16.夕ご飯と儀式
私のお腹が盛大に鳴ったため、炊き込みご飯の件は後回しにする事にした。カタログブックについては、私もちょっと思うことあるし。後でしっかり、ナビに聞かないとね。
さぁて、鶏汁の仕上げしましょうか。
鶏肉に火が通ったら料理酒を回し入れ、しばらくしてから味噌をお玉で掬ってよーく溶かす。ぐるりと混ぜて、小皿に汁だけ入れた。それをテクトに渡す。
「りょうりは、あじみがだいじなんだよ、テクト」
<へー。んん、なんだろう。不思議な味だね>
味噌汁をぺろりと舐めて、テクトは目をぱちぱちさせた。
<甘いような、しょっぱいような……でもまろやかな感じ?かと思ったら鶏肉の旨味もある。複雑だね>
「それがみそしるのいいところだよ。みそははっこーしょくひんだから、からだにもいいしね」
<へー。この茶色いの、味噌か……どこがいいの?>
「えーっと」
発酵食品っていうのは、人が食べられる微生物の働きによって素材を発酵させて加工した食品の事でね。この微生物が、食材自体の旨味を引き出したり、栄養成分を高めたり、お腹の調子を整えたりするんだよ。色んな微生物がいるから、色んな効果があるんだね。
その発酵食品の中でも味噌は、大豆や米や麦を麹で発酵させた保存食として昔から愛されてきたスーパー食品なのです!私が買った味噌は大豆原料の麹多めだから、ちょっと甘めなのが特徴かな。味噌にするとただの大豆の時よりビタミンが増えたり、栄養成分を体に吸収しやすくしてくれるから、健康にいいって言われてるんだよ。味噌の種類によっては味も色も違うんだ。味噌汁、肉や魚の味噌焼き、ご飯にかけるおかず味噌、ソースにしたり、色々な料理に使えるんだよ!
<おおー>
「ちなみにあさひるたべたしょくパンも、はっこーしょくひんなんだよ」
<なんだって>
ぴんっと耳が立って、目がキラリと光った。おおう、わかりやすいなぁ。
「白いパンはほぞんにはてきさないんだけど、はっこうのてじゅんがあるから、はっこーしょくひん」
<発酵食品……侮れないな>
食パンが相当お気に召したのか、私の味噌の説明が長くてわかりづらかったのか。食パンの話になった途端、テクトの発酵食品に対する姿勢が、だらけた感じから背筋ピンッて感じになった。
どんだけ好きなの食パン……
<アップルパイと同じくらい>
あ、それは仕方ない。アップルパイと同じくらいなら仕方ないね!だってアップルパイめっちゃ美味しいもの!
って、鶏汁作ってる途中だった。夕日結構沈んだから、急がなくちゃ。
うん、ちょうどいい塩梅だから、ちょっとだけ醤油を足す。落ち着くと味が薄まるからね。あ、豆腐買い忘れた。まあそれは次回って事で。
沸騰する前に火を消して、鶏汁のかんせーい!水煮使ったから早く出来たね。これだけの具材を最初から切って煮るとなると、夕日が完璧に落ちて真っ暗になるよ。冒険者さんの遺産にランプとか明かりの類いは入ってなかったから、暗くなると何もできなくなっちゃう。明日以降も、夕飯は日が沈む前に済ませたいな。
「テクト、もりつけてみる?」
<うん。お玉で掬えばいいんだよね?>
「そうだよ」
テクトの小さな手の上に陶器の椀。右手でお玉を持ち上げると、具がぼろぼろ零れて汁もほとんど落ちた。何度かやってみるけど、うまくいかない。ちょっと斜めだからなー。
テクトの顔がむっとする。
<うまくいかない>
「ぐをすくうのだってコツがあるからね!」
そんな簡単にやられたら私ちょっと虚しくなるぞ!日本の子は給食係で練習して出来るようになるんだからね!
「ぐるっと下までまわし入れて、まっすぐもちあげてみて」
<ん>
テクトの力で簡単に味噌汁の具が混ざって、具がお玉いっぱいに入って出てきた。さっき味見する時、私両手持ちでやっとお玉回ったのに……わあお、大量。
「そしたらおたまの下をちょっとだけ、なべのみそしるにつける」
<なんで?>
「きれいにもるためだよ。つけないでおわんにもってみなよ」
<うわ、汁が零れた……>
お玉の丸いところからぼたぼた零れた味噌汁が草原に染み込んで味噌味に……洗浄かければ大丈夫、だよね?かけよ。
<これじゃお椀も汚れるね>
「こぼしたぶんも、もったいないしね。それをよぼうするのが、さっきの下ちょんね」
<へー>
表面張力がうんぬんかんぬんだった気がするけど、忘れちゃった。そういうものだって覚えちゃったら現象までは覚えてられないなぁ。
テクトが慎重によそった2つのお椀を、手拭いで包みながら作業台に置く。
「うん、じょうずにもれてるよ!テクトきようだね」
<教えてもらったからその通りにしたまでだよ。それより、手は熱くない?>
「だいじょーぶ!」
ふっふっふ。ホットサンドの件で私の手の皮が薄い事は把握してるんですよ。ミトンの代わりに手拭い挟んで、私でも運べるように工夫してみた!結果は上々!出来たものを運ぶくらいなら問題なし!
炊き込みご飯を出した後の段ボールをテクトの足場に交換したから、洗浄済みの作業台の上にはほかほかご飯と鶏汁が並んでる。んんー、食欲をそそるいい匂い!
テクトはスプーンを、私は幼児用の小さな箸を置いて。夕ご飯のかんせーい!
鍋に蓋をしたテクトが寝袋に座る。お金に余裕が出来たら、ちゃんとした椅子も買いたいね。冒険者さんの作業工具鞄に座るのも、申し訳なくなってくるんだよなぁ。カタログブックが家具も取り扱ってくれればいいんだけど。
<いい匂いだね>
「うん、さっそく食べよっか!いただきまーす!」
<……いただきます>
私が手を合わせると、こっちをちらりと見て同じように手を合わせるテクト。うん、小さい手が控えめに合わさってほんと癒し。
朝ご飯の時に、いつものようにいただきますってやったら、昼からテクトが真似し始めたんだよね。それって何の儀式?って聞かれたから、食材になってくれた命と作った人への感謝の儀式。って答えた。いや、儀式じゃないんだけど。
昔からお婆ちゃんにこれだけはちゃんとしなさいって言われてたんだよね。箸の持ち方とか、魚の身のほぐし方とか。食事中に百年の恋が一気に冷めてしまう場合だってあるの!マナーしっかり!とはお婆ちゃんの言。
食い意地が昔からばっちし張ってる私は、感謝の気持ちは忘れちゃいけないなって思って意識してやってるんだけど。こっちの世界にはないのか、テクトの知識にないのか、不思議な儀式に見えるんだねぇ。
感謝は大事だね。僕もやって大丈夫?ルイの前の世界の宗教に入らないとだめ?って首傾げるから、この合掌に宗派はないから!食事前の通過儀礼みたいなものだから!って慌てて訂正したよね。何の儀式だと思ったんだ……あ、勇者召喚の儀式とかありましたねこの世界。しかも邪法もありますね。やだ……儀式って単語物騒。
で、今こうしてテクトが真似してるわけだけど。ちょっと様子見してるのは私が儀式だって返したから?大丈夫だって。ただの通過儀礼だから何も起こらないって。ご飯に手を合わせるだけで何か召喚したら、日本は毎日大混乱だよ。
味噌汁のお椀を片手で持てないので手前に寄せて、すする。行儀悪いのはわかってるけど重たいし熱いんだよぉ。これも成長してからだなぁ。
「んんー、おいしい!」
<うん、美味しい>
スプーンで炊き込みご飯をすくって頬張るテクトに続いて、私も炊き込みご飯を一口。うん!もちっとしたご飯の歯ごたえと鶏肉のぷりっと感!にんじんの甘味とごぼうのシャキッ、油揚げのコクと、きのこの旨味。具材の出汁と調味料を吸いこんだこんにゃく。それらが全部合わさって、この素晴らしいハーモニー!ああー、このお店の炊き込みご飯が温かいまま食べれるなんて!!冷めても美味しいけど、炊き立てが一番美味しくて……それを目当てによく時間図ってお店に特攻したなぁ。
そこでもう一度鶏汁をずるずる。んんー!優しい味わいが相性ばっちり!
「テクトがしっかりいためてくれたから、こんにゃくもくさみがないね!」
<ふふ、正しく菜箸っていうのを持てたわけじゃないけどね……お世辞でも嬉しいよ>
「だいじなことだよ。わたしじゃ、さいばしにぎるのもたいへんだもん」
下茹で不要ってあっても、こんにゃくって結構独特の匂いがあるんだよね。まあ私は好きだけど、それが食材の邪魔をしちゃう時がある。だから先に香ばしい匂い付けた方がいいんだよね。
このぷにぷにお手々は針仕事の時はいい子なんだけど、箸とかちょっと大きなものとか長いものを握るとなると、途端に言う事を聞いてくれなくなるんだ。さっきも混ぜるの大変だったし、困ったもんだよ。今だって幼児用だからなんとか握れてるんだよね。
あ、そうだ。今度野菜そのものを見せるつもりではあるけど、野菜について教えるって言ったんだから。ちょうどいいから、ちょっと勉強しようか。
鶏汁から大根を取って、テクトに見せる。
「テクト。ちょうりずみだけど、これがだいこん」
<透き通ってるね。こんなに透明だと、探すのも大変じゃないの?>
「ひをとおすまえは、まっしろなんだよ。はっぱもでてるから見つけやすいしね」
<え。火を通して色が変わるの?野菜って不思議だね>
「はなみたいに、いろんないろがあるんだよやさいって。それからね―――」
こうして、私達の初めての夕ご飯は楽しく過ぎていった。
気付けば夕日が完全に沈んじゃって、慌ててご飯をかき込み暗い中片付けたのはご愛嬌である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます