2.聖獣は面倒見がいい
せめて!せめて16歳くらいだったら逃げ足くらいマシだったのに!!あんな体感ちょーっと流れただけで5歳まで若返るとか!!転生の流れ半端ないわ!!さすが神の領分ってやつっすか!!っていうか異世界転生なんだからチート能力の一つや二つ付けてくれればいいのに!!小説みたいに!!ラノベみたいに!!こんな誰もいないところでたった一人寂しく死ぬなんて!!やーだー!!
うわんうわん打ちひしがれる私を前に、カーバングルは落ち着いてた。
<大丈夫だよ。僕がいれば、少なくともモンスターやダンジョンの罠に殺される心配はないから>
「へ?」
何で?何かすごい能力あるの?カーバングルだもんねありそう。っていうか憐れな人間に状況を話すため神様に言われて来たんじゃないの?
<わざわざこんな説明するためだけに僕がここにいると思ったの?>
「うん」
何の理解も出来ないまま異世界で死ぬとか憐れな人間だな、って思われたのかなって。冥土の土産に教えてやるよー、的な。
<まあこの世界の説明役でもあるけど。一応、神様が担当する世界の人間が勇者召喚をして君を巻き込んだからね。多少なりとも、便宜を図ろうとしたみたいだよ?僕を遣わせたんだからね>
「べんぎ……?」
すみませんぬか喜びはしたくないから、直接的に教えてくれませんかね……
<君が人生をきちんとまっとうするまで、僕が付き合ってあげる、って事>
「……カーバングルが?」
<僕は守護の獣だ。君が傷つかないよう常に結界を張る事なんて、まったく手間じゃないんだよ>
「……ずっと、いっしょにいてくれるの?」
<うん>
ぽんっと胸に手を当てるカーバングル。任せてよ、と言いたげな可愛い小動物。
あ、やばい。これは泣く。
思った時にはもう、涙がぼたぼた落ちてきた。それを見たカーバングルが体全体を跳ねさせる。
「わあああああああああん!」
<わ、わ、なんで泣くの!もしかして攻撃できる獣の方がよかった!?今からでも変えられるよ!!>
「やだあああああああ!!」
<え!?やだ!?困ったなぁ、僕の能力じゃ駄目だったんだね。神様に言ってくるよ>
「やああああああああだあああああああああ!!」
<ええ!?おかしいなぁ、何が嫌なの?>
焦ってるのか、わたわた手を振ってるカーバングルの手を取る。テレパスあるのに、人の心も見通すのに、何で私の気持ちわかんないの。
「かーばんぐるがいいもん!ひとりがいやだったから、いっしょにいてくれるって、言ってもらえて、うれしかっただけだもん!!かってになみだが出るんだよおおおおおお!!」
<あ、え、う、うん!?僕でいいの?いいんだね!?>
「ほかはやだぁあああああああ!!」
やだよ、どっか行かないでよ。私は、混乱する私に根気強く、ずっと穏やかに話しかけてくれた君がいいんだよ。
優しい君に、傍にいてほしいんだよ。
<ああ、わかった!わかったよ!伝わったから!もう十分、君の気持ちを理解できたから!泣き止んでくれないかな!!>
「ないたの、ひさしぶり、だからぁああ!とめかたわすれたぁあああああ!!」
<子どもの体に心が引っ張られてるのかな……?しょうがないなぁ。思う存分、泣きなよ>
「うわああああああああああん!!」
自分の手を抱き込んでうずくまる私の背を、カーバングルはぽんぽんと軽く叩いてくれた。涙が止まらなくて、ぐちゃぐちゃになった顔をさらに流れてく。
死んじゃったって!私死んだって!まだやりたいことあったのに!!全部できない!!知らない土地で、今までの常識が通用しないところで、子どもで、生きてくなんて!!何で!!何で!!理不尽だよ!!事故なんて、私遭いたくて遭ったわけじゃないのに!!ひどい!!
色んな感情が頭の中をぐるぐる回って、荒ぶる心のまま私は泣き続けた。
「ごめんねぇ……きゅうになき出して」
やっと止まったと思ったら、カーバングルが何も言わずに手拭いを渡してくれたので、ありがたく使わせてもらう。私の今の顔は人に見せれるもんじゃない。ありがとうカーバングル。
<いいんだよ。今の君は5歳の子どもなんだから。泣いたっておかしくないよ>
「そうかな……でも、うん。いっぱいないたらスッキリした!」
くよくよしても仕方ない!私にはカーバングルがいるし!寂しくない!心機一転、楽しく生きてやるって決めた!
泣き終わったら決意できた。やっぱり、吐き出すって大事なんだねぇ。
<あれだけ泣けばね……また泣いてもいいんだよ?>
「もうとーぶんなかない!!」
これ以上恥ずかしい姿をカーバングルに見せるわけにはいかない……!こんな小さくて可愛い子に、わがまま言う子どもを慰めるみたいに背中ぽんぽんされたとか!うわぁん!
って、あれ?
「そういえば、このてぬぐい、どこから出したの?」
カーバングル、さっきまで何も持ってなかったよね?
<ああ。そこにあったアイテム袋から拝借したんだよ。中身は綺麗だったから、安心して>
と、カーバングルが指差したのは、部屋の隅に置いてあったボロボロの麻袋。血の染みっぽいのもありますけど、マジか……あんな袋から、こんな新品同様の手拭いが出てきたの?
<アイテム袋は中に入れた物の時間を止めるからね。何年前の冒険者の遺産かわからないけど、結構いいものがあったよ>
「え、そんなすごいふくろなの?」
<アイテム袋と言えば、一般の冒険者じゃ簡単に手が届かないくらい高価な魔導具だよ。ここで力尽きた冒険者はベテランだったみたいだね。結構な容量の袋だったよ>
魔導具っていうのは、この世界に流通してる、魔導構成が組まれた道具の事らしい。魔法が使えなくても魔力があれば使える便利道具なんだけど、その物価は基本高め設定なんだとか。まあ普通に考えて、手間かかってるアイテムなんだから他のより高価なのは仕方ないよね。細工できる人も専門職で少ないらしいし。
その中でもアイテム袋っていうのは、生き物以外は何でも入るし、どれだけ入れても重さは袋分しかない素敵グッズらしい。入る容量によって値段が変わるけど、元々が高価な品だ。これを持ってるって事が、冒険者にとって箔になるんだとか。
ダンジョンに長期間潜るには食材やポーション類がたくさん必要になる。アイテム袋ならかさ張らないし、何日分の食材も持ち歩ける。そしてダンジョンは深く潜れば深いほど、財宝もいっぱいある。見つけたのをすべて持ち帰ろうと思ったって、担いでなんて危険極まりない。モンスターに襲ってくれって言ってるようなものだ。そういう意味でも、アイテム袋は有用だ。
アイテム袋がすごいのはわかったけど。
力尽きた死体がないのはなんでかな……モンスターは入ってこれないんだよね?
<生き物がダンジョンの中で死んでしばらくすると、アイテム以外はダンジョンに吸収されてしまうんだよ。そういう不思議な現象が起こるのも、ダンジョンの特徴だね>
「ほえー……すごいねぇ」
お陰さまで死体あるいは人骨と相対する事がなかったわけだし、助かるなぁ。冒険者の人が死んでよかったわけじゃないけど、死体はなるべく見たくない。
冒険者とモンスターがいる世界で、それは難しいとはわかってる。でも、死が近くない世界で生きてきた私が見たら、ちょっと、いやかなり、心に深手を負う事になりそう。
<ちなみに、ダンジョンで拾った、持ち主がわからないものは、拾った者が手に入れていい事になってるんだよ>
ちらり。カーバングルが私を見る。え?いいの?私、貰えるものは遠慮なく貰っちゃう主義だよ?
<僕が持っていてもねぇ。魔導具は人のために作られたもの。人が使うべきだよ>
「じゃ、じゃあもらうよ?」
<うん>
ベテラン冒険者が使っていたアイテム袋を、冒険のぼの字も知らないど素人な幼女が手に入れていいのか、分不相応な気もするけど。今生きるために必要なものがほしいので!も、貰います!
アイテム袋の前に立つ。ぱっと見、ただの麻袋なんだよなぁ。炭とかが入ってる感じの。赤黒い染みは見ない事にしよう。
……あ、待って。
<どうしたの?>
「わたし、おそろしいことに気づいたんだけど」
<うん>
「ベテランとよばれるような、すごいぼうけんしゃがしぬって、なかなかないことだよね?」
<まあ、たくさんの経験を積んで、数々の死地を潜り抜けた者じゃなければ、そんな呼ばれ方しないだろうね>
「ていうことは……そんな、なかなかないことがおこりうるくらい、わたしがいるダンジョンはきけんなんだね?」
<ああ。この世界で一番深くて広いダンジョンなんだよ。浅いところは初心者向けだけど、深いところは強いモンスターがごろごろといるからね。罠も無数に仕掛けられてるし。最下層まで未到達なのは、この世に数多あるダンジョンの中でも、ここくらいじゃないかな?>
「……もうおどろかないぞ!って思ってたんだけどなー」
あはははははー。そっかそっか。数々のベテラン冒険者達を返り討ちにしてきたダンジョンの下層部分に、私はピンポイント転生しちゃったのかー。もう笑うしかないな。
<まあ、ルイは僕の結界があるから死ぬ事はないんだけどね>
「カーバングルがすごすぎて、わたしから、かんしゃのことばしか出ない……ありがとう、ほんとに、ありがとう」
<どういたしまして>
猫目がぐーっと細くなった。笑ったっぽい。うう、可愛いな。
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