10.安全スペースは楽園だった



箱庭の規模をまずは確認しましょうか、という事で空間の端っこをぐるりと歩いてみた。ちなみにテクトは私の肩の上だ。かわいいのう。

広さは学校のグラウンドよりちょっと小さいくらい?テクトと暮らすならかなり大きい空間だ。花畑と聖樹さんが半分以上を占めてるけど、草原側で十分足りるし。幼女の足で約20分。結構な大きさでしょう。

それにしてもダンジョン内は鍾乳洞の中みたいに涼しかったから、それに慣れてると箱庭のぽかぽか陽気で汗が止まらなくなったよ。今着てるのが長袖のワンピースだから調節がきかなくて……ランニングシャツみたいな肌着着てるからいいかと思ってまくり上げたらダァヴ姉さんにはしたない!って怒られてしまった。聖獣の前でもパンツ晒しちゃダメらしい。カボチャパンツに恥も何もないと思うけど……激怒ダァヴ姉さんは怖いので言う事聞こう。仕方なく腕捲りで我慢したけど、こっちで過ごすなら半袖、ダンジョンに行く時は上着を着る、とか区別しないと汗で冷えちゃいそう。カスタマイズしたワンピースの袖落として、上着を買って……ここまで気を遣ってもらって風邪引いたとか笑えないから、そこらへんの自己管理しっかりしよ。

花畑に興味津々な目を向けたら、この花達は常に生えてるのですよ、って説明された。花の種類は変わるけど、この土地の魔力が豊富だから枯れる事がないんだって。土から抜いたり手折れば自然に枯れてくらしいけど、そのままにしておけばまさしく楽園のような光景が毎日見れるわけだ。なんて贅沢だろう。

ダァヴ姉さんは箱庭の中の不思議を次々に教えてくれた。

世界と同じ時間を刻むこの空間では、太陽は沈むし夜は星空が見えるんだって。明かりがないから満天の星空が見えそう。昼だけじゃなくて夜も楽しみだね。

外と同じ朝と夜があるって事は天気も連動してるわけで、外で雨が降ればこっちも雨が降る。嵐は危険なので直接連動はせず、雨だけに抑えられるんだって。花や聖樹さんの成長促進のため、あと私が寒さで震える事が無いようにって、恒久的に温暖な気候を保つから雪は降らないらしい。風もゆるーく吹いてるし、これも空気を循環させるために必要なんだね。

ダンジョンへ戻るには、土の上にある壁を押せばいいんだって。入った場所と同じ所に出れるらしい。ダンジョン側に人がいるかどうかはテクトが気配察知で確認してくれますわ。って言われて思い出したけど、そういえばテクトは隣の部屋にグランミノタウロスがいる事に気づいてたもんね。あれは気配察知スキルを持ってたから出来たんだねぇ。隣の部屋って言っても細い通路をぐねぐね歩かされたから、壁の厚さはかなりあるだろうに……それでも察知しちゃうって事は、きっとそのスキルもチートなんだろうなぁ。知ってる。

そうそう、雨が降りだしたら体が冷える前に聖樹の下に避難するのですよ、と言われた。どうやら聖樹さんは、寄りそう命の一定の体温を保ってくれるスキルや、体調や傷を癒すスキルを持ち合わせてるらしい。慈愛に溢れすぎてない?聖母なの?

その聖樹さんと花畑の間に胸辺りまで重なった岩場があるなと思ったら、岩の隙間から透明な湧水が懇々と流れ出てた。しかも水が流れる先は広めのスペースがあって、滝のように水が落ちては溜まってる。水汲みとか洗い物とか、簡単に出来そう。あ、洗浄魔法があるから洗う事ないんだった……でもお風呂は入りたいな。五右衛門風呂くらい許されるかな?

岩場に降り立ったダァヴ姉さんが、こつこつと嘴で岩をつつく。


<こちらの水は空間内に引き込んだ水脈から、聖樹の根を通ってここに流れ出てきますので色濃く影響を受けていますわ。聖水並の効力を発揮する湧水になりましたの。飲料水としては勿論、花の水やりにも使えますわ。まあ、この花畑は水脈から水分をとっているのでやる必要はありませんけれど、あなたが何か育成する際には使ってみてくださいまし。数千年は枯れませんから気にせずどうぞ。他にもアンデット系モンスターに有効ですのよ。振り掛ければ簡単に倒せますわ>

「せいじゅさんもすごい」


さらっと神様が水脈引き込んだとかトンデモ話聞いた気がするけど、そのすごさはこの空間を見てればよくわかる。神様には足向けて寝れないね。どこに住んでるかわからないけど。

そして、その水脈で聖樹さんも成長するんだとか。

聖樹さんさらにおっきくなるんだね。私とは比較にならないくらい、のんびりゆっくり気の遠くなる時間を必要とするけど。どれくらい大きくなるんだろうなぁ。


<テントはありまして?>

「うん。ぼうけんしゃさんの、アイテムぶくろのなかにありました」

<テントを聖樹の枝の下に広げ、その中で眠るとよいでしょう。聖樹には心を鎮めると同時に安眠をもたらすスキルもありますのよ>

「いやしけいとうスキルにとっかしてますね」

<それが聖樹だからね。だから人の間では大切にされてきたし、瘴気に触れないように徹底されてるんだ>

「かれちゃうとこまるもんね」


あれ?でもこの空間には瘴気は入ってこれないんだよね?聖樹自体に瘴気を防ぐ手段はないって事?


<聖樹は癒しの性質ゆえに無防備なのですわ。争いを起こさせる気をなくすと言っても、その前に瘴気を含んだものを持ち込まれれば間もなく枯れてしまいますの。だからこそ、人の世では厳重に守られてますわ。この箱庭は、あなたを害するものは入れない仕組みだと伝えましたわね。聖樹が枯れるという事は、あなたの生活を崩す事。これも害する項目に見なされ、瘴気を含んだものも入れない仕様にしましたのよ>


って事はここの聖樹さんは、(何かする気は一切ないけど)私が変なことしない限り絶対に枯れないんだ。永久的安全スペースじゃん。安心して眠れるどころの話じゃないよ。この過保護感……まあ今幼女だもんなぁ。守ってもらわないと生きられないからありがたく受け入れよう。ここなら、モンスターの鳴き声に怯えなくていいし。

神様、私みたいなイレギュラーにも優しいんだなぁ。


「かみさまってうっかりだけど、やさしくてきくばりじょうずですね」

<ええ。うっかりですけれど、私達の愛すべきお父様ですわ>

<うっかりだけどねー>


うっかりうっかり連呼しすぎたかな?神様今頃くしゃみしてるんじゃない?


<さて、一通り説明も終わりました事ですし、私は帰りますわ>

「そっかぁ」


ダァヴ姉さんは情報集めがお仕事だもんね。ずっとここにはいられないか。


<たまに様子を見に来きます。テクトがちゃんと保護者をしているか、確認しないといけませんもの>

<大丈夫だってば!もう!>


テクトがわぁわぁ両手を振り上げて、顔真っ赤にしてる。テクトはダァヴ姉さんに対すると、途端に弟っぽくなるなぁ。かわいいのう。

って思ってたらテクトに睨まれた。怖くないけど黙っておこう。

意識をダァヴ姉さんに向ける。


<最後に二言ほど言ってから帰りますわ。ルイ、箱庭の中を一周しましたが、疲労は溜まりまして?>

「うーん……あんまり?」


子どもって無尽蔵に動いて動いて体力切れたらぱったり寝る印象があったから、今はその無限に動けるタイムだと思ってたんだけど……そういう風に言うって事は違うの?


<洗浄魔法の詠唱破棄、体力上昇を鑑みて、あなたは加護によって全ステータスアップのスキル補正の恩恵も受けてますわ>

「……ん?」

<全ステータスアップとは読んでそのままの意味です。身体能力をすべて底上げしますわ>

<基礎ステータスの2倍程度だから、ルイはまだそれほどいい思いは出来ないだろうけど……あるとないとじゃ格段に違うよ?>


えっと。つまり、私は転生した意識持ちの特異な幼女ってだけじゃなくて、さらにステータスアップしてるパワフル幼女って事?基礎ステータスは装備補正を含まないステータスかな?

私の基礎ステータスは知らないけど、仮に3くらいだとして、倍で6か。うん。多少のアップだけどないより全然マシ。


<そうじゃなかったらモンスターに追い付かれるだけじゃなくて、囲まれて逃げ道なかったと思う。まあいざとなったら僕が結界広げてたけど>

「ああー」


昨日の逃走劇は加護の恩恵受けてたから幼女でもなんとかなったのかぁ。そりゃそうだよね。大人のベテラン冒険者を返り討ちにする強さを持つモンスターがごろごろいて、その中を5歳が素の力で逃げきれるわけがない。追い越されて先回り、とかされなかったもんね。この時点でおかしいって気付けてもよかったんだけど……まあ慌ててたって事で。


<子どもらしからぬ身体能力は無闇に見せないように、私と約束してくださいまし>

「うん。やくそく」

<それから、人の前では必ず魔法の名を言う事と、詠唱はなくともしばしの間を持たせる事も覚えておくのですよ>

「え……まほうって、えいしょういるんです?」


私、洗浄魔法の時は何も言わなかったけど。ダァヴ姉さんも言わなかったからそんなもんだと思ってた。厨二っぽいことしないのかって、がっかりしたようなほっとしたような感じだったのに……あ、そういえば詠唱破棄ってさっき言ったねダァヴ姉さん。


<本来はありますのよ。どのような効果をもたらす具象を起こすのか、想像する事が大切ですから。呪文として言葉に出す事で意識を高めるのですわ。それに己の魔力を、発動する魔法の属性に練り上げる行程もありますのよ。高位の魔法になればなるほど、発動までの時間は長くなりますわ>

「なんと」

<聖獣はそんなのいらないんだけどねー。一瞬で出来上がっちゃうから。人は大変だね>


そんな聖獣クオリティの恩恵を、私は受けてるのかぁ。うん、すっごく便利だけど、バレないように気を付けよう。


<それから、冒険者にアイテム袋の事は知られてもよいのですよ>

「え!?で、でもこうかなまどうぐ、なんですよね?」


高価なものってバレたら、しかも持ってるのが子どもだったら、簡単に盗れるからって襲われたりとか……


<そのように低俗な冒険者は極一部ですのよ。特にナヘルザークの冒険者は質の良さも有名ですし、ヘルラースのこの階層まで来る冒険者は実力者ばかり。すでに個人でアイテム袋を所持してますわよ>

「あ、それもそうか」

<それに、100階以降の階層を手ぶらで生活する子どもの方が気味悪く感じられますわ>


それは盲点だった。確かに怪しいわ。


<テクトの目とテレパスならよからぬ事を考えている人など簡単に見分けますわ。隠蔽魔法も使って、危険と判断したらすぐに離れなさいな>

<言葉と態度で騙せても、心を読めばすぐわかるからね。そうじゃなくても悪い奴は魂でわかるし>

「あ、せいじゅうのめってたましい見るから、そういうのもみわけるんだっけ」


たくさん頼っていいんだよ!と、胸を張るテクト。

もちろん、いっぱい頼らせてもらうからね!


<これで必要最低限の事は話しましたわね。後は追々、テクトから聞いたり、良い冒険者から学ぶのがよいでしょう。後のお楽しみ、ですわよ>

「はーい」


そろそろ脳の許容量オーバーすると思ってたから。パンクしなくてよかった。

次にダァヴ姉さんが来る頃には、この世界の常識を当たり前のように答えられるといいな。


<あら、勤勉な態度で大変よろしい。テクト、ルイを見習うと良いですわ>

<大きなお世話だよ!!もう帰って!!>


テクトにぷんすかされたダァヴ姉さんは、くすくす笑ってから突然消えた。

テレポートはまだドキッとするなぁ!!


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