○ 眠気

 眠気が襲ってきた。

 眠気に襲われている間は、ただ眠いということしか考えられない。眠い眠い眠い。他のことを考えようとしてもねむいからむずかしい。ねむいときにはねむってしまうのがいちばんよい。

 ところが蓮太郎は、これは滝から落ちてきた珍しい眠気なのだから、できるだけ抗ってみようと思い立つ。

 川の水で顔を洗う。

 手足をつねる。

 目の横をぐりぐりと指で押す。

 ねむい。

 駄目だ。こんな単純な刺激では焼け石に水である。心を動かさなくては。

 蓮太郎は人と話をしようと考える。

 しかし、大工は積み上げた丸太に寄り掛かっていびきをかいている。

 歴史研究家はちゃぶ台に突っ伏している。

 ロバも寝ている(ロバはしょっちゅう寝ている)。

 そして、釣り人は滝壺に釣り糸を垂らしたまま、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。あれでは餌を取られてしまうのではないだろうか。

 いや、その心配はなさそうだ。水面にヌシの白い腹がぷかりと浮かんでいる。一見死んでいるように見えるが、この流れからして、ああいう寝相なのだろう。

 他人が眠っているのを見ると少しだけ眠気は和らぐものだが、その効果も長続きはしなかった。

 ねむい。とにかくねむい。ねむすぎていみがわからない。

「あああー」と、声を出してみた。少し効いた。が、すぐ「あああー……ふわーあ」と、あくびに変わった。

 ねむいねむいと思っていると、滝の上から様々な種類の枕がどさどさと落ちてきた。ストライプ柄、ドット柄、低反発、いぐさ、そばがら、平安貴族が使うアレ、生きた羊。

 これはもう寝ろと言われているに違いない。もとい、先ほどからずっともう寝ろと言われ続けているのだ。

「低反発枕の反発力を二倍にしようか?」とランプが言った。

 眠気に支配された頭では気の利いた返しが思いつかず、蓮太郎は遂に力尽きた。

 ――枕が落ちてきたのは夢だったかも知れない。蓮太郎が目覚めた時には羽毛一つ残っていなかった。

 他の人々は蓮太郎より早く目覚めたようで、既にそれぞれの活動を再開していた。

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