○ 夏
夏が落ちてきた。
どこからともなくTUBEの『シーズン・イン・ザ・サン』が聴こえてきて、陽射しがかあっと急激に強まった。
滝口からサーファーが飛び出し、水飛沫や太陽光線ごと、空中で一瞬停止した。錯覚ではない。確かに止まった。完璧なシャッターチャンスだったが、カメラを持っていない蓮太郎には無意味であった。
サーファーは複雑なトリックを繰り出しながら落下し、見事に着水した。
釣り人に水がかかったが、彼は微動だにしなかった。ヌシも無反応である。二人(?)は二人だけの世界にいる。
滝壺から不自然な大波が発生して、エメラルドグリーンのサングラスとギリシャ彫刻のような肉体が蓮太郎の目の前を横切った。
続け様に、同じエメラルドグリーンのサングラスをかけた金髪の水着ギャルが三人、アラビア数字で「十」と書かれたボードを掲げながら落ちてきた。審査員なのだろう。褐色の肌が眩しい。ギャルたちはボードをビート板代わりにして、猛烈な勢いでサーファーを追い始めた。うち一人が、蓮太郎の横を通過する時、キッスを投げて寄越した。
音楽が変わった。ブラスバンドの演奏する『ルパン三世』である。高校球児たちが落ちてくるのだろうと思ったら、その通りであった。
キャッチャーとバッターが落ちてきて、滝壺で素早く身構えた。
滝口でピッチャーが大きく振りかぶり、投げた。
バッターが力強くバットをすくい上げた。
かあんと乾いた音が響いて、ボールは空の彼方へ消えた。
バッターのチームメイトたちが落ちてきて、一同もみくちゃになりながら川を流れていった。
負けたチームの選手たちは、泣きながら岸に上がり、ビニール袋に土を詰め始めた。
歴史研究家がピッチャーに声をかけた。「あんなに落ちる球、初めて見たわ」
また音楽が変わった。今度は祭囃子である。とんとんすっととぴーひゃらら。
「うおっ、祭だ!」
と、それまで夏に関心を示さなかった大工が唐突に叫び、ノミと木槌を放り出して、ばしゃばしゃと滝壺へ突っ込んでいった。
わっしょいわっしょいと威勢のいい掛け声が近づいてきて、滝口に金ピカの神輿が現れた。
「あっ」
危ない、と蓮太郎が叫ぶ間もなく、神輿は大工の真上に落下した。盛大に上がった水飛沫が落ち着くと、大工はふんどし姿の男たちと一緒に神輿を担いでいた。
男たちは汗をほとばしらせながら川下へと突き進んでいく。大工もそのまま行ってしまうのかと思われたが、ある程度進んだところで神輿から離れると、満足げに岸に上がって、仕事を再開した。
祭囃子が聴こえなくなる頃、いつの間にか高校球児たちの姿も消えていた。
静けさを取り戻した川を、割り箸の刺さったキュウリとナスが流れていった。ナスはキュウリよりもゆっくりと流れた。
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