4.カタログブック
人間怖いダンジョンに住む宣言をしたのはいいけど、じゃあどうやってここで暮らしていくのかって話だ。カーバングルの力で傷つかない結界があるけど、お腹は膨れない。生活面の保証が必要だ。
ここで出てくるのが、さっき見つけたハードカバー本である。いやほんと、すごいもの見つけちゃったよ。私の想像通りなら、これはきっと使える!生活の救世主になる!
カーバングルがもう私を止められないとわかったのか、素直に首を傾げた。
<魔導書みたいだけど……僕には何の魔法が込められてるのかわからないなぁ>
「ほんしつをみとおせるのに?もじがわからないの?」
<そうだね。僕の目では魔導書の魔導構成は読み取れるけど、この世界の言葉じゃない文字だと理解できないんだ。細部に至るまで同じような文字で書かれてるから、本当に訳がわからないよ。これってルイの世界の言葉なの?>
「せかいっていうか、くになんだけどね」
ツタが絡むようなファンタジック調装飾の表紙に指を滑らせる。表紙にあるのは「カタログブック」の文字。
この本が本当に魔導具で、アイテム袋みたいに不思議な力が働くなら。これは私の生活を助けてくれるお助けアイテムだ。
ドキドキしながら、本を開く。カーバングルは横で覗き見ていた。
―――買い物をしますか?残高確認をしますか?
と、落ち着いた女性の声が頭の中に流れる。カーバングルの耳がぴくんと跳ねた。
<ん?ごめん、もう一回、閉じて開いてくれる?>
「う、うん!」
感動で震えていた私は、慌てて言われた通りにする。すると、同じように声が脳内に流れる。カーバングルに話しかけられてるみたい。
そのご本人は首を傾げてるんだけども。
<不思議。僕の頭の中で聞いた時は全然意味がわからなかったのに、ルイの心を読んだら何て言ったか聞こえたよ。ルイがこの世界と、そっちの国、両方の言葉がわかるからかな?>
「え、わたし日本ごしゃべってるつもりだったんだけど……ちがうの?」
<転生した時、体はこちら仕様になったから、体がこの世界の言葉を、魂が元の世界の言葉を覚えてるからだと思う。勇者だって、召喚早々話が伝わらなかったら意味がないからね。召喚魔法の一部だと思うよ>
「はー」
自動翻訳って事?便利に出来てるんだなぁ、召喚魔法。例えそれが邪法でも。不幸中の幸い、と言っていいのかな。
開いたカタログブックのページには、「あなたが望むものを、迅速に揃えます」と書かれていた。メニュー表とかはない。あれかな、AI的な感じで、話しかけると検索する感じ?じゃあ質問しても答えてくれるのかな?
触ってるのは上質な紙なのに、目の前に電子画面が浮かぶような感じに見える。手でも操作できそうな感じ。カーバングルには、半透明な板があるように見えるみたい。
日本人には馴染み深い、パッドみたいな画面。
<これは……勇者の遺産だねぇ>
「うん」
冒険者さんが勇者、じゃないだろう。それだったら、容量に制限があるアイテム袋に大量の野菜を入れて持ち歩くより、カタログブックとお金だけにした方が管理しやすい。今の勇者はまだ召喚された国を出てないだろうしね。っていうかこの世界に慣れてない
きっと冒険者さんも何の魔導書だかわからないから、拾ったはいいけどどうしたらいいかわからなくてアイテム袋に入れっぱなしにしてたんだろう。この世界の言葉じゃない本なんて売れないだろうしね。
とりあえず、使ってみよう。残高確認しますか?って事は、キャッシュやクレジットじゃなくてチャージ制って事だよね。残高どんだけあるんだろ
「ざんだかかくにんを」
―――6570ダルあります。
「おお!けっこー入ってた!ゆうしゃがつかってたのかな?ダルって、おかねのたんい?」
<そうだよ。さっきアイテム袋の中に、銅と銀と金の硬貨があったでしょ?>
「まるいのと、はんぶんの?」
<それがお金だね>
半分の硬貨は丸い硬貨より一桁下がった価格で数えて、
半銅貨…10ダル
銅貨……100ダル
半銀貨…1000ダル
銀貨……10000ダル
半金貨…100000ダル
金貨……1000000ダル
っていう価値なんだって。
金貨すごいな。一枚で100万……そんなのテレビでしか見たことないよ。
さっき出して敷布に置きっぱだった硬貨を見る。丸い金貨は一枚だけ。他は銀貨と銅貨がたくさんあった。すごいなぁ、冒険者さん。お金持ちだったんだ。ありがたく!使わせてもらいます!この魔導書に使えたらいいんだけど。
「残高はどうやって増やせるの?」
―――硬貨か、売却するアイテムを乗せてください。
「お、おお!チャージできる!」
お金をチャージできるって事は、買い物ができるって事だよね!?私でも大丈夫だよね!?よぉおおし!
<チャージって、何で魔導書に溜め技?>
あ、力溜めて特攻タイプのスキルあるのね。
でもこれは違うんだなぁ。
「おかねを、このまどうしょにためとくことだよ。入れた分だけ、かいものができるんだ」
<ふーん?>
よくわかってない様子なので、現代人ならではの感覚なんだなぁと再確認した。って事は、この魔導書を作ったのは、現代人の勇者だったって事だ。どれくらい前の勇者かわからないけど、時間背景どうなってるんだろう。
<ルイと同じ時代の人間が遥か昔の勇者だっていう可能性は、あるんじゃない?世界と世界の次元の狭間には、時間なんてないからね。その間を越える瞬間、時間が歪んで過去に召喚された勇者もいたかもかしれない>
「ファンタジーだなぁ」
と言いつつ、銅貨を一つ開いた魔導書の上に乗せてみる。直後、音もなく銅貨が消える。
そしてチャージ残高は、
―――6670ダルあります。
「おお!100ダルふえた!!」
<銅貨一枚分チャージできたってこと?>
「うん!つぎ、つぎはかいもの、してみよう!」
無事買えたとして、どこに出てくるんだろう。そしてどれだけの時間がかかるんだろう。迅速にってあったけど、そこらへんも気になるよね。
ふうううう!どきどきするう!
<買い物ができるの?これで?>
「やってみなくちゃ、わかんないよ!とりあえず、ひららべったいさらと、小さいフォーク!」
言っただけでページがパラッとめくれる。その先に、色んな柄や素材の皿とフォークが画像付きで出てきた。画面内の移動はスライドパッド的な操作だった。購入する数も手で操作するみたい。見やすさ重視って感じだね。
お、100均の紙素材もある!ってことは、日本製品を取り寄せてるって事だ!なんて素敵な品揃え!さらに見やすい!過去の勇者は神か!
カーバングルにも画像は見えるようで、気になる皿を選んでもらう。私が選んだ赤色と、緑色で縁が塗られた皿を一枚ずつカートに入れる。ペアですよ、ペア。うふふ。
<妙に嬉しそうだね、ルイ>
「おんなの子のさがってやつなのかな。なかのいい子と、おそろいのどうぐをかうのって、うれしいんだよ」
<僕らは今日会ったばかりだけど……>
「これからよろしくっていみだよ!」
困惑した様子のカーバングルの手をぎゅっと握る。これからずっと一緒にいてくれるのに、仲良くしないわけがない!私は積極的に親しくしていくつもりだからね!
よーし、次は食べ物!それはもちろん!
「アップルパイ!」
満面の笑みで言った後、ひとりでにページがめくれる。画面に映ったアップルパイ達に目移りしちゃう!うあああん!どれもいいなぁ!!あ、これは私が好きなパン屋のアップルパイ!バターが香るサクサクパイ生地に、しっとり甘いカスタード、大きくカットしたリンゴがしゃくしゃく食感でたまらないんだよねぇ!これにしよう!
二つカートに入れて、ふと思った。
「そうりょうは?」
―――使用者の魔力に依存します。購入した荷物の総量が重いほど、魔力が消費されます。
「どこにとどくの?」
―――購入した商品は使用者の足元に転送されます。
「おかねかからないたくはいびんしようとか、ほんとげんだいしこう……!」
ええい!今は幼女な私でも、おやつセット分の送料くらいの魔力はあるはず!いくぞー!購入ボタンをぽちっとな!!
―――980ダル引き落とされました。商品を転送します。
ナビゲーションの声に思わずガッツポーズする。
買えた!よし!後はどれだけの時間で届くか!迅速って言うからには数分?数時間?
ドキドキしてたら、突然目の前にぽんっと気の抜ける音がした。ちょっと視線を下げると、茶色い四角の箱。現代人ならよく見るそれ、段ボール箱が鎮座してた。
って待って!?
「はやくない!?びょうそく!?」
<次元飛んでいきなり出てきたねぇ……>
カーバングルも驚いてるみたい。聖獣も驚く魔導具作るとか、勇者すごいな。むしろ現代への執念?
恐る恐る近づいて、開けてみる。テレポートするみたいに届いたからか、ガムテープがついてない。簡単に開けられた。
中に、私が頼んだお皿とフォークと、ケーキを入れる真っ白い箱。おおおおおお!!!
「かえてる!ちゃんと、かったものが、とどいたよ!!すごいよカーバングル!」
<うん。びっくりしたよ……勇者って結構規格外だねぇ>
「それせいじゅうがいっちゃう?さっそくたべてみようよ!」
簡易作業台を組み立てる。ちょっと手間取ったけど、ちゃんとまっ平らにできた。そこにお皿とフォークを添えて、真ん中に白い箱を置く。開けるとふんわりバターの香ばしくあまい香りが。幸せな気分になるなぁ。お皿に一つずつ取り分けて、赤い皿の前に座る。ちょっと背丈足りないから、作業工具鞄を下に敷いた。
さあさあ!カーバングル!反対側に来て!
あ、椅子あるよ!寝袋だけどちょうどいいね!
<……食べれるの?これ>
「それをこれからしらべるんだよ。ちゃんとおいしかったら、わたしのダンジョンせいかつはまもられたもどーぜん!」
<ふうん。まあ、どこで生活しようが、ルイがいいなら僕に異論はないけどね>
これがアップルパイか……としみじみ呟くのまで聞こえて、にやにやする。そうだよ、これが私の大好きなアップルパイだよ!ちゃんと魔導書が、食べ物を送ってくれたならね!
フォークを刺して、サクッと音がした。この時点で期待値振り切った!食べれるかどうか観察するとか無理!我慢できずに一口、ぱくりと頬張る。
「んんんん~~~!!」
最高!!大きなリンゴの甘さも、それを邪魔しないなめらかカスタードも、しっかり焼けたパイ生地も、全部が最高!!口の中で幸せが溢れてるうううう!!
ふと前を見ると、フォークを握りしめたカーバングルが、アップルパイに突き刺してかぶりついていた。おおう、見た目と穏やかな声とは裏腹にワイルドなお食事風景。
カーバングルのふわふわ尻尾がピンッと真っ直ぐに立って、その後左右に振られる。お、お、この感触はよさげですぞ!
<美味しい!これは美味しいねぇ!>
「でしょ!」
<ルイが幸せな気分になるのもわかるよ。今まで食べたどのお菓子より美味しい>
「ほんと?やった!」
美味しいものを一緒に、美味しいって食べられる。それって一緒に暮らしていく上で、とても大切だと思う。だから、本当によかった。
あ、カーバングルが照れた。心が読まれてるってわかっても、嫌な感じがしないのはこの子が表情を出してくれるからなのかなぁ。
二口目のアップルパイを頬張る。
「んー!!しあわせ~!!」
勇者が持てる知識と思い出を総動員して作っただろうカタログブックは、今の私にぴったりの魔導具だ。ありがたく、使わせてもらおう。
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