17.暗闇の時間は幼女に優しくない



この世界は夕日がしっかり落ちてからしばらく真っ暗な時間を過ごした後、月がゆっくり顔を出すらしい。それまでは星明かりも乏しいんだとか。暗闇の時間と呼ばれるその間は、モンスターが活発に動き回って危険なんだそうだ。

街灯とか建物の明かりがないから夜空も楽しみー、なんて朝は思ってたけどさ。うん、それどころじゃないね。何でそんながっつり恐ろしいインターバル挟むの?星明かりなんて手元がほんのり見えるくらいなんだよ?怖くない?外怖くない?

夕日が落ちてわずかな星明かりしかない中、洗浄かけて綺麗になったかわからないまま食器類をアイテム袋にしまったけど、明日使う前に確認しよ。私の洗浄魔法は筋がいいってダァヴ姉さんに言われたけど、熟練度はまだレベル1だろうし。目で確認しないと不安だわ。

鶏汁の鍋もそのままアイテム袋に入れて、これで片付いたかな?暗いってほんと困る。


「あかりほしいなぁ」

<日本の方は何か買えなかったの?>

「うーん。まだくわしく見てないけど、でんきとか、がすとか、このせかいにないねんりょうをつかうものは、かえないみたいなんだよね。だからのぞみうす」


昨日魔導具コンロの値段見た時、コンロってだけ言ったのにガスコンロもカセットコンロもIHも載ってなかったし。調理器具の時は日本製と異世界製、どっちもあったのに。この分だと、電池を使う懐中電灯も期待できないなぁ。

暗い足元だと危ないから、その場に座り込んだ。月が出てくるまでどれくらいだろ。ちょっと休憩。


<今月は1の月だから、後3時間程すれば月が出てくるよ>

「さんじか……ん?いちのつき?」


人の子は目が悪いから、暗闇では動けない。特に幼児は転びやすい……って呟いてたテクトがニューワードをさらっと言った。その呟きはダァヴ姉さんの教え?ダァヴ姉さん事細かに教え込んだんだね……テクト頑張れ。


<1の月っていうのは、そのままの意味だよ。月が1つだけ昇る1ヶ月の事。月が後から昇ってくるってさっき言ったよね?それがこの月なんだよ>

「へぇー……ん?てことは、月がなんこものぼるいっかげつもあるってこと?」

<うん。日本は何個だったの?>

「にほんもちきゅうも1こしかのぼらなかったよ」


太陽が沈まない白夜の国ってのもあるけど、それでも月が1つなのには変わりないし。日本にはそんなのなかったし。

てか、何個もあったら天文学で大騒ぎが起こるよ……理科の授業だって内容変わっただろうし、アポロはどこの月に降りたんだって話になる。


<え……1年中暗闇の時間があるって事?それでどうやって過ごすの?>

「でんきってぶんめいのおかげで、月がでてなくてもほとんどあかるいんだよ。むしろ、あかるすぎてほしが見えなくなるくらい」

<じゃあ、夜は暗闇に惑わされないんだ?すごいね>

「いや、なんこも月がでてくるほうがすごいとおもうけど」


ファンタジー感増し増しだね!見てみたいけど!


<ふふ、いつか見れるよ。外と連動してるからね、箱庭の空は>

「そうだった。たのしみだなぁ」

<じゃあ、僕はテントの準備してくるから。ルイはそこで休憩してて>

「いいの?テクトも見えないんじゃない?」

<3時間も座ってられないでしょ。大丈夫。聖獣の目はね、暗闇でも先を見れるんだよ>


そう言うテクトの猫目がきらりと光ったように見えた。緑の宝石みたい。

そっか。聖獣は何でもんだ。暗闇もそれに含まれるのかぁ。いやぁ、一本取られた気分。

ここはテクトに頼るしかないね。


「じゃあ、おねがいね」

<うん、任された>


アイテム袋からテントを取り出したテクトは、布の摩擦音を立てながら聖樹さんの下に行った。その小さな背中が、とても頼もしい。あんまり見えないけど。

テクトが組み立ててくれてる音が聞こえだした。何もする事がなくて、なんとなく、背中から草原に倒れる。目を閉じた。日が落ちて少し冷たくなった風が、頬に当たって通り抜ける。短い草の爽やかな匂いがした。すーっと吸い込んで、深呼吸。ざわざわする胸を撫でる。

しっかし、私本当に、何の役にも立たないなぁ。活動時間が短いし、力もない。幼女だから仕方ない、……仕方ない、か。

今日一日、ずっと考えてた事だ。幼女だからできない、仕方ない。なら、私が20歳のままだったら?転生の流れに流され過ぎず、せめて12歳くらいだったら?

テクトにこんな迷惑かける事はなかったはず。ご飯だって満足に作れたし、テントだって自分で運べたし、歩くのに不安を感じる事もなかった。

あるいは―――意識も幼女になっていたら、こんなもどかしい気持ちを持つ事なかったんだろうな。


<それだと僕が困るよ>

「わ!テクト?」


慌てて聖樹さんの方を見るけど、テクトの姿は見えない。聖樹さんとは50メートルくらい離れてるはずなのに。それくらい、離れてしまうと見えない場所にいるのに。

テクトのテレパスって、離れてても届くの?


<同じ空間にいればテレパスに支障はないよ。ルイの声も心もちゃんと聞こえるし。驚かせたね>

「少しだけだよ……テクト、困るの?」

<僕、子どもの扱いなんて知らないから。意識まで5歳だったら、ずっと泣かれるか喚かれるかの想像しかできない>


は……、ははっ。そっか。

そっかぁ……


「そだね。それにごはんも、ちゃんとじゅんびできなくって、ダァヴねえさんがまいにち来そう」

<えー……やだなぁ。毎日お小言じゃない>

「おこられないようにしようよ」

<ダァヴって細かいんだもん。褒める所は褒めるけど>

「きびしそうだもんね」

<そうそう。だから、細かい所をつつかれないようにルイがしっかり教えてね>

「……テクトはわたしでいいんだね?」

<何言ってるの。僕がいいと言ってくれたのは君でしょ>


うん、言ったよ。ちゃんと覚えてるよ。

私は、混乱する私が落ち着くまで穏やかに待ってくれた、鈍感だけど優しいテクトだからそう言ったんだ。一緒にいてくれるって、安心したんだよ。

そっか。だから今、こうして自分の事で悩めてるんだよね。


「うん……ありがと、テクト」

<どういたしまして?悩みは解決したみたいだね>


解決したどころか、急に楽になったよ。ずんって重かった肩が解放された感じ!


「あしたからまたがんばる!」

<ならよかった。テントできたよ。今手を引いて連れてくね>

「うわ!」


暗いところから、ぬっと真っ赤な宝石と緑の目が出てきた。その後クリーム色の体毛が見えて、ああテクトか。と、ほっと胸を撫で下ろす。

箱庭には私とテクトしか移動する生き物はいないのに、わかってても突然ぬっと出てくるとびっくりするね。


<あれ?びっくりさせた?>

「うん。でも、人ってくらくて見えないところから、いろがあるものがでてくると、はんしゃてきにびくってなるから。」


人って暗闇を怖がる生き物だからね。これは異世界だろうと共通でしょ。


<あ、そっか。ルイは気配を探れないから突然出てきたように見えるのか>

「ええー、なにそれ。そんなのできないよ」


それって常日頃から魔物の襲撃に備えて気を張り巡らせてる冒険者なら驚かないって事だよね?あるいはこの世界の人なら村人でも気配探るの得意って事だよね?

私、元一般人、現幼女、ですぞ。


<ふふ、そうだね>

「はこにわにいるときまで、きんちょうしたくないなぁ」

<じゃあ、やっぱり明かりになるものを早めに準備しないとか。僕が照明になるような魔法を覚えてたら、教えられたのにね>


ああー。聖獣って魔法に関しては、無限に近い魔力、詠唱破棄、即座に魔力練り上げる魔法技術が備わっててチートなんだけど、魔法を覚えるのだけは神様か魔法専門の聖獣に教えてもらわないと駄目なんだっけか。スキルもまた然り。スキル専門の聖獣がいるらしい。どんな魔法やスキルだって覚えられるハイスペックだけど、そういうままならない所もあるんだなぁって思ったなぁ。

はい、手をどうぞ。と、差し出してくるテクトのリスみたいなちいちゃい手をきゅっと握る。

身長差でどうしても屈むけど、暗闇の中安心して前に足を出せるようになった。


「べんりそうなのに、おぼえてないの?」

<だって、暗くても見えるから>

「あー……」


必要じゃないと覚えないよね、そういう魔法って。暗かろうが見えるんなら、全然使わない。そりゃ覚えないわ。


<冒険者なら覚えてるけどね。暗闇の時間はモンスターが活発になるから、牽制のためにも、ダンジョン探索のためにも、初心者から習得させられるらしいよ>

「ぼうけんしゃにおしえてもらうのが、いちばんいいのかなぁ」

<いつ会えるかわからないけどね>

「しかもいい人かどうかも、わからないしね……んー。しょくひだけなら、もうしばらくよゆうなんだけどね」


料理するのに必要な道具はだいたい買ったから、後は余程の贅沢品買わなければ、手元のお金でしばらく大丈夫そう。2万ダルはあるよ。

冒険者さんの道具は、まだちょっと売る気になれない。使ってなさそうな武器防具はまだいいけど、思い入れがありそうな工具鞄とかは無理。よくわからない工具が入ってて、私にはちんぷんかんぷんの中身だけど、丁寧に手入れされてる感じがあると……ああー!無理!売れない!!大事にされてたのを勝手に売るとか!!無理!!

って感じだから、アイテム袋の中身はお金くらいしか減ってない。使ったりカスタマイズする事には抵抗持たなくなったけど、さすがに売るのはね。身内のじゃない遺品を勝手に売るって、抵抗ある。すごく。使っといて何言ってんだって感じだけど。

まあ硬貨が尽きたら、武器防具から順々に売ってくよ。そういう意味では、食費だけ考えてれば余裕はある。

でも、今日拾った宝玉が高値で売れて、ランプが安ければ買いたいな。自分で増やした分なら遠慮なく使えるし、生活の充実に充てるべきだよね。ただ魔導具コンロの事もあるし、異世界の商品がすごく高い可能性だってある。だとしたら、しばらくロウソク生活になりそうだよね。消耗品で明かり取りはあんまりよくないけど。


<はい。着いたよ。寝袋も広げといたから、後は潜り込んで眠るだけ>

「わ、テクトありがとー!きづかいがしんしてき!」


ダァヴ姉さんに言われてやっと寝袋に入れたの昨日か今朝の話なのに、もう比べ物にならないくらい紳士的になってる!テクトすごい!


<ま、まぁこれくらいはね……!>


本当はダァヴに言われてたからなんだけど。何でだろう内緒にしたい。ってテクトが思っていたとは露知らず。

私はテントに半身乗り込んで、寝袋をぺちぺち叩いてた。








他力本願はよろしくないので改編しました。

勉強不足で申し訳ないです。


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