○ 大工

「起きろい。朝だぜ」

 体を起こしながら声のした方に目をやると、川の真ん中で、ねじりハチマキをした精悍な顔つきの男が仁王立ちしていた。武蔵坊弁慶のように、全身に大工道具を装備している。

「おはようございます」と、蓮太郎が言った。

「おはようさん! おいらァ大工だ。あんた、何か作ってほしいもんはねぇかい?」

「いえ、特に……」

「家か。特に、どんな家だい?」

 朝日の中で大工の瞳はきらきらと輝いている。

 蓮太郎は思った。この人を傷つけてはいけない。

「とりあえず、こっちにいらしては」

「おぅ、そうだな。水もしたたるいい男とはよく言ったもんだが、したたられっ放しじゃ風邪をひいちまわぁ」

 大工は、まるで熱い風呂から上がるかのように、ざばっと勢いよく岸へと上がった。

「あんたはここに住んでんのかい?」

「一応そういうことになると思います」

「だったら、いつまでも野宿ってわけにゃいかねぇだろう。おいらに任しとけ。立派な家を作ってやるからよ」

「ありがとうございます。でも、お代はどうすれば?」まさかわらしべというわけにはいくまい。

「そんなもん適当でいいさ。さて、中に置きたいもんは、と……椅子とちゃぶ台か。和洋折衷だな。よっしゃ、腕が鳴るぜ!」

 大工は道具をどさどさとその場に置き、大きな斧を担いで、近隣の木を吟味し始めた。

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