3.お外怖い



アイテム袋の中は、覗き込んでみたけど真っ暗だった。どうやって中の物を出すんだろうと逆さにしてたら、カーバングルが教えてくれた。

袋に手を突っ込みながら、欲しいものを思い浮かべる。たったそれだけで手元にそのアイテムが来るんだって。袋に入ってるアイテムに限るんだけど、魔導具すごい。

試しに手を突っ込んで「大きな布!敷く奴!」と思い浮かべたら、手の中にしゅっと収まってきた。ひえ、突然来るからちょっとビックリするなぁ。

広げてみたら、どうやら休憩用の敷布だったみたい。床に直接敷いて、地面の冷気を通さないようにする感じの。だから裏面は汚れてもほとんど弾くような素材で、多少土がついてた。

使い込んでたんだなぁ、これ。表は直した所が何ヵ所かある。冒険者さん、ありがとう。これのお陰で寒い思いはしなさそう。

とりあえず敷布を床に、丁寧に伸ばした。畳二畳分くらいかな?ここにどれだけのアイテムが並ぶんだろう。


<何するの?>

「ふくろのなかみをぜんぶ出して、今すぐつかえそうなアイテムをさがすの」

<へー>


気の抜ける声とは裏腹に、カーバングルは興味深げにこっちを見てる。私も気になるから、さっさと出してこ!


「とりあえず、生活用品だね」


出てきたのはカセットコンロっぽい道具と鍋二つ、調理用具一式と水や野菜や果物。大きな陶器のお椀と、フォークとスプーン。冒険者なら干し肉とかありそうなのにまったくないなと思ったら、現地調達するんじゃない?と聖獣のお言葉。そういえば隣にいるのは通常のミノタウロスより大きくて凶暴な、グランミノタウロスだっけ……ぎゅ、牛肉に、なるのかな……うわぁ。

次に出たのがテント、寝袋、数着の着替えと手拭い。下着は男物だったけど、着替えがピンクだったから、正直生前の冒険者さんがどっちの性別なのかは判断しかねる。寝袋の匂い?魔法でもかけてるのか、まっさら新品の匂いがするからこれでも判別できない。使い込んだ感じはあるのに不思議な感じ。

さて、ここまでで私は疑問に思った事がある。


「これ、一人分しかないけど……あぶないダンジョンに、一人で入るぼうけんしゃっているの?」

<いない、とは言い切れないね。戦闘スタイルによっては一人の方が強い、っていう冒険者もいるみたいだし。でも、基本的にダンジョンってパーティで攻略するものだよ。最低でも三人だね>

「じゃあ、かなーりつよかったのかな?このふくろの前のもちぬし」

<かもしれないね>


仲間がいたのなら、アイテム袋は持ってくだろうし。かさ張らない・重たくない・高価な三点魔導具だ。持ち帰らないわけがない。

どんな人だったんだろう。少し考えてから、首を振った。これから道具を使うたびに感傷に浸ってたら大変だ。これからあなたの遺したものをたくさん使わせてもらいます。ありがとうございます!……うん!

よし!切り替えるぞー!!







結局、敷布じゃ足りなくてテントの中にも広げる事になった。あの後下級ポーションや解毒薬とか医療道具、頑丈そうなロープ、簡易作業台、触ったらスッパリ切れそうな剣や投げナイフとか武器諸々、ざらざらした紙と羽ペンインクセット、金銀銅の硬貨、などなど。私が背負ってリュックに出来るくらいの袋から、信じられないほどたくさんできた。魔導具はんぱない。

その中で一番驚いたのは、日本語表記のハードカバー本が出てきた事だ。カーバングルに見せたら首を傾げて<難解な暗号かい?>って言ってたから、日本語がこの世界にない言葉だって事はわかった。


「ねえ、わたしとおなじせかいの人が、むかし、このせかいに来てる?」

<あると思うよ。どこの世界の人かはわからないけど、勇者召喚はこの数千年に何度もあったからね。その中の誰かが、君と同じ世界から来たっておかしくないよ>

「なるほどねー……って、ゆーしゃしょうかん?」


また聞いた事のないワードが……って顔をしたら、カーバングルが半眼でこっちを見てきた。


<僕、さっき言ったけどなぁ。勇者召喚に巻き込まれた君が輪廻の輪から外れて可哀想だから、僕が来たんだって>


まあ神様の不手際だったんだけどね。

と、肩を落とすカーバングル。いやいやいや、さっきって、あれかな。パニック状態だった時?そんなのわかんないよ!頭の中ぐるぐる回ってたもん!!てか情報量多すぎてパンクしてたって!!


<じゃあどうせだから簡単に説明しておこうか。この世界を取り巻いてる現状を含めてね>

「う、うっす!」


丁寧に説明してくれるみたい。さすがカーバングル!優しい!!

敷布の上に正座した私を、調子がいいなぁと言いたげな目でちらっと見て、閉じた。

そして教えられたのは、勇者召喚の光と影だった。

勇者召喚っていうのはそもそも、“本当に心の底から”困っている人達が出来る、奇跡の魔法なんだそうだ。例えば、大国から攻め込まれて蹂躙されてる弱小国とか。モンスターに滅ぼされそうになっている人類とか。天災レベル規模の脅威から逃れるために、追い詰められた人達が最後の希望として助けを求め、喚び出すのが勇者。そういう勇者は私たちの世界で言う神隠しに合う形で召喚され、様々なスキルを神様から賜って、救世主になるらしい。

本来の奇跡は、勇者のみを召喚して混沌とした世界を救世する。これが正攻法の勇者召喚。対して、邪法は大量の生贄を伴う。助けを望む心を無理矢理引き出すそうだ。うえええ……その生贄にされた者達の絶望と怨嗟が勇者の周りを巻き込み、そして勇者に強大な力をもたらしつつも破滅へ導く。救世とは遠い結果になるが、一応、戦乱は終わるらしい。

邪法だと巻き添えが出るのは、生贄にされた人達の怨念なんだね。私自身は恨まれてないのか、チートスキルないけど……これって、なくてよかったんだ。


「かみさま、いけにえがどうとか言ってたなぁ……」

<巻き添えになる人達が多くて、神様自ら転生の輪に入れなきゃいけなくなるからね。この世界の神とそっちの神との協議の結果、安全を保障する最低限の加護を付与する約束だから>

「……バス、夕方だったからたくさん人のってたと思う……」


事故で全員死んだかはわからないけど、私以外にも巻き込まれた人がいたんだ……


<元の世界の人達がどれだけ無事かは僕には知る術がないけど、今回巻き込まれて異常があったのは君だけだ。だから、他の人達はちゃんと転生の輪に入ってるよ>

「それだけがすくいだね……」


戦争が終わった後に転生するように流されたそうだし、私には転生した人の見分けがつかないので、巻き込まれた人が本当に幸せになったのかどうかはわからないけど。

転生の流れにきちんと従っているなら安全な場所に生まれるらしいし。今生が幸福である事を願うばかりだ。

ただし、戦争がいつ終わるかはわからないけど。


<この世界は今、ほとんどの国が戦争の真っ最中でね>


最初はモンスターと大国の争いだった。モンスターが大挙して押し寄せてきた大国は、辛くもモンスターを退けた。けど、建て直す間もなく前々から争っていた隣国が攻めてきて、劣勢になった大国の同盟国が手を貸せば、隣国の同盟国が邪魔をしてくる。で、二大勢力で争う形になったんだそうだ。それとは関係ない立場、中立を保とうとする国もあるけれど、国境あたりは小競り合いに巻き込まれてるみたい。

それで勇者を喚んだのは二大勢力のどっちかな、って思ったらまさかの中立国だった。


「なんで!?むしろたいこくのほうが、せいこうほうでゆうしゃよびなよ!?」

<そうだよねー。何で喚ばなかったんだろうね?喚べなかったって可能性もあるけど>

「はー、わからないねぇ……」


邪法で勇者召喚をしたのは宗教国家フォルフローゲン。この国の人には関わっちゃ駄目!って何度も言われた。どうも、私が会った正式な創造神様とは違う神様を奉っている上に、それがあんまりよろしくない神らしい。邪神って奴だね。その国の人達にとってはとても清廉で博愛に溢れた神なんだそうだけど、どんな些細な罪でも犯した時点で死刑宣告するような神のどこが博愛に溢れてるんですかねぇ。まだ鬱憤が吐ききれない感じのカーバングルを止めて、先を促す。この宗教国家が怖いのは十分わかった!カーバングルがなんやかやであの神様を好きなのも十分すぎるくらいわかった!

フォルフローゲンも小競り合いに巻き込まれてる。それを利用して、他の国をすべて攻め落として、自分の国の宗教を全世界に広めようと画策してるのが上層部なんだとか。漁夫の利狙いって……うわあ……

私が巻き添え食った勇者召喚は思いっきり邪法。生贄使ってる事は機密事項だろうし、端から見れば勇者召喚に成功した、大国同士の争いに巻き込まれた“憐れな”国だ。勇者が召喚できたって事は、自分の国が他の国と戦うのは正当性がありますよー、っていう証明にもなるから民衆に受け入れられやすいと思ったのかな。

つまり、今この世界にはそういう戦争したがりな輩がお上にたくさんいるというわけで。そして破滅の勇者の影響で死者が溢れかえるだろうと予測できるらしい。


「やだなにそれにんげんこわい」

<まあ、幸いこのダンジョンがあるナヘルザークは中立国の中でも大きな国だ。冒険者の支持も高いし、敵対すれば軍だけじゃなく冒険者の相手もしなくちゃならない。そうなったら手痛いしっぺ返しを食らうだろうし、どの国も戦争を吹っ掛けには来ないんじゃないかな。ダンジョン内に戦争の余波が来るとは思えないね>

「わー……そっかぁ……」


外は危ないんだ……そっか……

うん、よし、決めた!


「わたし、ダンジョンにすむよ」

<……え?>

「そとはいくついのちがあっても、たりなそうだから、ダンジョンにすみます!!」


そう言って仁王立ちした私を、カーバングルはぽかんと眺めていた。


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