13.宝箱の前の壁



この階層は一つ一つの空間が広くて天井が高い。細い道もあるけれど、大体がでっかい。重量級のモンスターが自由に動き回り、その武器を悠々と振り回せるだけのスペースが十二分にある。

ダンジョンがそういうふうになってるからモンスターが進化したのか、でかいモンスターが出る層になったからダンジョンが変わったのか。それはわからないけど、ダンジョンは不思議が溢れてるからなぁ。どっちでもありそう。

そして今現在、スペースが広くて助かったのはモンスターだけじゃない。


「ああああああああっぶなー……」


壁にぺったりくっついた私の目の前を、首を傾げたオークジェネラルが通っていく。心臓、どっきどきだよ!飛び出るかと思ったよ!

しかし実際狙われたテクト本人はどこ吹く風。


<隠蔽魔法、見つかった後に使っても隠れられるんだね>


と、うんうん頷いてる。


「……うん、それがわかってよかったね……」


オークジェネラルが迫る中、私から離れたテクトが隠蔽魔法をが自分に使うと、奴が困惑した表情で急ブレーキをかけた。その隙に私はテクトを拾って巨体から離れ壁際に向かったんだけど、どうやら本当にわからなくなったらしく適当に棍棒振り回してから、残念そうに元いた場所へと戻っていったよ。鼻先を棍棒がかすめそうになった時は生きた心地しなかった。

っはあー……ほんと、こわい。

結界があるから大丈夫、隠されてるからバレない、ってわかっててもさ。怖いものは怖いよ。車に乗ってる時とか、隣に大きなトラックが来たら圧迫感がすごいじゃない。適正速度で走ってる安全なトラックでも恐怖がよぎるじゃない。なるべく後ろか前かに逃げたくなるじゃない。もしかしたら何か落ちてくるかも、とか悪い方向に想像しちゃうじゃない。

それと同じだよたぶん。考え方後ろ向きすぎかもしんないけど。


<ルイが狙われてるわけじゃないのに怖かったの?……ごめんね、ルイ>

「いいよいいよ。きにしなーい」


申し訳なさそうに尻尾も耳もぺたんとするテクトのほっぺを、しゃがんでむにぃーっと摘まむ。おう、柔らかい。

テクトが恐怖を理解できないものは仕方ない。私が恐怖に慣れないのも仕方ない。これからゆっくり、私達の価値観を擦り合わせていけばいいんだ。それだけの時間はたくさんあるんだしさ。

つまりしばらく、私の悲鳴を聞かせる事になるんだけどね。そこはごめんだわ。

でも一言だけ言わせてね。


「なんどもいうけど、テクトのけっかいは、ぜったいだいじょーぶだってしんじてるけど、テクトがおそわれるばめんだって、わたしは見たくないからね」


だからあんまりモンスターを目の前に無防備さらされると、心臓によろしくないんだよ。オークジェネラルが迫ってきた時、私から離れたね。自分だけ狙われてるなら私は怖がらないとか、そんな事絶対ないからね。私は意地でもテクト連れて歩くから。そこんとこよろしくお願いします。

綺麗な緑が大きく見開かれて、私の手にテクトの手が添えられた。あったかいねぇ。


<そっか……わかった。今度から気を付けるね>

「うん」


テクトの小さな手が、私の指をぎゅうっと握った。










一騒動あっても行く方向は変わらないので、道の先にいるオークジェネラルの傍をついつい、抜き足差し足忍び足して通り抜けた。ふいー!圧がすごい!!

廊下を進むと、途中で小部屋を見つけたので入ってみた。なかば私の拠点と化してる安全地帯と同じじゃないから、中にモンスターいたけど。隠蔽魔法のお陰で部屋の奥まで行けた。

いたのは昆虫系モンスターだった。見た目ダンゴムシっぽくて、名前はギガントポリールバグ。大人しい気性で戦闘も得意じゃないけど、表皮の硬さや丸まった時の防御力が半端ないらしくて冒険者は手を出さないんだそうだ。狙われる事がないからゆっくりのんびりしてんだね。部屋の中の雑草もしゃもしゃしてた。案外可愛い。名前の通り、めっっっっちゃでかいけど。

……最初に会ったのがこのモンスターだったらなぁ。どうしょうもない恐怖心植え付けられなかっただろうに。私、虫平気だし。たらればだけど。

でもまあ、これでもモンスターだから人食べるんだよね。人を見たら即殺す!食う!という積極さはないけど、空腹時は目の前に出てきたものを何でも食べようとするらしい。移動はのそのそと遅いので、丸まってローリング移動&転がり攻撃もする。そして雑食で死体でも何でも食べるから、掃除屋とも呼ばれてるんだって。ダンジョンの中の死体はダンジョンが全部吸収すると思ってたけど、こういうモンスターもいるんだね。

うん、可愛いと思ったことは撤回しておこう。今は雑草食べてるからセーフだよね?ね?

小部屋の奥には箱があった。いかにも宝箱です!って感じの、金属製のやつ!この中に、何が入ってるんだろう。


<罠はないね。開けて大丈夫だよ>

「ほんと!?」


やった!!テクトの目は罠の有無もお見通しよー!ってわけで宝箱おーぷん!!


「……あれ?」

<……掴めないね>


宝箱の蓋に手をかけたはずなのに、すかっとすり抜ける私の手。え、何で?何で!?

試しに体全体で押してみる。どっしりと構える宝箱は私の力なんかじゃ全然押せなくて、一切動かない。じゃあ、と思って手だけで触れて押してみた。動かなかったけど一応触れる。もう一度蓋に手をかけたけど、指を伸ばしても隙間に差し込もうとしても、蓋を掴めなかった。

蓋を開けようとする行為だけ、スカッとすり抜けちゃうようだ。

いや、何で駄目なん!?


<何で蓋だけ触れないんだろ……あ、そうか。隠蔽魔法!>


ここでどうして隠蔽魔法?

テクトが興奮した様子で手をバタバタさせる。


<この隠蔽魔法は、かけられたものの次元をずらして隠すって言ったね>

「うん。だから、モンスターのごかんさえだませるって……」

<そう。そしてそれは宝箱にも言える。僕らと宝箱の次元がずれてるから、隠蔽魔法をかけてる間は開けられないんだよ!>


えっと、あー、つまり、次元のずれっていうショーウインドウのガラスが目の前にあって、私は飾られてる宝箱に触りたくても次元のガラスが邪魔で、つまり私はショーウインドウのずれを解除しないとショーウインドウの中には触れないって事で、隠蔽されたままじゃ無理だから……あああちょっと混乱したけどわかった!隠蔽魔法解除しなきゃ位相がずれたまんまで宝箱オープンできない!!


「なんてこったい!」


こんなところでまさかのデメリットが!!隠蔽魔法かかってないとモンスターに見つかるっていうのに、宝箱開けるのに隠蔽魔法を解かないといけないの!?

いやでも、なんとか。なんとかできないかな!?隠蔽魔法かかったままで、お宝ゲットできたら最高なんだけど!!


「そうだ!たからばこにも、いんぺいまほうかければ……」


同じ次元になれば!ガラスを越えちゃえば!触れるんじゃないかな!!

どうテクト!?


<ダンジョンの宝箱は魔法を無効化するんだよ……通用するのはスキルだけ>

「おうふ……」


全てのダンジョン共通の話なんだけど、ダンジョンの壁や床とかは魔法を全て無効化するんだそうだ。何でだろうね?壁を壊してショートカットする奴がいるから?テレポートとか使ってズルする人がいるから?戦闘の余波で壁が崩れたら困るから?理由は知らないけど、そういうものなんだそうだ。まあダンジョンって不思議パワーで出来てるもんね……


「ダァヴねえさんのせんじょうまほうは?ちゃんときれいになってたよ」

<あれは積もった汚れに反応しただけだから問題なし>

「グランミノタウロスはゆかこわしたよ」

<物理なら一応可能性はあるんだよ。あれは規格外だけどね。一日経てば元の床に戻るし>

「はこにわのかぎは?」

<鍵は神様仕様で魔法と別物だからなぁ>


で、宝箱もダンジョン内の物だから魔法無効化なんだそうです。スキルはOKなんだねぇ。身体技能だからかなぁ……こりゃあ冒険者の皆さんは鑑定スキルが必須になるね!あはははははははは、はー……

私は恐る恐る、背後を振り返った。3匹のギガントポリールバグが、うごうごと雑草を食してる。

そっと横に視線をやると、テクトも真っ黒の巨大ダンゴムシを見てた。


「テクト……ポリールバグは、いちどたべはじめたら、しょくじにむちゅうになるんだよね」

<うん。食に関しては貪欲だからね。この部屋の雑草を食べきるまでは、他に興味が湧かないと思う>

「わー……たべるのほんとうにすきなんだねー……ともだちになれそーう……」

<まったく思ってないでしょ>

「くうふくになったらおそってくるようなともだちはいりません」

<それは同感だね……今なら、気づかれないと思うよ。隠蔽魔法、ちょっとだけ解除する?>

「うん……もしおそわれそうになったり、ろうかからほかのモンスターが来たら、おしえてね」

<任せて>


じゃあ、解除するよ。

テクトに頷いて見せて、宝箱を目の前に私は大きく息を吐き出した。


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