○ ?????

 家が完成した。

 大工はドアに歪みがないことを確かめながら、「よしよし、上出来だ」と言った。

 蓮太郎は感謝を伝えたかったが、なかなか相応しい言葉が見つからない。

「それじゃ、おいらもそろそろ行くぜ」

「やっぱり行っちゃうんですか」

「ああ」

 釣り人がうぃすの上であぐらをかいたまま「間に合わんかったか。ヌシの刺身を振る舞ってやりたかったんじゃがの」と言った。

「おっさん、食う気だったのか」

「そりゃそうじゃよ。釣った魚を食わんでどうする」

「なるほどね。さて、建てた家には住んでもらわなきゃな」と、大工は蓮太郎ごと椅子を持ち上げようとした。

「あ、待ってください」

「どうした?」

「もうしばらく、このまま外から眺めててもいいですか?」

「構わねぇぜ。あんたの家だ。自由に使ってくれ」

「本当にありがとうございます」

「じゃあ、なんだ、元気でな」と言いながら、大工が目の端で歴史研究家を見ていることに、蓮太郎は気付いていた。

 彼にはきっと、彼女に伝えたい言葉がある。けれど結局それを声に出すかどうか、決めるのは彼自身だ。他人にどうこうできるものではない――普通なら。

 蓮太郎は、少しだけお節介を焼くことにした。

「ランプ君」

「ああ、よかった。忘れられてるのかと思ったよ」

「二倍にしてほしいもの、決めたよ」

「なになに?」

「『大工さんの勇気』を二倍にしてあげて」

「本当にそれでいいんだね?」

「うん」

「お安い御用!」

 ランプが淡く光って、川を見ていた大工は何かを思い出したかのように、歴史研究家の方を振り返った。

「い、一緒に来てくれねぇか」

「私が? どうして?」

「初めてあんたを見た時、なんて綺麗なひとなんだと思った。あんたに惚れちまったんだ!」

「外見だけ褒められても少しは嬉しいわ」と、歴史研究家はわかりにくいことを言った。その次の言葉はわかりやすかった。「ありがとう。でも、ごめんなさい」

 大工ほどでないにせよ、蓮太郎は胸が痛んだ。余計なことをしてしまったのだろうか。

「あなたは優しくて漢気があって素敵な人だと思うわ。でも、好みではないの。好みでないということは如何ともし難いわ」

「そうか。だったら、しょうがねぇな」

「ごめんなさい」

「何度も謝らねぇでくれ。ちゃんと『ありがとう』っつってくれて嬉しかったぜ。んじゃ、あばよ!」

 大工が川に飛び込み、力強いクロールで水を掻き始めた。大きな大きなその背中はあっという間に見えなくなってしまった。


 大工とほぼ入れ違いに落ちてきたのは、長髪の美男子だった。

「追われているんだ。匿ってくれないか」と彼は言った。

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