8.ハト姉さん襲来



私が目を覚ましたら、テクトがハトに怒られていた。

まったくもって何事、である。何だろうこの可愛い生き物達は……あ、異世界に転生したんだった私。なんて、ボケッとしてる場合じゃないよ。

テクトが入れてくれたのかな?寝袋から抜け出た私は二匹?二人?をマジマジと見る。私に向けられてテレパスを使われてないからか、二人が何を話しているのはわからないが。鳴き声の無いテクトがどう見ても「反省してます」って感じで落ち込んでるのに対し、怒りのオーラっぽいのを背負ったハトが「クルッポ!クルルゥウウ!」と荒ぶる鳴き声を向ける。大変不思議きわまりない光景だけど、モンスターの怖さに比べたら平和な日常に見える。私はどうも、この世界に一日で順応し始めてるみたいだ。我ながら驚きである。

寝ぼけた頭を働かせて考えたのは、聖獣であるテクトが殊勝な態度を見せるって事は、あの真っ白くて小さなハトは、ただのハトじゃないんだな。たぶん動物系の聖獣なんだろうな。って言う事だ。絵面は可愛くて和やかな図なんだけどね。

とりあえず、挨拶しようか。


「おはよう、テクト」

<!ルイ!おはよう!!>

「クルル!!クルポォ!!」


ハトに向けてた落ち込み顔をぱっと明るくさせて、テクトがこっちを見上げる。「助かったー!!」って顔に書いてありますよテクトさん。ハトの表情がもう怒り一段階上げた感じになったよテクトさん。


<カーバングル!あなたこれで話が終わったと思わないでくださいまし!!まだまだ言いたい事がありますのよ!!>


お、ハトの声かな?「クルッポー!」と高い鳴き声と一緒に、若い女の人の声が頭に直接聞こえてきた。お上品な感じだなぁ。これはハトさんと呼ぶべき。ハトさんにもテレパススキルあるんだねぇ。お嬢様のような口調で、今は怒ってるから刺々しいけど、頭にキンキンしないから本来は優しい声なんだろうな。

テクトは嫌そうに私の背後に隠れた。え、何?可愛いな。


<まったく……ルイ、でしたわね。あなたには苦労をかけます。神様の不注意、カーバングルの鈍感さには私から謝罪いたしますわ>

「あ、いえいえ」


おお。やっぱり柔らかい声だった。

昨日一日は怒涛の流れ過ぎて、テクトの鈍感さ?はまったくわからないけど。

ハトさんがハトらしからぬ動きで頭を下げる。


<私はダァヴ。神に仕える聖なる獣の一柱ですわ>

「ごていねいにどうも。わたしはルイです」

<ふふ。可愛らしい方ですのね。カーバングルが懐くのもわかりますわ>


やっぱり聖獣だった。ダァヴって確か、白いハトって意味だよね。公園にいるハトじゃなくて、平和の象徴の方の。

動物の聖獣って事は、情報収集が得意なんだ。テクトが情報担当って言ってたのはダァヴさんの事かな?そう思ってたら、ダァヴさんが頷いた。

あなたも人の心読めちゃう系チートテレパスなんですね、さすが聖獣。基本がチート。


<ごめんなさい。心を読まれる事は、あまりいい気分ではないでしょう?>

「テクトでなれたんで、だいじょうぶです」


今度から聖獣イコール読心される、って思っておけば驚かなくて済むし。


<あら、寛容ですのね。しかし、その心で何度もカーバングルの鈍さを許してはなりませんわ。この子は人と接する機会が少なく、また痛みにも鈍いため鈍感ですの。優しい子ではあるのですけれど、人の子であるあなたには苦労をかけているのではないかと心配して見に来たのですが……>


ダァヴさんが私の後ろを覗き込む。睨んでらっしゃるけど、テクトは見ない振り……出来てない気がするけど。本人は必死に隠れてる。


「テクトにはいろいろおしえてもらってましたけど……」


魔力の事とか、魔法の事とか、魔導具とか、聖獣の事とか……わたしの現状とか?気を付けないといけない国とか、ダンジョンの事とか……後は、結界で守ってもらったり。これ一番大事。


<魔法とスキルの覚え方は?>

「へ?」

<時間は?時計の有無は?ダンジョンの名前は?階層は?聖獣の目の詳細は?食べてはいけないものの有無は?生涯を共にするにあたって授ける加護については?また、あなたが幼児である事による最低限の休息時間や食事の必要性は伝えまして?>

「えーっと……」


な、なかったかなぁ……


<また、魔物を放置して一人にされると大変心細く寝て待ってなどいられないと、はっきり言いましたの?>

「言ってない、です……」


昨日は眠くなっちゃったから、性質の話をして、聖獣の存在が眉唾扱いされてる話しかしてなかったな。

てか、すごい、その場にいたわけじゃないのに私の気持ちバレとる。ダァヴさんやばい。


<やはり……カーバングル。神様に対して怒るのも彼女を慮るのも、あなたの優しい心故の行動で私は嬉しく思いますが、少々配慮に欠けましてよ>

<……う、うん>

「あ、いや、テクトをあんまりせめないでやってください。わたしのために、いろいろがんばってくれたんですし」


そう言うと、ダァヴさんは今度は私を睨みつけた。うう!!!な、何で!!


<モンスターを傍に放られたままで怖かったでしょう?まだこの世界に慣れてないあなたに、その状態で長時間待ってろとは配慮に欠ける行為ではありませんの?>

「は、はい!」

<床へ直に寝かせておく事も大問題でしてよ。私が言わなくては寝袋はアイテム袋の中に仕舞い込まれたままでしたわ!>

「はい、ねぶくろありがたかったです!」


ぐっすり寝れました!寝起きも快適でした!!


<あなた昨日は何を食べましたの?>

「あ、アップルパイ……」

<ホールで?>

「……ひときれ、です」

<まあ!!成長期にそれだけではまったく足りませんわ!!カーバングル!!子どもはきちんと三食食べてぐっすり寝る事が一番大切だと言いましたわよ!!あなたも頷きましたわね!?体力なくなったら寝るんだねって!!まさかルイが勝手に寝入るまで放っていましたの!?>

<ごめんなさい!!>

<謝るだけなら誰でもできましてよ!!もう一度言いますわ!人の子は主食にお野菜と肉や魚などバランスの良い食事を一日三食、早寝早起き昼寝付きが原則ですわよ!!我々聖獣とは比べるまでもなく、毎日!毎日ですわよ!食事を必要とし、少ない体力を駆使して動き、徹夜などもっての他!!か弱い命なのですよ!!>

<ごめんなさいぃいいいい!!>

「ご、ごはんをかうためにも、たんさくしようってわたしがいいだしたんですダァヴさぁああああん……!」


いつの間にか背後から出てきて隣に座るテクトと私が揃って正座して、ダァヴさんに叱られる。

ふおおおおごめんよテクトぉおお私が考えなしだったせいでぇええ……

ダァヴさんは並ぶ私達を見て、肩を落とした。沸騰したテンションが落ち着いたらしい。優しい声で語りかけてくる。


<あなたはカーバングルに遠慮しすぎですわ。自分のために、とか、自分のせいで、と思う気持ちはわからなくもありませんが、この子を預かるのはあなたの正当な権利です。気に病む必要はありませんわ。それに、一生共に過ごすというのに遠慮は無用ですわよ。どこか行くならばそこのモンスターを何とかしてから行け、くらい言っても亀裂になどなりませんわ。モンスターを遠くへ押し出すくらい、カーバングルには造作もないことなのですから>

「はい!」


あなたを寝袋に入れされてから、即刻させましたわ。

と言われて気づいた。廊下にモンスターがいない!道理でハトの鳴き声しか聞こえないなと思ったら!!結界を広げてどんどん押してったって事か!広げられるんだね、結界。


<その通り。カーバングルが結界の性能を教えなかったせいでこのような弊害が起きますわ。わからない事や困った事などははっきり仰ってくださいませ。カーバングルは聞かれないと、己の知識の中の、何を求められているのかわからないのです。まともな人と接して来なかった弊害ですわね。子どもと接する事など今回が初めてですし。しかし……私からある程度聞いたとしても、あなたにすべては伝えてないだろうとは思ってましたが……ここまでとは。まだまだ勉強が足りませんわね、カーバングル>


後半の鋭い声に、テクトがびくっと震えた。ダァヴさんが相当怖いらしい。私も背筋がぴんっとなる。ハト姉さん強い。


<私から最低限、必要な事を話しますわ。いいですか?ちゃんと聞いて、覚えるのですよ>

「はい!」<はい!>


そして教えられたのは、魔法とスキルの覚え方、聖獣の体の事、ダンジョンの事、時間の事だった。テクトは人間の子どもが如何に脆いのか懇々と教え込まれてる。その間に復習しておこう。

魔法やスキルは性質もあるけど、基本、見るだけで覚えるきっかけになるそうだ。誰かベテランの人が岩をどーん!と地面から生やすような魔法を使っているのを見た場合、土属性と攻撃の性質があれば地面から石ころを生やす事が出来るようになる。覚えたては威力が低いけど、何度も使い込めば使い込むほど強力になっていく。レベルアップしていくんだね。

また、魔導器官の性質が前衛か後衛かによって、習得率もレベル上げのしやすさも大分違ってくるらしい。攻撃向きの人にもさらに分岐があるんだ……まあ私は戦闘向きじゃないから関係ないけどね。

そしてなんと、ダァヴさんは洗浄魔法を使えた。この魔法、綺麗にしたいものなら何にでも使えるらしい。一般人だけでなく冒険者にも人気の魔法で、食器洗いも一瞬、お風呂入れなくても、体は清潔に保てる。などなど。水を持ち歩かなくても清潔を保てる汎用性ありまくりの魔法である。それを、ダァヴさんは私に見せてくれたのだ。安全地帯の汚れを全て落とすという大規模洗浄魔法で。後は、わかるな?

私が着てた土埃の付いたワンピースと体は、覚えたての洗浄魔法で少しだけ綺麗になった。綺麗にしたい箇所を思いながら、水で洗い清める感覚で。と言われて、服を着たままお風呂に入る感じ?と想像した。そしたらなんと、出来てしまった!水の泡が周りに出てきて、私に触れて弾けた途端、べたっと脂っこかった所がすべすべに!生活魔法に適している性質とはいえ、初めてにしては上出来でしてよ。とお褒めの言葉も貰っちゃった!えへへー!

あと、聖獣の事も教えてもらった。聖獣は基本、ご飯を食べなくても寝なくても平気な生き物らしい。漂ってる魔力を取り込んで生命力にしてるからなんだとか。そういうのって特殊な魔導器官を持ってるから可能なんだって。食べ物からも魔力は吸収できるから、食事ができない訳じゃないんだね。どんなものも魔力に分解できるから、私と同じ食事で大丈夫なんだって。それならこれからも一緒に美味しいの食べようねって言ったら、またアップルパイ食べたい!だって。相当お気に召したらしい。まあ、私が大好きなお店のアップルパイだからね!!当然だね!!

そういえば、聖獣の目はすべてを見通すから、鑑定と同等以上の事が出来ますわよ。と教えられて目から鱗だったなぁ。鑑定は商人が持ってるスキルなんだとか。目利きってやつだね。アイテム拾ったら見てもらおう。あ、未知の食べ物とか、食べられるものかどうかも確認してもらおう。

聖獣の事で、あとは……加護だ。神様がテクトを遣わせた時点で、私にはテクトの加護がついてるらしい。常時結界効果とか、テクトのスキル効果の影響があったりとか。そういうのが加護に含まれてる。ずっと魔法をかけ続けてるんじゃなくて、加護の効果なんだね。道理で洗浄魔法の時はキラキラのエフェクトがあったのに、結界は何もないなーって思ったよ。加護は一定日数離れるとなくなってしまうから、加護持ち=聖獣が傍にいる=勇者って事。これもバレちゃいけない禁則事項だね。これももはや伝説ですから、本当に加護があると信じる人はいないでしょうけど念のため。だって。

加護の結界は大きさをいじる事はできないけど、テクトの結界魔法は形もサイズも自由自在。テクトの意思で簡単に変えられるらしい。モンスターを押してったのも、廊下にぴっちりサイズ合わせて、奥へ奥へと広げてったんだって。見えない壁にどんどん押されて、モンスター達は訳がわからなかっただろうな。うん。

そういえば呼び名についても言及されたけど、悪い事は一切ないそうだ。絆が強固になればなるほど加護の効果が強まるそうで、積極的に仲良くなってくださいまし。とむしろ勧められた。加護の重複は出来ませんが私につけてもよろしくてよ?と言われた時は姉さんって呼んでいいですか?って秒で返した。鈴の鳴るような声で構いませんわよ。と言われた時は思わずガッツポーズしちゃったよ。

それから、このダンジョンはナヘルザークの都市郊外にあるんだって。きちんと統治されてるから治安はいいんだけど、フォルフローゲン筆頭に怪しい奴らが潜入してるそうなので、ダンジョンからはあまり出ない方がいいみたい。街中ですと不特定多数に存在を認知されますから、誰が侵入者かわかりませんわ。隠蔽魔法を使うにしても、買い物は隠れたまま出来ませんでしょう?って言われれば、なるほどなー、だよね。やっぱりダンジョン内が安住の地なんだなぁ。

このダンジョンの名前はヘルラース。巨大な地下迷宮で、階層は136ある。ふっかいな……ちなみに私がいる階層は108。煩悩の数でしょうか。人間とは切っても切れない数だ、仕方ないね。結構深い場所だとは聞いてたけど、もう少しで最下層とは思わなかったよ……そういえばベテランの冒険者パーティは最下層を目指してるんだっけ。最下層には何があるんだろうか。そこまで言ったら面白くないでしょう?って内緒にされたけど。行く事はないだろうし、ちょっとくらい教えてくれても……まあいいか。大変な栄誉を得る、って曖昧なの聞いたし。

最後は時間。地球と同じ24時間だけど、午前午後がないから12時の次は13時って数えるんだよね。24時間表記だ。

時計も貰った。アイテム袋以上に高価だから、絶対に人に見られないように!って注意と一緒に渡されたのは、お洒落な懐中時計!長いチェーン付きで、蓋がないオープンフェイスタイプ。白銀のカバーの真ん中に短針、長針、秒針がついてる文字盤部分。時間の数字も大きめで見やすい!魔導具だから、空気中の魔力を吸いとって正しい時刻をずっと刻んでくれるらしい。午後になったら1が13に変わったりするんだって!ダンジョンにいても朝か夜かわかるんだね。すっごい高性能!!

しかも懐中時計とチェーンの間にくっついてる白い宝石が綺麗なんだよねぇ。親指の爪くらいの大きさで、涙の形してるんだけど、揺らしてると黄色い炎が煌めくんだ。

ちょうどテクトに話し終わったダァヴ姉さんに、お礼を言う。


「すてきなとけい、ありがとう!」

<喜ぶのはまだ早いですわよ>


ダァヴ姉さんは、にっこりと目を細めた。


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