9.箱庭を貰う
何か企んでるかのような微笑みを浮かべるハト……ダァヴ姉さん。テクトもそうだけど、見た目動物なのに表情筋器用だな。
もう色々教えてもらってすごいお腹いっぱいなんですけど。頭の中でゆっくり噛み砕いて消化してる所なんですが……まだ何かあったりする?そろそろパンクするよ?
<当たり前ですわ。あなたはまだ子どもですのよ。成長するにあたって、少なからず日光が必要でしょう?>
「はあ……え、そとに出るつもりはないですけど?」
ここに住むと決めた時に、太陽の光はもう見ないって覚悟したんだけどな。
<あなたがこの時代のこの場所に転生してしまった時点で、神様もダンジョンで暮らす事は承知しております。テクトがいるならば多少不便でも平和に暮らせるだろうと。勇者の遺産もありましたし>
あ、カタログブックの事だよね。神様って私の様子見てるの?あ、見てるのね。しっかり頷かれた。
確かに買い物には一切困らないなぁ。電気使うタイプは取り扱ってなかったけど、衣食は絶対足りてる。お金稼げればだけど。
<えー。自分がうっかり意識ありのルイを見過ごしたのは認めなかったのに?>
<それはそれ、これはこれ、ですわ。きちんとあなたという保護を施したでしょうに、テクトも根に持ちますわね……それで、健やかに成長できるようにと鍵をいただきましたの>
「かぎって……どこかにへやをつくった、とか……?」
<いいえ。部屋ではなく……まあ、見た方が早いですわね。先ほど渡した懐中時計のチェーンに鍵が提げてありますわ>
懐中時計を持ってチェーンを垂らすと、滑る金属音の後にアンティーク調な鍵がチェーンの先にぶら下がった。さっきは懐中時計と宝石に夢中で気付かなかったなぁ。どこの鍵だろ。アンティーク調だから、きっと扉も同じ感じで……
<この鍵をどこでもいいので、壁に差して捻ってくださいまし>
「……はい?」
ホワイ?どこでもいいって……え?壁に?鍵穴は?
<対の鍵穴はありませんわ。私の言った通り、やってみてくださいな>
<僕にはくれなかったのに……何でダァヴから?>
<あなたが喧嘩腰で掴みかかっていったのが悪いのでしょう。お可哀相に、反抗期なくて可愛かったカーバングルにめっちゃ怒られた……と落ち込んでましたの。私が様子を見に行くと言ったら、これを渡してくれって仰られてましたわ>
<ぐ、僕も悪いとは思ってるよ……ルイ。神様がくれたものなら大丈夫。信じてやってごらん>
なにそのエピソード神様案外可愛いところあるじゃん、てかダァヴ姉さんの神様の真似がすごい上品化されてるんだけど、っていうのは置いといて。
やってみるよ?パントマイム素人な人じゃないからね?何も起こらなくても笑わないでね?やるよ?
鍵を持って、石レンガの壁に向かった。ごくん。なんか緊張で唾飲み込んじゃったよ……よ、よし。ゆっくり、うっかり鍵が折れないように差し込んでみた。
すぽんと、壁が水になったみたいに入り込んでいく。ある程度入ったら、鍵穴にはまったように止まった。えええええ!?
「は、入った!?え?なんで!?かべだよね!?」
鍵を持ってない方の手で壁に触ってみる。冷たい石の感覚が直にきた。つめたい!!
なんの変哲もないただの壁だこれ!!
<神様仕様って奴でしょ。さあ捻った捻った>
「テクトかるくない!?」
私すっごい驚いてるのに!!なんなの!拗ねてるの!?自分が貰えなかったから!?かわいいなもう!やるよ!捻ればいいんでしょ!!
家の鍵と同じような感覚で、少しだけ力を込める。そしたらくるっと半回転して、錠が外れる音がした。
え、どこから?
<さあ、そのまま壁を押してくださいまし>
「お、おすの!?かべを!?」
今さっきただの壁だって確認したばかりなのに!!鍵捻ったら全部水っぽくなるとか!?ええいやってみる!壁に埋まったりしませんように!!
鍵を差したまま、壁を両手で押した。幼女の腕力で押せるのなんかたかが知れてる、もしかして潜っちゃう?と思いきや壁はあっさりと奥へと押し出せた。はいぃ?
一度止めて、元々の壁と今私がずらした壁を見比べた。鍵を中心に、扉の形で押し込めたみたい。すごい、私の腕分ずれてる……
このまま押すと、どうなるんだろう。さっきまで得体の知れない感じがちょっと怖かったのに、今はわくわくしてる。鼓動の激しい胸に手を添えて、呼吸を整えた。
よし!押そう。
扉の壁は、そんなに力を入れなくても簡単に押せる。壁と壁の隙間から、目映い光が溢れてきた。
すると突然、壁が消えた。
「ううぇ!?」
突然の事でたたらを踏んだ私の足元に、鍵と懐中時計が落ちる。あれ?さっきまで壁に差してたよね?何で落ちたの?
チェーンを引っ張って気づいた。床が石畳じゃなくて、土になってる。てか、なんか明るい。松明のゆらゆらしたオレンジの火じゃなくて、照らす光っぽい感じ。空気がじめっじゃなくて、さらっとしてる。んんんんんん?
顔を上げると、目が眩んだ。あまりの眩しさに目を開けてらんなくなった!薄暗いのに慣れてたから、ここ明るすぎる!明るいし暖かい!もう汗がにじんできたよ。
<ほら、わかったでしょう。テクト、人の子は薄暗い場所から明るい場所へ移動するのにも一苦労するのですよ>
<わかった!わかったから、もう、止めてよダァヴ>
<仕方ないですわね……ルイ、無理をして見ようとはしないで、ゆっくり慣らすのですわよ。目が傷つきますわ>
「はーい」
<そのままでお聞きなさい。その鍵を差し捻る事で、小さな異空間へと繋げますわ。どこの壁でも構いません。押せるものであれば問題ありませんわ。世界と同じ時を刻むこの空間を、神様が作り、箱庭と名付けました。あなたの好きに使いなさいな>
ダァヴ姉さんが言ったことを反芻する。
この鍵で異空間に行ける。押せる壁ならどこでもおっけー。外と同じ時間と空をしてる。神様が作った箱庭……え?
「はこにわ!?」
慌てて目を開けたその先に、満開の花畑が広がっていた。
黄、赤、ピンク、青、紫、オレンジ、白……日差しを浴びて風に揺れる、カラフルな色が突然視界を埋め尽くす。わ、わ、すっごい。いい匂いする!爽やかな風に前髪が巻き上がった。
その花畑を囲うように草原が広がってて、その傍に高く広く枝を伸ばす大樹があった。そして、それらの背景には白い雲が漂う青空があって、遠くには大きな山。真上にはさんさんと辺りを照らす太陽が見える。
慌てて背後を振り返ると、ダンジョンの壁が扉の形で、剥き出しの土の上にあった。背景の青空とミスマッチすぎる。ここが出入り口って事かな。
どこぞの映画のような景色だ。神様が作りました、と言われて納得する。ダンジョンから不思議な鍵を使って、こんな綺麗で空気の美味しい場所に行けるなんて。聖獣のテクトだってテレポートは神様の所にしか出来ないのに、チートスキルを持てない一般人の私が、アイテム1つでこんな簡単に移動できちゃったのだ。神様半端ない。
<広さはそれほどありませんわ。花畑とこの空間を清く維持するための聖樹。その周囲の草原くらいが実際の空間ですの。遠くに見えるのは閉塞感を感じさせないための虚像ですわね。チートスキルは無理だが安心して寝れる場所くらい提供するわ、と仰ってました。もちろん、この空間にあなたを害するものは一切入り込めませんわ。神様仕様ですから>
「こんなすてきなところ、もらっていいんですか?」
一度確認しておこう。やっぱりやらない!とか言われても……ほ、欲しいし。ここ。
日光なくても何とかなる、と思ってたけど、実際こうして浴びてるとやっぱり必要なんだなって思うよ。何だか体が軽く感じる。
人間って欲深いからさ、一度無理だと思ったものが目の前にあるとどうしても欲しくなるんだよ……だから本当に貰っていいのか、確認!確認大事だよ。
恐る恐る聞いてみると、ダァヴ姉さんはしっかり頷いた。
<ええ。あなたのための箱庭ですわ。好きになさって>
「わ、わあ……」
す、好きにって……そこらへんに寝そべって昼寝とか、していいかな。風も緩やかに吹いてるから気持ち良さそう。
<注意事項ですけれど、聖樹が折れたり枯れると箱庭は崩壊しますから。大事にしてあげてくださいまし>
「もちろん!」
毎日水をあげたり、養分あげればいいのかな?木の世話はしたことないからなぁ。
<この土地から魔力を吸い取ってますから、手をかける必要はありません。瘴気をまとったものはそもそも入れませんし。不敬な事をしなければいいのですわ。聖樹も一つの命ですから、誠意を持って接してくださいな>
「せいい……これからおせわになりますって、あいさつするとか?」
<あら、とても良いと思いますわ。聖樹も喜ぶでしょう。私達の様にテレパスを持っているわけではありませんが、きっと応えてくれますわ>
じゃあ早速挨拶しよう!
花畑を突っ切るのは気が引けるので、楕円状に植わってるのに沿って歩く。山を真正面に見せたかったからか、聖樹はちょっと右側寄りの奥にあった。遠くにいてもすごいでかいなぁって感じてたのに、真下に来たら尚更大きい!ビル5、6階分くらい?すごいなぁ。
でも聖樹って何だろう。普通の木とは何が違うの?見た目は立派な木なんだけど……
<聖樹っていうのは、場を清浄に保つスキルを持った木の事だよ。長命だから意思もあるね。聖樹の周りでは争い事が起きないとまで言われるくらい、空気を浄化するんだ。争う気をなくさせるんだよ>
<モンスターも入ってこれない一種の結界になってますわ。聖樹の周りに村を興したりしますのよ>
「そんなすっごい木を、こじんがしょゆうしていいの?」
<神様のお詫びと思って受け取ってくださいまし……これ以上は、神様も手を出せませんの>
神様は輪廻の輪を操る事は出来るけど、生まれたものに干渉する事は出来ない。神様だって万能じゃないんだよね。大きな流れをいじれる力を持ってる代わりに、細々した事が出来ないんだ。私の魔導器官をいじって!とテクトに無茶ぶりされても頑として首を縦に振らなかったのも、それが理由だ。だから色々と細かい事をさせるための聖獣を生み出したんだね。そしてテクトの反抗期にショックを受けると……閑話休題。
それに、あまり神様に頼ってると悪い人達に目を付けられる可能性も上がるらしい。目立つ行動は避けろって事だね。
私もテクトがいるお蔭で安全は確保されてたわけだし、カタログブックで衣食は足りてた。ここに安心の住が貰えたんだよ。これ以上をねだったらダメ人間になっちゃう。
ありがたく、住まわせてもらおう。
「せいじゅさん、これからよろしくおねがいします!」
お辞儀をしたら、太い枝がわさわさ揺れた。
ちょうど風は吹いてなかった。
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