5.聖獣の苦労を知る



幸せな時間をたっぷり堪能した後、アイテム袋に出したものを片付けていく。一個一個、しっかり確認しながら。何の道具が入っているかわかってれば、また取り出す時楽だからね。

カーバングルはその傍で、私が洗った食器を手に取ってまじまじ見ていた。水はアイテム袋に入っていたから皿を洗い流せたし、新しい手拭いで拭けば十分綺麗になるからそうしたけど。現代に生きてた私としては、洗剤とスポンジが欲しい所だ。アップルパイを取り寄せてくれたカタログブックにはありそうだけど、このダンジョンに水の洗浄機能があるとは思えない。廃水をどうすればいいやらだ。当分は使えないかなぁ。この世界の人はどうやって洗いものしてるんだろう。天然素材の石鹸?それとも魔法?


「カーバングル、ずっとさらをみてるけど……きに入った?」


全部片付け終わっても、カーバングルはまだ皿を見ていた。小さいデザート皿だ。200円にも満たないお手軽なお皿。レンチン出来るから、現代で愛用してたのと同じシリーズ。カーバングルがこれを選んでくれた時は、顔がにやけたなぁ。

カーバングルは皿から顔を上げて、私を見る。緑の目がきらきらしてた。


<僕ってさぁ、聖獣でしょ?>

「せいなるけもの、ってかいて、せいじゅうだね」


読み方はさっきカーバングルに教えてもらった。何故か日本語に見えたけど、この世界の文字で書いたらしい。召喚特典の翻訳機能すごいな。会話だけじゃなくて文字も翻訳してくれるんだ。

聖獣は不老不死。一匹一匹神様が手ずから創った生命で、同じ姿のものはいない。よく見慣れた動物もいれば、伝説上の生き物も含まれてるらしい。カーバングルは伝説系になるんだとか。動物の聖獣は見た目が特異じゃないから、主な仕事は街中に潜入して情報集めするんだって。皆それぞれ役割があるんだね。

伝説系はもうぱっと見て聖獣ってわかるから、見つかるとすごく騒がれるらしい。どう話を聞いても天使しか想像できない子もいるみたいだけど、そりゃぱっと見でわかるわ、と納得した。


<この世界では神の遣いとして、姿を現せば国を挙げて歓待される立場にあるんだけど>

「え、そんなすごい子さらっとよこしてきたのかみさま」

<うん。神様にとってはただの雑用係だからね僕ら>

「わあ……かみさまとにんげんの、きじゅんのギャップがけた外れぇ……」


こんな有能で可愛い子を小間使いとか、ほんと神様って思考がぶっ飛んでるな。


<まあ、聖獣が現れるって事はその国は神に祝福されてるって認識されてるからね>

「にんしきって……」

<聖獣からしたら、神様に頼まれたものを届けたり伝えたりしてるだけなのに大袈裟って感じだったよ。でも彼らはそうじゃない。必然的に、国賓扱いになるんだよ。僕もかなり昔は、何度かそういう待遇を受けたことがある>

「すごい!」


国賓ってあれでしょ。海外の大統領が来た時にする扱いでしょ?国にとってとても大切なお客様だから、賓客。必ずその扱いになるって、聖獣だけで国規模の扱い、って事だよね。そりゃ神の遣いだし、国賓以外ないかもしれないけど……豪華絢爛な宴でも開かれるのかな?

首を傾げていたら、吹き出して笑われた。なんでだ。


<ふふ。うん、そうだね。毎回、毎夜、滞在している間は騒がしかったよ。そして、いらないって言っても色んなものを押し付けられた>

「おしつけられたって……」


カーバングルは寂しそうな顔で皿を撫でた。


<僕が遣わされるのは、ただのお告げって事が多かった。たったそれだけなのに、どの国の人も神とお近づきになりたいみたいで、神への献上品ですって、ね。神嫁にでもー、なんて若い女の子を渡された時はさすがに逃げたよ>

「う、うわぁ……」


どの世界でも変わらないんだなぁそういうの。

でも、そっか……苦労してきたんだなぁ、カーバングル。


「さら、めいわくだった?」

<ううん。僕と仲良くなりたいっていう、ルイの素直な気持ちが伝わってきて、とても嬉しかったよ>


緑の目をぐーっと細めて、カーバングルの気持ちが伝わるみたい。そっかぁ。嬉しかったかぁ。にへへ。


<この皿は、僕とルイの友好の証なんだ>

「うん」

<大事にしたいな>

「うん!」


私も!そう思うよ!

カーバングルから受け取った皿をぎゅうっと抱きしめて、丁寧にアイテム袋に入れた。








「でも、カーバングルがせいじゅうだってバレたら、たいへんだね」

<国全体が大騒ぎになるね。それに聖獣である僕が付き添ってるって知られた時点で、ルイは有無を言わさず勇者扱いだよ>

「なにそれぜったいバレちゃだめなやつ」


神様の遣いが傍にいるから?問答無用すぎない?


<戦乱真っ只中なこの世で勇者扱いされたら、即時戦争に投入されるねぇ>

「カーバングル、わたしといっしょにいんきょしようね、すえながく」


間髪入れずに言った私に、カーバングルは肩を落とした。呆れられてもしょうがないけど、私は死にたくないです。


<僕が世間に顔を出していたのはもう数百年も昔の話だから……名前は伝わってるかもしれないけど、姿までは伝わってないと思うんだよね。一か月前に外を歩いて人に見られたけど、騒がれなかったし……まあ僕は伝説系統の中でも目立たない容姿だからね>

「めだたないっていうか、あいらしさがきわだつっていうか、ねえ……」


数百年。とんでもない数字が出てきたなぁ。さすが不老不死。

聖獣ってバレなかったってことは、パッと見で聖獣以外の何かだと思われてたってことだよ。ずばり、妖精とか!


「ようせいってことでごまかせそうだね」


この世界に妖精がいるっていうのはカーバングルに確認済み。正しくは妖精族のうちの、草花や樹木、動物が長年を経て魔力を高めた結果の妖精化した生命体が、世間一般で妖精って呼ばれてるらしいけど。カーバングルの動物的な可愛さなら誤魔化せるんじゃないかな。


<ダンジョンだから、冒険者に絶対会わないってわけじゃないものね。騒がれないためにも、妖精案はいいんじゃないかな>

「でしょー!じゃあ、あとはなまえだね!カーバングルのままじゃぜったいバレちゃう!」

<名前、か……>


何か考えるように、カーバングルが俯いた。あ、もしかして聖獣的に不都合があったりする?


<不都合はないよ。呼び名付けたくらいで機嫌を損ねるほど、神様は狭量じゃないからね>


ようするに懐が広いって事?私が転生する時の声は、すごい厨二の短気そうなお兄さんっぽかったけど。


<口は悪いし、うっかりミスも出すけど、早々怒りはしないよ。神様は>


そういえばカーバングルや私が不手際とか神様が悪いとか厨二とか散々言ってるのに、天罰的なのは何もないな。じゃあ、きっとそういう事なんだろう。神様見逃してくれてありがとー!!


「カーバングルのなまえ、どんなのがいいのかなぁ。なにか、いけんない?」

<ふふ……ルイの好きに決めていいよ>

「いいの!?」


これから呼ばれる名前だよ!?私が決めちゃっていいの?


<いいんだよ。ルイに決めてほしい>


えええー。私センスないよ?大丈夫?


<そうとう変だったら指摘するから、何個か候補を出してみて>

「んんー…………ラビーとか?」


まんまうさぎ……


<うん却下>

「ですよねー」

<真面目に考えてね?>


考えてるよ!でもさ、一生連れ添う子に名付けるんだよ?あーでもないこーでもないと考えてたら、どれも変な感じに聞こえてさ。頭ぐるぐるして、結局出てきたのがうさぎ。見た目に寄ったわ……


<見た目とか性質から取るのはいい案だと思うけど、うさぎはやだよ。食材だもの>

「あ、たべるんだ……」


そっか。うさぎを飼うっていうのは、平和で食が満たされてる所の発想だよね。うーん。なら、性質の方からとるか。

カーバングルは守護の聖獣だから。


「……ぼうえい……まもり……がーでぃあん?ごついな……ぷろてくしょん……ぷろてくと……テクト!」


プロテクトから取って、テクト!歩いてる時テクテクっていうから名前の由来を訪ねられた時に誤魔化しやすい!いいんじゃない?テクト!

カーバングルを見ると、顎に手を当ててうんと頷いた。仕草が人間っぽい。


<いいんじゃないかな。本当の意味を他人に悟らせない感じも、ルイの見た目らしくてぴったりだと思う>

「あ、そうか。わたしいま、ようじょだった」

<いつ冒険者と会うかわからないからね。ちゃんと子どもらしくしなよ?>

「はーい!」


ぶんっと右手を振り上げる。こんな感じ?子どもと暫く接してなかったから忘れたよ。


<うん、元気があってよろしい。僕はそれでいいと思うよ>

「よーし!じゃあ、テクト!これからよろしくね!!」

<こちらこそ、よろしくね。ルイ>


こうして私達のダンジョン生活は始まったのである。


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