15.ただいまと夕飯作り



<ルイ、起きて。もう夕方だよ>

「……んんー……やだ……ねむいよぉ……」

<子どもは一日三食が絶対なんでしょ。駄目だよ、ご飯食べて夜に寝て>

「ダァヴねえさんがねー……そう、いって……たねー…………ん?」


ばっと目を開く。テクトが私を覗き見てた。あ、ウサギ顔なのに髭がない……じゃない!!


「わたし、ねてた?」

<寝てた。3時間ちょっとくらいかな?>


テクトは服から出てた懐中時計をこっち向けて、よく寝てたねーって……うわぁ、17時前だ……マジかぁ……3時間も……

あまりの事実に目覚めたわ。目元をごしごし擦る。


「まさかこんなに、たいりょくがないなんて……」


普通の幼児だって、昼寝するの1時間くらいだよ。寝過ぎじゃない?ステータス2倍ブーストかかって小学生程度もいかないって……昨日なんて、今日よりずっと起きてたと思うけど。

それとも、長時間の昼寝を必要とするほど実は疲れてたって事?


<そうなんじゃない?>

「まあ、ようじょの足で、けっこーあるいたよね」


初めての探索でテンション上がってた気がするから、それも原因なのかな?

遠足楽しんでる子どもか私……いや、楽しむどころか恐怖が勝ってたんだけど。


<そういえばダァヴが、子どもは興奮すると寝れなくなるから、夜は絶対興奮させない事!って言ってたなぁ。それと似たような感じなのかな>

「あー。ふだんとちがうことがあると、こどもってねないもんね」


旅行前の子どもみたいな。いや私今子どもだけど。


<でも夜にきちんと寝ないと成長を阻害するからって、箱庭の空間固定に聖樹が選ばれたらしいよ。傍にいると心を鎮めて眠らせてくれるスキルが役立つからって。子どもを預けるのにぴったりなんだって>

「わあ、せいじゅさんマジせいぼ……」


あ、興奮。興奮かぁ。

うーんもしかして、って思ってたらテクトが私の膝に手を置いて見上げてきた。何この上目遣いのアングルかわい……あ、離れちゃったよ。もったいない。


<もう。可愛いは止めてよ。それより、何か思い当たる事でもあった?>

「きのうときょう、モンスターときゅうせっきんしたなぁっておもって」


それで興奮っていうか、緊張してたのかなと。寝落ちたタイミング考えたらそんな感じする。


<どういう事?>

「えーっと、たぶんそうだろうなーっておもったことだけど」


私の体力がどれだけあるのか正しくはわからない。でも普通の5歳児よりは多めだと思う。箱庭ぐるっと回って朝ご飯の準備して、その時点で疲れはほぼなかったから。昔の園児時代を思い返してみると、そんなに立て続けに動き回ってられなかったと思う。

探索時間は2時間くらいかな。ずっと立ちっぱ歩きっぱだった事を考えると、運動量は小学生中学年並みだと思うのよね。さすがにそれはブーストしたにしては多すぎ感あるから、ここでモンスター遭遇による興奮と緊張感の要素をプラスする。

私はたぶん、限界越えて動き回りすぎたんだと思う。だから緊張が解けた昼ご飯の後、横になった直後に寝落ちちゃったんだろう。昨日だって、テクトが帰ってきて安心したら寝ちゃったし。どっちも長時間寝入ってる。限界越えたからかな。


<次から探索は短い時間でした方がよさそうだね。緊張し通しも悪い!!って言ってたし>

「ダァヴねえさん、じんたいにもくわしいのね」


適度な緊張感はいいんだよ。だらけっぱなしも悪いって言うし。明日は緩急つけて、朝に1時間、昼休憩挟んで1時間ってやってみようか。昼寝も入れて、どれだけ寝ちゃうか調べてみよう。日にちを掛けて調節してくしかない。

小さくなった手のひらを見下ろす。ぎゅうって握っても、柔らかいまま。握力もない。

私もまだまだ、自分の体の事をわかってないんだ。大人から幼女に突然後退したわけだし、慣れないのはわかるけど……今まで出来た事が当たり前に出来ないのは、苦痛だなぁ。


<だから僕がいるんでしょ>


私の頬をぺちぺち叩いてくるテクト。目が合うと、緑色の猫目を柔らかく細めた。


「テクト……」

<ルイが出来ない事は、僕が手伝ってあげるから。不貞腐れないの>

「うん」

<僕もまだまだ、人の事を理解できてないんだから。ルイが教えてくれなくちゃ>

「うん」

<で、早速疑問に答えてほしいんだけど>

「ん?」


テクトが離れて、腰に手をあてて首を傾げた。


<今日僕らが食べたのって、野菜入ってるっけ?絶対毎日食べさせる事って言われたのはいいんだけど、僕野菜がどんなのか知らないんだよね>

「うっわーお」


やばい!そうだった。そうだったよ!ダァヴ姉さん言ってたじゃん!ちゃんとお野菜食べなさいって!忘れてた!私が今日食べたの、炭水化物と乳製品と加工肉だけだ!うわ!これ怒られるやつ!!正座して怒られるやつ!!

夕飯は野菜たっぷりにしなくちゃ!!


「っていうか、テクトやさいしらないの!?」

<今まで興味なかったって言うか……人から出されてたのも、すでに調理済みだったりで原型を知らないし。野菜っていうくくりの物が食べ物だっていうのは知ってるんだけどね>

「しょくいくしよーよかみさまぁあああ!」


食べ物必要ないかもしれないけど、聖獣だって生きてるから!食育!大事!!


「よーしわかった!いそいであんぜんちたいにかえって、はこにわにいこう!やさい、おしえるから!」

<あ、安全地帯には帰ってるよ。ルイが長時間寝てるから、先に帰っておいた方がいいかなって思って運んでおいたんだ>

「はい!?」


よくよく見回してみたら、昼休憩した時の小部屋じゃなかった。通路がぶち抜いたような小ホール規模の部屋、妙に綺麗になってる石レンガ。ダァヴ姉さんの洗浄魔法の名残りだ。

これは間違いなく安全地帯だわ……とてもありがとうだけど、え、テクトがどうやって?


<寝てるルイを敷布で丸めて包んで、こう>

「うっわぁ!?」

<持ち上げて、走っただけだよ>


突然体が浮いたから何事かと思ったら、テクトが再現してくれてるらしい。私のお尻あたりに、テクトの両手がある。ああー、これアイテム整理してた時のと同じ体勢かなー!両手で持ち上げてるのかなー!!

テクトが力持ちだってのはわかってるし幼女程度テントより軽いんだろうけど、こんな小さくて可愛い子に運ばれるとか私の罪悪感がとてつもないので今すぐ下ろしていただきたいですテクトー!!

って内心大暴走してたら、ささっと下されて可愛いは止めて!って怒られてしまった。あちゃー。










箱庭に帰ると、ちょうど聖樹さんの右側にオレンジ色の夕日が落ちていく所だった。

西に向いて右が北だから、真正面の山側が南なんだなぁ。オレンジがかる聖樹さんも綺麗。なんて思いながら、聖樹さんの枝の下へ来た。


「ただいま、聖樹さん」


ざあああって枝葉が擦れる音がする。テレパスはないけど意思がある聖樹さんの意思表示はもっぱら枝を揺らす事だ。枝と葉っぱが耳に優しく揺れて擦れるのを聞いてると、探索でざわざわしてた心がすとんと落ち着く感じがする。これが鎮静スキルなのかなぁ。ヒーリングミュージックみたい。

よーし!夕ご飯作ろうか!今度はテクトに手伝ってもらうんだ。


<僕はどういう作業をしたらいいかわからないから、ルイが教えてね>

「もっちろん!」


私が教えられる事なら、何でも教えるよ。なんせ、テクトに手伝ってもらわないと簡単な料理もかなり手こずるからね!

最初から最後まで私一人で作れるようになるには、まだまだ成長が足りない。テクトにまともな手料理を振る舞えるようになりたいけど、それはもう少し大きくなってからのお楽しみにしよう。

朝はついつい生前の私の癖で、一人で何とかしようって、後はまあ魔導具コンロを使ってみたい衝動を抑えられなくて、ホットサンドだけになっちゃったけど。考えてみたら、同じ食パンでもサンドイッチにしてレタスやキュウリやトマトとか、野菜をたくさん挟めたんだよ。バカだなぁ私。

まあ、夕飯も魔導具コンロ使うんだけどね。子どもって、新しい玩具とか貰うとすぐ遊ぶじゃん。服だって新しいのすぐ着るじゃん。そういう事です、うん。ワタシヨウジョダカラオカシクナイ。

カタログブックを開く。お手伝いはたくさんしてもらうつもりだけど、料理って作業にまったく慣れてないテクトにいきなり包丁を持たせるのも悪い。だから、すでに下拵えされてる野菜の水煮パックを買う事にした。これ、疲れて何もしたくないけど具沢山の味噌汁食べたい!って時にすごく役立つんだよね。一袋常備してるだけで安心感が違う!

300gの味噌汁用水煮と、下茹でしなくていい白滝と、香りづけのごま油、悩んだけど鶏胸肉を買う。何か、豚肉を食べる気にはなれなかった。豚肉に罪はないんだよお!今日出会ったモンスターがオークじゃなければ!!くう!!

そして大事な味噌と、出汁を毎回取ってられない忙しい主婦の味方、顆粒出汁!後は調理用具と……んんー、えーっと、あったあった!炊き込みご飯!これは行きつけだったお弁当屋さんの鶏五目だ!嬉しい!あそこの炊き込みご飯、具がたくさん入ってて、ちょっと餅米入ってるからもちっと感もあって、あまじょっぱさがたまらなくて……あ、テクトが唾飲み込んだ。ああもう、とにかく美味しいんだよ!鶏と鶏になっちゃうけど、買おう!味噌汁にはご飯だよね!

ちょっと落ち着こうか。ふう。ついでに足りないと思った調味料も買って、アイテム袋から大きな鍋を取り出した。

冒険者さんの鍋は2つ。片方は飲み物用なのか小さめで、ミルクパンみたいな奴だった。私が片手で持てるくらい軽い。もう1つは主食用っぽく大きな鍋。これなら3~4人前の豚汁……もとい、鶏汁も入るね。

私とテクトの手に洗浄魔法をかける。水の泡がぱちぱちと弾けながら、小さな手と手を綺麗にしていく。うん、今日覚えたばっかりだけど、何回かやったからかな。すぐ泡が出てくるようになった。泡が触れた所は見違えるほど綺麗になるし、洗浄魔法は本当に助かるなぁ。使えば使うほど熟練度が上がってくんだから、頻繁に使おう。清潔感大事だよね。


「りょうりする人は、かならずてをきれいにしなくちゃいけないんだよ」

<そっか。口に入れるものを作るんだ。汚いままじゃ駄目だよね>

「そーゆーこと!」


清潔にした後はテクトに鍋をコンロに置いてもらった。大きな鍋は重たかったので、最初のお手伝いだ。

その中に水を切った白滝とごま油を入れる。ちょっと炒めると、ごま油のいい匂いがしてきた。うーん、香ばしい。菜箸を動かしてると、テクトが興味深そうに鍋の中を覗き込んでくるので菜箸を任せてみた。作業台をコンロの傍に置いて、テクトの足場にするとちょうどいい高さになった。楽しそうに中身をかき混ぜてる。うん、天使。

いい感じに炒めた所で、水煮パックをそのまま鍋に入れる。水分が足りなかったから、湧水も足し足し、顆粒出汁とすでに切ってある鶏肉も入れたら、地道な灰汁とり作業。ぐつぐつ煮てるうちに、炊き込みご飯を器に分けよう。

段ボールから炊き込みご飯が入ったプラスチックパックを持ち上げると、温かかった。え、あったかい?


「ごはん……あっためてないのに、なんで?」


まるでお店から出来たてを運んだみたい。

最初に食べたアップルパイが冷めてたから、てっきり炊き込みご飯も冷めたまま届くと思ったのに。

んんー、カタログブックの知られざる機能?それとも温かいご飯が食べたいなって思った私の意思が強すぎたの?食い意地張りすぎたかな……


<ルイの食い意地は食に興味なかった僕のお腹も刺激するくらいだからね。そうとう強いと思うよ>

「テクトそれはいわないでほしかったなぁーー!!」



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