションが入ってるかもしれない!!俺の足なら行けるよ!!」
「その怪我した足でか!例え万全だとしても追いつかれて握りつぶされんのが関の山だっつってんのがわかんねぇのか!!」
「わ、わかってるけど……!でも!!」
青ざめた男に、熊みたいに毛むくじゃらの男が怒鳴りつける。
彼の手も、足元も、真っ赤だ。血を吸いすぎて意味をなくした布を投げ捨てる。べちゃ、と音がして、どれだけの血が失われたかを察した。そのすぐそこに、青色を通り越して白く冷めた女性が横たわっている。赤い血が、僅かに上下する胸が、彼女がまだかろうじて生きている事を示していた。
死の気配が、近づいてきてる。
ぶるりと全身が震えた。
「テクトごめん。使うよ」
<いいよ。ルイの好きにしたらいい>
「うん。ありがとう」
テクトが何も言わず、隠蔽魔法を解いた。同じ次元じゃないと、アイテムは使えない。そうだったね。隠れてる場合じゃないんだ。
行こう!
「あの!これ使ってください!!」
突然現れた私を訝しむ間は一瞬。私が持っている上級ポーションを見て、緑の髪の女性が目線を合わせてきた。
「いいのね?」
「いいの!」
「ありがとう!」
緑の髪の女性が、慎重な動作でポーションを受け取って蓋を取る。横たわる女性の傍にいた男性に頭を支えるように指示して、ゆっくりとポーションを口へ流し込んだ。
途端に淡い光が女性を取り囲んで、痛々しい傷に集まる。袈裟懸けに切り裂かれたような、大きな傷だ。よく見たら骨見えてる……!ひええええ!!こ、こんな怪我だったの!?大丈夫だよね!?上級ポーションなら助かるよね!?
私の手に治まったテクトをぎゅうっと抱きしめた。
<大丈夫。絶命してないから間に合うよ。上級ポーションだからね>
うん。うん、テクトの目は信じてる。大丈夫。ただ、私が怖がってるだけ。
光がどんどん強まって、消えた。目を開けると、横たわる女性の傷はなかったかのように綺麗な肌色に戻っていた。顔色は赤みを帯びていて、緩やかに呼吸している。意識は戻ってないけど、目に見えて助かった気配がする!
はあああああああよかったあああああああああ!!
緑の髪の女性が毛布を掛けて、脈を取ってる。しばらくして、微笑んだ。綺麗な笑顔だった。
「もう大丈夫よ。状態は安定したわ」
場の空気が緩んだ。皆笑顔っていうか、泣き笑いっていうか、安堵の表情だ。うん、そうだよね。仲間が死ぬって絶対つらい。
「よ、よかっ……た……!!」
「本当かセラス!!」
「ええ。この子がくれたポーションのお蔭ね」
「ありがとよ嬢ちゃん!!お前はシアニスの命の恩人だ!!」
毛むくじゃらの男性に思いっきり頭をがしがしされた!撫でてるつもりかもしれないけど、めっちゃ痛い。首ごきごきいってる!!
さらにひょろりとした男性と、髪の長い男性に迫られた。嬉しさを全身で表してくれてると思うんだけど!!苦しい!!
「お嬢ちゃんありがとう!!」
「ほんっとーにありがとうな!」
「シアニスが助かった……よかった……!」
「ルウェンしっかり。あなたも重傷なんだから、シアニスが無事な今、きちんと応急処置受けなさい」
「ああ……!」
よくよく見たら、横たわる女性の傍にいた男性も血まみれっていうか、肩から血がどくどく流れらっしゃる!!ひえええええええ!!っていうかここにいる人全員何かしら怪我してるじゃん!!この女性が危険だっただけで!!皆ひどい!!
下級ポーション!!あるから!!冒険者さんが遺したポーション使うね同業者相手だから許してね!!
男性陣から慌てて逃れ、リュックから下級ポーションを人数分取り出して配る。っていうか押し付ける。早く!飲んで飲んで!!
下級ポーションを受け取って貰えて、ほっとする。これで多少の傷は治るでしょ。ルウェンって人はもう1本必要かもしれないけど。
「嬢ちゃん、さっきのありゃ何だ?見たとこポーションみてぇだが……」
毛むくじゃらの男性が下級ポーションを呷りながら私を見下ろすので、胸を張って見上げた。テクトも同じように胸を張る。可愛いなあ!
「じょーきゅーポーション!」
一拍後、雄叫びの如き悲鳴が安全地帯に響き渡った。
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