7.聖獣が喧嘩売ってきた
結局テクトは、ピンクのシャツを私用のワンピースに2着加工するまで帰ってこなかった。時間はわからないけど、集中しすぎて腰が痛くなるくらいは放置された。
実に長い間一人にされた私はというと。帰ってきたテクトを前に、しびれた両足でなんとか仁王立ちするくらいには、不機嫌になっていた。
「テクトさんや、わたしはとてもさみしかったんです」
<あ、うん>
「あんぜんちたいにモンスターはぜったい入ってこない、テクトさんのけっかいでぜったいだいじょうぶって、わかっていても、ろうかのさきにモンスターがいすわるじょうたいは、とてもこわかったんです」
<……はい>
「そのじょうたいで、わたしはきをまぎらわせようと、アイテムぶくろをかこうしてみました」
<お、おお……すごいね、見ただけじゃアイテム袋だとは思わないよ。しかも運びやすい>
「そうでしょう、そうでしょう。それでもまだかえってこなかったので、ぼうけんしゃさんのきがえを、ワンピースにしてみたんです。どうでしょうか、おしゃれでしょう。ただのうわぎが、かわいらしいふりふりワンピースですよ。ふふふ、さいほうはとくいなんです。なれないぬので、ぬいづらかったけど、とてもじょうずにできました。あまったぬので花のアップリケつけてみたりして、わたしはとてもようじょらしいでしょう」
<……そうだね>
「わたし、いいこでまってましたよテクトさん。ほめてください」
<うん!ルイはすっごくいい子だ!!ごめんね随分待たせて!!本当にごめんね!!だから敬語やめてすごい悲しくなってきた!!>
慌てた様子で私に抱き着いてくるテクトを見ると、ふつふつしてた怒りはすぐに萎んで、肩から力が抜けた。仕方ない。テクトは私の為に神様に物申しに行ったんだもんね。私が怒るのはお門違いだ。
でもさー。
「すうふんって言ってたのがこんなにながくなると、とてもつらいものがあったりするんだよ。なにかきけんなめにあってるんじゃないかってしんぱいする」
私のいた世界は、遅くなったらすぐ連絡を取れる手段があったから……特にそう感じるんだろうな。でもここじゃ携帯電話なんてないし、遅くなった理由もこうして無事帰ってきてくれないと聞けないわけで。
待ってる間、怖かった。
<そっか……僕は、待たされる側の気持ちがわかってなかったね。今度用件が長くなる時は、必ず一言言いに帰ってくるよ。神様の所に行って帰ってくるくらいは、テレポート専門の聖獣じゃなくても気軽に出来るからね>
「そうしてくれると、たすかるな。わたしもきをつける」
簡単に神様の所へ行き来できるとか、神の遣いだからかな。安全に神様の所に行けるんなら、私の心配は過剰だったわけだけど。まあ何にせよ、無事でよかったよ。
それでテクトは神様と何を話してたのかな?もしお茶を飲みながら世間話とかだったら私怒るよ?今度は本気で。
<違うよ。あまりに神様が融通利かないから、ちょっと白熱しちゃって……>
「ゆうずう?はくねつ?」
あんな喧嘩したの久しぶりだよ、2000年ぶり?と妙に照れた様子のテクト。
え?神様と喧嘩したの?あの厨二……って違うか。この世界のシステムと人間に愚痴ってたのを私が勘違いしただけだった。あの口悪い神様に喧嘩売ったの?ただの追及じゃなかったの?っていうかまたトンデモ数字出てきたぞぉ……もう突っ込まない!
<勇者じゃないと強力なスキルは授けられないって言うんだ。自分が見逃したからルイはこうして苦労してるっていうのに。自分の非さえ認めなかったね。濁してた。ダンジョンの中に転生したのだってそのせいなのに、まったくひどいよね。まあ勇者じゃないと強いスキルに体が耐えられないっていうのもわかるよ。でも僕を遣わした時点でルイは勇者じゃないのに勇者と認識されるようになってる。この時点で選択肢奪ってるよね。ダンジョンに住むと決めたのはルイだけど、それは外がここより危ないからだ。政治的な思惑が相手じゃ、僕の結界は意味を為さないからね。根本の原因作った神様が無責任っておかしいよね!>
「う、うん。おちつこうか」
さっきとは真逆の勢いに押されて、今度は私が引き気味ですわ。
テクトって穏やかな子だなと思ってたけど、こんなに熱血出来るんだなぁ……それが私の事に関してなんだ。嬉しいな。うへへ。
<せめて攻撃魔法だけでも教えてあげてよって言ったのに、それも無理だって!性質上無理だとか!神様なんだからそれくらい何とかしてくれればいいのに!>
「わあテクトがむちゃぶり言い出した」
<じゃあルイは何が出来るのかって聞いたら、攻撃以外だって!!戦闘に関する魔法やスキルは一切覚えないって!!どういう事!?せめてダンジョン内を安全に出歩けるようにしてよって言ってるのにルイには特殊なスキル覚えさせられないって話に戻る!!何度も戻る!!制限あるとしてもひどいよね!!>
「うん……ひどいねぇ」
チートスキルは巻き込まれた私には無理だってわかってたけど。まさか私の体がこんなにもダンジョンに向かないタイプとは思わなかったよ。攻撃系統全然覚えないって?こんなタイミングで知るとは思わなかった!まさかの暴露だよ!!
<で、仕方ないから僕に新しい魔法を授けてくれたんだけどね>
「とつぜんのテクト」
<聖獣は簡単に魔法を覚えられるよ。ただ、僕は守護の獣だからどうしても攻撃魔法は覚えられなくって。性質上仕方ないんだよね>
常に私を守る結界を遠隔でも張ってられるとか十分素敵なチートだと思うんだけど……と思った時点でテクトが照れた。可愛いな。
あと性質って何だろうね、さっきから出てくるけど。魔法やスキルに関係してるのかな。
<そうだよ。この世界のすべての命や無機物には、元々魔力が備わっているっていうのは話したね>
「うん」
だから元の世界では魔力とかなかった私でも、この世界の体になったから魔力がある。実際どんなものなのかは、まったく感じられないけど。魔道具使えるからあるってわかるね。
<魔力自体には属性はないんだけど、体には属性に関係する魔導器官ってものがあってね>
魔法やスキルは火、水、地、風、木、金、光、闇と、基本は8属性ある。テクトの結界魔法とか、テレパスとか、特殊なものはそれらとは違う無属性扱いなんだって。魔力そのものの力を活用するそうだけど、理論はわかんない。そういえば、モンスターの攻撃を受けた時に属性を感じる演出っぽいのはなかったな。ただただ攻撃を弾いてく感じだった。ああいうのが無属性なんだね。水の膜とかの結界だったら水属性だ!ってすぐわかりそう。あるかわからないけど。
体の基礎的な構造の中に、魔力を動かす器官―――魔導器官が生物にはあって、それがどの属性寄りなのかによって、使える魔法やスキルに関わってくる。炎の魔法が使える人は、攻撃力アップのスキルを覚えやすいとかね。戦士が多いんだって、そういう人。じゃあ闇や風属性は暗殺者とか盗賊とか?安易かな?
自分が攻撃や防御、あるいは工業や生活に向いているのか、そういうのも魔導器官に依存するんだって。それを性質って世間では言うんだね。聖獣と勇者は魔導器官が特に強く出来てて、だから特殊で強力なチート魔法やスキルの負荷に体が耐えられるんだね。人の指向性や強さまで生まれつき臓器が決めてるの?この世界すごい。
つまり私の魔導器官は基本の8属性備わっているけど、攻撃や防御には一切向いてない、っていうように出来てるんだって。そういう性質なんだ。もう生まれてしまったからには、神様でも手を加えられないんだとか。努力でどうにかなる問題じゃないね。
「おたがい、たたかいにはむかないねぇ」
<ふふ。そうだね。それで授けられたのが隠蔽魔法って言うんだけど>
「いんぺい?」
<隠したいと思ったものをほんの少し次元をずらして隠してくれる魔法。隠された方は自由に歩けるし動かせるけど、魔法をかけた者とかけられたもの以外には認識されなくなるんだ>
「わー……」
<次元ごとずらしちゃうから、気配や魔力察知に長けたモンスターも、五感に敏感なモンスターも騙せるってさ>
五感さえ騙すってすごいな……匂いさえ誤魔化しちゃうって事でしょ?これでモンスターを気にせず、むしろ隣を歩いて通れるんだね!すごいなぁ。
「じゅーぶんたすかるよ?なにがふまんなの?」
<いちいち僕にかけてって言わなきゃいけないんだよ?ルイに直接授けてくれればそういう手間ないのに>
なるほど。テクトが私にスキルを授けてほしいってこだわってたのは、タイムラグをなくして便利にしてあげたいっていう事だったのか。優しいなぁ。
「まあ、そこはいいよ。かくれたいなっておもったじてんで、テクトならかけてくれるだろうってきたいしてるし。まいかいおねがいすることになるけどね」
<そこは任せて。ルイには生活の事すべて任せてしまうんだし。お互い、出来る事で助け合っていこうね>
テクトはカタログブック使えないもんなぁ。買い物はお任せあれ!
<それと、ここに戻る前に情報担当から色々聞いてきたんだけど>
「うん?」
情報収集が得意な聖獣の事かな?
<僕の知識は古かったみたい。ここ数百年、目立つ姿の聖獣は世間に出てないから、聖獣自体眉唾物の存在になってるんだって。僕らが実在すると知っている者は長命な種族くらいかな>
「……つまり、あんまりみがまえなくていいってこと?」
<そうだね。少し気は楽になった?>
うん。テクトを見られた=バレるに直結しないなら、たまたま出会う冒険者に気を張って話さなくていいもんね。
そっかそっか。テクトが聖獣だってバレないって事は、私が勇者だって勘違いされないって事だ。これで安心して、ダンジョン内に二人で隠居できるね。
安心したら眠くなってきた……ふあう。
<早速アイテムを探しに行く?……ルイ?>
「あふ……ん、あいてむ、さがす……」
ごしごし目を擦ってみたけど、眠気がどっか行ってくれない。体に力が入らなくて、床にぺたんと座り込む。
んんー。でも、何か探さないと……色々、買い物、しちゃったし……でも、そこ、モンスター、いるし……こま、ったなぁ……
<ルイ?……あ、そっか。ルイは5歳だった……もう体力の限界か>
僕と同じに考えちゃ駄目なんだなぁ……
そんなテクトの声を聞きながら、私は眠りに落ちた。
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